Q. アナログ・デバイセズが提供しているオペアンプICのデータシートをチェックしています。ただ、歪みの仕様について混乱してしまいました。製品によっては、2次高調波歪みと3次高調波歪みが規定されています。しかし、別の製品では全高調波歪み(THD)や全高調波歪み+ノイズ(THD + N)が指標として用いられています。また、それらの仕様に加えて、2調波相互変調歪み(Two-tone Intermodulation Distortion)や3次インターセプト・ポイント(Third-order Intercept Point)の値が規定されているものもあります。そうした違いについては、どのように理解すればよいのでしょうか。
A. オペアンプは、幅広い用途で使われる基本的なコンポーネントです。ただ、特定のアプリケーションのニーズに応じたオペアンプICも数多く開発されてきました。そのなかで、自然な流れとしてアプリケーションに固有の仕様も数多く考案されたのです。結果として、製品ごとに多種多様な形で歪みについて規定されるようになりました。どのような性能指標が使われるのかは、特定のアプリケーションのユーザーが歪みについてどのような性能を求め、どのような定義を行うのかということに依存します。歪みの仕様の中には、かなり普遍的なものもあれば、主に特定の周波数範囲やアプリケーションに関連するものもあるということです。
とはいえ、標準化されている基本的な仕様や定義も存在します。まずはそれらの説明から始めましょう。高調波歪みは、スペクトルの観点から見て純粋な正弦波(単一周波数の成分だけが含まれる正弦波)をオペアンプに印加し、その出力スペクトルを観測することによって測定します。測定に使用する回路の構成は、あらかじめ定義されています。その回路に含まれるオペアンプに信号を入力するということです。通常、出力に現れる歪みの大きさは、複数のパラメータを含む関数によって表すことができます。複数のパラメータとは、測定の対象となるオペアンプにおける小信号/大信号に対する非直線性、入力信号の振幅と周波数、オペアンプの出力に適用される負荷、オペアンプの電源電圧、プリント回路基板のレイアウト、グラウンド、電源のデカップリングなどです。したがって、どのような歪みの仕様についても、適切な条件で測定を行わなければ、得られた結果はあまり意味のないものになります。
高調波歪みは、スペクトラム・アナライザを使うことで測定できます。出力スペクトルを表示し、基本波の振幅に対するn次(nは2以上の整数)の高調波の値を観測すればよいということです。通常、測定結果となる値は、%、ppm、dB、dBcといった比率を表す単位を使って表現されます。例えば、0.0015%の歪みは、15ppm、-96.5dBcに相当します。ここで、dBcという単位は、高調波のレベルが搬送波(Carrier)つまりは基本周波数の信号の振幅と比較して何dB小さいかということを表します。
データシートでは、高調波歪みとして、各次数の成分ごとに個別に値が示されている場合があります(一般的には2次と3次の高調波歪みのみが規定されます)。その一方で、各次数の成分のすべてをRSSで加算し、得られた値をTHDとして示す場合もあります。つまり、THDは以下の式で算出します。

各変数の意味は以下のとおりです。
Vs:基本波の振幅(電圧のrms値)
V2:2次の高調波の振幅(電圧のrms値)
Vn:n次の高調波の振幅(電圧のrms値)
何次までの高調波をTHDの値に含めるのかは、製品や状況によってまちまちです。ただ、通常は1次から5次までで十分だと言えます。RSSの計算において、最も大きな高調波の1/3~1/5の大きさしかない高次の項が、THDに及ぼす影響は無視できるレベルだからです(以下参照)。

THD + Nの算出に使う式も、THDの算出式とほぼ同様です。先ほどの式に、加算する要素としてノイズの項を追加するだけです(以下参照)。

ここで、Vnoiseは測定の対象となる帯域幅に存在するノイズ電圧のrms値です。測定の対象となる帯域幅において、rmsノイズがTHD(あるいは最大の高調波)の数分の1のレベルであったとします。その場合、THD + NとTHDは同等の値になることは明らかです。つまり、THDの値さえわかれば、アンプの電圧ノイズと電流ノイズの仕様から、かなり正確にTHD + Nの値を計算することができます(但し、ソース抵抗と帰還回路の抵抗に伴う熱ノイズも計算に入れなければならない可能性があります)。一方で、rmsノイズのレベルが高調波のレベルよりも大幅に高く、THD + Nの仕様しか与えられていない場合には、THDの値を計算することはできません。
多くのオーディオ・アプリケーションでは、ノイズと歪みを測定するために、より感度の高い特殊な計測装置が使われます。その種の装置では、まずバンドストップ・フィルタによって基本波の成分を除去します。その上で、対象となる帯域幅に含まれる全周波数成分(高調波とノイズ)のトータルのrms値を測定します。基本波に対するそのrms値の比が、THD + Nの値になります。
Q. 様々なアプリケーションや周波数範囲に対して、どのような形で歪みの仕様を確認すればよいのでしょう?
A. 最も低い周波数から開始して、周波数が高くなる側へ徐々に注目していくのが、最も良い方法になるでしょう。そのようにすれば、基本的な傾向を捉えやすくなります。
わかりやすい例として、オーディオ周波数に対応するオペアンプを取り上げることにしましょう。「OP275」などのオペアンプICは、オーディオ帯域(20Hz~20kHz)内のノイズと歪みが低くなるように最適化されています。オーディオ・アプリケーションの場合、THD + Nは、Audio Precisionの「System One」に代表される特殊な計測装置を使用して測定されます。先述したように、そうした装置では、まず特定の周波数(1kHzなど)の信号の出力振幅が測定されます。次に、バンドストップ・フィルタによってその基本波を除去し、高調波とノイズの両方を含む残りすべての周波数成分のrms値を測定します。ノイズと高調波は、最も高次の高調波を含む帯域幅(一般的には約100kHz)を対象として測定されます。様々な条件の下、周波数範囲を掃引することによって測定が行われます。以下に示すグラフは、OP275のTHD + Nを周波数の関数としてプロットしたものです。

この測定では、オペアンプを使ってユニティ・ゲインのフォロワ回路を構成しています。信号レベルは3V rmsです。0.0008%というTHD + Nの値は、8ppm、-102dBcに相当します。OP275の入力電圧ノイズについては、1kHzにおける標準値が6nV/√Hzとなっています。これを100kHzまでの帯域幅で積分すると、rmsノイズのレベルは1.9µV rmsになります。つまり、3V rmsの信号に対するS/N比は124dBです。ノイズのレベルよりもTHDの方がはるかに高いので、性能を決める主要な要素はTHDだということになります。
Q. アナログ・デバイセズは、低ノイズで低歪みのオペアンプ「AD797」を提供していますよね。このアンプでは、THD + NではなくTHDの値を仕様として採用していることに気づきました。具体的な値としては、20kHzにおいて-120dBと記載されています。これにはどのような意味があるのでしょうか?
A. 混乱を招いているかもしれませんが、決して誤った理解に導くことを意図しているわけではありません。この歪みは、利用可能な装置で測定できる限界値です。しかも、ノイズはそれよりも更に20dBも低いのです。以下のグラフは、AD797のTHDの測定結果を周波数の関数として示したものです。

この測定結果は、スペクトラム・アナライザを使って取得しました。その際には、まずフィルタで基本波(正弦波)を除去しました。その目的は、スペクトラム・アナライザにおいて歪みのオーバードライブが生じるのを防ぐことです。そして、1次~5次の高調波の値を測定し、RSSで加算してTHDの値を求めています。グラフの目盛りから、スペクトラム・アナライザのフロア(測定限界)は約-120dBであることがわかります。つまり、10kHz未満の周波数における実際のTHDは、更に低い値である可能性があります。
AD797の電圧ノイズ・スペクトル密度(1nV/√Hz)に測定の対象となる帯域幅の平方根をかけると、rmsノイズ(ノイズ・フロア)を求められます。帯域幅が100kHzの場合、ノイズ・フロアは316nV rmsです。出力信号が3V rmsである場合、S/N比は140dBに達します。
Q. 高い周波数に対応するオペアンプの歪みは、どのように規定されるのですか?
A. 昨今は、高周波の信号を扱うアプリケーションでも、広いダイナミック・レンジが求められるようになっています。そのため、現在では広帯域に対応するほとんどのオペアンプICでも歪みの仕様が規定されています。データシートには、2次高調波と3次高調波の値が個別に記載されているか、THDの値が記載されていることが多いはずです。THDが規定されている場合、その結果に大きく寄与しているのは、最初の数次の高調波のみです。通常、高い周波数を対象にする場合には、THDを規定するよりも、個々の歪みの値を個別に示す方が実用的です。例えば、「AD9620」は600MHz(標準的な-3dB帯域幅)に対応する低歪みのユニティゲイン・バッファです。以下に示すのは、負荷の条件を変更しながら同ICの2次高調波と3次高調波を測定し、その結果を周波数の関数としてプロットしたものです。

Q. 2調波相互変調歪みとは何ですか?また、高調波歪みとはどう違うのでしょう?
A. 2つのトーン信号を非線形なオペアンプに印加すると、その非線形性が原因となってトーンは互いに変調し合います。その結果、相互変調歪み(IMD:Intermodulation Distortion)として知られる周波数成分が生成されます(この概念の数学的な説明については、稿末に示した参考資料1をご覧ください)。2つのトーン信号の周波数をf1、f2(f2 > f1)とすると、2次IMDと3次IMDは、それぞれ以下に示す周波数で発生します。
2次IMD:f1 + f2、f2 - f1
3次IMD:2f1 + f2、2f2 + f1、2f2 - f1、2f1 - f2
2つのトーン信号の周波数が互いにかなり近い場合、差周波数2f2 - f1、2f1 - f2に対応する3次IMDを、フィルタで除去するのは容易ではありません(下図参照)。そのため、特に問題になる可能性があります。それ以外の2次IMD、3次IMDは、かなり高い周波数またはかなり低い周波数で発生します。それらの歪みは、(f1とf2付近の周波数領域だけに関心がある場合)フィルタによって除去することが可能です。

2調波相互変調歪みは、RFアプリケーションにおいて特に高い注目を集めます。この歪みは、通信用のレシーバーの設計における主要な懸念事項になるからです。大きなIMDは、それよりも小さな信号を埋もれさせてしまう可能性があります。一方、動作周波数が1MHz未満のオペアンプでは、IMDが仕様として規定されることはほとんどありません。ただ、今日のDCオペアンプの多くは広帯域に対応しており、RFの用途でも使用することができます。そのため、高速なオペアンプICではIMDが仕様として定められることが一般的になりつつあります。
Q. 2次/3次インターセプト・ポイントとはどのようなものですか? また、それらはどのような場合に重要な意味を持つのでしょう?
A. インターセプト・ポイント(IP:Intercept Point)は、一般にRFアプリケーションに関連づけられます。これらは、オペアンプのIMD性能を表す指標として使用されます。IPの電力が高いほど、IMDが深刻になる入力レベルは高くなり、特定の信号レベルにおけるIMDは低くなります。
IPの測定方法は、次のようなものになります。まず、スペクトルの観点から見て純粋な2つのトーン信号をオペアンプに印加します。そして、シングルトーンに対する出力信号の電力(単位はdBm)と、2次成分/3次成分の(シングルトーンを基準とした)相対振幅を、入力信号電力の関数としてプロット(および外挿)します。そのようにして取得したグラフの例を以下に示します。

数学的な解析(参考資料1を参照)を行うと、次のようなことがわかります。すなわち、オペアンプの非線形性がシンプルな、べき級数展開でモデル化できる場合、2次IMDの振幅は信号が1dB増加するごとに2dB増加する傾向にあるということです。同様に、3次IMDの振幅は信号が1dB増加するごとに3dB増加します。振幅の小さい2トーンの入力信号から始め、いくつかのデータ・ポイントを対象としてIMDを測定すると、上の図に示した2次IMDと3次IMDの直線を描画(および外挿)することができます。
あるレベルを超えると、出力信号は(IMDが顕著になるタイミングで)緩やかに制限(圧縮)され始めます。2次IMD、3次IMDの直線を延長し、その線が出力/入力比の直線部分を延長した線と交差する点を、それぞれ2次IP(IP2)、3次IP(IP3)と呼びます。これらのIPに対応する出力電力の推定値は、一般にオペアンプの出力電力を基準としたdBm単位の値として表されます。
3次IMDの振幅を表す直線の傾きは、3dB/dBという既知の値です。したがって、IPがわかれば、任意の入力(または出力)レベルに対する3次成分を概算することができます。IPが高いほど直線は右方向にシフトし(傾きは同じ)、特定の入力レベルに対する3次成分は小さくなります。多くのRFミキサーやゲイン・ブロックの入力/出力インピーダンスは50Ωに設定されています。出力電力は、単純にデバイスが50Ωの負荷に供給する電力となります。すなわち、出力電圧のrms値(Vo)を2乗して負荷抵抗の値であるRLで割ることによって計算できます。通常、その電力は、次の式を使ってdBm単位の値として示されます。

一方、オペアンプは、出力インピーダンスが小さいデバイスです。そのため、ほとんどのRFアプリケーションでは、その出力にソース終端と負荷終端を施す必要があります。つまり、オペアンプの実際の出力電力は、負荷に対して供給される電力(上式で算出)よりも3dB高くなければなりません。この種のアプリケーションでは、慣習的に、オペアンプの実際の出力電力ではなく、50Ωの抵抗に実際に供給される出力電力を基準としてIMDが定義されます。
もう1つ、注目される可能性のあるパラメータがあります。それが、先ほどの図にも示してある1dB圧縮ポイントです。これは、出力信号が制限され始めて、理想的な入力/出力伝達関数から1dB外れる(減衰する)点のことです。
以下に示すのは、AD9620のIP3の電力値を入力周波数の関数としてプロットしたものです。このデータを使用すれば、様々な周波数、様々な信号レベルにおける3次IMDの実際の値を概算することができます。

オペアンプの出力信号が20MHzで、100Ωの負荷に印加される電圧が2Vppであると仮定します(ソース終端と負荷終端は50Ω)。その場合、50Ωの負荷に印加される電圧は1Vppとなり、電力の値は2.5mW(+4dBm)になります。グラフから、20MHzにおけるIP3の値は+40dBmです。これにより、以下に示すような図式的な解析が可能になります。このIP3を通るように傾きが3の3次IMDの直線を描くと、出力レベルが+4dBmの場合の3次IMDは-68dBmとなります。つまり、信号よりも72dB低い値になります。

この解析では、オペアンプの歪みがシンプルな、べき級数展開でモデル化できると仮定しています(参考資料1)。残念ながら、(特に高い周波数では)オペアンプが必ずシンプルなモデルに従うとは限りません。そのため、このIP3の仕様は、実測値の代わりとしてではなく、主に性能指標として使用することが推奨されます。
参考資料
1. Robert A. Witte「Distortion Measurements Using a Spectrum Analyzer(スペクトラム・アナライザによる歪みの測定)」RF Design、1992年9月、pp. 75-84 (アナログ・デバイセズからは入手できません)
2. High Speed Design Seminar(高速設計に関するセミナー)、1996年、Norwood、MA: Analog Devices
3. 1992 Amplifier Applications Guide(アンプ・アプリケーション・ガイド 1992年版)、Norwood、MA: Analog Devices