使いやすい誘導加熱式(以下、IH)調理器は、価格が手ごろになるにつれて、ますます多くの消費者に受け入れられるようになってきました。IH調理器はきわめて安全で、炎など直接の熱源になるものはありません。また加熱時間の短縮など、全体的な性能が向上しています。
誘導技術には十分な基礎と実績が確立されていますが、誘導プレートを駆動する(これによって金属鍋を温める)機器を設計するには、広範な物理の原理と設計手法を理解していなければなりません。IH調理器のブロック図は、表面上は比較的単純に見えますが、実際はアナログ信号とデジタル信号の処理、電気的保護、絶縁など、いくつかの異なった分野の技術が含まれています。
たとえば、安全規格はユーザ・インターフェースと電源との間の絶縁を要求しています。絶縁には主に3つの箇所があります。
- 制御ロジック用の低電圧電源
- 絶縁ゲート・バイポーラ・トランジスタ(IGBT)のパワー段とその制御信号の間
- ユーザ制御とシステム・コントローラの間
安全なシステムでは、上記の絶縁要件の少なくとも2つを満たさなければなりません。この記事では、IGBTゲート・ドライバとユーザ・インターフェースの絶縁を可能にする画期的な方法を説明します。
システムの内容
トランスの場合と同様、誘導素子は磁界を生成します。金属鍋をこの磁界中に置くと渦電流が発生します。このエネルギーは熱として消費され、鍋(そして伝導によって鍋の中身)が熱くなります。電気的にいえば、誘導素子が損失をともなうLC共振回路を駆動し、この損失が熱を生成します。図1は、IHシステムの素子を示しています。

インダクタの電流波形は、高効率のDC電源と1対のIGBTスイッチによって生成されます。これらのスイッチはマイクロコントローラが駆動しますが、マイクロコントローラは、センサがモニタしている状態がユーザによって設定された値に一致し、安全限度内に収まるようにする帰還ループに応答します。
メイン・センサ、すなわち誘導プレートと直列に接続されたトランスが、誘導プレートを流れる電流値をモニタし、選択された調理レベルに適した電流値を維持します。このように、過電流状態にならないように必要に応じて電流レベルを下げることで、パワー段(誘導プレートとIGBT)の損傷を防止します。
誘導プレート、鍋、トランスのインダクタンスと容量がLC共振回路を形成するため、LとCの値を設定すれば誘導周波数が決まると思われるかもしれません。残念ながら、インダクタンスと容量の値(共振周波数) は、使用する鍋の大きさ、形状、材質によって決まります。したがって、ユーザ・インターフェースから選択されるさまざまな加熱レベルは、固定周波数によって設定することができません。これらの動作レベルを設定する効率的な方法は、電流測定を利用するものです。電流を測定することで、消費電力の目安が得られます。帰還ループにより、マイクロコントローラは選択した加熱レベルに一致するよう電流レベルを調整することができます。マイクロコントローラは、鍋に合わせてパルス幅変調(PWM) 波形の周波数を調整します。IH調理器の設計者は、必要となる各加熱レベルに対応する電流をあらかじめ把握しているため、マイクロコントローラをプログラムするだけで、PWM周波数を調整して各加熱レベルに該当する電流を供給することができます。
IGBTを駆動するPWM信号の周波数は通常、20 ~ 100kHzの範囲になります。IGBTがMOSFETよりもターンオフが遅いという特性を考慮して、スイッチング周波数は数十kHzになります。マイクロコントローラからのPWM信号のデューティ・サイクルは固定であるため(たとえば50%)、その周波数はユーザが選択した加熱レベルに必要な電力に応じて調整されます。
大電流の誘導回路では高電圧が生じるため、システムの重要なポイントを電気的に絶縁する必要があります。特に、マイクロコントローラやその他のデジタル回路と、IH調理器のパワー段を絶縁することは必須になります。そのための1つの方法は、絶縁型IGBTドライバを使用することです。アナログ・デバイセズの革新的なiCoupler®技術を用いた低価格ゲート・ドライバ回路には、従来の絶縁ソリューションに比べて数多くの利点があります。
ガルバニック・アイソレーションは、2つの回路の間に電流が直接流れないようにする手段です。絶縁する理由は2つあります。1つは、高い動作電圧や電流サージに人や機器がさらされないように保護するためです。もう1つは、相互配線でグラウンド電位が異なる場合に、グラウンド・ループや破壊的なグラウンド電流を防止するためです。どちらの場合も、絶縁によって電流の流れを防ぎますが、2つの回路間のデータや電力の流れを妨げることはありません。
iCoupler 技術(図2)は、トランスを利用する絶縁手法です。マイクロトランスと電子回路を集積したiCoupler 技術は、フォトカプラ技術、ディスクリート・トランス技術、半導体技術の利点をすべて備え、フォトカプラやディスクリート・トランスがもつ欠点はありません。フォトカプラは、消費電力やタイミング誤差が大きく、データレートに制限があり、温度の影響をうけやすいなどの欠点があります。iCouplerを用いた製品では、トランスのコイル間に厚さ20μmのポリイミド絶縁層を使用することで、安全認定機関が求める条件を満たす絶縁を実現します。5kV rmsを超える絶縁定格が可能です。この技術は、特許取得済みのリフレッシュ回路を使用し、入力信号の遷移がない時は、出力を更新して入力状態に正しく一致するようします。これにより、正しいDCレベルが得られないディスクリート・トランス特有の欠点を解消することができます。

iCoupler技術1は、次の5つの重要な利点があります。
- 集積化 (サイズ/コスト)
- 性能
- 消費電力
- 使いやすさ
- 信頼性
iCoupler技術を使用したIGBTの絶縁
iCoupler技術は、2チャンネルADuM1233(図3)などの絶縁ゲート・ドライバ製品で使用されています。この技術は、出力と入力間の絶縁、さらに2つの出力間の絶縁も実現しており、IGBTの制御の絶縁に利用できます。

入力回路の電力は絶縁電源から供給されますが、1段または数段の電圧変換が必要になることがあります。マイクロコントローラとシステムのその他の部分には5V電源が必要で、IGBT回路には効率的な動作を実現するため15Vが必要です。iCoupler絶縁ゲート・ドライバは、最大100mAのピーク駆動電流を供給しますが、図4に示すようにゲイン段を追加する必要があります。

2つのチャンネル間のタイミングが重要であるため(1対のIGBTが逆位相でPWM信号によって駆動される場合)、iCoupler技術の速度、安定性、信頼性は、LEDやフォトダイオードに比べて特に有利です。図5は、出力電源範囲12~18Vと入力電源範囲4.5~5.5Vにおいて、2つのチャンネル間の立上がりエッジでの伝搬遅延の差が約100psであり、立下がりエッジでは1ns未満になることを示しています。

a) 出力電源 (b)入力電源
この結果、得られるタイミング・マージンによって、完全に補完的なIGBTのスイッチングが可能になり、パワー段とシステム全体の効率が向上します。
前述のように、ADuM1233は、入力回路と出力間および2つの出力回路間に真のガルバニック・アイソレーションを実現します。絶縁された各出力は、入力に対して最大±700Vで動作でき、これによってローサイド電源の負電圧に対応します(図4の-HV)。ハイサイドとローサイドの電源レール(+HVと-HV)の差は、700V以下でなければなりません。ただし、これはIH調理器の電力に一般に使用される電圧レールに適合しています。
iCoupler技術によるユーザ・インターフェースの絶縁
容量性キーボードを使用する場合、マイクロコントローラと容量性キーボード・コントローラAD7147またはAD7148の間のインターフェースをSPI(serial peripheral interface、Motorolaが考案)またはI2C®(Inter Integrated Circuit、Philips Semiconductorの登録商標)のいずれかに直列に実装することができます。価格を低く抑えなければならない比較的低いデータレートの短距離通信では、双方向のI2Cインターフェースを使用します。I2Cは、2本の双方向ワイヤのみを使用することで低価格を実現しています。ただし、I2Cバスがフォトカプラで絶縁されている場合、フォトカプラが単方向であり双方向の信号を処理できないことから、このような低価格という利点はなくなります。各ワイヤからの送信と受信の信号を分離する必要があり、結果として4本のワイヤを4つのフォトカプラで絶縁することになります。また、絶縁されたインターフェース内でのロックアップやグリッチを除去するための特殊なバッファも必要です。部品が増えることによってコストと複雑さが増し、貴重なボードスペースも減少します。
iCoupler 技術による絶縁を利用すれば、低価格で、スペースの条件と設計の複雑さが軽減します。図6 のADuM1250およびADuM1251は、真の双方向絶縁を実現し、同時にグリッチとロックアップを除去するためのバッファを内蔵しています。高レベルの広範な集積化により、必要な外付け部品は2つのバイパス・コンデンサと2対のプルアップ抵抗(I2C規格による)のみになり、低価格のI2Cインターフェースが実現します。これらのデバイスの応用方法については、AN-913アプリケーション・ノート『Isolating I2C Interfaces』を参照してください。

鍋の検出
IH調理器に鍋が置かれているかどうかを検出することは重要です。IGBTは、コレクタに接続された高電圧レール(+HV)を管理しなければなりません。これらの電圧を抵抗分圧器でサンプリングし、電圧に対応する信号をマイクロコントローラに送り、IGBTのコレクタでの電圧変動を検出することができます。ユーザが加熱レベルを選択して調理器の上に鍋を置くと、これによってエネルギーの伝達と電流スパイクが生じ、コレクタおよび抵抗分圧器の出力端に電圧変動が生じます。調理器から鍋を取り除くと、この変化は反対方向になります。したがって、ADCMP3xxファミリーのコンパレータを使用して、この電圧変動を固定のスレッショールドと比較すれば、調理器の上に鍋があることを検出することができます。鍋を検出しない場合は、割込みがマイクロコントローラに送られ、IGBTが誘導素子への電流の供給を停止するまでPWM周波数を調整します。このため、ユーザが調理器のスイッチを切り忘れても十分に安全です。
結論
IH調理器に関する技術は、アナログ・デバイセズのiCouplerデジタル・アイソレーション・デバイスを利用するアプリケーションの1例です。iCoupler製品およびiCoupler技術の詳細については、www.analog.com/jp/iCouplerをご覧ください。
謝辞
Andrew Erskine 氏(アプリケーション・エンジニア)、David Krakauer 氏(iCoupler 製品のマーケティング・マネージャ)、Mark Cantrell氏(iCoupler製品のアプリケーション・エンジニア)には、校正時に貴重な助言と助力をいただきました。ここに感謝申し上げます。