概要
本稿では、RF対応のワイヤレス・アプリケーションで使用する電源回路において、超高速な負荷過渡応答を実現するための実用的な方法を紹介します。その種のアプリケーションでは、負荷の変動に対応したブランキング期間が原因で、信号処理の効率が低下することがあります。その課題の解決に向けて、本稿ではいくつかのソリューションを紹介します。それらのソリューションでは、Silent Switcher® 3 ファミリのモノリシック型電源製品を使用することで、最高レベルの負荷過渡応答を実現します。
はじめに
一般に、信号処理ユニットやSoC(System on Chip)が動作している際には、消費電力が突然大きく変化することがあります。電源回路側から見た場合、それらのデバイスは負荷過渡応答の面で条件の厳しいものであるということです。そうした大きな負荷の変動が起きると、電源回路が生成する電圧に乱れが生じます。ここで、電源電圧は特にRFアプリケーションにおいて非常に重要な要素に位置づけられることに注意しなければなりません。電源電圧の変動は、利用可能なクロック周波数に大きな影響を及ぼすからです。このことから、RF対応の多くのSoCでは、負荷(消費電力)が大きく変動している間はブランキング期間が適用されるようになっています。例えば、5Gのアプリケーションでは、このブランキング期間が情報の品質に大きな影響を及ぼします。システム・レベルの性能を改善するためには、RFに対応するSoCが消費する電力の変動が電源回路に与える影響を最小限に抑えなければなりません。そこで、本稿では、RFアプリケーションで使用される電源回路の負荷過渡応答を高速化するための手法をいくつか紹介します。
高速な負荷過渡応答を実現するSilent Switcher 3 ファミリの製品群
負荷過渡応答が高速な電源回路を実装するためにはどうすればよいのでしょうか。最も簡単な方法は、過渡応答が高速なDC/DCコンバータICを選択することです。Silent Switcher 3 ファミリのDC/DCコンバータICは、いくつかの特徴を備えています。1つは、負荷過渡応答が高速であることです。また、出力ノイズ性能が高く、放射性EMI(電磁干渉)性能に優れ、高い効率が得られるように設計されています。加えて、極めて高い性能が得られるよう設計されたエラー・アンプを採用していることから、挑戦的な補償を適用する場合でも高い安定性を維持できます。最高スイッチング周波数は4MHzであり、固定周波数のピーク電流制御モードにおいては、制御ループの帯域幅として500kHz程度の値を達成できます。表1に、高速な過渡応答性能を実現するSilent Switcher 3 ファミリの製品についてまとめました。
表1. Silent Switcher 3 ファミリの製品
品番 | 出力電流 | パッケージ | 定格温度 | 特徴 |
LT8625S | 8A | 4mm×3mmの20ピンLQFN | 125°C | 超低ノイズ、高速な過渡応答 |
LT8625SP | 8A | 4mm×3mmの20ピンLQFN | 150°C | 超低ノイズ、高速な過渡応答、トップサイド冷却 |
LT8625SP-1 | 8A | 4mm×4mmの24ピンLQFN | 150°C | 超低ノイズ、高速な過渡応答、トップサイド冷却 |
LT8627SP | 16 A | 4mm×4mmの24ピンLQFN | 150°C | 超低ノイズ、高速な過渡応答、トップサイド冷却 |
図1に示したのは、「LT8625SP」を使用して構成した標準的な1V出力の電源回路です。この回路のターゲットは、過渡応答が高速でリップル/ノイズのレベルが小さいことが求められる5G向けのRF対応SoCです。1Vの供給先となる負荷としては、送受信に関連する回路、局部発振器(LO)、VCO(電圧制御発振器)を想定しています。送受信に使われる回路(負荷)では、FDD(Frequency Division Duplex)動作において消費電流(負荷電流)が突然大きく変化します。LOとVCOは負荷としては一定に保たれた状態で動作しますが、非常に高い精度と優れたノイズ性能を実現しなければなりません。LT8625SPは、帯域幅が広いことも特徴とします。図1の回路では、2つ目のインダクタL2を追加することによって、動的な負荷と静的な負荷に対して異なる経路で電力を供給します。つまり、1Vを必要とする動的な負荷と1Vを必要とする静的な負荷をそれぞれグループ化し、1つのLT8625SPによってそれぞれに電力を供給するということです。図2は、4Aから6Aに負荷が動的に変化する場合の負荷過渡応答(出力電圧)を示したものです。ご覧のように、動的な負荷の影響で生じるピークtoピークの電圧は、5マイクロ秒以内に0.8%未満に回復しています。また、静的な負荷に対応するピークtoピークの電圧は、0.1%未満という最小限のレベルに抑えられています。図1の回路は、1V以外の値の出力電圧を生成するように変更することもできます。例えば、0.8Vと1.8Vを同時に出力するといった具合です。図1の回路では、低い周波数範囲におけるノイズが非常に小さく抑えられています。また、電圧リップルも小さく、過渡応答は非常に高速です。そのため、LDOレギュレータを介すことなくRF対応のSoCに直接出力を供給することが可能です。
TDD(Time Division Duplex)モードでは、送受信の切り替えに伴って、ノイズ性能が重要なLOとVCOに負荷が接続されたり切り離されたりします。そのため、すべての負荷は動的なものだと見なすべきです。また、LO/VCOのリップル/ノイズを小さく抑えるために、より強力なポスト・フィルタを適用することが望ましいと言えます。このような条件を考慮し、LT8625Sを使用して構成したのが図3に示す電源回路です。この回路では、3端子のフィードスルー・コンデンサを使用してポスト・フィルタを実装しています。このフィルタにより、等価インダクタンスを最小に抑えつつ、負荷過渡応答の速度(帯域幅)を維持することが可能になります。フィードスルー・コンデンサとリモート側の出力コンデンサが組み合わせられることにより、2つのLCフィルタ段が追加されていることになります。図に示したフィードスルー・コンデンサが備えるインダクタは、いずれも同コンデンサのESL(等価直列インダクタンス)です。それらの値は非常に小さく、負荷過渡応答に対する悪影響は最小限に抑えられています。図3の回路では、Silent Switcher 3 ファミリの製品に適用できる簡単なリモート・センシング接続も使用しています。独自のリファレンス生成技術とフィードバック技術により、SETピンをコンデンサC1のグラウンドとし、OUTSピンを所望のリモート・フィードバック・ポイントに接続するだけでケルビン接続を実現できます。この接続にはレベル・シフト回路は必要ありません。図4は、1A出力における負荷過渡応答を示したものです。回復時間は5マイクロ秒未満、出力電圧リップルは1mV未満に抑えられています。
Silent Switcher 3 製品をプリチャージ信号で駆動する
高性能な信号処理ユニットであれば、十分な数のGPIO(General Purpose Input/Output)を備えています。それらを利用することにより、負荷の変化を前もって把握し、信号処理を適切にスケジューリングできるケースがあります。FPGA向けの電源回路については、その過渡応答を改善するためのプリチャージ信号をFPGAで生成できるように設計される場合があります。そのような設計になっていれば、上記のスケジューリングを実現できます。図5に示したのが実際の電源回路の例です。この回路ではFPGAによって生成されるプリチャージ信号を使用し、実際に負荷の変化が発生する前にバイアスを供給します。それにより、VOUTの偏差と回復時間をある程度抑えつつ、負荷の乱れに対応するための時間的な余裕をLT8625SPに提供します。プリチャージ信号はフィードバックにおける乱れとして作用しますが、図5ではFPGAのGPIOからインバータの入力までのチューニング回路は省略しています。またレベルは35mVに制御されています。加えて、プリチャージ信号が定常状態に影響を及ぼすことがないように、プリチャージ信号とOUTSピンの間にはハイパス・フィルタが配置されています。図6に示したのは、1.7Aから4.2Aへの負荷の変化に対する応答波形です。実際に負荷の変化が生じる前に、プリチャージ信号がOUTSピンにフィードバックされており、5マイクロ秒未満の回復時間が実現されていることがわかります。
超高速な回復を実現するためにアクティブ・ドループを適用する
ビームフォーマのアプリケーションでは、様々な電力レベルに対応する必要があります。そのため、電源電圧は絶えず変化します。一般に、その種のアプリケーションの電源電圧に対して求められる精度は5%~10%程度です。電圧の精度よりも、安定性の方が重要になります。負荷過渡応答における回復時間を最小化することが、データ処理の効率の最大化につながるからです。このアプリケーションで大きな効果を発揮するのがドループ回路です。ドループ電圧によって、回復時間は短縮されるか、ゼロになることもあるからです。図7の回路では、LT8627SPに対してアクティブ・ドループ回路を適用しています。エラー・アンプの反転入力(OUTSピン)と出力(VCピン)の間にドループ抵抗を追加することにより、負荷が変化している際、フィードバック制御ループの定常状態のエラーを維持します。ドループ電圧は、次の式で表すことができます。
ここで、ΔVOUTは負荷の変化によって生じる初期電圧の変化、ΔIOUTは負荷の変化に伴う電流の変化、gはVCピンからスイッチへの電流のゲインです。図7の回路で使用しているドループ回路を設計する際には、以下の点について特別な配慮が必要になります。
- ドループ電流は、VC ピンの電流制限を超えてはなりません。LT8627SP のエラー・アンプの出力については、飽和を回避するためにドループ電流を 200µA 以下に制限するべきです。これは、抵抗 R7、R8 の値を変更することによって実現できます。
- ドループ電圧は出力容量に対応させます。負荷が変化している際の電圧の偏差が、回復時間を最小にするためのドループ電圧と同等のレベルになるようにする必要があります。
図8は、図7の回路の負荷過渡応答を示したものです。この例では、負荷を1Aから16Aに変化させ、再び1Aに戻しています。16Aから1Aへ負荷を変化させた場合の速度は、帯域幅によって制限されることはなくなります。但し、レギュレータの最小オン時間による制約が加わることには注意が必要です。
まとめ
RF分野では、演算に対する依存度がますます高まっています。高速な信号処理はタイム・クリティカルな性質を持つことから、電源回路の負荷過渡応答に対する要求はより厳しくなっています。その結果、システム設計を担う技術者は、ブランキング期間を最小限に抑えられるように電源回路の負荷過渡応答を改善するという課題に直面することとなりました。Silent Switcher 3 ファミリの製品は、ワイヤレス、産業、防衛、医療といった分野のアプリケーションに適した次世代のモノリシック型DC/DCコンバータです。各製品は、ノイズに敏感で集中的かつ動的な負荷の変化に対応できるよう最適化されています。それらの製品を採用しつつ、負荷の条件に応じて特殊な手法や回路を適用することにより、負荷過渡応答を更に改善することができます。