「壊れてないなら直すな」――固定ゲインのディファレンス・アンプのゲインを変更する

質問:

固定ゲインのディファレンス・アンプのゲインを高める方法はありませんか?

RAQ Issue: 171

回答:

回答: 抵抗を追加することでゲインを高められます。

4つの抵抗を使用するディファレンス・アンプは、古くから測定に関する様々な問題を解決してきました。しかし、昨今のアプリケーションでは、旧来のディファレンス・アンプよりも柔軟性の高いものが求められることがあります。ディファレンス・アンプでは、抵抗の整合性がゲイン誤差と同相ノイズ除去比(CMRR)を直接左右します。高い整合性を得るには、各抵抗を1つのダイ上に集積する方法が非常に有効です。そのため、抵抗を内蔵するディファレンス・アンプICでは、最大限の性能が得られます。しかし、内部抵抗だけによってゲインを設定する方法には欠点もあります。その欠点とは、ICメーカーが提供するオプション以外にゲインを変更する手段が存在せず、任意の値を設定できないことです。

シグナル・チェーンで、ゲインが固定のアンプを使用しつつ、そのゲインを高められるようにするにはどうすればよいでしょうか。一般に、そうしたケースでは、別のアンプ段を追加し、全体的なゲインを所望の値に設定するという方法が用いられます。この方法は狙いどおりに機能するはずです。しかし、全体的な複雑さ、基板上の実装面積、ノイズ、コストなどが増加してしまう可能性があります。実は、2つ目のゲイン段を追加することなくゲインを高める方法が存在します。それは、ゲインが固定のアンプに数個の抵抗を追加するというものです。それにより正帰還のパスを設けることで、全体的な負帰還量を減少させ、全体的なゲインを高めます。

一般的な負帰還回路では、反転入力に帰還される出力の割合をβ、回路のゲインを1/βとして表現することがよくあります(図1)。βが1の場合には、出力信号全体が反転入力に戻されます。つまり、ユニティ・ゲイン・バッファが構成されます。一方、βの値が小さいほど、回路のゲインは高くなります。

図1. 負帰還回路。右はオペアンプを使用して構成した非反転増幅回路です。
図1. 負帰還回路。右はオペアンプを使用して構成した非反転増幅回路です。

逆に言うと、ゲインを高めるには、βを小さくしなければなりません。図1(右)の回路で言えば、R2/R1の比率を大きくすることでβの値は小さくなります。しかし、ゲインが固定のディファレンス・アンプの場合、そのままでは反転入力への帰還量を減少させることはできません。それには、より大きな帰還抵抗か、より小さな入力抵抗が必要になります。ディファレンス・アンプの出力からリファレンス・ピン(つまり負入力)に帰還をかけることにより、固定だったアンプのゲインを高めることができます(図2)。正帰還を追加した後、アンプ回路のβ(図2のβc)は、β-とβ+の差になります。それにより、新たなゲインと帯域幅が決まります。β+は正帰還、β-は負帰還を表します。この構成では、全体としての帰還量が必ず負(β- > β+)になるよう注意する必要があります。

図2. 正帰還を追加した負帰還回路
図2. 正帰還を追加した負帰還回路

β+を使用して回路のゲインを調整するには、まずβ-(元の回路のβ)を計算します。減衰項G_attnは、ディファレンス・アンプ自体の正の入力と内蔵オペアンプの非反転入力における信号の比率です。

数式 1

所望のゲインに基づき、必要なβ+が決まります。ディファレンス・アンプの固定のゲインは既知なので、β+は簡単に計算できます。

数式 2

β+は、オペアンプの非反転入力に戻される出力信号の割合です。β+に対応してリファレンス・ピンに帰還をかけるわけですが、その際、信号は2つの抵抗分圧器を通ることに注意してください(図3)。その両方を考慮して、β+を正しく設定する必要があります。

ディファレンス・アンプの主要な性能の1つはCMRRです。良好なCMRRを得るには、正の経路と負の経路の抵抗値の比が整合していることが不可欠です。そのため、抵抗R5を正入力の抵抗と直列に追加し、リファレンス・ピンに追加される抵抗とのバランスをとることも必要になります。

図3 . 4 つの抵抗を使用する固定ゲインのディファレンス・アンプのゲインを調整する方法
図3 . 4 つの抵抗を使用する固定ゲインのディファレンス・アンプのゲインを調整する方法

抵抗R3、R4として必要な値を求める際には、テブナン等価回路を使用することで、解析を簡素化することができます(図4)。

図4 . テブナン等価回路
図4 . テブナン等価回路

R5の値は、R3とR4の並列接続としての合成抵抗値に、入力減衰器内の抵抗比に等しい係数を乗じた値になります。R1/R2 = (1/G_attn) - 1であり、R1とR5はそれぞれR2とR3||R4に係数を乗じたものに置換できます。ここで、

数式 3

として、(1/G_attn) - 1 をαと置きます。

図5 . 簡素化された正入力の抵抗経路
図5 . 簡素化された正入力の抵抗経路

先述したとおり、簡素化された回路のVOUTからA_in+までのゲインは、1/β+でなければなりません(図5)。

図5では、以下の式が成り立ちます。

ここで、各変数には以下のような関係があります。

数式 4

R3とR4はオペアンプの負荷になります。したがって、あまり値を小さくしすぎないように注意する必要があります。負荷(R3 + R4)が決まれば、R3とR4の値は、式(4)によって簡単に計算できます。R3とR4の値が決まれば、R5はR3||R4 × β によって計算できます。

以上のように、このゲインの設定方法は、抵抗の比率に依存します。そのため、かなり高い柔軟性が得られます。なお、ノイズと消費電力には、トレードオフの関係があります。また、オペアンプの過負荷を防ぐために、抵抗値は十分に大きくしなければなりません。加えて、R5はR3とR4の比率によって決まるので、温度が変化しても良好な性能が維持されるように、いずれも同じ種類の抵抗を使用する必要があります。R3、R4、R5が同じようにドリフトするのであれば、比率は維持されます。その結果、これらの抵抗に起因する熱ドリフトは最小限に抑えられます。オペアンプのノイズ・ゲインが増加するので、そのゲイン帯域幅積(GB積)に基づき、帯域幅はβ c / β -の割合で減少します。

AD8479」に上述した方法を適用すると、優れた結果が得られることを確認できます。AD8479は、広範な入力コモンモード電圧範囲に対応するディファレンス・アンプです。±600Vのコモンモード電圧範囲で差動信号を測定することができます。ゲインはユニティ・ゲインで固定です。それよりも高いゲインが必要になった場合には、本稿で紹介した方法で完璧に対応できます。電流検出のアプリケーションでは、一般的にゲインの値として10も好ましいとされます。そこで、G1が10のケースを考えてみます。

AD8479は、コモンモード信号を減衰させ、差動信号をユニティ・ゲインで増幅します。ゲインの調整を行う際には、そのことを考慮する必要があります。

まず、次式のとおり、G0の値は1です。

数式 5

正のリファレンスからのゲインは60、正入力からのゲインは1であることから、回路のノイズ・ゲインは61です。また、全体としてはユニティ・ゲイン・アンプとして機能するので、G_attnはノイズ・ゲインの逆数でなければなりません(以下参照)。

数式 6

上記の式(6)を使えば、R3とR4の値は以下のように簡単に計算できます。

数式 7

AD8479のゲインは、2kΩの負荷で規定されています。それがR3 + R4の目標値になります。そこで、以下のように値を設定します。

数式 8

標準抵抗によってこの回路を構成する場合、並列抵抗を構成し、単一の標準抵抗よりも正確な比率を実現する必要があります。具体的には、以下のようにします。

数式 9

このようにして構成した回路を図6に示しました。

図6 . AD8479 をベースとし、ゲインを10 に変更した回路
図6 . AD8479 をベースとし、ゲインを10 に変更した回路

図7に、図6の回路の入出力波形を示しました。ご覧のように、出力(青色)は期待どおりに入力(黄色)の10倍になっています。

図7 . AD8479 をベースとし、ゲインを10 に変更した場合の入出力波形
図7 . AD8479 をベースとし、ゲインを10 に変更した場合の入出力波形

ゲインが10の回路の公称帯域幅は、βc/β- = 1/10になります。つまり、AD8479の標準帯域幅の1/10になるはずです。図6の回路における- 3dB周波数の実測値は48kHzでした(図8)。

図8 . AD8479 をベースとし、ゲインを10 に変更した回路に48kHの信号を入力した結果。出力は-3dB 減衰しています。
図8 . AD8479 をベースとし、ゲインを10 に変更した回路に48kHの信号を入力した結果。出力は-3dB 減衰しています。

図9 に、図6 の回路にパルス信号を印加した場合の入出力波形を示しました。想定どおりの応答と性能が得られていることがわかります。スルー・レートについては、AD8479の標準的なスルー・レートと同じです。一方、セトリング時間は、帯域幅の減少に伴って長くなっています。

図9 . AD8479 をベースとし、ゲインを10 に変更した回路のパルス応答
図9 . AD8479 をベースとし、ゲインを10 に変更した回路のパルス応答

ゲインを変更した回路では、オペアンプの両入力に帰還をかけます。そのため、オペアンプのコモンモード電圧は、両方の入力信号の影響を受けます。それにより回路の入力電圧範囲が変化します。したがって、この点について評価を行い、オペアンプに過電圧がかかるのを防ぐ必要があります。また、ノイズ・ゲインが増加することから、出力におけるピークtoピークのスペクトル電圧ノイズも、それと同じ比率で増加します。ただ、信号が入力をリファレンスとする場合、その影響は無視できます。また、R3、R4、R5によってコモンモード誤差が追加されることはないと仮定すると、ゲインを高めた回路のCMRRは、元の回路のCMRRと変わりません。R5は、R3とR4を追加したことによるCMRRへの影響を補償するように実装されます。そのため、R5を使用して、CMRRが元の回路よりも高くなるように調整することも可能です。但し、それには細かい調整が必要になります。その過程で、CMRRと引き換えにゲイン誤差が増加することになるでしょう。

本稿で説明した方法を利用すれば、ゲインが固定であることの制約を回避しつつ、ゲインが固定のディファレンス・アンプが備えるメリットを活用することができます。本稿で紹介した方法には汎用性があり、多くのディファレンス・アンプに適用できます。3つの抵抗を追加するだけであり、能動部品を追加する必要はありません。それにもかかわらず、シグナル・チェーンの柔軟性を大幅に高めることができます。その結果、コスト、複雑さ、実装面積を削減することが可能になります。

著者

Matthew "Rusty" Juszkiewicz

Matthew “Rusty” Juszkiewicz

Matthew “Rusty” Juszkiewiczは、アナログ・デバイセズのリニア製品/ソリューション・グループ(マサチューセッツ州ウィルミントン)に所属するプロダクト・エンジニアです。2015年にアナログ・デバイセズに入社しました。ノースイースタン大学で電気電子工学の修士号を取得しています。趣味は釣り、スノーボード、料理の他、自宅周りの日曜大工です。