過密な無線周波数帯で使われる車載レーダー・センサー、都市部は“電子戦場”に

車載レーダーの普及が進むにつれ、もともとRF帯域が混み合っていた都市環境は、いわば“電子戦場”とでも呼ぶべき状況に陥りつつあります。このような環境下では、レーダーは、意図的なもの、そうでないものを含めて各種の電波妨害を受けるようになります。そのため、レーダー・システムの開発者は、電子戦争(EW:Electronic Warfare) の分野で使われるような電波妨害対策を実装する必要があります。

一般に、車載レーダーは、否定妨害(Denial Jamming)または欺瞞妨害(Deceptive Jamming)を受ける可能性があります。否定妨害は、レーダーの視界を妨害するというものです。S/N比を劣化させ、ターゲットを検出できる確率を低下させます。一方の欺瞞妨害とは、レーダーを欺き、偽のターゲットによって本来のターゲットが存在するかのように見せかけるというものです。それにより、レーダーは本来のターゲットを追跡できなくなります。このような妨害が生じると、レーダーを搭載する車両の動作には、深刻な影響が及びます。

電波妨害は、複数の車載レーダーが互いに干渉していることが原因で生じることがあります。また、安価なハードウェアを使い、意図的に強力な連続波(CW)信号をレーダーに向けて放射することによって引き起こされるケースもあります。

現時点では、電波妨害を回避するためには、既存の手法を使えば十分かもしれません。しかし、レーダー・センサーの普及に伴い、回復力(Resilient)を備える緩和手法を単独で使用するか、またはそれと他の回避策を併用しなければならなくなります。回復力のある手法では、時間/ 周波数領域の信号処理や、複雑なレーダー波形(レーダーで送受信される信号の波形)が利用されます。

レーダー波形

レーダー波形は、システムにおける重要なパラメータです。電波妨害が存在する場合に、センサーの性能を左右することになるからです。77GHz帯に対応する今日の車載レーダーは、主にFMCW(Frequency Modulated Continuous Wave:周波数変調連続波)方式のレーダー波形を使用します。FMCWに対応するレーダー(FMCWレーダー)では、CW信号によってRF帯域内の周波数を直線的に掃引またはチャープします。図1に、FMCWに対応するレーダーにおけるチャープ・シーケンス(CS)波形の例を示しました。

Figure 1
図1 . FMCWレーダーにおけるチャープ・シーケンス波形の例

周波数の差(fB:ビート周波数)は、以下の式に示すように、ターゲットまでの距離Rに比例します。

Equation 1

電波妨害の影響

混み合ったRF環境における電波妨害は、FMCWレーダー・センサーが、周波数帯の同じ領域で動作している場合に生じます。対向車両による典型的な電波妨害の例を図2に示しました。

Figure 2
図2 . FMCWレーダーに対する否定妨害(a)と欺瞞妨害(b)の例

否定妨害

FMCW方式の任意かつ強力な妨害信号が、レシーバーの帯域内に存在したとします。そうすると、レーダーのノイズ・フロアが上昇します。つまり、その否定妨害によって、S/N比が低下するということです。結果として、小さなターゲット(レーダー反射断面積[RCS]が小さい)はレーダーの視界から消える可能性があります。

否定妨害は、特定のFMCWレーダーに向けて強力なCW信号を放射するという形で、故意に行われる可能性もあります。狙われたレーダーには、FMCWレーダーにおける電波妨害と同様の影響が生じます(図4)。

欺瞞妨害

妨害信号を、特定のレーダーと同期させつつ少し遅らせて掃引すると、実際の位置から特定の距離だけ離れた位置に偽のターゲットが生成されます。これは、EWで一般的に用いられる電波妨害の手法です。一般に、種類の似た複数の車載レーダーが接近すると、意図せぬ電波妨害が引き起こされます。しかし、標的となるレーダーと妨害する側のレーダーの時間が正確に同期する確率は、非常に低いと言えます。妨害する側のレーダーの遅延オフセットが、標的となるレーダーの最大レンジの遅延よりも短い場合に、本物のターゲットのように見える可能性が生じます。例えば、最大距離が200mならば、1.3マイクロ秒未満の時間差で掃引する必要があります。ただし、このような欺瞞妨害は、EWで使われるような高度な装置を対向車のプラットフォームに搭載すれば、意図的に実行することができます。

より一般的には、欺瞞妨害は、標的となるレーダーの信号の遅延と周波数を体系的に変更して再送信することによって実行されます。非コヒーレントな形で妨害を実行する装置は、トランスポンダと呼ばれます。一方、コヒーレントな形で妨害を実行する装置は、リピータと呼ばれます。リピータは、1つ以上の妨害信号を受信、変更、再送信します。それに対し、トランスポンダは、妨害したい信号が検出されたときに、あらかじめ設定された信号を送信します。

通常、高度なリピータを用いた攻撃には、デジタルRFメモリ(DRFM)が必要です。DRFMを使用することにより、調整された範囲の遅延とドップラ・ゲート・プルオフ攻撃の実行を実現することができます。それにより、偽のターゲットの距離とドップラ特性を維持し、対象となるレーダーを欺くことが可能になります。

電波妨害を緩和する手法

基本的なアプローチ:回避

レーダーに対する電波妨害を緩和するための基本的なアプローチは、「回避する」というものになります。つまり、空間、時間、周波数が重なる確率を減らすことが目標になります。

  • 空間:狭い電子走査ビームを使用することにより、電波妨害のリスクを抑えることができます。長距離を対象とするアダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC:Adaptive Cruise Control)の場合、レーダーの標準的な視野は±8°です。それでも、強力な妨害信号であれば、アンテナのサイドローブを通して影響を及ぼしてくる可能性があります。
  • 時間:FMCWレーダーにおけるチャープの勾配のパラメータをランダム化し、周期的な電波妨害を回避します。
  • 周波数:FMCWレーダーにおけるチャープの開始/終了周波数をランダム化し、周波数の重なりと妨害の確率を低下させます。

他のレーダーとの偶発的な同期は、基本的なランダム化を施すことにより回避されます。ただ、混み合ったRF環境では、この方法ではそれほど効果が得られないケースもあります。より多くのレーダー・センサーに対し、より洗練された回復力のある手法によって、電波妨害を緩和することが求められつつあります。

戦略的なアプローチ:検出と修復

回避に代わるアプローチとして、信号処理のアルゴリズムを使用して受信波形を修復するという手法があります。時間/周波数領域でのそうした処理は、否定妨害に対して有効である可能性があります。FMCWレーダーを対象とした対向車両による電波妨害の場合、妨害装置は極めて短い時間ですべての周波数ビンを掃引します。この高速な時変信号が、通常のFFT領域におけるノイズ・フロアを上昇させます。時間/周波数領域での信号処理では、FFT領域で実施するよりも簡単に、妨害信号を別の領域に移動させて除去することができます(図3)。

Figure 3
図3 . レーダーの反射信号のIF波形をFFT領域とSTFT領域で表した結果

時変信号については、通常のFFTではなく、短時間フーリエ変換(STFT:Short Time Fourier Transform)を適用した方がより多くの情報を得ることができます。STFTに基づく手法は、狭帯域の妨害の阻止に使用できる可能性があります。通常、STFTでは、信号に対するウィンドウを移動させて、その領域内でFFT演算を実施します。信号は周波数領域でフィルタリングされて妨害成分が除去されます。その後、時間領域の信号に再変換されます。

図4は、一般的なFMCWレーダーにおいて、RF帯のチャープ・シーケンスのオーバーラップによって生じる電波妨害の様子を示したものです。また、それによるIFビート信号をSTFT領域に示しています。

Figure 4
図4. STFT領域で示した電波妨害の様子。 左はFMCWレーダーと妨害信号、右は IF領域に対応しています。

図4の右側のグラフは、IF領域を表しています。これは、 レーダーの信号(青色)と妨害信号(橙色)が混ざった 結果です。水平のラインであればターゲットを表すので すが、V字形の垂直ラインは妨害信号が存在することを 表しています。

類似の方向または逆方向から送られてきた妨害用の FMCWやCWのような低速のチャープも、IF信号に同様 の影響を及ぼします。いずれの電波妨害が生じた場合に も、図3に示すように、高速に変化するV字形のIF信号に よって、通常のFFT結果におけるノイズ・フロアが上昇 します。

振幅ベースのマスキングを使用すれば、STFT領域の妨 害信号を除去できる可能性があります。当然のことなが ら、ここでは妨害を受けるレーダーのフロント・エンド と量子化処理部のダイナミック・レンジが、強い妨害信 号と小さなターゲットを同時かつ直線的に処理できるく らい十分に広いと仮定します。図5をご覧ください。

Figure 5
図5. STFT領域における振幅ベースのマスキング

上の画像は、強力な妨害信号を表し ています。一方、下の画像は、マスキング処理後のSTFT を表しています。上の画像のように強力な妨害信号が存 在すると、複数の実際のターゲットが検出できなくなり ます。下のグラフでは、V字形の妨害信号が除去されて います。最終的に時間領域に再変換すれば、S/N比の低 い状態でもターゲットを識別できるはずです

STFTに基づく電波妨害の緩和手法は、強力な妨害信号に よる否定妨害にも適用できます。一方、欺瞞妨害に対して は、STFTだけでは反射信号が本物か偽物かを確認するこ とはできません。

RFの暗号化

リピータによる欺瞞妨害の影響を緩和するための基本的 な対策としては、低確率傍受(LPI:Low Probability of Intercept)レーダーの波形を使用する方法が挙げられま す。LPIレーダーの目的は、広範な周波数領域に放射エ ネルギーを拡散することによって、検出を逃れることで す。一般的には、疑似ランダム掃引、変調、またはホッピ ング・シーケンスが適用されます。なお、FMCWは、LPI の波形の一種です。周波数チャープに位相の符号化また は暗号化を適用すれば、車載レーダーの信号がDRFMに よって傍受される確率をさらに下げることができます。

反射信号が本物かどうかは、各レーダー・センサーに固 有の暗号化が施されたRFシグネチャによって確認する ことができます。図6は、2つの全く同じレーダー(片方 は別の車両に搭載されています)による電波妨害の例で す。両者の間の周波数オフセットと遅延によって、妨害 を受ける側のレーダーの視界に偽のターゲットが生成さ れています。妨害する側のレーダーは、妨害を受ける側 のレーダーに対して時間的に同期がとられています(チャープ勾配が等しく、オフセットが短い)。

Figure 6
図6 . 全く同じ2 つのレーダーの間に生じた電磁妨害。両者の間に周波数オフセットと遅延が存在することが原因となって発生しています。

位相の符号化を適用したFMCWレーダーは、このよう な電波妨害に対して高い堅牢性を示します。直交符号を 使用すれば、複数の波形の同時送信が行えるようにな り、MIMO(Multi-Input Multi-Output)でレーダーを 動作させることも可能です。符号に関する要件としては 以下のようなものがあります。

  • 符号長:目標は、短いシーケンスで最小レベルのレンジのサイドローブを実現することです。PRNシーケンスの長さを1024とすると、ピーク・サイドローブ・レベル(PSLL)は約30dB(10log1024)になります。送信符号と受信フィルタのウェイトを最適化することで、S/N比と引き換えにPSLLを改善することができます。
  • 良好な相互相関特性:センサーとセンサーの間を適切に隔離するには、集合内の各要素の相互相関係数がゼロでなければなりません。
  • ドップラ耐性:位相の符号化を適用したレーダーの性能は、ドップラ・シフトによって低下する恐れがあります。バイナリ符号はドップラの影響を大きく受けますが、多相符号であればバイナリ符号ほど急激には劣化しません。
  • 使用可能な異なる符号の数:総数が多いほど、各レーダー・センサーに固有の符号を割り当てやすくなります。

図7に示したのは、位相に符号化を適用しない場合のレーダーの反射信号です。妨害信号が偽のターゲットとして表れています。トランスミッタのFMCW波形に対し、PRNシーケンスによって位相に対する符号化を施すと、図8に示すように妨害信号を抑制できます。

Figure 7
図7. 位相に対して符号化を適用しない場合のレーダーの反射信号。本物のターゲットに加えて偽のターゲットも現れています。
Figure 8
図8 . 位相に対する符号化を適用した場合と適用しない場合のレーダーの反射信号

この手法を適用すると、ダイナミック・レンジが低下します。ただ、レーダー信号用のプロセッサは、少数のチャープに対して位相を符号化したFMCWを適用し、偽のターゲットを特定したら、通常動作に戻ることができます。

結論、今後の動向

混み合った車載レーダー・センサー環境で生じる電波妨害は、高度な信号処理のアルゴリズムと複雑な波形生成手法を適用することによって緩和できます。STFTに基づく信号処理の手法は、否定妨害に対して有効である可能性があります。位相に対する符号化を適用したFMCWは、処理利得と傍受の回避によって、コヒーレント/非コヒーレントな欺瞞妨害を防ぐための追加レイヤとなります。表1に、緩和手法の概要をまとめました。

表1. FMCWベースの車載レーダーに適した緩和手法
電波妨害の種類 否定妨害 欺瞞妨害
妨害する側のハードウェア 別のレーダー・センサーまたはシンプルなCW発生器 DRFM(コヒーレント) トランスポンダ(非コヒーレント)
妨害される側のレーダーに対する影響 S/N比の低下 偽のターゲットの生成 偽のターゲットの生成
回復力のある緩和手法 STFT 位相に符号化を適用したFMCW 位相に符号化を適用したFMCW
緩和の原理 レーダーの反射波形の修復 検出の回避 符号化シーケンスの処理利得
緩和効果(期待値) 高い 中程度 良好

本稿では、車載レーダーに対する電波妨害の緩和手法について詳しく説明してきました。それらの手法は、他のレーダー・センサー環境にも適用できます。例えば、ロボット工学、道路の通行料の徴収、GPS、UAV(無人航空機)用の着陸/衝突回避システムなどの用途が考えられます。

現在の車載レーダー・センサーは、互いに通信は行わない非協調的なモードで動作しています。協調的な動作モードを実現するには、業界全体にわたる連携が必要になります。協調的な動作を実施できるようになれば、レーダー・センサー間のアービトレーション(調停)によって、干渉の問題を解決できる可能性があります。

レーダーに関する将来の構想としては、センサー間の協調や、通信ノードとレーダー・センサーの融合といった事柄がその要素として挙げられます。将来のレーダーは、より複雑な波形を使用するはずです。その場合、レーダーの信号に情報も含められるようになる可能性があります。つまり、単一のハードウェアによって、レーダーと通信(RadCom)の機能を同時に実現できる可能性があるということです。

RadCom:レーダーと通信に同時に使用できる単一のシステム

  • 干渉を生じさせることなく、複数のユーザに対応できます。
  • OFDM(直交周波数分割多重方式)によるレーダーの信号の符号化や類似の通信符号により、レーダーの信号に情報を含められる可能性があります。
  • OFDMに基づいてレーダーの信号を送信することにより、同時性が得られます。

アナログ・デバイセズは、1GHzを超える帯域幅とビーム・ステアリング機能を備える5G(第5世代移動通信システム)向けのミリ波対応トランシーバーを提供しています。これは、RadComに対応するシステムを実現するための有力な候補になり得るソリューションです。

当社は、最先端のレーダー・センサーと5G向けのミリ波対応ソリューションの両方を開発しています。このことから、将来のRadComに向けた道を切り拓いている存在だと言えます。

28nmのCMOSレーダー技術「Drive360」

アナログ・デバイセズは、28nmのCMOSプロセスを採 用したレーダー用のプラットフォーム「Drive360」を 発表しています。Drive360では、数多くの高度な信号処 理やカスタムのIP(Intellectual Property)の搭載が可 能です。それによって、システムの差別化を図ることが できます。このプラットフォームには、集積度の高いパ ワー・マネージメント用のコンパニオン・チップが搭載 されています。自動車メーカーやティア1サプライヤに は、今後の自動運転アプリケーションに対応できる堅牢 なソリューションの開発が求められています。このシス テムは、そのために必須となる高い性能を提供します。

5G向けのミリ波技術

アナログ・デバイセズは、ビット・データからマイクロ波までを網羅する多彩な製品群によって、5G向けのマイクロ波技術の開発に大いに貢献しています。当社は、広範な技術ポートフォリオ、絶え間なく進歩しているRF技術、そして無線システム設計の豊富な経験を有しています。このような特徴を活かし、当社は、5Gで使用されるマイクロ波/ミリ波帯に対応する新たなソリューションを世界に先駆けて開発する主導的な役割を果たしていきます。

著者

Sefa Tanis

Sefa Tanis

Sefa Tanis is a senior RF systems engineer at Analog Devices specializing in digital predistortion algorithm development for small cell transceivers, researching signal processing techniques for automotive radars, and evaluating system in a package RF modules for wireless infrastructures. Prior to joining ADI in 2012, he held a lead RF engineer role for an F-16 aircraft electronic warfare program, AN/ALQ-178 V(5)+, jointly developed by ASELSAN of Turkey and BAE Systems in North America. He has 15+ years of expertise in system-level design, and algorithm development, test, and integration of microwave products in telecommunications and the defense/aerospace industries. He received his B.S.E.E. from Cukurova University in Turkey in 2000.