ADALM2000による実習:バイポーラ・トランジスタで構成したエミッタ・フォロワ

目的

今回は、NPNトランジスタを使用してシンプルなエミッタ・フォロワ回路(アンプ)を構成し、その動作を確認します。この種の回路はコレクタ接地回路とも呼ばれます。

準備するもの

  • アクティブ・ラーニング・モジュール「ADALM2000
  • ソルダーレス・ブレッドボード
  • ジャンパ線
  • 抵抗:2.2kΩ(1 個。RL として使用)
  • 小信号 NPN トランジスタ:「2N3904」(1 個。Q1 として使用)

説明

図1に示したのが、NPNトランジスタを使って構成したエミッタ・フォロワ回路です。NPNトランジスタQ1のベースには、任意波形ジェネレータ(AWG)の出力(W1)を接続しています。このノードには、オシロスコープのシングルエンド入力1(1+)も接続しています。また、Q1のコレクタには正の電源Vpを接続しています。Q1のエミッタには、2.2kΩの負荷抵抗RLとオシロスコープのシングルエンド入力2(2+)を接続してください。RLのもう一端は、負の電源Vnに接続します。オシロスコープの2+をQ1のベースに、同2-を同エミッタに接続することで、この回路の入力と出力の差を差動で測定します。

図1. エミッタ・フォロワ回路
図1. エミッタ・フォロワ回路

ハードウェアの設定

AWGは、ピークtoピークの振幅が4V、オフセットが0V、周波数が1kHzの正弦波を生成するように設定します。オシロスコープの入力2(2+)を使って、エミッタの電圧を測定します。オシロスコープの入力1(1+)は、AWGの出力を表示するために使用します。入力と出力の差を測定する際には、オシロスコープの入力2(2+、2-)を使用して両者の差分を表示します。

図2.図1の回路を実装したブレッドボード
図2.図1の回路を実装したブレッドボード

手順

オシロスコープは、測定の対象とする2つの信号の数周期分を取り込めるように設定します。また、オシロスコープによる波形の表示には、ソフトウェア・パッケージ「Scopy」を使用します。取得した波形の例を図3に示しました。

図3. 図1の回路の信号波形
図3. 図1の回路の信号波形

図1のエミッタ・フォロワ回路では、理想的にはゲイン(VOUT/VIN)が1になります。しかし、図3を見るとゲインは1よりやや小さくなっていることがわかります。この回路の実際のゲインは次式で表されます。

数式 1

この式を見ると、1に近いゲインを得るには、RLを大きくするか、reを小さくする必要があることがわかります。また、reはエミッタ電流IEの関数であり、IEが増加するとreが小さくなることもわかっています。更に、この回路から、IEはRLに依存し、RLが大きくなるとIEが減少することもわかります。これら2つの効果は、単純な抵抗性の負荷が接続されたエミッタ・フォロワでは相反して作用します。そのため、エミッタ・フォロワのゲインを最適化するには、他に影響が及ばないようにreを小さくするかRLを大きくする方法が必要になります。別の見方をすると、エミッタ・フォロワではトランジスタのVBEによってDCレベルのシフトが生じるので、入力と出力の差は想定の範囲内で一定になるはずです。また、RLは単純な抵抗性の負荷であるため、出力電圧が上下に振れるとIEはそれに伴って増減します。VBEはIEの指数関数として表され、IEが2倍に増加すると約18mV(室温)変化することがわかっています。この例では、入力信号が-2V~2Vの範囲で変化するので、IEの最小値は2V/2.2kΩで0.91mA、最大値は6V/2.2kΩで2.7mAとなります。そのため、VBEは28mV変化することになります。この結果から、エミッタ・フォロワの有力な改善策が導き出されます。それは、エミッタの負荷抵抗をカレント・ミラーに置き換えるというものです。それにより、トランジスタのエミッタ電流を固定します。2020年8月の記事「ADALM2000による実習:バイポーラ・トランジスタで構成したカレント・ミラー」で説明したように、カレント・ミラーは広い電圧範囲に対応してほぼ一定の値で電流をシンクします。トランジスタに流れる電流がほぼ一定なので、VBEもほぼ一定になります。別の見方をすると、出力抵抗の値が非常に高い電流源では、その電流によってreの値を低く保ちながら、効果的にRLの値を高めることができます。以下、上記の内容で改善を図ったエミッタ・フォロワ回路を紹介します。

改良版のエミッタ・フォロワ回路

準備するもの

  • 抵抗:3.2kΩ(1 個。1kΩ の抵抗と 2.2kΩ の抵抗を直列に接続して使用)
  • 小信号 NPN トランジスタ:2N3904(1 個。Q1 として使用)
  • 小信号 NPN トランジスタ:2 個入りデュアル・トランジスタ「SSM2212」(1 個。VBE が最適にマッチングした Q2 と Q3を実現するために使用)

説明

図4に、改良版のエミッタ・フォロワ回路を示しました。

図4. 改良版のエミッタ・フォロワ回路
図4. 改良版のエミッタ・フォロワ回路

ハードウェアの設定

AWGは、ピークtoピークの振幅が3V、オフセットが0V、周波数が100Hzの三角波を生成するように設定します。オシロスコープの入力2(2+)は、Q1のエミッタの電圧を測定するために使用します。AWGの出力W1の信号を表示するために、オシロスコープの入力1(1+)をQ1のベースに接続してください。入力と出力の差を測定する際には、オシロスコープの入力2(2+、2-)を使用して両者の差分を表示します。

図5.図4の回路を実装したブレッドボード
図5.図4の回路を実装したブレッドボード

手順

オシロスコープは、測定の対象とする2つの信号の数周期分を取り込めるように設定します。取得した波形の例を図6に示しました。図7に示したのは、入出力の差分の算出結果です。

図6. 図4の回路の信号波形
図6. 図4の回路の信号波形
図7. 入力と出力の差分。抵抗と電流源の負荷による誤差をExcelで算出して示しました。
図7. 入力と出力の差分。抵抗と電流源の負荷による誤差をExcelで算出して示しました。

オフセットを抑えたエミッタ・フォロワ回路

ここまでに示した回路には、-VBEのオフセットが含まれていました。続いては、このオフセットの影響を緩和した回路を示します。その回路は、NPNトランジスタで構成したエミッタ・フォロワにおけるVBEのシフト・ダウンを一部相殺するというものです。そのために、PNPトランジスタで構成したエミッタ・フォロワにおけるVBEのシフト・アップを利用します。

準備するもの

  • 抵抗:6.8kΩ(1 個)
  • 抵抗:10kΩ(1 個)
  • コンデンサ:0.01 μ F(1 個)
  • 小信号 PNP トランジスタ:「2N3906」(1 個。Q1 として使用)
  • 小信号 NPN トランジスタ:2N3904(3 個。Q2、Q3、Q4として使用)。または 2N3904(1 個)と 2 個入りデュアル・トランジスタ SSM2212(1 個)

説明

上述した回路を図8に示しました。AWGの出力W1は、PNPトランジスタQ1のベースに接続しています。Q1のコレクタは、NPNトランジスタQ3に接続しています。Q3はダイオード接続されており、カレント・ミラーの入力として機能します。Q1のエミッタは、抵抗R1とNPNトランジスタQ2のベースに接続してください。オシロスコープの入力2(2+)は、Q2のエミッタとNPNトランジスタQ4のコレクタに接続されています。Q3とQ4のエミッタは、負の電源Vnに接続しています。最適なマッチングを実現するために、Q3とQ4には、SSM2212が内蔵するトランジスタ・ペアを使用するとよいでしょう。

図8. オフセットを抑えたエミッタ・フォロワ回路
図8. オフセットを抑えたエミッタ・フォロワ回路

ハードウェアの設定

AWGは、ピークtoピークの振幅が4V、オフセットが0V、周波数が1kHzの正弦波を生成するように設定します。オシロスコープの入力2は500mV/divに設定してください。

図9. 図8の回路を実装したブレッドボード
図9. 図8の回路を実装したブレッドボード

手順

オシロスコープは、測定の対象とする2つの信号の数周期分を取り込めるように設定します。取得した波形の例を図10に示しました。

図10. 図8の回路の信号波形
図10. 図8の回路の信号波形

シンプルなエミッタ・フォロワ回路では、容量性の負荷を駆動する際に1つの問題が明らかになることがあります。エミッタ電流は、信号源から供給されるベース電流のβ倍に制限されます。言い換えれば、エミッタ電流を制限する要素はβのみです。そのため、出力の立上がり時間は比較的短くなります。一方、立下がり時間はエミッタ抵抗または電流源によって制限されるので、かなり長くなります。以下では、この問題を改善した回路を紹介します。

スルー・レートのバランスを改善したエミッタ・フォロワ回路

準備するもの

  • 抵抗:2.2kΩ(2 個)
  • 抵抗:10kΩ(1 個)
  • コンデンサ:0.01 μ F(1 個)
  • 小信号 PNP トランジスタ:2N3906(3 個。Q2、Q3、Q4として使用)。または 2N3906(1 個)と 2 個入りデュアル・トランジスタ「SSM2220」(1 個)
  • 小信号 NPN トランジスタ:2N3904(3 個。Q1、Q5、Q6として使用)。または 2N3904(1 個)と 2 個入りデュアル・トランジスタ SSM2212(1 個)

説明

図11に示す回路は、負荷電流が変化した際、エミッタ・フォロワの電流を調整するために帰還回路を使用しています。出力を負にする際に流れる電流量は、PNPトランジスタQ3の電流のN(NPNトランジスタで構成したカレント・ミラーのゲイン)倍程度になります。トランジスタの最適なマッチングを得るために、Q3とQ4にはSSM2220、Q5とQ6にはSSM2212を使用するとよいでしょう。なお、図11の回路の場合、NPNトランジスタで構成したカレント・ミラーのゲインは1になります。このゲインを高くするには、追加のNPNトランジスタ(SSM2212)をQ5と並列に接続します。

図11. スルー・レートのバランスを改善したエミッタ・フォロワ回路
図11. スルー・レートのバランスを改善したエミッタ・フォロワ回路

ハードウェアの設定

AWGは、ピークtoピークの振幅が4V、オフセットが0V、周波数が1kHzの正弦波を生成するように設定します。オシロスコープの入力2は1V/divに設定してください。

図12. 図11の回路を実装したブレッドボード
図12. 図11の回路を実装したブレッドボード

手順

オシロスコープは、測定の対象とする2つの信号の数周期分を取り込めるように設定します。取得した波形の例を図13に示しました。

図13. 図11の回路の信号波形
図13. 図11の回路の信号波形

図1のエミッタ・フォロワ回路にはもう1つ改善点があります。それはreの値に関するものです。負帰還回路を利用すれば、reの値を低減できます。その方法は、オープンループ・ゲインを高めて負帰還率を増大させるために、トランジスタを追加するというものです。具体的には、エミッタ・フォロワを構成するトランジスタのエミッタ電圧を100%帰還するためにトランジスタを追加します(図14)。このような構成の2つのトランジスタは、相補型の帰還ペアと呼ばれます。抵抗R2の値は、トランジスタQ1のICの値とコレクタの負荷を決定するので、優れた直線性を得る上で非常に重要です。

相補型の帰還ペアを使用したエミッタ・フォロワ回路

準備するもの

  • 抵抗:2.2kΩ(1 個)
  • 抵抗:10kΩ(1 個)
  • 小信号 NPN トランジスタ:2N3904(1 個。Q1 として使用)
  • 小信号 PNP トランジスタ:2N3906(1 個。Q2 として使用)

説明

ブレッドボードを使用し、図15のように回路を構成します。

図14. 相補型の帰還ペアを使用したエミッタ・フォロワ回路
図14. 相補型の帰還ペアを使用したエミッタ・フォロワ回路

ハードウェアの設定

AWGは、ピークtoピークの振幅が2V、オフセットが0V、周波数が1kHzの正弦波を生成するように設定します。オシロスコープの入力2は1V/divに設定してください。

図15. 図14の回路を実装したブレッドボード
図15. 図14の回路を実装したブレッドボード

手順

オシロスコープは、測定の対象とする2つの信号の数周期分を取り込めるように設定します。取得した波形の例を図16に示しました。

図16. 図14の回路の信号波形
図16. 図14の回路の信号波形

問題:

エミッタ・フォロワ回路の特性を表す3つの指標を挙げてください。答えはStudentZoneで確認できます。

著者

Doug Mercer

Doug Mercer

Doug Mercerは、1977年にレンセラー工科大学で電気電子工学の学士号を取得しました。同年にアナログ・デバイセズに入社して以来、直接または間接的に30種以上のデータ・コンバータ製品の開発に携わりました。また、13件の特許を保有しています。1995年にはアナログ・デバイセズのフェローに任命されました。2009年にフルタイム勤務からは退きましたが、名誉フェローとして仕事を続けており、Active Learning Programにもかかわっています。2016年に、レンセラー工科大学 電気/コンピュータ/システム・エンジニアリング学部のEngineer in Residenceに指名されました。

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclausは、アナログ・デバイセズのシニア・ソフトウェア・エンジニアです。Linuxやno-OSドライバを対象とした組み込みソフトウェアを担当。それ以外に、アナログ・デバイセズのアカデミック・プログラムやQAオートメーション、プロセス・マネージメントにも携わっています。2017年2月から、ルーマニアのクルジュナポカで勤務。クルジュナポカ技術大学で電子工学と通信工学の学士号、バベシュボヨイ大学でソフトウェア・エンジニアリングの修士号を取得しています。