ソニック・ニルヴァーナ(音の極致):

MEMS加速度センサーを楽器対応のアコースティック・ピックアップとして使用

はじめに

MEMS1(マイクロ・エレクトロ・メカニカル・システム)技術は、シリコン集積回路のために開発されたコア製造インフラストラクチャを基盤にしています。マイクロ・エレクトロ・メカニカル構造を生成するには、定義されたパターンをシリコン基板にエッチングし、数分の1ミクロンを移動できるセンサー素子または機械式アクチュエータを形成します。圧力センサーは、大量生産品におけるMEMS技術の最初の応用例の一つですが、現在では何億個にものぼるエンジンマニホールドやタイヤ圧のモニタに使用されています。MEMS加速度センサーは、エアバッグの展開やロールオーバー(転覆)検出、車載用アラーム・システムなどにおいて15年以上の実績があります。

MEMS加速度センサー2はまた、ビデオ・ゲームや携帯電話などの消費者向けアプリケーションのモーション検出にも使用されます。MEMSマイクロミラー光アクチュエータは、オーバヘッド・プロジェクタ、HDTV、デジタル・シアター・プレゼンテーションなどで使用されます。近年では、携帯電話、Bluetoothヘッドセット、パソコン、デジタル・カメラなど、広範な消費者市場でのMEMSマイクロフォン3の採用が急増しています。

本稿ではMEMS加速度センサー製品で展開されている重要技術の一部を説明し、この技術でアコースティック・トランスデューサに新次元をもたらす方法について解説します。

MEMS加速度センサー技術

代表的なMEMS加速度センサーのコア要素は、2セットのフィンガーから構成される可動ビーム構造です。1セットは基板の全面グラウンド・プレーンに固定されており、もう1つは適用加速度に応じて動くスプリングに実装された既知の質量体と一体化されています。この適用加速度(図1)により、固定ビーム・フィンガーと可動ビーム・フィンガー間の静電容量が変化します3

Figure 1
図1. MEMS加速度センサーの構造
Figure 2
図2. ADXL50 MEMS加速度センサーの構造

これらのMEMS構造(図2)はミクロン単位の大きさなので、超高精度のシリコン・フォトリソグラフィやエッチング・プロセス技術を必要とします。MEMS構造は、通常は単結晶シリコンから、あるいは単結晶シリコン・ウェーハの表面に超高温度で蒸着した多結晶シリコンから成形されます。多種多様な機械的特性を持つ構造は、このように柔軟な技術の応用から生み出されます。制御や変更を行える機械パラメータの1つはスプリングの硬さです。センス素子の質量と構造のダンピングも設計で変更できます。センサーは、20kHzの帯域幅で数分の1gないし数百gを測定するよう作成できます。

Figure 3
図3. ADXL202 ±2g加速度センサー

MEMSセンシング素子は、同じチップ(図3)または別のチップ(図4)のコンディショニング電子機器に接続できます。シングルチップ・ソリューションではセンス素子の容量は1±当たり1~2フェムトファラドと小さく、これはアトファラド単位での測定分解能に相当します。2チップ構造の場合は、MEMS素子の容量をMEMSとシグナルコンディショニングASIC(特定用途向け集積回路)間のボンディング・ワイヤの寄生容量効果に対応した高い値にする必要があります4

Figure 4
図4. 代表的な2チップ加速度センサーの断面図

振動測定センサーとしての加速度センサー

振動検出トランスデューサを楽器対応のアコースティック・ピックアップとして使用することは、別に新しい考え方ではありません5。ピエゾ・トランスデューサと電磁トランスデューサは、今日の多くのアコースティック・ピックアップ・アプリケーションにおける基礎技術となっています。小型のMEMS加速度センサーは質量が非常に小さく、楽器に機械的負荷や質量負荷などの影響を及ぼすことがないため、これらのアプリケーションにとってかなり魅力的なデバイスです。しかし、商用の加速度センサーの帯域幅が狭いという理由から、これまでその使用は限られたものでした。

最近では、加速度センサーの技術革新により、非常に広い帯域幅の超小型加速度センサーが実現されています。高g(±70~±500g)の1軸加速度センサーADXL0017(図5)は、22kHzの帯域幅を持ち、5mm×5mm×2mmのパッケージで提供されています。この製品は、振動を監視してモータその他の産業用機器の状態を判定するのに最適です。この場合には、アコースティック特性の変化が検出されます。軸受摩耗の初期段階では、システム筐体にアタッチされた高g振動センサーでオーディオ帯域幅に見られる明確な振動特性を検出できます。数十g程度の加速度を測定する特殊センサーは、楽器用の音響振動センサーとして使用するには感度が十分ではありません。また、ADXL0016は1動作軸に沿ってのみ検出を行いますが、理想的なアコースティック・センサーは全3軸に沿っての反応を測定できることが求められます。しかしながら、このセンサーによって、MEMS技術を応用した全オーディオ帯域幅の加速度トランスデューサの開発が現実味を帯びてきています。

Figure 5
図5. ADXL001の周波数応答曲線

低g加速度センサーは加速度をミリg程度まで測定できますが、帯域幅が5kHz前後に制限されているのが普通です。こうした制限は、ほとんどの商用アプリケーションが大きな帯域幅を必要としないことから設けられたものです(主な用途は人間の動作や重力加速度の検出です)。そのため、オーディオ帯域幅測定に特化したセンサーを開発する必要性はほとんどありませんでした。

3軸加速度センサーは、直交座標のX、Y、Z軸に沿って加速度を検出するための出力を3つ備えています。3軸の低g加速度センサーADXL3307は、有効帯域幅が従来の低g加速度センサーより広くなっています。その帯域幅はX、Y軸で最大6kHz、Z軸で約1kHzです。この拡張された帯域幅は理想的なものではありませんが、オーディオ帯域で有用な情報を収集することが可能となります。出力はアナログなので、標準のオーディオ録音装置に簡単に組み込んで使用することができます。標準の表面実装パッケージを採用したADXL330は、従来型の半導体製造装置を利用することができます。4mm×4mm×1.45mmという小型サイズのため(図6)、従来の加速度センサー技術では想像もできないような場所に設置することができます。この超小型サイズによって、測定対象システムの応答に質量負荷などの影響を与えることはありません。この低g加速度センサーをギターのアコースティック・ピックアップとして適用する方法については後述します。

Figure 6
図6. MEMS加速度センサー(4mm×4mm×1.45mm)

アコースティック・フィードバック

Søren Larsenは、オーディオ・フィードバック(Larsen効果として知られる)の原理を最初に発見したデンマークの科学者です。1920年代半ばにこの科学者が全指向性コンデンサ/ダイナミック・マイクロフォンを紹介して以来8、アコースティック・フィードバックはほとんどのオーディオ技術者が持て余す、ライブ・サウンドにとって避けがたい悩みの種となっています。ビートルズ(The Beatles)はこのオーディオ・ノイズを実験的にサウンドに取り入れ、1964年にこのノイズをイントロに加えた「I Feel Fine」という名曲を発表しました9。すると、ロックンロールはこの怪物を受け入れて手なづけるようになり、アコースティック・フィードバックはロック・ミュージックの強烈な個性となりました。エレキギター奏者のピート・タウンシェンドやジミー・ヘンドリックスなどは、ギターをアンプに近づけて意図的にフィードバックを発生させました。やがてこうした一時的な流行は廃れましたが、オーディオ技術者達はなお、ライブ・サウンド・アプリケーションにおけるアコースティック・フィードバックの耳障りで不快な効果と格闘し続けました。音響処理が行われる整備の整った録音スタジオのパーフェクトな世界では、ハイエンド向けの全指向性マイクロフォンで楽器の音が録音され、それは驚くほどリアルで忠実なサウンドとなります。このサウンドに出会って大事にしているアーティストは、それをステージで再現する方法を長い間探し求めてきました。ライブのショーをスタジオ・サウンド品質で録音することはすべてのミュージシャンの夢ですが、これはほとんど不可能でした。たとえサウンド補強装置が立派でも、アリーナの音響が優れていても、音響技術者がミキシングに関して必要なことをすべて知っていて最高の装備を使用できるとしても、ソニック・ニルヴァーナ(音の極致)に至る道には1つの障害が存在します。それがフィードバックです。

アコースティック・ピックアップ

アコースティック・フィードバックは、一般に指向性マイクロフォンを使って最小限に抑えることができます。これはある程度有効な方法ですが、現場ステージの音響特性の変化に対処するためには、音響技術者がつきっきりで調整を行う必要があります。

楽器はピックアップを使って増幅できます。技術は変化しますが基本的な考えは同じで、空間を満たすサウンドではなく楽器本体の振動を直接検出することが必要となります。この利点は明らかです。これらのピックアップは空中のサウンドに影響されにくいので、アコースティック・フィードバックをほとんど生成しません。欠点も多くあります。楽器本体で良い音を出す位置を見つけることが難しいことは有名であり、ピエゾ・ピックアップの音特性は決して完全なものではなく、その高出力インピーダンスは特殊な楽器入力またはダイレクト・ボックスを必要とします。また、ピエゾ・ピックアップはサイズが大きく、楽器の自然な音響動作を妨げる可能性があります。

こうしたことから、低質量の接触型マイクロフォンという考えが生まれてきました。ここで、楽器本体の加速度を測定する表面トランスデューサ(複数軸で測定するのが望ましい)を使用するものと仮定しましょう10。このトランスデューサは優れた直線性を備えていて、非常に軽量なので測定対象の楽器に音響的な影響は与えません。さらに、トランスデューサは従来のマイクロフォンと同じような出力レベル、出力インピーダンス、電源条件を持つものとします。つまり、ミュージシャンがこのトランスデューサをマイクのプリアンプまたはミキサ入力につなぐものとします。ほかのマイクロフォンもすべて同じです。

接触型マイクロフォン

注意深い読者の皆さんは、前の段落で加速度に言及していることに気付かれるはずです。私たちの耳は音圧に反応するため、マイクロフォンは音圧を検知するように設計されます。きわめて単純にいうと、振動物のすぐそばの音圧は加速度に比例します11。それでは、接触型マイクロフォンとして使用するために十分な帯域幅を加速度センサーが備えていたらどうでしょうか?

このアイデアを検討するために、3軸加速度センサーをアコースティック・ギターに搭載してピックアップとして動作するようにしました。楽器の振動を測定し、内蔵のピアゾ・ピックアップとの比較、さらにはギターの近くに立てたMEMSマイクロフォンとの比較を行いました。使用したギターは、Fenderピックアップ内蔵のFender Stratacousticアコースティックです。アナログ出力MEMS加速度センサーは軽量のフレックス回路(エッチング・パターンを持つKapton®)に搭載し、ビーズワックス(蜜ろう)を使ってギター本体のブリッジ位置に装着しました(図7を参照)。加速度センサーのX軸はストリングの軸に沿っており、Y軸はストリングに垂直となり、Z軸はギターの表面に対して垂直となります。15kHzまでフラットな周波数応答特性を持つMEMSマイクロフォンは、リファレンス用として使用するためにストリングから3インチ離れた位置に搭載しました。

Figure 7
図7. Fender Stratacousticアコースティック・ギターに搭載された加速度センサー

加速度センサー、内蔵のピエゾ・ピックアップ、MEMSマイクロフォンを使って、短いサウンド・セグメントを録音しました。図8は、各トランスデューサの時間軸波形を示しています。どのオーディオ・クリップも後処理は行っていません。

Figure 8
図8. 異なるトランスデューサを使用した時間領域波形

図9は、時間領域波形のピークの1つで測定したピエゾ・ピックアップのFFTベースのスペクトルを示しています。このスペクトルは、強い低音成分を持つ応答を示しています。確かに、実際のオーディオ・ファイルは多くの低音応答によって十分すぎるほど低音が響いていました。個々人の趣味にもよりますが、これは心地よく感じられます。空洞共鳴によって、楽器の演奏を直接聴くときに感じる低音よりも厚みのある低音が生じるからです。

Figure 9
図9. ピエゾ・ピックアップのスペクトル

MEMSマイクロフォン出力は非常にフラットで、楽器の音を非常によく再現できます。この音は非常にナチュラルで、調和がとれていて、本物そっくりです。ピエゾ・ピックアップと同じポイントで測定されたFFTベースのスペクトルを図10(a)に示します。また、参考として、MEMSマイクロフォンの周波数応答を図10(b)に示します。

Figure 10a
図10(a). MEMSマイクロフォンのスペクトル
Figure 10b
図10(b). MEMSマイクロフォンの周波数応答

MEMS加速度センサーの出力は非常に興味深いものです。差し当たって欠点となるのはノイズ・フロアが高すぎてトラックの最初や最後にその信号が聴こえること、さらにZ軸の帯域幅が低周波数に制限されることです。各軸の音の再生は大きく異なります。

X軸とY軸の再生音は明るく明瞭で、調性の違いをはっきりと識別できます。予想通り、Z軸の再生音は低音優勢のものでした。図11はX軸スペクトル(a)、Y軸スペクトル(b)、Z軸スペクトル(c)を示しています。

Figure 11a
図11(a). X軸のスペクトル
Figure 11b
図11(b). Y軸のスペクトル
Figure 11c
図11(c). Z軸のスペクトル

X、Y、Z軸を重ねあわせることで、やや明るい音色の楽器音がうまく生成されました。このミックスを調整すれば、音調バランスを変化させて自然な音を再生できます。現在の加速度センサーは帯域幅に制限があるため、拡張された高次高調波は失われたままですが、それでも音の再現性は驚くほど忠実です。

結論

低gのMEMS加速度センサーは従来のフィードバック問題を克服しており、楽器対応の高品質アコースティック・ピックアップとしての高い潜在能力を示しています。Fender Stratacousticアコースティック・ギターに搭載された3軸加速度センサーは、音源再生用として期待しうる音質を実現しています。3つの軸は異なる音調特性を有していますが、それらの特性は、楽器本体から発せられる異なる向きの振動モードから生じたものです。3つの出力チャンネルを組み合わせればリアルな音を再現できるだけでなく、各チャンネルの組合せを変えてクリエイティブな音色効果を得ることもできます。

この実験に用いた加速度センサーは非常に有望なデバイスですが、いくつか欠点もあります。まず、このセンサーのノイズ・フロアが可聴レベルに達している点です。この問題はノイズ・ゲーティングなどの技術を使って最小限に抑えることができますが、理想的なセンサーは従来のマイクロフォンと同程度のノイズ・フロアを提供するものです。センサーの高周波応答は拡張する必要があり、楽器から出る音の全範囲をキャプチャするためには20kHzまで拡張するのが理想です。

MEMS加速度センサー技術は楽器用のアコースティック・ピックアップ・アプリケーションに対応できる潜在能力があます。特に、アコースティック・フィードバックが問題となるライブ演奏で力を発揮します。超小型の低消費電力MEMSデバイスは楽器のどこにでも目立たないように搭載でき、自然な振動特性に影響を与えることもありません。実際、複数のセンサーを楽器の別々の位置に搭載できるので、音響技術者はライブ・サウンド・アプリケーションにおけるアコースティック・フィードバックを恐れることなく楽器の自然な特長を柔軟に再現することができます。これで、「ソニック・ニルヴァーナ」に一歩近づくことになります。

参考資料

1www.analog.com/jp/products/mems.html

2www.analog.com/jp/products/sensors/mems-accelerometers.html

3Goodenough, F. “Airbags Boom When IC Accelerometer Sees 50 G.” Electronic Design. August 8 (1991)

4Rai-Choudhury, P. “MEMS and MOEMS Technology and Applications.” SPIE Press (2000)

5Hopkin, B. “Getting a Bigger Sound: Pickups and Microphones for Your Musical Instrument.” Sharp Press (2002)

6www.analog.com/jp/products/mems/mems-accelerometers/adxl001.html

7www.analog.com/jp/products/mems/mems-accelerometers/adxl330.html

8Olsen, H. “A History of High Quality Studio Microphones.” J. of Audio Engineering Society, 24. December 1976

9Fontenot, R. “I Feel Fine: The History of this Classic Beatles Song.” About.com

10Freed, A. and O. Isvan. “Musical Applications of New, Multi-Axis Guitar String Sensors.” International Computer Music Conference. pp 543–546 (2000)

11Olsen, H. “Acoustical Engineering.” Professional Audio Journals Inc. (1991)

著者

Rob-OReilly

Rob O'Reilly

Rob O’Reillyは1993年にアナログ・デバイセズに入社し、現在はマイクロマシン製品事業部で将来のビジネスや製品開発に関わる仕事を担当しています。これまでにアドバンスト・テスト、テスト、トリム/プローブ、キャラクタライゼーションの各グループのリーダーとして活躍し、15年以上にわたってiMEMS®加速度センサーおよびジャイロスコープのテスト/信頼性/キャラクタライゼーション・プロセスの開発で重要な役割を担ってきました。

Alex-Khenkin

Alex Khenkin

Alex Khenkinはアナログ・デバイセズのシニア・アコースティック・エンジニアです。Earthworks, Incでマイクロフォンの研究、設計に10年以上の経験があり、この分野の仕事を幅広くてがけてきました。マイクロフォンの周波数応答やダイナミック・レンジの拡張に携わり、その時間領域特性には特別な注意を払ってきました。モスクワ工科大学(MIREA:Moscow State Institute of Radio-Engineering, Electronics, and Automation)で応用音響学の修士号を取得。余暇にはクラシック・ギターの演奏を楽しんでいます。

Kieran-Harney

Kieran Harney

Kieran Harneyはマイクロマシン製品事業部のプロダクト・ライン・マネジャとして、新しいMEMS技術の開発に注力しています。彼は22年前にアイルランドのリムリックで半導体パッケージング・エンジニアとして入社しました。1994年から1997年まではフィリピンで組立/テスト・マネージャを務め、1997年には米国マサチューセッツ州ケンブリッジで組立、テスト、高度パッケージの開発を担当しました。アイルランドのリムリック大学で1983年には製造工学の学位を、また1993年にはMBAを取得しています。