背景
現在では、ADAS(Advanced Driver Assistance System:先進運転支援システム)を搭載する自動車は珍しいものではなくなりました。一般車両やトラックといった種類を問わず、多くの自動車に搭載されています。ADAS を利用すれば、安全な運転が促進されます。例えば、予測と異なる動きを示す歩行者や自転車、あるいは危険な軌道で進んでいる他の車両など、周囲の物体によってもたらされる危険性を検知した場合には、運転者に対して警告が発せられます。また、ADAS には、ACC( アダプティブ・クルーズ・コントロール)、死角の検知、車線逸脱警報、運転者の眠気の監視、自動ブレーキ、トラクション・コントロール、暗視などの動的な機能が一般的に含まれています。こうした機能が設けられていることで、安全に対する消費者の意識が高まることも期待できます。一方で、現在は、快適な運転が実現されることが強く求められています。また、安全に対する行政レベルの規制が強化され続けている状況にもあります。こうしたことにより、自動車に搭載される ADAS は、ここ 5 年ほどの間に大きな進化を遂げました。
ADAS が進化している一方で、業界では、価格に関する圧力、インフレ、複雑さ、システム・レベルのテストの難しさなど、さまざまな課題が浮上しています。欧州の自動車業界は、最も革新的な自動車市場の 1 つだと言えます。このことは、誰もが認める事実です。実際、多くの顧客が ADAS を採用し、最も普及が進んでいるのも欧州の市場です。とはいえ、米国と日本の自動車メーカーはさほど後れをとっているわけではありません。なお、究極の目標は、人間がハンドルを握る必要のない自動運転車を開発することです。
システムの課題
ADAS は、何らかのマイクロプロセッサを搭載しています。また、車両に配備された数多くのセンサーからのすべてのデータを収集するようになっています。それらのデータに対しては、運転者が容易に理解できる形で表示できるように処理が施されます。通常、こうしたシステムには、車両のメインのバッテリから直接電力が供給されます。車内の公称電圧は 9 V ~ 18 V ですが、システム内で生じる過渡的な現象により、その電圧は最大で 42V まで上昇する可能性があります。また、コールドクランクが生じると最小で 3.4 V まで降下することもありえます。そのため、こうしたシステムで使用する DC/DC コンバータは、少なくとも 3.4 V ~ 42 V という広い入力電圧範囲に対応する必要があります。また、トラックなどでは、デュアルバッテリ・システムが一般的に使用されています。その場合には、さらに広い入力範囲に対応しなければなりません。具体的には、上限値が 65 V に達する可能性があります。そこで、一般的な自動車にもトラックにも搭載できるように、3.4 V ~ 65 V の入力範囲に対応できるシステムを設計する ADAS メーカーも存在します。このことは、製造工程においてスケール・メリットを得ることにもつながります。
多くの ADAS では、5 V と 3.3 V の電源レールによってさまざまなアナログ IC や デジタル IC に電力を供給します。その種の ADAS のメーカーは、1 つのコンバータによってシングルバッテリとダブルバッテリの両方の構成に同時に対応したいと考えます。また ADAS は、空間的にも熱的にも制約のある車両に搭載されます。そのため、冷却用に使用できるヒート・シンクについては選択肢に限りがあります。この種のシステムでは、高い電圧に対応する DC/DC コンバータによって、バッテリから直接 5 Vと 3.3 V の電源電圧を生成することになるでしょう。加えて、今日の ADAS に適用するスイッチング・レギュレータとしては、従来からの 500 kHz 未満のスイッチング周波数ではなく、2 MHz 以上のスイッチング周波数に対応するものが求められます。その理由としては、次のようなものがあります。1 つは、干渉の可能性を回避するために、AM 周波数よりも高い周波数を使用したいと考えられているからです。もう 1 つの理由は、より実装面積の小さいソリューションが求められていることです。
ADAS の設計者は、すでに十分に複雑な課題を抱えています。それに加えて、ノイズ耐性に関するさまざまな規格に確実に準拠するように ADAS を設計しなければなりません。車載環境の中でも放熱量が少なく効率が高いことが重要な領域では、リニア・レギュレータではなくスイッチング・レギュレータが使われるようになりつつあります。ただ、スイッチング・レギュレータは、通常は入力電源バス・ラインの始点に位置する能動システムとなります。そのため、同レギュレータは電源回路全体の EMI(Electromagnetic Interference: 電磁干渉)性能に多大な影響を及ぼします。
電気/電子回路については、それらの回路から放出される不要なノイズが問題になります。その性能指標となるものが EMI です。放出されるノイズはエミッション( Emission) と呼ばれます。エミッションには、伝導性のものと放射性のものがあります。伝導性のエミッションは、回路の接続に使われるワイヤやパターンによって伝わります。一般に、ノイズは、回路内の特定の端子やコネクタの部分に局在します。そのため、伝導性のエミッションについては、多くの場合、適切なレイアウトや、フィルタの設計などにより、開発の比較的初期の段階で対応できます。
放射性のエミッションは、伝導性のエミッションとは全く性質が異なります。基板上では、電流が流れるすべての場所に電磁場が生じます。そして基板上のすべてのパターンがアンテナとなり、すべての銅プレーンが共振器として働きます。純粋な正弦波や DC 電圧以外のあらゆるものが、周波数軸上の至るところにノイズを発生させます。電源回路をどれだけ慎重に設計したとしても、放射性のエミッションがどの程度発生するかは、システム・レベルでテストを実施するまではっきりしません。また、放射性のエミッションについては、設計が基本的に完了するまで、正式な意味でのテストを実施することはできません。
EMI を低減するための手段としては、フィルタがよく使われます。フィルタにより、特定の周波数、特定の周波数範囲の成分を減衰させるということです。エミッションのエネルギーのうち、空間を伝わる(つまりは放射性の)成分は、金属製の電磁シールドを追加することで減衰させることができます。プリント回路基板のパターンを伝わる(つまりは伝導性の)成分は、フェライト・ビーズなどのフィルタを追加すれば抑えられます。他の通信用のコンポーネントやデジタル・コンポーネントにより、EMI を除去するとまではいかなくても、許容できるレベルにまで減衰させられるケースもあります。なお、EMI については、複数の規制機関が満たすべきレベルを規格として定めています。
表面実装技術を適用した入力フィルタ用の最新部品は、スルーホール型の部品よりも高い性能を備えます。しかし、その進歩を上回るペースでスイッチング・レギュレータのスイッチング周波数は高まっています。効率が向上し、最小オン時間と最小オフ時間が短くなりますが、スイッチの遷移が速くなることから多くの高調波成分が生成されます。スイッチの容量や遷移時間などのパラメータが一定である場合、スイッチング周波数が 2 倍になるごとに EMI 性能は 6dB ずつ悪化します。スイッチング周波数が 10 倍になると、エミッションは 20dB 増加し、広域帯にわたる EMI 性能は 1 次のハイパス・フィルタの周波数特性のような状態になります。
プリント基板設計の経験が豊富な技術者であれば、ホット・ループを小さくし、アクティブ層のできるだけ近くにシールディング・グラウンド層を配置するでしょう。ただ、ホット・ループの最小サイズは、デバイスのピン配置、パッケージの構造、熱に関する回路の要件、デカップリング部品にエネルギーを適度に蓄積するために必要なパッケージ・サイズによって左右されます。加えて、通常の平面状のプリント回路基板では、高調波の周波数が高くなるほど、望ましくない電磁カップリングの影響が大きくなります。そのため、30 MHz を超える信号を扱うパターン間の電磁カップリングまたはトランス・カップリングによって、フィルタの効果はすべて抑制されてしまいます。
EMI 性能が高く、高電圧に対応可能な DC/DCコンバータ
アナログ・デバイセズの Power by Linear™ グループは、上述したようなアプリケーション上の制約に対処するための製品を開発しました。それが、同期整流方式のモノリシック降圧コンバータ「LT8645S」です。高い入力電圧に対応することに加え、EMI 性能も優れています。3.4 V ~65 V の入力電圧に対応するので、一般車両にもトラックにも適用できます。特に ADAS では、コールドクランクやアイドリング・ストップからの再始動時に最小で 3.4 Vの電源電圧に対応する必要があります。また、ロード・ダンプの際に過渡的に発生する 60 V 以上の入力電圧にも対応しなければなりません。図 1 に示すように、LT8645Sはシングルチャンネル向けに設計されています。5 V の出力電圧、8 A の出力電流に対応可能です。また、同期整流方式により、2 MHz のスイッチング周波数において最大94 % の効率を実現します。さらに、Burst Mode® 動作では、静止電流を 2.5 μA 未満(無負荷、スタンバイ状態の値)に抑えられます。そのため、常に電源が投入されているシステムに最適です。

LT8645S のスイッチング周波数は、200 kHz ~ 2.2 MHzの範囲でプログラム可能です。その範囲全体で同期をとることができます。実装面積を削減するために、入力コンデンサに加えて、BST ピンと INTVCC ピンに付加するコンデンサを内蔵する独自のアーキテクチャ「SilentSwitcher® 2」を採用しています。このアーキテクチャでは、十分に制御されたスイッチング・エッジと、一体型のグラウンド・プレーンを備えつつ、ボンディング・ワイヤの代わりに銅ピラーを使用する内部構造が組み合わせられます。その結果、EMI 性能に影響を及ぼすエミッションを大幅に低減することができます。Silent Switcher2 は、2 層基板を含むあらゆるプリント回路基板上で優れた EMI 性能を実現します。同じクラスの DC/DC コンバータ製品と比べても、プリント回路基板のレイアウトの影響をはるかに受けにくくなっています。このよう新たなレベルの特徴が実現されていることには理由があります。LT8645S は、2 つの入力部、BST ピン、INTVCCピンに付加するコンデンサを内蔵しています。このことから、ホット・ループの面積を最小限に抑えられるのです。他の製品と同様に、入力部にはさらに 2 個の外付けコンデンサが必要です。しかし、それらのコンデンサについては、入力部のできるだけ近くに配置しなければならないという要件が大幅に緩和されています。ホット・ループの面積を最小化する内蔵コンデンサと、BT 基板の一体型グラウンド・プレーンを組み合わせることによって、EMI 性能が大幅に向上しています(図 2)。また、このマルチレイヤの BT基板では、QFN パッケージと全く同じパターンで I/O ピンを使用できます。加えて、グラウンドに接続する大きなサーマル・パッドも使用可能です。ラミネートをベースとする QFN(LQFN)パッケージは、標準的な QFN パッケージよりも屈曲性や柔軟性に優れています。また、ボード・レベルの温度サイクルに対し、ハンダの接合部においてはるかに高い信頼性が得られます。そのため、これまでリード部品しか使えなかった部分に LQFN 品を適用することが可能です。
車載部品に関する規格である CISPR25 のクラス 5 では、EMI のテストで使用するためのピーク限度値が定められています。LT8645S は、負荷に関する動作保証範囲において、そのピーク限度値を用いた EMI のテストに余裕を持って合格します。また、スペクトル拡散周波数変調を利用することにより、エミッションをさらに削減することも可能です(図 2)。LT8645S は、高い効率を実現するハイ・サイド/ロー・サイドのパワー・スイッチを内蔵しています。また、昇圧用のダイオードや発振回路、制御用のロジック回路を 1 つのダイ上に集積しています。Burst Mode で動作させることにより、出力リップルを 10 mV p-p 未満に抑えつつ、少ない出力電流でも高い効率を維持することができます。外形寸法が 4 mm × 6mm で、熱特性が強化された 32 ピンの小型 LQFN パッケージを採用しています。
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まとめ
より多くの一般車両やトラックに ADAS が搭載される状況はしばらく続くでしょう。ADAS に対して干渉を及ぼすことがないように、必要なすべての性能を満たす適切な DC/DC コンバータを見出すことが、容易な作業ではないことは明らかです。アナログ・デバイセズは、そうした車載システムの設計を担当する技術者に対し、SilentSwitcher 2 によって高い性能を実現した LT8645S を提供しています。同 IC を使用すれば、電源回路の設計作業を大幅に簡素化することができます。加えて、高度なレイアウト手法や設計手法を適用しなくても、必要なすべての性能を得ることが可能です。