USB Type-Cは、大きな電力に対応可能なUSBのペリフェラル・バス規格です。比較的新しい規格であり、コンピュータ機器や携帯型電子機器で使用されています。USBType-Cは、USB Power Delivery(PD)の仕様変更を促進する存在となりました。USBの仕様は5V対応という形で長年続いてきましたが、バス電圧の向上(最大20V)と電流供給量の増大(最大5A)が仕様として採用されたのです。USB Type-Cに対応した2つのデバイスを接続すると、互いにそのことを認識します。そして、充電を高速化したり、必要に応じて電力供給量を最大100Wまで増大させたりするために、バス電圧に関するネゴシエーションが実施されます。その結果に応じ、USBのデフォルトである5Vの出力から、あらかじめ用意された数段階のバス電圧に設定が変更されます。つまり、5Vよりも高い電圧が出力されるようになるということです。
出力電圧が5V、出力電流が500mA~2AというUSBの仕様に対応するバッテリ・チャージャでは、簡素で小型の降圧レギュレータとリニア・レギュレータが使用されます。それらのレギュレータは、USB Type-Cの最大出力には対応していません。USB Type-C/USB PDでは、対応電圧が5Vから20Vへ高められますが、単に降圧の対象が、9Vの電圧ソースから36V(または60V)の車載バッテリや他の充電源に変更になるということではありません。入力に対し、降圧と昇圧の両方の変換に対応できる昇降圧コンバータが必要になります。
また、出力が大きい車載USBチャージャ向けの昇降圧コンバータは、10A以上のピーク・スイッチ電流に対応する必要があります。加えて、EMI(電磁妨害)についても高い性能を実現しなければなりません。更に、AMラジオの周波数帯の外側にスイッチング周波数を設定すると共に、サイズを小型のまま維持することも強く求められます。パワー・スイッチを内蔵するモノリシック型のDC/DCコンバータは、そのようなピーク・スイッチ電流に耐えることはできず、焼損してしまいます。
「LT8390A」は、4個のパワー・スイッチに対応する同期整流方式の昇降圧コントローラICです。2MHzのスイッチング周波数で動作が可能であり、5V~15Vの出力電圧、最大3Aの出力電流、最大45Wの出力電力を供給できます。このような仕様であることから、車載バッテリからUSB Type-Cに対応するデバイスへの電力供給の用途に最適です。2MHzという高いスイッチング周波数を使用できるので、ソリューションの小型化を図り、帯域幅を広げ、AMラジオの周波数帯からEMIを排除することが可能になります。スペクトラム拡散周波数変調(SSFM:Spread Spectrum Frequency Modulation)機能とEMIを抑えられる電流検出アーキテクチャを採用しているため、LT8390Aをベースとするアプリケーションは、厳しい車載EMI規格であるCISPR 25のクラス5に適合できます。
電力密度の高いDC/DC変換:サイズ(と電力)、効率、熱
車載環境や携帯型電子機器の環境で使用されるレギュレータ・システムを設計する際には、回路の実装スペースと動作中に発生する熱に関して制約を受けます。これら2つの要素によって、設計上の制約の中で実現できる電力レベルの上限が決定されます。
より高いスイッチング周波数を使用できれば、より小型のインダクタを選択できます。入力電圧範囲が広く、4つのスイッチを使用する昇降圧レギュレータの設計においては、インダクタが最もサイズの大きい部品になることが少なくありません。LT8390Aでは2MHzのスイッチング周波数を使用できるので、同150kHz、同400kHzといった設計と比べて、インダクタのサイズをかなり小さくすることができます。図1 に、同ICを採用した回路全体の実装例を示しました。このソリューションでは、小型のインダクタを採用していることに加え、出力側にはセラミック・コンデンサしか使用していません。言い換えると、大きな電解コンデンサは不要です。図1に示すように、この回路は、必要なすべての部品を含めて、1インチ(2.54cm)四方という小さなスペースに収まります。

図2に示したのは、45Wの出力に対応するソリューションです。LT8390Aと、AECの認定を取得した部品を組み合わせて構成しています。実装スペースを最小限に抑えられることが特徴の1つです。この回路の場合、周辺の温度に対する温度上昇分は、最大でも65°Cに収まります(図3)。45Wの出力を供給するという条件下で、ピークの効率は94%に達します。図4のグラフに示すように、全入力範囲に対して、各出力電圧における効率の変動は10%未満に抑えられます。



車載用途に対応可能な優れたEMI性能
LT8390Aは、EMIを低減するための複数の機能を備えています。それらを活用することにより、ノイズを抑えつつ、大きな電力を対象とした変換を行うことができます。その結果、車載システムの構成を簡素化することが可能になります。4つのスイッチに対応するDC/DCコントローラICは他にも存在します。それらの製品とLT8390Aの大きな違いは、インダクタの電流を検出するための抵抗を配置する位置にあります。4つのスイッチに対応する昇降圧コントローラのほとんどは、グラウンドを基準とする電流検出方式を使って、スイッチに流れる電流の情報を得るようになっています。それに対し、LT8390Aでは、電流検出抵抗をインダクタと直列に配置します。そのため、降圧と昇圧の両方のホット・ループからEMIを効果的に除去でき、ループのサイズが縮小され、EMI性能が向上します。
電流検出に関して上記のような優位性を持つことに加え、LT8390AはSSFM機能も備えています。これを使うことで、コントローラによって生じるEMIを更に低減できます。スイッチングのエッジ・レートは、数個のディスクリート部品を使って、昇圧/ 降圧用のスイッチ(MOSFET)のターン・オンを遅らせるように制御されます。それにより、高い周波数でスイッチングするために生じるEMIの低減と温度上昇の適切なバランスを確保します。LT8390Aは、EMI対策として上記のような工夫を盛り込んで設計されています。そのため、CISPR 25規格を満たすために、ケース付きのフェライトと大きなLCフィルタを使用しなければならないといった状況には陥りません。入力部と出力部に付加する小型のフェライト・フィルタだけで、同規格を満たすことが可能です。図1に示したソリューションは、AEC-Q100に準拠する部品だけを使用して設計されています。
出力電圧のシームレスな遷移
LT8390Aの出力電圧は、シャットダウンすることなく設定できます。電圧を変更するには、ロジック・レベルの信号を使用して、抵抗分圧器の構成を決めるMOSFETを駆動します( 図2を参照) 。実際のアプリケーションでは、LT8390Aと共にGPIOピンを備えるUSB PDソース・コントローラを使用することになるはずです。同コントローラを使うことで、USBで接続されたデバイスとホストとの間のネゴシエーション処理が容易になり、所望のバス電圧を設定することができます。
図5は、LT8390Aを使用したシステムの出力電圧を変化させた際、どれほどスムーズに遷移するのかを示したものです。この例では、入力として12Vが供給されています。より高い電圧に出力を変更する場合、セトリングするまでには、デジタル制御信号の立上がりエッジから最大150マイクロ秒の時間を要します。出力電圧が変化する間、LT8390Aは、入力電圧と出力電圧の関係に基づいて、昇圧、降圧、昇降圧の各モード間の遷移を繰り返します。この遷移は適切な制御の下で行われるので、出力電圧が低下したり、過度のオーバーシュートが発生したりすることはありません。

45W以上の出力の実現
45W以上の出力電力レベルが必要な場合には、低いスイッチング周波数で動作させてスイッチング損失を抑えなければなりません。そのような電力レベルでは、MOSFETに熱的ストレスが加わって、問題が発生してしまう可能性があるからです。そこで、アナログ・デバイセズは、スイッチング周波数が150kHz~650kHzの「LT8390」も製品化しています。同ICは、LT8390Aと同じ機能セットを備えているため、EMIを低く抑えつつ、大きな出力に対応する昇降圧レギュレータを実現できます。スイッチング周波数が400kHzという条件で、LT8390をベースとするシステムを構築すると、使用するインダクタと出力コンデンサのサイズは大きくなります。ただ、車載バッテリから供給される100Wの電力を、温度の上昇を許容範囲内に抑えつつ、容易に昇降圧を実現することができます。図6は、LT8390AとLT8390のそれぞれがカバーする範囲についてまとめたものです。様々なバッテリから供給される電力を基に、出力可能な電力を示しています。

まとめ
USB Type-Cに対応するデバイスでは、レギュレータの出力電圧の範囲を広げ、電流量を増やすことによって、より多くの電力を扱えるようになります。USB Type-C対応のチャージャを使用するバッテリ駆動型の車載機器や携帯型電子機器では、入力電圧よりも高いバス電圧と低いバス電圧を供給するために、広範な入出力電圧に対応する昇降圧レギュレータが必要になります。2MHzのスイッチング周波数に対応するLT8390Aを使用すれば、実装スペースを最小限に抑えつつ、最大45Wの出力電力を供給することができます。必要な電力レベルが45Wを超える場合には、実装スペースがやや増えますが、スイッチング周波数が150kHz~650kHzのLT8390を使用することで対応できます。