検出抵抗のコモンモード電圧でフロートさせた電流検出回路、測定データのワイヤレス送信にも対応

はじめに

検出抵抗を流れる電流を測定するのは、さほど難しいことだとは思えません。実際、抵抗に生じる電圧を増幅し、その値を A/D コンバータ(ADC)で読み取れば、電流値を計算することができます。ただし、システム・グラウンドから大きく離れた電圧レベルの位置に検出抵抗が配置されている場合、その測定は簡単なものではなくなります。その電圧差をブリッジするための一般的な方法は、アナログ領域を対象とするのかデジタル領域を対象とするのかによって異なります。本稿で紹介するのは、それらの方法とは異なるワイヤレスの測定手法です。

一般に、検出抵抗を流れる電流の測定は、アナログ方式の電流検出 IC を使用することで容易に行うことができます。ただし、IC が耐え得る電圧は、その製造プロセスに応じて制限されます。実際、定格電圧が 100 V を超える製品を見つけるのは容易ではありません。また、仮にそうした IC が見つかったとしても、検出抵抗のコモンモード電圧が急激に変化する場合や、同電圧がシステム・グラウンドをまたがって上下に振れる場合には、測定精度が低下することが少なくありません。

(磁気的または光学的な)デジタル・アイソレーションを利用する手法は、やや大がかりになります。ただし、この手法であれば、精度を損なうことなく、数千 V もの電圧に対応できます。この手法を利用する場合、絶縁型電源が必要になりますが、その種の電源が組み込まれたアイソレータ部品も存在します。検出抵抗がメインのシステムから物理的に離れた位置にある場合には、長いワイヤやケーブルも必要になるかもしれません。

本稿で紹介するワイヤレスの電流検出回路であれば、これらの制約の多くを解決することができます。検出抵抗のコモンモード電圧で回路全体をフロートさせ、測定結果のデータをワイヤレス(OTA: Over the Air)で送信することにより、電圧に関する制約は完全に取り払われます。ケーブルを使用しなくて良いので、検出抵抗は任意の場所に配置できます。回路全体の消費電力が非常に少ない場合、絶縁型電源も必要なく、小型のバッテリで何年も稼働させることができます。

設計の概要

図 1 に示したのが、本稿で紹介する回路のブロック図です。この電流検出回路では、チョッパ安定化オペアンプ「LTC2063」によって検出抵抗の電圧(抵抗による電圧降下によって生じた電位差)を増幅します。増幅した電圧の値は、超低消費電力の逐次比較型 ADC(SAR ADC)「AD7988」によってデジタル・データに変換されます。その結果は、SPI(Serial Peripheral Interface)を介して送信されます。ワイヤレス・モジュールの「LTP5901-IPM」は、無線機能に加え、IP(Internet Protocol)ベースのメッシュ・ネットワークを自動的に形成するためのファームウェアを備えています。また、同モジュールが内蔵するマイクロプロセッサは、AD7988 からのデータを SPI ポートを介して読み出します。「LTC3335」は低消費電力の DC/DC コンバータ IC であり、バッテリの電圧を基に一定の出力電圧を生成します。同 IC は、バッテリから引き出した累積放電量を通知するクーロン・カウンタも搭載しています。

Figure 1
図 1. ワイヤレスで測定結果を送信する低消費電力の電流検出回路。この回路では、まず消費電力の少ないチョッパ安定化オペアンプにより、検出した電圧を増幅します。増幅した電圧は、低消費電力のADC(とリファレンス IC)を使ってデジタル・デ ータに変換します。得られたデータは、SmartMesh IPファミリーのワイヤレス・モジュールに送信されます。低消費電力の DC/DC コンバータ IC であるLTC3335 は、バッテリの電圧を基に必要な定電圧を生成するとともに、バッテリの累積放電量を監視/通知します。

シグナル・チェーン

LTC2063 は、超低消費電力のチョッパ安定化オペアンプです。電源電流は最大でも 2 μA なので、バッテリで駆動するアプリケーションに最適です。また、オフセット電圧は 10 μV 未満に抑えられており、非常に小さな電圧でも精度良く測定できます。図 2 は、同 IC を使用し、10 mΩ の検出抵抗にかかる電圧を増幅するとともに、レベル・シフトも行うよう回路を構成した例です。ゲインは、検出抵抗における ± 10 mV のフルスケール入力(± 1 A の電流に対応)が、約 1.5 V を中心とするフルスケール出力範囲にほぼ対応するように選択しています。このようにして増幅された信号が、分解能が16 ビットのSAR ADC である AD7988 に送られます。この IC を選択したのは、スタンバイ電流が非常に少なく、DC 精度が高いからです。また、サンプル・レートが低い場合、この IC は、各変換タイミングの間では自動的にシャットダウンするようになっています。そのため、平均消費電流は、サンプル・レートが 1 kSPS の場合でわずか 10 μA に抑えられます。電圧リファレンス IC の「LT6656」は、オペアンプ、レベル・シフト用の抵抗、ADC のリファレンス入力に電圧を供給します。この IC の消費電流は 1 μA 未満で、低ドロップアウトの条件でも最大 5 mA の負荷電流を供給できます。3.3 V のシステム電源を使用する場合でも、正確に 3 V を出力することが可能です。

このシグナル・チェーンには、オフセット誤差に対して同じくらいの影響を及ぼす要素が 3 つあります。LTC2063 のオフセット電圧、AD7988 のオフセット電圧、レベル・シフト用の抵抗(誤差 0.1 % の製品を推奨)のミスマッチです。これらによって、フルスケール入力である ±10 mV の約 0.5 % に相当する誤差が生成されます。ただ、このオフセットは 1 点キャリブレーションによってほぼ解消することができます。一般に、ゲイン誤差が生じる主な要因は、検出抵抗の精度の低さです。その精度は、電圧リファレンスの特性(LT6656 の場合、精度は 0.05 %、ドリフトは 10 ppm/°C)よりも低い傾向にあります。

Figure 2
図 2. 電流検出回路の構成例。検出抵抗の電圧によってフロートしています。検出抵抗に生じる電圧は、チョッパ安定化オペアンプである LTC2063 によって増幅するとともに、ADC(AD7988)の入力仕様に対応するようバイアスします。LT6656 -3 は、3 V のリファレンス電圧を高い精度で供給します。

パワー・マネージメント

LTC3335 は、超低消費電力の昇降圧型 DC/DC コンバータ IC です。クーロン・カウンタを内蔵する点も特徴とします。この例では、1.8 V ~ 5.5 V の入力電圧を基に3.3V のレギュレーション電圧を出力します。この IC を使うことで、2 個のアルカリ電池(1 次電池)によって回路を動作させることができます。デューティ・サイクルに基づいて動作するワイヤレス・アプリケーションの場合、無線機能がアクティブ・モードかスリープ・モードかによって、1 μA から 20 mA までといった具合に負荷電流が大きく変化します。LTC3335 は、無負荷時の静止電流がわずか 680 nA です。ワイヤレス・モジュールやシグナル・チェーンがスリープ・モードにある場合、非常に少ない消費電力で回路全体の動作を維持することができます。また、出力電流は最大 50 mA なので、ワイヤレス・モジュールやシグナル・チェーンに対して十分な電力を供給することが可能です。

LTC3335 は、便利なクーロン・カウンタも内蔵しています。スイッチング時に、バッテリから引き出した累積電荷量を記録します。この情報は、I2C インターフェースを介して読み出すことができ、バッテリの交換時期の予測に利用できます。

ワイヤレス・ネットワーク

LTP5901-IPM は完全なワイヤレス・モジュールです。無線トランシーバ、組み込みマイクロプロセッサ、Smart-Mesh IP ネットワーク・ソフトウェアを内蔵しています。LTP5901-IPM は、このアプリケーションにおいて、ワイヤレス・ネットワークとハウスキーピングという2 つの処理を担います。ネットワーク・マネージャの近くで複数のSmartMesh IP モートが起動したとします。すると、各モートは自動的に互いを認識し、ワイヤレス・メッシュ・ネットワークを形成します。また、ネットワーク全体の時刻同期が自動的に確立され、各無線機能は非常に短い特定の時間だけ起動するようになります。その結果、各ノードはセンサーを利用した情報源としてだけでなく、他のノードからのデータを中継してマネージャに送るルーティング・ノードとして機能することも可能になります。それにより、非常に信頼性が高く、消費電力の少ないメッシュ・ネットワークが実現されます。各ノードからマネージャまでのパスは複数存在しますが、ルーティング・ノードを含むすべてのノードが非常に少ない消費電力で動作します。

TP5901-IPM は、ネットワーク・ソフトウェアを実行するためのマイクロプロセッサコアとして、ARM® Cor-tex®-M3 を採用しています。各アプリケーションに固有のタスクを実行するためにユーザーが記述したファームウェアを実行することもできます。この例では、LTP5901-IPM が内蔵するマイクロプロセッサは、AD7988 の SPI ポートからデータを読み出します。また、LTC3335 の I2C ポートを介してクーロン・カウンタの値も読み出します。さらに、このマイクロプロセッサから、チョッパ安定化オペアンプである LTC2063 をシャットダウン・モードに設定することも可能です。それにより、消費電流を 2 μA から 200 nA に引き下げることができます。このような制御を行えば、測定周期が非常に長いアプリケーションにおいて、さらなる消費電力の削減を図ることが可能になります。

全体的な消費電力

アプリケーション回路全体の総消費電力は、シグナル・チェーンによる測定の頻度やネットワーク内のノードの設定など、さまざまな要因に依存します。ただ、モートが 1 秒に 1 度通知を行う場合の標準的な消費電流は、測定回路部で 5 μA 未満、ワイヤレス・モジュール部で 4 0 μA 程度に抑えられます。そのため、小型バッテリによって数年間動作させることができます。

Figure 3
図 3. 小さなプリント回路基板上に実装された電流検出回路 。物理的な接続部は、電流の測定に使用するバナナ・ジャックだけです。右側にあるのがワイヤレス・モジュールです。この回路は、基板の背面に接続された2個の単4バッテリを電源として使用します。

まとめ

旧Linear Technology の製品を含むアナログ・デバイセズの各種製品を組み合わせることで、ワイヤレスで測定データを送信可能な電流検出回路を実現できます。使用するのは、シグナル・チェーン用の IC、パワー・マネージメント用の IC、ワイヤレス・ネットワーク用のモジュール製品です。図 3 に、その実装例を示しました。LTC2063 は、超低消費電力の新たなチョッパ安定化オペアンプです。これを使用すれば、検出抵抗に生じるわずかな電圧を正確に測定できます。超低消費電力のADC と電圧リファレンスを含む回路全体は、検出抵抗のコモンモード電圧でフロートされます。超低消費電力の昇降圧型 DC/DC コンバータ IC である LTC3335 を利用していることから、この回路は小型バッテリによって数年間動作させることができます。また、同 IC が内蔵するクーロン・カウンタによって、バッテリの累積放電量を把握できます。ワイヤレス・モジュールである LTP5901-IPM は、アプリケーション全体を管理し、非常に信頼性の高い SmartMesh IP ネットワークを自動的に構築します。

著者

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Kris Lokere

Kris Lokereは、シグナル・チェーン製品の戦略的アプリケーション・マネージャで、リニア・テクノロジーの買収に伴いアナログ・デバイセズに入社しました。複数の製品ラインの技術を組み合わせるシステムを設計することに取り組んでいます。過去20年間に、オペアンプの設計、エンジニアリング・チームの構築、製品ライン戦略の管理に従事してきました。複数の特許を保有し、また、ルーヴェン・カトリック大学でM.S.E.E、バブソン大学でM.B.Aの学位を取得しています。