非線形回路ハンドブック

第三章 非線形回路を理解する

cta-banner

パルス変調乗算器

パルス変調乗算器は、矩形パルス下の面積はパルス振幅とパルス幅の積に比例する、という原理に基づいて動作します(図 22)。

図 22: パルス変調の基本原理
図 22: パルス変調の基本原理

 

さらに、矩形パルス列の平均値は、周期に対するオン時間の比(デューティ・サイクル)とパルス振幅の積に比例します(図 23)。

乗算器は、この手法を使って構成できます。一方の入力はパルスの振幅を制御するために使用し、もう一方の入力はデューティ・サイクルを制御するために使用します。結果として得られるパルス列にはローパス・フィルタがかけられ、2 つの入力の積に比例する平均値を出力します。簡単な 2 象限パルス変調乗算器のブロック図を図 24 に示します。

 

図 23: 矩形波パルス列の平均値は、振幅とデューティ・サイクルの積に比例
図 23: 矩形波パルス列の平均値は、振幅とデューティ・サイクルの積に比例

 

図 24: 2 象限パルス変調乗算器のブロック図。
図 24: 2 象限パルス変調乗算器のブロック図。

 

Y 入力はパルス列のデューティ・サイクルを制御し、さらにパルス列がスイッチ S1 を駆動します。スイッチは入力とグラウンド間を交互に切り替え、デューティ・サイクルに比例する時間だけ入力を接続します。平均化フィルタの出力は、積 VxVy に比例した値になります。X 入力は正または負のどちらにもなれますが、デューティ・サイクル τ/T は負になれないので、Y 入力は正の値に制限されます。

図 25 のブロック図に示されているように、パルス変調技術は、Y 入力がゼロのときデューティ・サイクルが 50 % となるように「バランス」スイッチングとデューティ・サイクル・ジェネレータを使用することによって、4 象限動作に拡大できます。

 

パルス変調乗算器の性能

パルス幅/パルス高変調は、本質的に最も正確なアナログ乗算方法です。誤差がフルスケールの 0.1 % 未満で、非線形性が 0.02 % の精度を容易に実現できます。

図 25: 4 象限パルス変調乗算器
図 25: 4 象限パルス変調乗算器

 

この高い精度は、非線形素子(FET またはトランジスタ)のゲインと入力電圧の関係そのものを利用するのではなく、それらの素子をスイッチとして使用することによるものです。

パルス変調乗算器は概念的には 100 % 正確ですが、実際の乗算器の精度を制限する誤差源がいくつかあります。最も大きな制限は、実際のスイッチとデューティ・サイクル・ジェネレータの非理想動作によるものです。しかし、変調技術自体に内在する制限も 1 つあります。信号周波数は、十分な平均化時間を得るために、平均化周波数より十分に低くなければなりません。アナログの平均化では、常に有限の(ただし通常は無視できる)リップル成分が出力に残ります。通常、キャリア周波数は、信号周波数の少なくとも 10 ~ 100 倍とする必要があります。

さらに、キャリア周波数は、部品で決まる誤差によって制限されます。

  1. スイッチ制御端子と信号パス間の容量、例えば FET のゲート・チャンネル間容量。この容量は、スイッチのオン/オフごとに電荷を信号パスに結合させるので、オフセット電圧が生じます。オフセットは信号レベルによって異なり、非線形性が生じます。

「ダンプ電荷」効果は、低容量スイッチや低キャリア周波数を使用して信号パスに結合される平均電荷(電流)を小さくすることにより、最小限に抑えることができます。

  1. スイッチのオン/オフ抵抗: FET スイッチや CMOS スイッチ(リード・リレーでも可)には、測定可能なオン抵抗と有限のオフ抵抗があります。オンに対するオフの比が高ければ(> 10,000)、スイッチによる誤差は小さくて済みます。この比が低いと、スイッチ・オフの時に入力信号の一部が出力にリークして、フィードスルーが大きくなります。
  2. デューティ・サイクル・ジェネレータの線形性: 可変デューティ・サイクルのパルス・ジェネレータは、潜在的に非線形性の最も大きな発生源です。制御入力 Vy は、かなり広い範囲にわたってオフ時間に対するオン時間の比を正確に決定する必要があります。これは 4 象限乗算器では特に重要です。図 26 に示すように、デューティ・サイクルが減少するにつれて、固定されたタイミング誤差、例えば遅延が、オン時間のより大きな部分を占めるようになり、非線形性を生じさせます。

図 26: デューティ・サイクル・ジェネレータとスイッチを合わせた非対称固定遅延によって生じる非線形誤差。∆τ は 比例からのずれで、τ が大きくても小さくても同じです。
図 26: デューティ・サイクル・ジェネレータとスイッチを合わせた非対称固定遅延によって生じる非線形誤差。∆τ は 比例からのずれで、τ が大きくても小さくても同じです。

 

デューティ・サイクル・ジェネレータの非線形性は、図 27 のブロック図に示すクローズドループ回路を使うことによって、任意の低いレベルまで減らすことができます。

入力電圧 Vy は、チョップされたリファレンス電圧の平均値と比較されます。

コンパレータの出力は、チョッパのオフ時間に対するオン時間を制御して、その平均出力電圧値が定常状態の Vy と等しくなるようにします。

 

図 27: クローズドループ・デューティ・サイクル・ジェネレータ
図 27: クローズドループ・デューティ・サイクル・ジェネレータ

 

デューティ・サイクル τ/T とコンパレータの出力電圧の関係は、それが 1 つの値である限り、重要ではありません。システム全体の線形性は、コンパレータの閾値の精度と平均化の時間によって決まります。この方法によって 0.01 % 未満の非線形性を実現することができます。

非線形回路ハンドブックの目次へ戻る

非線形回路ハンドブックのPDFを無料でダウンロード

目次: 基本動作、非線形デバイスの応用、非線形回路を理解する、設計者のための技術情報

この技術書は、Analog Devices社の"Non-Linear Circuit Handbook"を和訳したものです。
非線形アナログ回路の原理、性能、仕様、テスト、応用に関する情報が1冊にまとまっています。50年以上前に考案された半導体の非線形特性を利用した回路は、最新の信号処理用の集積回路の中に隠れて、数多く使われています。
非線形回路の詳細を理解することで、それらを応用した新しい集積素子実現のもとになることを願っています。

非線形回路ハンドブックをダウンロード