太陽光発電システムとスマートグリッドの統合化を支えるアイソレーション技術

太陽光発電インバータ

太陽光から直接電気エネルギーを生成する方法で主要なものは太陽光電池(PVセル)によるものです。PVセルは光エネルギーの光子を電子の流れに変換することで電流を生成します。図1は大規模な太陽光発電施設の航空写真です。

Figure 1
図1.太陽光発電施設(アリゾナ州ユマ)1

太陽光発電(PV)インバータは、ソーラーパネルの電力を変換し、電力供給網への効率的な送電を可能にします。DC電源と同様のふるまいをするソーラーパネルのDC電力出力はACに変換され、正しい位相関係で電力供給網に送られます。その変換効率は最大で98%に達します。PVインバータ内では、以下の様な単一あるいは複数段の変換プロセスが実行されます。

通常、第1段階はDC-DC変換で、パネルを構成する太陽光電池からの低電圧の大電流を、電力網のAC電圧にあわせて、高電圧の小電流に変換します。DC側に十分な数の太陽電池が直列に接続されており、あらゆる負荷条件下で安定した高電圧が得られる場合など、トポロジによってはこの段階が不要になることもあります。

第2段階ではDCからACへの変換が行われますが、これには通常、H-ブリッジ・トポロジが使われます。PVインバータの設計には、システムの効率向上と無効電力低減を図るために、中性点クランプ(NPC)などのさまざまなH-ブリッジを使用することができます。

初期のソーラーPVインバータは、電力供給網に対し単純に電力を放出するだけのモジュールに過ぎませんでしたが、最近では、安全性、インテリジェントな電力供給網との統合やコスト低減を図ることが重視されるようになっています。設計者は、性能向上とコスト削減のために、既存の太陽光発電インバータ・モジュールには見られない新技術に目を向けています。

そうした場合、コンピュータによる計測と制御の実装が要件となりますが、それらを実現するには電力操作回路やスイッチングによる過渡信号などから計測回路と 計算回路を保護するアイソレーション・バリアが必要です。本稿では、アナログ・デバイセズの絶縁型A/Dコンバータ(ADC)とゲート・ドライバを用い て、iCoupler®アイソレーション技術を活用することで、コスト削減やスマートグリッドとの統合化の促進、さらにはソーラーPVインバータの安全性向上が、どのように実現されるかについて説明します。

スマートグリッド

そもそも、スマートグリッドとはどのようなものでしょうか。IMS Research社によれば、「利用可能なリソースを最大限に活用しながら、電力の発電と消費に対応し、これを効率的に管理するための本質的な能力を備えた電力供給インフラストラクチャ」であると定義されています。これは、新世代のソーラーPVインバータには、スマートグリッドに接続するために、より高いインテリジェント機能が求められることを意味し、特に、電力供給網が必要とする以上の電力を複数の発電源から供給できるような場合など、アンバランスな需給になるような状況に対処するために欠かせないものとなります。このような理由から、PVシステムのインテリジェント機能は、いかに電力供給網と統合するかを重点に置く必要があります。システムの電力操作に関係する要素は、単純に開ループ制御で電力を供給するのではなく、供給網を安定させるために互いに連携を取らなければなりません。電力供給網を統合化するには、供給網に送るエネルギーの品質を、より高い精度で計測、制御、分析する必要があります。さらに、新しい規制や、より高度な技術的要求を満たすには、新たな技術が求められます。

供給網の混乱を防ぎ、スマートグリッドによる電力供給網統合化を進める上で重要な位置を占めるローカルな機能の一例としては、エネルギー貯蔵、すなわち、電力需要のピーク時に必要とされる時まで、不要な電気的エネルギーを貯蔵する技術が挙げられます。以下では、iCoupler技術の主な機能に注目しながら、電力供給源、相互接続、および貯蔵要素の計測と制御に使われる計測回路の保護において、電気的絶縁が果たす役割について説明します。特に、AD7401A絶縁型 A/DコンバータとADuM4223絶縁型ゲート・ドライバは、新しいソーラーPVインバータ設計の厳しい要求を満たすことのできる性能を備えています。

アイソレーション技術

iCoupler技術では、別々に電力が供給される2つの回路間のガルバニック接続を避けながら、トランスを介して、これら2つの回路間のデータ伝達をします。トランスは、ウェーハレベルのプロセス技術を使用して、チップ上に直接組み込まれています。金層の下側に設けられた高い絶縁破壊強度を持つポリイミド層が、上側コイルと下側コイルを絶縁します。1 nsのパルスを使ってエンコードされる入力ロジック遷移はトランスの1次側に導かれ、トランスの一方のコイルから他方のコイルに伝達されるパルスは、トランスの2次側にある回路によって検出されます。

絶縁型A/Dコンバータ

冒頭に述べたものと同様のソーラーPVインバータのペアを図2に示します。電力供給網へつながる電力バスに接続されたこれらのインバータは、個別に計測とスイッチングを行います。それぞれのソーラーパネルはDC/DC昇圧回路に接続され、さらにDC/ACインバータに接続されています(実際に使用するときは蓄電用バッテリを接続し、これを制御下に置いてスイッチングを行いますが、ここでは説明を分かりやすくするために蓄電に関する考察は省略します)。

Figure 2
図2. ソーラーPVシステムの例

プロセスの制御はデジタル・シグナル・プロセッサ(DSP)が行います。AD7401A絶縁型A/DコンバータのAC出力電流は、25 A前後です。ソーラーPVインバータ・システムでは出力側に絶縁トランスが組み込まれますが、組み込まれない場合もあります。コスト削減のためにトランスが省略されている場合は、ソーラー PVインバータ出力電流のDC成分についても計測する必要があります。電力供給網に加わるDC電流が大き過ぎると、その経路上のトランスが飽和してしまうことがあるため、この「 DCインジェクション」の存在と大きさは重要な問題となります。このDC電流はmA単位の微小な値に抑える必要があるため、AD7401Aでは25AレンジのAC電流と、mA レンジの微小なDC電流の両方を計測する必要があります。

iCoupler技術により絶縁されたシグマ・デルタ(Σ∆)型モジュレータ使用のAD7401A 絶縁型A/Dコンバータは、図3に示すように、電流シャント両端の電圧を継続的にサンプリングします。その出力は1ビット・データ・ストリームで、絶縁分離されてDSPに直接送られます。出力ストリームの密度は入力振幅を表し、この振幅はDSPに実装されたデジタル・フィルタによって再現することができます。

 Figure 3
図3. AD7401A絶縁型 A/Dコンバータ

ソーラーPVインバータ・システム内には絶縁が必要となりますが、これはAC電力供給網側の電圧が高いためで、 AC電圧のピーク値は、単相システムでも380 Vに達することがあります。 AD7401Aは最大 561 Vのバイポーラ電圧を扱えるだけの絶縁性能を有しており、このようなアプリケーションに最適です。パッケージが小さいこともAD7401Aの重要な特長の一つで、このため、実際のAC電流シャントのごく近くに配置することができます。これに対し、DSPでは一定の距離を確保することが必要で、場合によってはシステム内の別のボード上に置かなければならないこともあります。そうすることによって、計測および制御システムのデータの精度と信頼性が向上します。ADCの出力データは、シングルビット・ストリームを介し、DSPの供給する 16 MHzのクロック・レートでDSPにシリアル送信されます。

このシステムでは、最大25 AのAC電流とmAレンジの微小なDC注入を計測することができます。図4は、AD7401A SMSソーラー・モジュールのオフセットと直線性誤差を示したものです。この図は、全温度域におけるシャントのオフセット電流が、±20 mAであることを示しています。したがってこのモジュールは、1つのソリューションで、最小 20 mAのDC注入と 25 A(以上)のシステム電流を測定することができます。電流トランスやその他のタイプの計測システムの場合は、 AC大電流用( 25 Aレンジ)とDC小電流用(300 mAレンジ)に 1つずつ、合計2つのデバイスが必要になります。これは、iCoupler技術が、コストを低減しながらスマートグリッドの統合化を実現できることを示す一例です。

Tシャントの電力損失(および自己発熱による熱損失)を最小限に抑えるには、その抵抗をできるだけ小さい値(通常は1mΩ程度)に保つ必要があります。 Σ∆コンバータの分解能が非常に高ければ、図4に示すように精度を向上させるとともに、オフセットを小さい値に保ちながら、電流シャント損失を従来の磁気トランスデューサ・ソリューションと同程度に抑えることができます。

Figure 4
図4. AD7401A SMSソーラー・モジュールのオフセットと直線性
a. 温度 対 オフセット b. 出力電流 対 誤差

フルスケール精度が極めて良好であったとしても、デバイスの直線性にとって実際に重要なのは絶対誤差であり、特に低レンジにおいては重要性が高くなります。絶対誤差とは、単純なフルスケール誤差ではなく、具体的な測定レンジにおいて生じる誤差を指します。一部の電流トランスの仕様では、フルスケール・レンジに対する精度を0.1%としています。これは一見優れた値のように見えますが、実態を反映していない場合もあります。

図4に示すデータからは、AD7401Aを使用した場合の電流測定値の絶対誤差が全範囲にわたって極めて小さいことがわかります。これは、ソーラーPVインバータからの出力波形の非直線性が低く、高調波歪みも小さいことを示しています。つまり、これは電力供給網との統合化において高調波歪みの低減に寄与するものであり、この新技術が性能向上に有効であることを示すもう1つの証となっています。

絶縁ゲート・ドライバ

ソーラーPVインバータの効率が上がれば、1年に同じ量の太陽光からより多くのエネルギーを発生させることができ、これはソーラー・ファームに対する投資回収の改善につながります。トランスを省くことでコストを低減できるため、最近はトランスのない電気システムを使用して電力供給網に電力を送る傾向にあります。このため、インバータにもより高いレベルの効率が求められますが、同時に、測定および制御エレクトロニクスの内部絶縁にも注意を払わなければなりません。つまり、インバータのMOSFETやゲート・ドライバの電力セクションと、低電圧回路の間の絶縁が必要になります。

 Figure 5
図5. ソーラー PVインバータ用 H-ブリッジ回路の例

標準的なソーラーPVインバータのDC/ACコンバータ用として考えられるH-ブリッジ構成の実装例を図 5に示します。回路内のDCリンク電圧の範囲は、現在市場で入手可能な新しいSiCタイプのJFETの場合で、300~1000V程度です。H-ブリッジの電流出力波形には、インダクタとコンデンサを使用してフィルタがかけられます。出力リレーは、制御された形でフィルタ出力を電力供給網に接続します。高電圧環境でMOSFETのゲート端子とソース端子を駆動するにはゲート・ドライバが必要ですが、これは、ソーラーPVインバータで絶縁が必要とされるもう1つの例です。

一例として、2つの独立した絶縁チャンネルを持つ4A絶縁型デュアル・チャンネル・ゲート・ドライバ、ADuM4223を図6に示します。ADuM4223の最大伝播遅延は60 nsで、100 kV/μsを超えるコモンモード過渡耐圧値(最大値)を有しています。このデバイスは、データシートに示すように、DIN VDE0110、DIN VDE 088410、UL1577などの該当項目を始めとして、さまざまな標準に適合しています。

Figure 6
図6. ADuM4223ゲート・ドライバ

ADuM4223の特に重要な絶縁パラメータの一部を以下に示します。

  • 最大連続動作電圧

    • ACユニポーラおよびDC 1131 V
    • ACバイポーラ 565 V
  • サージ絶縁電圧 6 kV
  • 定格誘電体絶縁電圧 5 kV

このデバイスは、ハイサイドMOSFETとローサイドMOSFETのためにそれぞれ1つずつ、合計2チャンネルを1つのパッケージ内に持っています。1つのパッケージ内に両方のチャンネルが組み込まれているため、コストの低減およびPCボード上のスペースの節約が可能になります。

従来型のフォトカプラを使用した場合は、絶縁されたゲート上にレベルシフトしたフォトカプラを1つ置くか、2つのフォトカプラを使用する必要があります(詳細については技術記事MS-2318を参照)。これは、この新しいアイソレーション技術がいかにコストを低減できるかを示すもう1つの例です。

ソーラーPVインバータに関するもう1つの重要な課題は、容量結合性のものか否かを問わず、システムにおける大きな過渡電圧(dV/dt)が絶縁バリアを越えないようにするために、高いコモンモード過渡耐圧値が求められるということです。過渡電圧が絶縁バリアを越えると、ハイサイドMOSFETとローサイドMOSFETが同時にオンになって、重大な損傷をもたらす恐れがあります。ADuM4223は100 kV/μsを超える高いコモンモード過渡耐圧値(最大)を有していますが、これは、この新技術である iCouplerがいかにシステムの安全性を向上させるかを示しています。

結論

ガルバニック絶縁の実装は、多数の太陽光発電インバータを統合化するスマートグリッドの実現に必要な測定および制御システムを構築する上で、重要な要件です。アナログ・デバイセズの絶縁型A/Dコンバータは、大電流とDCインジェクション電流の両方を1つのソリューションで測定できる能力によって、スマートグリッド統合化回路の小型化と効率化に貢献します。また、優れたコモンモード過渡耐圧仕様を持つ ADI絶縁型ゲート・ドライバが、これらの新しいPVインバータ・システムの安全性と信頼性を高めます。

スマートグリッドの統合化と、安全で効率的なグリーン・エネルギーを推進する上で、新技術は大きな原動力となるものであり、電力供給網の安定化と、供給網システムの作業者の安全性向上に重要な役割を果たすと予想されます。ここに述べたアイソレーション製品は、アナログ・デバイセズの幅広い工業用計測・制御製品のポートフォリオに含まれる革新的技術の代表例です。

EngineerZoneAnalog Dialogue Communityに掲載している“isolation for the smart grid”のブログ記事(英語)へのコメントもお待ちしております。

参考資料

1写真:First Solar社提供

“Defining Smart Grids and Smart Opportunities.”http://imsresearch. com/news-events/press-template.php?pr_id=2659

“‘Smart’PV Inverter Shipments to Grow to 27 GW by 2015. Grid Integration the Key Driving Factor.”http://www. pvmarketresearch.com/press-release/Smart_Inverter_Shipments_ to_Grow_to_27_GW_by_2015_Grid_Integration_the_Key_ Driving_Factor/4

Technical Article MS-2318, Design Fundamentals of Implementing an Isolated Half-Bridge Gate Driver. http://www.analog.com/static/ imported-files/tech_articles/TA10756-0-5_12.pdf

著者

Martin Murnane

Martin Murnane

Martin Murnane は、アナログ・デバイセズで産業分野や計測分野向けの太陽光発電システムを担当する技術者です。エネルギーや太陽光発電のアプリケーションが専門です。アナログ・デバイセズに入社する前は、エネルギー・リサイクル・システム向けのパワー・エレクトロニクスの開発(Schaffner Systems)、Windows ベースのアプリケーション・ソフトウェア/データベースの開発(Dell Computers)、ストレイン・ゲージ技術を使用した HW/FW 製品の開発(BMS)などの業務に従事していました。リムリック大学で電子工学の学士号と経営管理学修士号を取得しています。