概要
USB PD(Power Delivery)は、USB Type-Cによる給電能力を高めるために策定された規格です。本稿では、同規格に対応するスタンドアロン型のPDコントローラIC(以下、スタンドアロン型コントローラ)について解説します。スタンドアロン型コントローラは、ポートの検出機能や不揮発性メモリなど、USB PDを活用するために必要な様々な回路を集積したものです。これを採用すれば、ファームウェアを開発することなく供給電圧/供給電流に関するネゴシエーションを管理することが可能になります。また、ソリューションのサイズやコストの削減といった設計上の課題の解決にも役立ちます。本稿では、まずUSB PDによって5V/9V/15V/20V/28V/36V/48Vの給電電圧を利用できるようになることの効果について簡単に説明します。続いて、USB PDに対応する旧来の設計が抱えていた課題を明らかにします。その上で、スタンドアロン型コントローラを採用することによってもたらされるメリットについて詳しく解説します。
はじめに
USB PDの市場は拡大を続けています。その対象となる機器としては、スマートフォン、ノート型PC、ワイヤレス・スピーカ、電動工具などが挙げられます。それ以外にもバッテリ駆動の様々なポータブル電子機器での採用が広がっています。USB PDを採用すれば、USB Type-Cのコネクタを使用して最大240W(USB PD 3.1の場合)の電力を供給できます。このことは、消費者に対して多大なメリットをもたらします。例えば、USB Type-Cのコネクタを使用してスマートフォンを充電することが可能になるからです(図1)。

一方で、USB PDは電力の要件に関する新たな課題をもたらします。同規格がサポートする広範な電力を供給するためには、電圧と電流の様々な組み合わせに対応する必要があるからです。具体的には、5V/9V/15V/20V/28V/36V/48Vの電圧と1.5A/3A/5Aの電流が組み合わせられる可能性があります。USBケーブルを介して給電を行う場合、電源(ACアダプタなど)からインライン・デバイス(スマートフォンなど)に対して電力が供給されます。その際には、両者の間で事前に通信を行い、給電能力と必要とする電力量についての情報を交換する必要があります。その情報には、適切な電圧レベルと電流レベルの値も含めなければなりません。
ソリューションによっては、給電を行うために、ポートの検出器、マイクロコントローラ、チャージャといった複数のICが必要になります。もちろん、そうしたソリューションでも適切な動作は得られます。但し、基板面積が大きくなり、コストが増加することに加え、カスタムのファームウェアが必要になります。その開発には多くの時間を要する可能性があります。
それに対し、スタンドアロン型コントローラを採用すれば、ファームウェアを開発する必要はありません。コントローラ単体で電力に関するネゴシエーションを管理することが可能なので、上記の課題を解消することができます。
USB PDにおける電力の要件
USB PDを採用すれば、2.5Wのスマートフォンと25Wのコードレス電動ドリルに対し、同じ電源アダプタとケーブルを使用して充電を行うことができます。それぞれの機器向けに、異なるアダプタやケーブルを用意する必要はありません。これは、同規格がもたらす大きなメリットの1つです。様々なケーブルによって引き出しがいっぱいになり、必要な充電器は絶対に見つからないという日々は過去のものになります。USB PDによって汎用性の高い給電システムが提供されれば、家庭で使用するアダプタやケーブルの数を削減できるということです。
USB PDのメリットと課題を適切に理解するためには、過去のUSB規格についておさらいしておく必要があります。初期の規格であるUSB 1.1/2.0は、給電よりもデータ転送に重点を置いたものでした。USBのケーブルで供給できる電力は、最大でも5V/500mAにすぎません。
時が経つにつれ、USBに対する消費者の期待は高まっていきました。USBケーブルによって、様々なバッテリを素早く充電できるようにすることが求められるようになったのです。そのためには、最大電流が500mAという仕様では不十分でした。そこで新たに策定されたのがBattery Charging v1.2(BC1.2)規格です。同規格は、USBケーブルを介して最大7.5W(5V、1.5A)の電力を供給できるようにするというものでした。それにより、USBを介したバッテリの充電能力は高まりました。それ以降は、新たなUSB規格が登場する度に給電能力が向上しています。USB Type-C 1.3(以下、Type-C 1.3)では、給電能力が最大15Wに増大し、USB PD 3.0(以下、PD 3.0)ではその数値が最大100Wまで引き上げられました。最新の仕様であるUSB PD 3.1(以下、PD 3.1)では、最大240Wまで給電能力が高められています。
BC1.2とType-C 1.3は、旧来のUSB規格と同じく5Vの電圧レールに対応しています。ただ、最大電流の値をそれぞれ1.5Aと3Aに引き上げることによって、給電能力を7.5Wと15Wに高めています。それに対し、PD 3.0では電流と電圧の両方の最大値を引き上げることで、最大100Wの電力に対応しました。具体的には、USBケーブルを介して2つのデバイスの間で最大20V/5Aの電力伝送を実現します。更に、PD 3.1では最大48V/5Aがサポートされました。
図2は、各USB規格の概要を示したものです。給電能力、最大電流、電圧についてまとめています。
USB PDに対応する電源は、値が可変の電圧レールを提供する必要があります。PD 3.1に対応する電源の場合、最小5V、最大48Vの電圧レールを提供することに加え、その間の複数の電圧レールも提供できるようになっていなければなりません。
PD 3.0は、電源がその給電能力に応じて特定の電圧レールを提供することを求めています。15W以上の電力を供給可能な電源は、5Vと9Vのレールを提供する必要があります。27W以上の電力を供給可能な電源は、5V/9V/15Vのレールを提供しなければなりません。更に、45W以上の電力を供給可能な電源は、5V/9V/15V/20Vのレールを提供する必要があります。
また、電源は各電圧レールにおいて複数の電流出力に対応する必要があります。まず、5Vの電圧レールを提供する電源は、そのレールによって500mA~3Aの電流を供給できるようになっていなければなりません。9Vの電圧レールを提供する電源は、1.67A~3Aの電流に対応する必要があります。15Vの電圧レールは1.8A~3A、20Vの電圧レールは2.25A~5Aの電流に対応しなければなりません(図3)。
PD 3.1では、電源に更に3つの電圧レールが追加されます。28V、36V、48Vの固定の電圧レールを提供し、それぞれ最大140W、180W、240Wの電力レベルに対応する必要があります。つまり、各電圧レールは最大5Aの電流を供給できるものでなければなりません。
USB PDに対応するには、標準的な電圧源と電流源に加えて、プログラマブル電源(PPS:Programmable Power Supply)の機能も提供する必要があります。PPS機能により、インライン・デバイスから電源に対して電圧と電流の値の(小さいレベルの)変更を要求することが可能になります。
PPS機能は、リチウム・イオン・バッテリの高速充電を図る上で非常に有用です。それにより、スイッチング方式のチャージャの動作点を最適化することができるからです。充電サイクルの定電流のフェーズにおいて、チャージャはバッテリに一定の電流を供給します。それにより、バッテリの電圧は満充電電圧に向けて徐々に上昇していきます。通常、チャージャに対する入力は一定です。チャージャの入力電圧がバッテリの電圧よりもはるかに高い場合には、電力損失が生じます。PPS機能は、チャージャにおいて最大の効率が得られる状態に近づくように入力電圧を調整します。それにより、電力損失は削減されます。また、充電電流が増加し、より高速にバッテリを充電できるようになります。
PPS機能は、USBケーブルを介していくつもの組み合わせの電圧と電流を供給することを可能にします。PPS機能を利用する場合、電源とインライン・デバイスの間で、どれだけの電力を供給すればよいのかということについて同意を交わすための手段が必要になります。
USB PDに対応するための旧来の設計
USB PDに対応するシステムは、ディスクリートの構成でも実現できます。但し、そのようなシステムでは、充電を開始するのは簡単な処理ではありません。電源(ACアダプタなど)とインライン・デバイス(スマートフォンや電動ドリルなど)は、USBケーブルによって接続されます。電源において、インライン・デバイスに給電するための準備を整えるためには双方向の通信機能が必要です。その機能を実装するには、通常、電源にもインライン・デバイスにも複数のICが必要になります(図4)。
CCピンの検出を担うIC(以下、CC検出IC)は、CCピンの電圧を測定します。それによって、ケーブルの向きと電源の電流能力を特定します。また、CC検出ICは電源の電圧能力と電流能力についての問い合わせを行います。インライン・デバイスが電圧と電流の値の変更を要求する場合には、その情報を電源に伝える役割も担います。
BC1.2に対応していることを検出するためのIC(以下、BC1.2検出IC)は、旧式のUSBアダプタをサポートするためのものです。新しい機器ではUSB Type-Cが採用されるケースが増えていますが、旧来のUSB規格を採用したアプリケーションは現在でも少なくありません。BC1.2に対応するポートは、CCピンの代わりにD+/D-ピンによって電源の給電能力に関する通信を行います。BC1.2検出ICは、D+/D-ピンから信号を取得し、旧来のUSB規格を採用したアプリケーションに対応する充電用の構成(コンフィギュレーション)を行います。
チャージャICは、インライン・デバイスのバッテリを安全かつ効率的に充電する役割を担います。電源からはインライン・デバイス(チャージャICの入力)に対して一定の電圧が供給されます。チャージャICは、バッテリの電圧、電流、温度の仕様に従って充電が適切に行われることを保証しなければなりません。
各ICの間の通信は、マイクロコントローラ(MCU)によって制御されます。まず、MCUはCC検出ICと通信することにより、電源の給電能力を把握します。続いて、電源の給電能力をチャージャ/バッテリが必要とする電力と比較します。それにより、電源からどれだけの電圧と電流を供給しなければならないのかを判断します。MCUは電力に関する最終的な設定の情報をCC検出ICに返します。それにより、同ICが電源を正しく構成できるようにします。適切な電圧と電流が確認された時点で、MCUはチャージャの構成を行うと共にイネーブルに設定します。
USB PDに対応する設計を実現するためには、旧来のUSBや標準的なUSB Type-Cに対応する場合と比べてより多くの要素が必要になります。言うまでもなく、ICの数が増えればコストとソリューションのサイズは増大します。また、様々な要素の間の通信を管理しつつ、PD 3.0のすべての要件を満たすために、複雑なファームウェアを設計しなければなりません。仮に、設計者がUSBの仕様を熟知していないとしたら、恐らくファームウェアの設計が原因で開発サイクルが長くなってしまうでしょう。
スタンドアロン型コントローラの詳細
スタンドアロン型コントローラを採用すれば、USB PDの設計を簡素化することができます。CCピンの検出機能、BC1.2の検出機能、MCUが1つのICに集積されているからです。4つのICから成る設計を、わずか2つのICを使用する設計に変更できるため、基板面積とコストを削減可能です。
スタンドアロン型コントローラが集積している要素の中で最も強力なものは組み込みMCUです。このMCUは、PD 3.0に関連するすべての通信プロトコルとタイミングの要件に対応しています。そのため、設計者は、それらの仕様について理解するために開発時間を費やす必要はありません。
スタンドアロン型コントローラの一例が「MAX77958」です(図5)。同ICは、他にはない2つの特徴を備えています。1つは、不揮発性メモリを内蔵していることです。もう1つは、同ICと組み合わせて使用するチャージャを直接制御するためのI2Cのメイン・ポートを備えていることです。どちらも、外付けMCUとファームウェアのカスタム開発を不要にすることに貢献します。
MAX77958を採用した場合、GUI(Graphical User Interface)を使用することによって、一般的なアプリケーションを対象とするカスタマイズされたスクリプトを生成することができます。それらのスクリプトは、同ICの不揮発性メモリに書き込むことが可能です。同ICは、GPIOをトグルしたり、I2Cのメイン・ポートを介してチャージャにI2Cのコマンドを送信したりするためのコマンドを自動的に実行します。
上記のように、GUIを使用すれば、カスタマイズされたスクリプトをシンプルでユーザ・フレンドリなコマンドをベースとして簡単に記述できます。MAX77958が備えるソフトウェアは、スクリプトを16進の形式に変換し、同ICの構成領域に書き込みます。開発者は、アプリケーションに必要な機能を実現するために、簡単な処理やシーケンスを定義することが可能です。
図6は、カスタムのスクリプトを記述した例です。このスクリプトには、実際に使用できる関数の例も含まれています。GUIは、記述されたスクリプトに基づいて、2進形式(bin)と16進形式(hex)のファイルを出力します。MAX77958は、このようなスクリプトによって必要な機能を実現できるという独自の仕組みを備えています。このことは、開発時間の大幅な短縮につながります。

まとめ
USB PDは、USBケーブルで充電することが可能なバッテリ駆動の機器の数を劇的に増加させます。同規格は、広範な給電能力を実現できるように、5V/9V/15V/20V/28V/36V/48Vという7つの新たな電圧レールについて定めています。また、給電を行う際には、電源とインライン・デバイスの間で電圧と電流のレベルに関するネゴシエーションを実施する必要があります。
スタンドアロン型コントローラは、必要なほとんどの回路ブロックを1つのICとして集積したものです。この種の製品は、設計作業の簡素化に役立ちます。適切な製品を選択すれば、外付けのMCUやカスタムのファームウェアは必要ありません。スタンドアロン型コントローラを採用すれば、USB給電の最新動向に対応しつつ、設計/開発の作業を加速することができます。
参考資料
「Designing in USB Type-C and Using Power Delivery for Rapid Charging(USB Type-Cの設計、USB PDを活用して急速充電を実現)」Digi-Key、2017年3月
Bob Dunstan、Richard Petrie「USB Power Delivery.” USB Implementers Forum」2019年11月
「USB-C Fundamentals(USB-Cの基礎)」Analog Devices、2020年
「USB Power Delivery」USB
「USB Power Delivery: Convenience and Safety(USB PDの技術 ~安全と利便性を実現する技術~)」Renesas