測温抵抗体(RTD)は、多くの工業用アプリケーションの温度モニタに使われています。分散制御システム(DCS)やプログラマブル・ロジック・コントローラ(PLC)では、 1つのデータ・アクイジション・モジュールが、リモートで設置された数多くの RTDの温度をモニタします。高性能アプリケーションにおいては、それぞれの RTDに専用の励起回路と ADCを組み込んだ時に最良の精度が実現されますが、その場合データ・アクイジション・モジュールは大型化し、高価で消費電力も大きくなってしまいます。多重化すればモジュールを小型化し、コストと消費電力も削減できますが、精度がいくぶん低下するおそれがあります。本稿では、多重化システムの誤差を最小限に抑える方法を紹介します。
回路構造
RTDには2線式、3線式、および4線式構成のものがあります。2線式が最も安価であり、最も精度が高いのが4線式です。工業用アプリケーションに多用される3線式の RTDは、2個のマッチングした電流源で励起させて、リード線の抵抗を相殺することができます。精密基準抵抗とともに使用すれば、電流源誤差が測定精度に影響を与えることはなくなります。AD7792やAD7793などの高性能ADCは励起電流源を内蔵しており、高精度のRTD測定に最適です。
オンチップ電流源によって励起される2つの3線式RTDを図1に示します。RTDチャンネルは、ADG5433などのマルチプレクサによって選択します。ADG5433は、耐ラッチアップ機能付き高電圧トリプルSPDTスイッチです。

一度に測定できるのは1つの RTDだけです。RTD #1の測定時はS1A、S1B、およびS1Cを閉じ、RTD #2の測定時はS2A、S2B、および S3Bを閉じます。1つのADG5433は2つの3線式 RTDのスイッチングを行うことができ、マルチプレクサを追加すれば3つ以上のセンサーを操作できます。RLXXは、RTDと測定システム間の長い配線によって生じる抵抗にスイッチのオン抵抗を加えた抵抗を表します。
RTD抵抗の計算
RTD #1を測定するためにS1A、S1B、およびS1Cを閉じた状態では、RTDの抵抗は次式により計算できます。
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したがって、測定はRREFの値(および精度)のみに依存します。しかし、ここではIOUT1 = IOUT2、およびRL1A = RL1B = RL1Cと仮定しています。実際には、これらの電流と抵抗のミスマッチが測定誤差の主な原因となります。
電流源とワイヤ抵抗のミスマッチによる影響
次に、2つの電流源の間に、IOUT2 = (1 + x) IOUT1で表されるミスマッチがあるものとします。ここで次式を考えます。

ミスマッチは、オフセット誤差とゲイン誤差の両方を発生させます。オフセット誤差は2本のリード線抵抗値のミスマッチに起因しており、ゲイン誤差は2つの電流源のミスマッチに起因しています。これらのミスマッチを考慮しなければ、ADCから読み出したデータに基づいて計算したRTD抵抗の値は不正確なものとなります。
例として200 ΩのRTDを使用し、ミスマッチを考慮せずに得られた値を表1に示します。諸元は、RREF = 1000 Ω、IOUT1 = 1 mA、IOUT2 > IOUT1(比率は表に示すパーセンテージ)、 RL1A = 10 Ω、RL1C > RL1A(差は表に示す抵抗値)です。
表 1. ミスマッチを考慮しない場合の測定RTD値
RL1C – RL1A
(IOUT2 – IOUT1)/IOUT1
|
0.01 Ω | 0.1 Ω | 1 Ω |
0.1% | 199.88 | 199.79 | 198.89 |
0.5% | 199.44 | 199.35 | 198.45 |
1.0% | 198.90 | 198.81 | 197.90 |
誤差を最小限に抑制
これらのデータは、わずかなミスマッチが精度を大きく低下させること、そして、性能を向上させるためには良好にマッチングされた電流源とスイッチを使用する必要があることを示しています。
伝達関数は線形なので、電流源と抵抗のミスマッチによる初期誤差は簡単に較正できます。しかし、ミスマッチは温度とともに変化するため、補償はより難しくなります。したがって、温度によるドリフトが少ないデバイスを使用することが重要です。
IOUT1 ≠ IOUT2の場合、電流源は次のように接続します。
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IOUT1と IOUT2を入れ換えるとすると、IOUT1を VIN-に、IOUT2を VIN+に接続することになります。
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ここで、電流源を最初の方向で接続して変換した結果と、電流源を逆に差し替えて変換した結果を加算すると、結果は次のようになります。

上の式によれば、測定は電流源のミスマッチに影響されないことになります。唯一の欠点は速度が低下することです。これは、それぞれのRTDの計算に2つの変換が必要になるためです。
AD7792とAD7793は、このようなアプリケーション用に設計されたものです。図2に示すように、内蔵スイッチは、I/Oレジスタへの書込みによって、出力ピンへの電流源の反転入れ替えを容易にします。
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結論
AD7792/AD7793内で励起電流源の反転入れ替えを行えば、多重化RTD測定回路の精度を向上させることができます。電流源と配線抵抗のミスマッチが結果に大きく影響することは、計算から明らかです。
参考資料
Kester, Walt, James Bryant, and Walt Jung.“Temperature Sensors.” Sensor Signal Conditioning, Section 7. Analog Devices, Inc., 1999.(「温度センサー」、センサー信号コンディショニング、第7項)