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自律マシンのアプリケーションを可能にする 高性能な慣性センシング・ソリューション
産業機械の自動化は、製造、農業、物流、エネルギー、自動車、無人航空機など分野を問わず、資源効率や機器の精度、安全性の大幅な向上を約束するものです。このような自動化の利点を実現するうえで鍵となるのは、機器の設置場所や配置などの重要な情報を入力する以外に、機器の状況を示すコンテキストをよりよく把握するための適切なセンシング技術を見定めることです。その結果、高精度な慣性センサーによって位置をピンポイントで特定したり、正確な位置を保持することが可能となります。センサー情報として位置情報とコンテキストを組み合わせることは、移動性が重要なアプリケーションにとって大きな意味があります。多くの場合、複雑なまたは過酷な環境で動作中に位置情報を決定することは、とりわけ重要な価値があります。この動くモノのインターネットIoMT(Internet of Moving Things)には効率向上を図るうえで多くの課題がありますが、高性能な慣性センサーはそうした状況を変えることに貢献します。
センサーによるマシン・オートメーションの推進
機械が単純な受動測定から組込み型の制御機能へと進化し、さらに現在、完全自律動作型へと進化している中で、センサ ーは有効な役割を果たしています。オフライン解析を行うよ うな単純な測定であれ、プロセス制御であれ、こうしたセン サーの多くは単独でも十分に機能するものでした。リアルタイム性を活用したいという要求が生まれ、センサーの種類がますます増えて効率的な処理が可能になるにつれ、複数のア プリケーションや環境にまたがるコンテキストを最適に判断するためのセンサー・フュージョンに重要な改良がもたら されてきました。そして現在では、複数のプラットフォームの相互作用を抱え、過去のシステム状態の知識を必要とするような複雑なシステムでは、コネクティビティの進歩によっ て、インテリジェントなセンサー・システムがいっそう追求されています(表 1 参照)。
センサー | センサー基本、単一、センシング要素 |
マルチセンサー | アプリケーションのニーズに合うよう複数のセンシング・タイプを特定 |
フュージョン・センサー | 1 つのセンサーを用いて別のセンサーを補正、または状態に応じてセンサー間をハンドオフ |
スマート・センサー | 局所型、組込み処理、リアルタイムの解析および決定をサポート |
接続型センサー | 通信リンクがクロス・プラットフォームの情報共有をサポート |
インテリジェント・センサー | 適応/学習のために時間経過に伴う情報を活用(例: クラウド、データベース) |
これらのインテリジェントでアクセス可能なセンサー・システムは、すでに成熟した産業にも革命をもたらし、農業を スマート農業へ、インフラをスマート・インフラへ、都市をスマート・シティに変えつつあります。こうした環境で、関連するコンテキスト情報の収集にセンサーが使用されるにつれ、データベースの管理と通信にこれまでにない複雑さが生じ、センサー間に限らずプラットフォーム間や時間をまたぐ 高度な統合が必要となってきます(例: インフラの経時的状態、 昨年の作物収量、交通状況やパターンのクラウドベースの分析)(図 1 参照)。

移動性が重要であれば、こうしたコンテキスト的に意味をもつセンサー・データを地理的に位置づけることが必要となる 場合もあります。実際、モノのインターネットはほとんどが動的であると考えられます。工場、農場、病院の機器は移動できるとより便利になります。また、地理的に静的な機器に 搭載される光センサーでも局所的に動かすことは多く、操作 やポインティングが必要となります。表 2 に示すこうした動くモノのインターネットでは、コンテキスト・データと位置デ ータが統合され、データの有用性と効率性が実質的に向上し ます。一例として、収穫高を増やす機会を分析するために、個々に植えられた種子の温度、湿度、正確な位置を知ることと、無作為に植えられた種子の温度や土壌状態を単に知るだけの違いを想像してみてください。
IoTコンテキスト・センサー | 位置センサー | |||
温度 | + | 慣性 | = | IoMT |
光 | GPS | |||
化学 | 磁力計 | |||
ガス | 気圧計 | |||
振動 | 測距 |
スマート・マシン内の慣性センサー
ほとんどのスマート・マシン内で、慣性センサーは主に2つの機能を果たしています。すなわち、機器の安定化とポインティングの機能、そしてナビゲーションとガイダンスの機能です(図2参照)(それとは別に重要な用途として振動解析と状態監視があります。それについては別途取り上げます)。GPSはどこでも利用できるため、ほとんどのシステムにとってナビゲーションに最適と考えられがちですが、障害物が存在する可能性などGPSに依存することには重大な懸念点があります。GPSがブロックされている間、慣性センサーへ移行することは効果的ですが、それには慣性が十分な品質であって、停止期間中に適切な精度を提供できることを前提とします。安定化ループまたはサーボ・ループの場合には、帰還メカニズムの中に慣性センサーを組み込むことができます。これにより、アンテナ、クレーン・プラットフォーム、建設用ブレード、農業用具、あるいはUAV(無人航空機)のカメラなどの指向角を高い信頼性で維持することができます。こうした例はいずれも、非常に過酷な環境の中で、便利な機能(例えば、携帯電話のジェスチャー・コントロール)を提供するのみならず、高い精度や安全性のメカニズムを提供することを目的としています(表3参照)。

主な課題 |
GPS障害発生中のセンチメートル・レベルの精度 |
振動、極端な温度、風などの状況でも精度を維持 |
あらゆる条件での信頼性と安全動作 |
センサーの品質について
センサー・フュージョンのアルゴリズムを使用すれば、これまで限界のあったセンサー技術にも優れた性能を取り入れることができるという神話、あるいはおそらく夢のようなものがあります。センサー・フュージョンは補正に使用することができます。例えば、温度センサーで別のセンサーの温度ドリフトを補正したり、あるいは加速度計(g)センサーでジャイロ・センサーの重力効果を補正するなどです。こうした場合でも、実際はそのセンサーを環境に合わせて補正するにすぎません。補正ポイント間の性能を維持する本質的な能力が向上するわけではなく、単に補間するだけです。低品質のセンサーは通常すぐにドリフトが大きくなり、広範囲または高コストな補正ポイントがなければ、精度が急速に低下してしまいます。
ただし、デバイスから最大限の性能を引き出すには、高品質のセンサーであっても通常はある程度の補正が必要です。補正を行うための最も費用対効果の高い方法は、専用のテスト機器を利用することは言うまでもなく、センサーの複雑な細部を理解し、運動力学に関する十分な知識を身に付けることにかかっています(図3参照)。このため、センサー・メーカーは、補正および補償のステップを製品に組み込む必要があると考えるようになってきています。

基本的なセンシング出力を有用なアプリケーション・レベルの情報に変換するうえで重要な2つ目のステップは、状態駆動によるセンサーのハンドオフです。これには、任意の時点でどのセンサーが必要かを的確に判断するために、センサーの機能だけでなくアプリケーションのダイナミクスに関する広範な知識も必要とされます。
センサー・フュージョンが産業用アプリケーションで果たす役割の概念を表した例を図4に示します。精密駆動の産業用途では、磁場の問題や環境上の障害によりGPSがブロックされる可能性が高い中で動作する必要性が予想され、それに対応するためにセンサーは慎重に選択されてきました。したがって、慣性センサーがインフラの影響を受けない性質が最も重視されるとともに、特定の環境上の問題に対応し、長期間の慣性ドリフトの補正に役立つよう、他の補助的なセンシング手段も選択されています。どんな条件でも正確なトラッキングが可能になるようにセンサーを選択することが望ましいのですが、それは事実上不可能です。したがって、小さな不確実性の部分は依然として残されたままです。このアルゴリズムは、重要なセンサー補正だけでなく、アプリケーションの状態によって駆動される高度なセンサー間のハンドオフを管理することも目的としています。

最終的には、目的のアプリケーションによって必要な精度レベルが決まり、選択するセンサーの品質によって実現可能かどうかが決まることになります。
表4は、2つのシナリオを比較し、設計プロセスだけでなく装置の精度に対してもセンサーの選択が重要であることを示しています。実際には、限られた場合にしか高い精度を必要としない場合や、アプリケーションが誤差を許容する場合は、低精度のセンサーが適しています。言い換えれば、安全性が問われない場合や生命にとって致命的でない場合には、比較的低精度で十分ということです。ほとんどの民生レベルのセンサーは低ノイズで、動きの少ない条件では適切に機能しますが、振動などの動的な運動を伴う機械には適していません。低性能の慣性測定ユニットでは、単純な線形加速測定や傾斜測定とこうした運動を区別できないためです。産業環境での動作で1度以上の精度を実現するためには、振動や温度の影響による誤差ドリフトを除去するように特別に設計されたセンサーを選択することが重要です。このような高精度センサーは、予想される広範囲のアプリケーション状態に対して長期間にわたって対応することができます。
慣性センサーの品質 | 特徴 | センサー・フュージョンにおける役割 | センサー・フュージョン使用後の精度 | 適合用途 |
高精度 | あらゆる条件下で超低ノイ ズ、安定動作 | プライマリ・センサー、高信頼性、 過酷/予測不可能な状況に対応可能 | 約 0.1° | 複雑な動き、長寿命、ミッション・クリティカル |
低精度 | 低~中程度のノイズ、低い安定性、一時的な振動ショッ クでの不定のドリフト | 重要度の低いバックアップ・セン サー、制限付きまたは条件付き信頼性 | 3° ~ 5° | 単純な動き、短寿命、誤差が許容される用途 |
高性能な慣性
性能を重視した設計でも、コスト、サイズ、電力の効率を考えた設計をする必要があります。しかし、主にコスト削減という目標を掲げてMEMS構造を設計すると、通常は性能が犠牲になり、ときにはそれが大きなものになることがあります。シリコン量を減らしたり、プラスチック封入の民生用パッケージを採用したりするようなコスト削減を安易に選択すると、MEMS性能に大きな悪影響を及ぼします。図5に示すようなMEMSデバイスから正確かつ安定した情報を取り出すには、シリコンの面積と厚さによって得られる大きなS/N比が要求されるのみならず、部品のパッケージングの選択からシステム・レベルの筐体まで、シリコンに課される応力の最小化が必要とされます。センサー定義の開始時に最終的な性能要件を念頭に置いて、シリコン、集積化、パッケージング、テスト、キャリブレーションの手法を最適化すれば、複雑な環境下であっても本来の性能を維持し、コストを最小にすることができます。

表5は、中程度の産業用デバイスが示す性能を、携帯電話に使用される代表的な民生用センサーと比較して示しています(上位の産業用デバイスも入手可能で、表のデバイスより性能が一桁優れています)。ローエンドのほとんどの民生用デバイスでは、線形加速効果、振動整流、角ランダム・ウォークなどのパラメータの仕様は公開されていませんが、実際には産業用途では最大の誤差源になる場合があります。
パラメータ | 代表的な産業用仕様 | 単位 | 代表的な民生用デバイスに対する改善比 |
ジャイロセンサー |
|||
ダイナミック・レンジ | 最大2000 | °/sec | ~ |
ノイズ密度 | 0.004 | °/sec/√Hz rms | 2× |
角度ランダム・ウォーク | 0.2 | °/√Hr | 2× |
動作時安定性 | 5 | °/hr | 3× |
バイアス再現性 | 0.2 | °/sec | 100× |
−3 dB 帯域幅 | 465 | Hz | 2× |
加速度センサー |
|||
ダイナミック・レンジ | 最大 40 | g | 3× |
ノイズ密度 | 25 | micro-g/√Hz rms | 10× |
速度ランダム・ウォーク | 0.03 | m/s/√Hr | 10× |
動作時安定性y | 10 | micro-g | 10× |
バイアス再現性 | 25 | mg | 100× |
−3 dB 帯域幅 | 500 | Hz | 2× |
軸アライメントt | 0.05 | deg | 20× |
線形加速度効果 | 0.01 | °/sec/g | 10× |
振動整流 | 0.004 | °/sec/g2 | 10× |
感度温度係数 | 25 | ppm/°C | 10× |
バイアス温度係数 | 0.007 | °/s/°C | 10× |
こうした産業用センサーは、比較的高速または極端な動き (2000 °/sec, 40 g)を想定した用途向けに設計されています。この場合、信号の識別を最大にするためには、広帯域幅のセンサー出力も重要です。性能を補正する際に関連する相補性のセンサー群にあまり依存しないようにするには、動作中のオフセット・ドリフトが最小であること(動作中の安定性)が必要とされます。また、バックエンド・システムのフィルタリング補正に必要な時間を確保できないアプリケーションでは、ターンオン・ドリフトを最小にすること(再現性)が重要となる場合もあります。g関連のドリフトを区別して補正するには、低ノイズ加速度計をジャイロ・センサーと組み合わせて使用すると有効です。
実際、ジャイロスコープ・センサーはgイベント(振動、衝撃、加速度、重力)がデバイス・オフセットに直接影響を及ぼさないように設計されており、線形gの大きな利点を生かしています。また、キャリブレーションにより、温度ドリフトとアライメントの両方が補正されています。アライメント補正をしないと、一般的な多軸MEMSデバイスでは、単一のシリコン構造に集積化された場合でもミスアライメントが生じ、誤差バジェットの主な原因となることがあります。
近年、ノイズはセンサーのクラスを差別化する要因とはならなくなってきていますが、線形g効果やミスアライメントなどのパラメータは、シリコン設計手法や部品に固有の補正によって、改善に最もコストがかかり、単純なアプリケーションや比較的静的な動作決定を行うアプリケーションを除いてはノイズ発生源となります。表6に、実際の産業用MEMSIMUと民生用IMUを比較した事例を示します。どちらも比較的優れたノイズ性能を備えています。ただし、民生用デバイスは振動やアライメントを考慮した設計や補正がされていません。この例では、明記した前提条件に基づいて、デバイス仕様とその誤差バジェットへの影響を示しています。総誤差は図示されている3つの誤差源の二乗和平方根であり、民生用デバイスでは線形gと他軸(ミスアライメント)が誤差を支配しているのに対して、産業用デバイスではよりバランスが取れています。最終的には、堅牢性が低い民生用製品での潜在的な誤差要因を考慮しなくても、少なくとも20倍の性能差が現れています。
ジッタ = ノイズの RSS + 振動 + 他軸感度 | ||||
IMU 例の主な仕様 | 産業用 |
民生用 |
||
性能 | 仕様 | インパクト | 仕様 | インパクト |
ノイズ密度 (°/sec/√Hz) | 0.004 | 0.036 | 0.0100 | 0.089 |
線形-g (°/sec/g) | 0.01 | 0.020 | 0.100 | 0.200 |
他軸(%) | 0.09% | 0.090 | 2.00% | 2.000 |
予測誤差(°/sec) | 0.099 | 2.012* | ||
前提条件: 帯域幅: 50 Hz、 振動: 2 g-rms、 軸外回転: 100 °/s
*ベストケース: 他のドリフト要因を含まない |
システムのトレードオフ
複雑なモーション・アプリケーションのほとんどは、位置決めを適切に行うのに完全なIMU(直線加速と角速度動作の3軸)を必要とします。現在、IMUの機能は、チップ・レベル(民生用)とモジュール・レベルの統合(産業用)のいずれでも利用できます(図6の産業用IMUの例を参照)。論理的には、民生用チップ・レベルのIMUのほうがシステム統合の点でより進んでいると思われるかもしれませんが、複雑な産業環境での正確な動きを決定することが最終目的という場合には、モジュール・レベルの統合のほうが優れています。産業用IMUの場合、ユーザは高性能が簡便に得られます。アプリケーションの寿命にわたって同様の高い性能が確実に得られ、システム上の修正が必要になったとしても最小限で済みます。民生用のIMUは完全に統合化され、完成されたように見えますが、産業用と同レベルの性能を実現するには、実際はさらにかなりの時間を要し、追加の統合やコストが必要になります(通常は不可能です)(図7参照)。そして、それでもなお、同様の信頼性を持つ動作は達成できないかもしれません。


位置認識型の産業用スマート・センサーは、機械自動化において非常に高い効率を実現しています。システム・レベルでの精度と信頼性は、主にコア・センサーの品質に左右され、その周囲のシステムやソフトウェアによるのではありません。それにもかかわらず、全体的統合、組込みソフトウェア、およびアプローチのコネクティビティは、高品質センサーをベースに構築した場合に、同様に重要な安全性と信頼性を犠牲にすることなく、インテリジェントなセンシング・ソリューションを可能にし、情報の品質と有用性を大幅に向上させることができます。