アイドリング・ストップ時におけるインフォテインメント機器への給電

背景

従来から、自動車メーカーは、燃料の節約に有効なアイドリング・ストップ・システム(Start/Stop Systems)に対して注力を続けています。アイドリング・ストップ・システムでは、車が停止している間、エンジンをアイドル状態にするのではなく、一旦停止させます。そして、再び走行を開始する際、即座にエンジンを再始動させます。停止と発進が何度も繰り返される場合、エンジンが長時間にわたってアイドリングの状態になることが避けられ、排気ガスの量を削減し、燃料を節約することができます。これはシンプルな考え方に基づく機能です。例えば、赤信号で停止しているときや、踏切で列車の通過待ちで停止しているときに、エンジンを動かしたままにしておく必要はありません。エンジンを止めれば、エネルギーの無駄な消費を回避することができます。アイドリング・ストップ・システムを搭載した車両は、搭載しない車両と比べて、市街地での走行という条件下で約8%の燃料を削減できるとされています。

自動車の快適さや安全性は、アイドリング・ストップ・システムを適用したことによって損なわれるということはありません。アイドリング・ストップの機能は、エンジンが最適な動作温度に達するまでアクティブにならないように設計されています。また、車内の温度がエアコンの設定値に達していなかったり、バッテリが十分に充電されていなかったり、ドライバがハンドルを動かしていたりする場合にも、この機能は働きません。

アイドリング・ストップの機能は、スタータ用のモーターやオルタネータ、関連するあらゆるセンサーからのデータを監視する中央制御ユニットによって管理されます。快適さと安全性のために必要だと判断されれば、同制御ユニットは自動的にエンジンを再始動します。例えば、自動車が動き始めたり、バッテリの充電量が大幅に低下したり、フロントガラスに結露が生じたりすることがあります。また、ほとんどのシステムは、一時停止と運転の終了の違いを認識します。ドライバのシートベルトが外れていたり、ドアやトランクが開いていたりすると、エンジンは再始動されません。加えて、アイドリング・ストップ機能は、(少なくとも現時点では)必要であればボタンを押すことによって完全に非アクティブ化することができます。

ただし、エンジンが再始動するときには、12Vのバッテリ電圧が5V以下に低下するといったことが起こり得ます。そのとき、稼働中のインフォテインメント・システムや5V以上の電源電圧を必要とする電子デバイスは、リセットされてしまう可能性があります。ナビゲーション・システムやインフォテインメント・システムの中には、5V以上の入力電圧(電源電圧)を必要とするものがあります。バッテリからの電圧を受け取るDC/DCコンバータが降圧型のものだけである場合、エンジンが再始動したときにバッテリ電圧が5V以下に低下すると、入力電圧も5V以下になって、それらのシステムはリセットされてしまうということです。エンジンが再始動するたびに、音楽プレーヤやナビゲーション・システムがリセットされるなどということは、許容されるはずもありません。

ソリューション

アナログ・デバイセズは、Power by Linear ®シリーズの製品として、トリプル出力のDC/DCコントローラIC「LTC7815」を提供しています。LTC7815は、1つの昇圧コントローラ機能と2つの降圧コントローラ機能を1つのパッケージで提供する製品です。効率に優れる同期式の昇圧コンバータは、その後段に位置する2つの同期式降圧コンバータに電力を供給することを主な目的として設けられています。このような構成になっていることから、同製品を使用すれば、自動車のバッテリ電圧が下がったときでも、各システムに適切な電圧を供給することができます。これはアイドリング・ストップ・システムにとって、非常に有用な機能です。また、バッテリからの入力電圧がプログラムされた出力電圧(昇圧によって生成する電圧)より高い場合、昇圧コントローラは100%のデューティ・サイクルで動作します。つまり、入力電圧をそのまま直接降圧コンバータに受け渡し、電力の損失を最小限に抑えます。

図1に示したのは、LTC7815の実用回路例です。この回路は、昇圧コンバータによって降圧コンバータに10Vを供給するケースに対応しています。昇圧コンバータは、それぞれ5V/7Aと3.3V/10Aの出力を生成する2つの降圧コンバータに電力を供給します。それだけでなく、2Aの電流を供給可能な第3の出力としても使用できます。この回路は、入力電圧VINが28V以下の場合、2.1MHzのスイッチング周波数での動作を維持します。入力電圧が28Vを超えると、サイクル・スキップが発生します。

Figure 1
図1 . アイドリング・ストップ・アプリケーション用の回路図。LTC7 815は2 . 1MHz のスイッチング周波数で動作します。

LTC7815は、起動時には4.5V~38Vの入力電圧で動作し、起動後は2.5Vという低い電圧で動作を継続します。同期式昇圧コンバータの出力電圧は最高で60Vです。入力電圧が十分に高く、効率を最大化できる場合には、同期式スイッチを完全にオンにして動作し、入力電圧をそのまま通過させることが可能です。2つの降圧コンバータの出力電圧は0.8V~24Vで、システム全体として95%の効率を達成します。最短のオン時間が45ナノ秒と短いことから、2MHzのスイッチング周波数によって大幅な降圧にも対応できます。そのため、AMラジオのように重要かつノイズに弱い周波数帯を避けることが可能です。また、外付け部品としては小型のものを使用できます。

LTC7815は、Burst Mode®という動作モードを備えています。このモードでは、無負荷での出力電圧を調整する際、チャンネル当たりの自己消費電流を28µA(3チャンネルすべてがオンのときは38µA)に削減することができます。これは常時起動させておく必要があるシステムにおいて、バッテリの消耗を防ぐ上で有効な機能です。また、同ICは、オン抵抗が1.1ΩのNチャンネルのMOSFETに対応可能なゲート・ドライバを内蔵しています。このドライバは、スイッチング損失を最小限に抑えつつ、チャンネル当たり10A以上の出力電流を供給することができます。この電流値は、外付け部品によってのみ制限されます。各コンバータの出力電流は、インダクタ(DCR)の両端の電圧降下をモニタするか、あるいは別の検出抵抗を使用することによって測定します。LTC7815は固定周波数電流モードのアーキテクチャを採用しており、320kHz~2.25MHzの範囲内で周波数を選択できます。あるいはそれと同じ範囲にある外部クロックと同期をとることも可能です。

バッテリの稼働時間を延伸する

常時オンの電源バスを必要とするあらゆるシステムでは、不要な部分の電源はオフにして、バッテリのエネルギーを浪費しないようにしなければなりません。一般に、そうした状態は、スリープ、スタンバイ、またはアイドル・モードと呼ばれます。いずれにせよ、システムの自己消費電流を非常に少なく抑えることが求められます。テレマティックス、CD/DVDプレーヤ、リモート・キーレス・エントリーなどのシステムの電気回路や、常時オンのバス・ラインを複数備える車載アプリケーションでは、自己消費電流を抑えてバッテリのエネルギーを節約することが特に重要です。そうしたシステムでは、スタンバイ・モードにおける消費電流をできるだけ少なく抑える必要があります。自動車では、電子システムへの依存度が日に日に増しています。そのため、バッテリの無駄な消費に対する圧力は高まり続けています。

LTC7815では、昇圧コンバータと、1つの降圧コンバータがオンになるスリープ・モードにおいて、消費電流は28µAとなります。3つのチャンネルすべてがオンになるスリープ・モードでは、消費電流はわずか20µAとなります。アイドル・モードでは、バッテリの稼働時間は大幅に延伸されます。これは、同ICを高効率のBurst Modeで動作するように設定することで実現されます。LTC7815は、短時間のバーストの形で電流を出力コンデンサに供給した後、出力コンデンサだけによって電力を負荷に供給するスリープ期間に入ります。図2は、この動作の概念を示したタイミング図です。

Figure 2
図2 . B u r s t M o d e におけるLTC7 815 の動作。各ノードの電圧波形を概念図として示しました。

スリープ・モードでは、即座に応答が必要な重要な回路以外の多くの内部回路がオフになります。出力電圧が低くなりすぎると、スリープ信号がアクティブ化されると共に、コントローラが上側の外付けMOSFETをオンに切り替えて通常のBurst Modeの動作が再開されます。あるいは、軽い負荷に電流を供給する際、強制的な連続モードまたは固定周波数のパルス・スキップ・モードで動作させたいとユーザが考えるケースがあります。どちらのモードにも容易に設定することができますが、自己消費電流は増加します。

効率とサイズ

図1の回路図のような使い方で5Vを出力する場合、その効率は約90%となります( 図3) 。スイッチング周波数を2.1MHzから300kHzに下げると、効率は3%~4%向上します。

Figure 3
図3. LTC7815の効率と、他のコンバータ・セクションの負荷電流の関係

図4に、LTC7815のデモ用ボード(図1に示した回路)の外観を示しました。最も高い部品の高さは48mmです。

Figure 4
図4 . LTC7815のデモ用ボード。上側と下側のサイズを示しています。

保護機能

LTC7815は、DCR(インダクタの抵抗成分)または検出抵抗を使用して、出力電流を測定するように構成できます。2つの電流検出方式のうちどちらを選択するかは、主にコスト、消費電力、精度のトレード・オフによって決まります。DCRによる検出方法を選択すれば、高価な電流検出抵抗が不要になります。また、この方法は、特に大電流のアプリケーションにおいて、電力効率を高められることが理由となって普及しつつあります。ただし、検出抵抗を使用した方が、より高い精度で電流値を測定できます。

LTC7815が内蔵するコンパレータは、降圧コンバータの出力電圧をモニタし、公称値よりも10%以上高くなると過電圧の状態にあると判定します。この状態が検出されたら、上側のMOSFETはターン・オフし、下側のMOSFETはターン・オンします。この状態は、過電圧が解消されるまで継続します。下側のMOSFETは、過電圧の状態が続く限りオンのままになります。出力電圧が安全なレベルに戻ったら、自動的に通常の動作が再開されます。

高温の状態に陥ったとき、または内部の消費電力によってチップに過剰な自己発熱が引き起こされたときには、LTC7815は内蔵するシャットダウン回路によってシャットダウンされます。接合部温度が約170℃を超えると、過熱に対する保護回路によって、バイアス用の内蔵LDO(低ドロップアウト)レギュレータがディスエーブルになります。それにより、バイアス電源を0Vまで下げ、実質的に正しい手順によってLTC7815の全体をシャットダウンします。接合部温度が約155℃まで低下したら、LDOレギュレータはオンに戻ります。

まとめ

自動車のアイドリング・ストップ・システムは、燃料の節約に有効な機能であり、今後数年間にわたって進化し続けることが予想されます。それにあたっては、最大5Vまたは5V以上を必要とするインフォテインメント・システムやナビゲーション・システムへの電力供給に注意を払うべきです。それらのシステムは、エンジンの再始動によってバッテリ電圧が5V以下に低下するとリセットされる可能性があります。LTC7815は、バッテリ電圧を安全なレベルにまで昇圧する手段を提供します。そのための昇圧コントローラが、2つの降圧コントローラと共に提供されるということです。このような理由から、同ICは、アイドリング・ストップ・システムを採用した車が搭載する多くの電子デバイスへの電力供給手段として最適なソリューションだと言えます。

著者

Bruce Haug

Bruce Haug

Bruce Haugは、1980年にサンノゼ州立大学で電気工学の学士号を取得しました。2006年4月に、製品マーケティング・エンジニアとしてLinear Technology(現アナログ・デバイセズ)に入社しました。Cherokee International、Digital Power、Ford Aerospaceなどでの勤務経験があります。私生活では、スポーツに熱心に取り組んでいます。