ADALM2000による実習:バイポーラ・トランジスタで構成したゼロゲイン・アンプ

目的

回路を設計する際には、各デバイスに現れる1つ1つの変動について慎重に検討することが重要です。設計者の主要な目的の1つは、そうした変動の影響を受けないように回路を構成し、生じ得るすべての条件に対して仕様を満たせるようにすることです。ほとんどの回路では、安定したバイアスまたは動作点のレベルを確立することが共通の設計作業の1つになるでしょう。些細なことだと感じられるかもしれませんが、その作業が最も難易度が高く最も興味深い課題になる可能性もあります。例えば、バイアスの生成回路は、システムの中核部分を動作させるための電流を生成することを目的として設計されます。そうした回路は、抵抗とダイオードを電源と並列に接続したり、ダイオード接続したトランジスタを使用したりすることにより、シンプルに構成されることがあります。ただ、そうした回路によって生成される電流は、電源電圧の変動にほぼ比例して変動することになります。バイアス電流に現れるこの変動は、往々にして望ましいものではありません。

この問題の解決に役立つのが、以前の実習で取り上げたカレント・ミラーです。カレント・ミラーを使えば、入力電流の変動の影響を受けない出力を実現することができます。今回は、カレント・ミラーについて理解する上で役立つゼロゲイン・アンプの動作を確認してみましょう。

準備するもの

  • アクティブ・ラーニング・モジュール「ADALM2000
  • ソルダーレス・ブレッドボード
  • 抵抗:2.2kΩ またはそれに近い値のもの(1 個)
  • 抵抗:47Ω(1 個)
  • 小信号 NPN トランジスタ:「2N3904」または「SSM2212」(1個)

説明

図1において、トランジスタQ1は、コレクタ電圧がベース電圧よりもkT/q(IC×47Ωと等しい)だけ低くなるようにバイアスされています。ADALM2000の任意波形ジェネレータ(AWG)によって印加される入力電圧が変化しても、基本的に一定の状態が保たれます。

Figure 1. Zero-gain amplifier. 図1. ゼロゲイン・アンプの回路図
図1. ゼロゲイン・アンプの回路図

ハードウェアの設定

図2に、図1の回路を実装したブレッドボードを示しました。AWGの出力W1は、抵抗R1の一端に接続されています。抵抗R1のもう一端は、トランジスタQ1のベースに接続しています。Q1のベースとコレクタの間には、抵抗R2が接続されています。Q1のエミッタはグラウンドに接続します。

Figure 2. Zero-gain amplifier breadboard circuit. 図2. 図1の回路を実装したブレッドボード
図2. 図1の回路を実装したブレッドボード

手順

AWGは、ピークtoピークの振幅が3V、オフセットが1.5V、周波数が1kHzの三角波を生成するように設定します。オシロスコープのチャンネル1(1+)は、AWGの出力W1を表示できるように接続してください。オシロスコープのシングルエンド入力チャンネル2(2+)は、Q1のベース電圧とコレクタ電圧を交互に測定するために使用します。

オシロスコープは、測定した2つの信号の数周期分が表示されるように設定します。XY機能を忘れずにオンにしてください。オシロスコープによる波形の表示には、ソフトウェア・パッケージ「Scopy」を使用します。

図3~図5に、取得した波形の例を示しました。

Figure 3. Scopy plot VBE. 図3. VBEの波形
図3. VBEの波形
Figure 4. Scopy plot VCE. 図4. VCEの波形
図4. VCEの波形
Figure 5. Excel plot example comparing VBE and VCE. 図5. VBEとVCEの比較。Excelでプロットした例です。
図5. VBEとVCEの比較。Excelでプロットした例です。

VBEを高める方法――ゼロゲインの概念の適用

多くの回路では、図1の回路のVBEよりも大きな電圧を生成する必要があります。以下では、そうした要件に対応するための方法を3つ紹介します。

VBEを2倍にする方法(その1)

最も簡単なのは、ダイオード接続したトランジスタを2個直列につないで使用する方法です(図6)。

準備するもの

  • 抵抗:1kΩ(1 個)
  • 小信号 NPN トランジスタ:2N3904(2 個 )またはSSM2212

説明

図7に、図6の回路を実装したブレッドボードを示しました。AWGの出力W1は、抵抗R1の一端と、オシロスコープのチャンネル2(2+)に接続します。トランジスタQ1のエミッタはグラウンドに、ベースとコレクタはトランジスタQ2のエミッタに接続します。Q2のベースとコレクタは、R1のもう一端と、オシロスコープのチャンネル2(2-)、チャンネル1(1+)に接続します。.

Figure 6. VBE circuit. 図6. VBEを2倍にする回路(その1)
図6. VBEを2倍にする回路(その1)

ハードウェアの設定

AWGは、ピークtoピークの振幅が3V、オフセットが1.5V、周波数が1kHzの三角波を生成するように設定します。オシロスコープのチャンネルは、どちらも200mV/divに設定してください。

手順

オシロスコープは、測定した2つの信号の数周期分が表示されるように設定します。XY機能をオンにするのを忘れないでください。

Figure 7. VBE breadboard circuit. 図7. 図6の回路を実装したブレッドボード
図7. 図6の回路を実装したブレッドボード

図8に、オシロスコープで取得した波形の例を示しました。

Figure 8. Scopy voltage vs. current. 図8. 図6の回路における電圧と電流の関係。Scopyを使って表示しました。
図8. 図6の回路における電圧と電流の関係。Scopyを使って表示しました。

VBEを2倍にする方法(その2)

2つ目の方法は、分圧器を構成する2つの抵抗を使用する方法です(図9)。これにより、トランジスタQ1のVBEにVBEの一部が追加される形で出力が生成されます。

準備するもの

  • 抵抗:1kΩ(1 個)
  • 抵抗:10kΩ(2 個)
  • 可変抵抗:5kΩ(1 個。できれば 500Ω のポテンショメータが望ましい)
  • 小信号 NPN トランジスタ:2N3904 または SSM2212(1 個)

説明

図9の回路を実装したブレッドボードを図10に示しました。AWGの出力W1は、抵抗R1の一端と、オシロスコープのチャンネル2(2+)に接続します。トランジスタQ1のエミッタはグラウンドに接続し、ベースとグラウンドの間に抵抗R3を挿入します。抵抗R2の一端は、抵抗R1のもう一端、オシロスコープのチャンネル2(2-)、ポテンショメータR4の一端ならびにR4のワイパーに接続します。R2のもう一端は、Q1のベースに接続されています。Q1のコレクタは、R4のもう一端とオシロスコープのチャンネル1(1+)に接続しています。

Figure 9. Version 2 of VBE multiplier circuit. 図9. VBEを2倍にする回路(その2)
図9. VBEを2倍にする回路(その2)

ハードウェアの設定

AWGは、ピークtoピークの振幅が3V、オフセットが1.5V、周波数が1kHzの三角波を生成するように設定します。オシロスコープのチャンネルは、どちらも200mV/divに設定してください。

手順

まず、可変抵抗R4の値を、最小値であるほぼ0Ωに設定します。この条件で電圧‐電流特性を取得し、図6の回路の特性と比較してみてください。Q1がオンになる前には、わずかな電流が10kΩの抵抗2つに余分に流れ込みます。1mAの電流が流れている状況では、図6の回路の場合よりも電圧はやや高くなります。また、グラフの傾きは図6の回路の場合と比べて急峻ではありません。

オシロスコープは、測定した2つの信号の数周期分が表示されるように設定してください。また、XY機能を忘れずにオンにしてください。

Figure 10. VBE multiplier breadboard circuit. 図10. 図9の回路を実装したブレッドボード
図10. 図9の回路を実装したブレッドボード

オシロスコープで取得した波形の例を図11と図12に示しました。

Figure 11. Scopy plot—R4 set to 0 Ω. 図11. 図9の回路における電圧と電流の関係。R4を0Ωに設定し、Scopyを使って表示しました。
図11. 図9の回路における電圧と電流の関係。R4を0Ωに設定し、Scopyを使って表示しました。

ここで、ゼロゲイン・アンプの概念を適用してみましょう。R4の値を調整し、グラフの傾きの変化を観測します。グラフがほぼ垂直に立ち上がるようになるのは、R4の値をいくつに設定したときですか。なぜ、その値でゼロゲインが実現されるのでしょうか。これについて考察してみてください。

Figure 12. Scopy plot—R4 set to approximately 100 Ω. 図12. 図9の回路における電圧と電流の関係。R4を100Ωに設定し、Scopyを使って表示しました。
図12. 図9の回路における電圧と電流の関係。R4を100Ωに設定し、Scopyを使って表示しました。

VBEを2倍にする方法(その3)

続いて、図9の回路に少し変更を加えることにします。

準備するもの

  • 抵抗:1kΩ(1 個)
  • 抵抗:10kΩ(1 個)
  • 可変抵抗:5kΩ(1 個。できれば 500Ω のポテンショメータが望ましい)
  • 小信号 NPN トランジスタ:2N3904(2 個)またはSSM2212
Figure 13. Version 3 of the VBE multiplier. 図13. VBEを2倍にする回路(その3)
図13. VBEを2倍にする回路(その3)
Figure 14. Version 3 of the VBE multiplier breadboard circuit. 図14. 図13の回路を実装したブレッドボード
図14. 図13の回路を実装したブレッドボード

説明

図13の回路を実装したブレッドボードを図14に示しました。図13の回路は、図9の回路から10kΩの抵抗R2を取り除き、その代わりに、ダイオード接続したNPNトランジスタQ2を追加しています。

ハードウェアの設定

AWGは、ピークtoピークの振幅が3V、オフセットが1.5V、周波数が1kHzの三角波を生成するように設定してください。オシロスコープのチャンネルは、どちらも200mV/divに設定します。

手順

可変抵抗R4の値を、最小値であるほぼ0Ωに設定します。この場合の電圧‐電流特性を、図9の回路の場合と比較します。Q1がオンになり、更にQ2もオンになるまでの間、10kΩの抵抗にはわずかな電流が余分に流れ込みます。1mAの電流が流れている状態では、図9の回路の場合よりも電圧がやや低くなります。一方、グラフの傾きは図9の回路のグラフよりも急峻になり、図6の回路のグラフに近い状態になります。

オシロスコープは、測定した2つの信号の数周期分が表示されるように設定してください。また、XY機能を忘れずにオンにしてください。

オシロスコープで取得した波形の例を図15と図16に示します。

Figure 15. Scopy plot—R4 set to 0 Ω. 図15. 図13の回路における電圧と電流の関係。R4を0Ωに設定し、Scopyを使って表示しました。
図15. 図13の回路における電圧と電流の関係。R4を0Ωに設定し、Scopyを使って表示しました。

ここで、ゼロゲイン・アンプの概念を適用してみます。R4の値を調整し、グラフの傾きの変化を観測してください。グラフがほぼ垂直に立ち上がるようになるのは、R4の値をいくつに設定したときでしょう。なぜ、その値でゼロゲインが実現されるのでしょうか。その理由を考察してみてください。

Figure 16. Scopy plot—R4 set to 40 Ω. 図16. 図13の回路における電圧と電流の関係。R4を100Ωに設定し、Scopyを使って表示しました。
図16. 図13の回路における電圧と電流の関係。R4を100Ωに設定し、Scopyを使って表示しました。

問題

図 9 の回路において、安定した 1.0V の出力を生成するには、R2 と R4 の値をどのように変更すればよいでしょうか。

答えはStudentZoneで確認できます。

著者

Doug Mercer

Doug Mercer

Doug Mercerは、1977年にレンセラー工科大学で電気電子工学の学士号を取得しました。同年にアナログ・デバイセズに入社して以来、直接または間接的に30種以上のデータ・コンバータ製品の開発に携わりました。また、13件の特許を保有しています。1995年にはアナログ・デバイセズのフェローに任命されました。2009年にフルタイム勤務からは退きましたが、名誉フェローとして仕事を続けており、Active Learning Programにもかかわっています。2016年に、レンセラー工科大学 電気/コンピュータ/システム・エンジニアリング学部のEngineer in Residenceに指名されました。

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclausは、アナログ・デバイセズのシニア・ソフトウェア・エンジニアです。Linuxやno-OSドライバを対象とした組み込みソフトウェアを担当。それ以外に、アナログ・デバイセズのアカデミック・プログラムやQAオートメーション、プロセス・マネージメントにも携わっています。2017年2月から、ルーマニアのクルジュナポカで勤務。クルジュナポカ技術大学で電子工学と通信工学の学士号、バベシュボヨイ大学でソフトウェア・エンジニアリングの修士号を取得しています。