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ビル向けの煙検知技術――数多くの規制と認証に対応する
煙の検知の重要性
スマート・ビルディング技術は、静的なビルをインテリジェント・ビルとして知られる能動的かつ効率的な存在に転換するためのものへと進化しつつあります。その転換を支えるには、維持費や管理費を低減するための技術が必要です。環境に優しいビル、ゼロ・エミッション、CO2の排出量の削減といったメガトレンドを推進するには、ビル内で監視/制御を行うためのより多くのモダリティが必要になります。そうしたソリューションの適用は、ビル内で勤務する人々の快適性と生産性を高めることにつながります。また、ビルの安全性を高めるための計測/制御もより一層重要になります。このような動きは、ますます厳しくなる規制によって推進されています。
安全性を高めるための解決策である煙の検知には、人命の救助という重大な目的があります。
煙の検知に関連する市場は、主に以下のような理由に基づいて革新を続けています。
- 産業用ビルの増加:国際エネルギー機関(IEA:International Energy Agency)は、世界中のビルの床面積は年に約 3% の割合で増加すると予測しています。その要因としては、発展途上国で都市化が進み、エネルギーが利用しやすくなっていることが挙げられます。
- ビルにおける合成素材の利用の増加
煙の検知に関する規制は、人命に関連するものなので非常に重要です。煙を検知するシステムが誤作動したことによって避難行動が発生してしまうと、業務が無駄に中断されたり、パニックが引き起こされたりする可能性があります。特に最近のビルは、膨大な数の人を収容するように設計されます。例えば、ワシントン州にあるBoeingのエバレット工場は、約4万人を収容できるように設計されました。厨房では、調理を行う際に湯気や蒸気が生じます。つまり、厨房はまさに煙検知器が誤作動する可能性がある場所です。ただ、警報がうるさいからといって、煙検知器をオフにしておくことは許されません。また、本当に緊急事態が発生した場合に、ビル内の人の避難に許される時間も短くなっています。合成素材は無炎状態で燃焼し、その煙によって短時間で人命が奪われる可能性があるからです(図1)。火災に関する新しい規制では、誤作動を最小限に抑えつつ、実際に火災が発生した場合には、より迅速に警報を発することを求めています。本稿では、いくつかの国際規格(既に規定されているものと、今後策定が予定されているもの)を紹介すると共に、煙を検知する技術と市場におけるその意味について解説します。
煙検知システムに利用されている主な技術としては、以下の2つが挙げられます。
- イオン化式の煙検知器:2 枚の帯電板に挟まれた少量の放射性物質を利用する方式であり、空気をイオン化して電流を流します。煙がチャンバに入ると、電流値が低下して警告/警報機能が作動します。この方式では、初期段階の火災を必ず検知できるとは限りません。そのため、欧州の一部の国と米国では、イオン化式の検知器の使用は禁止されています。
- 光電式の煙検知器:光を利用して煙を検知する光検出チャンバをベースとする方式です。煙が存在する場合、LED 光が屈折して光検出器に入射します。光検出器に光線が当たると、警報機能が作動します。
国際規格の概要
煙の検知については、5つの主要な国際規格が存在します。認証を得るための要件は、それぞれに異なります。煙を検知するためのシステムは、完全な試験を行わなければ最終製品とはなりません。ただ、サブシステムのレベルで実施できる煙検知技術の試験も存在します。それは、正式な認証に採用され得るものではありません。しかし、コストのかかる最終システムの認証を実施する前に、一定の水準を満たしていることを確認するという意味では効果があります。
以下、5つの国際規格の概要を示します。
米国とカナダ
- UL 268:火災警報システム用の煙検知器
- 第7版:2020年5月29日に発効予定ですが、2021年6月30日に延期される可能性があります。
- UL 217:煙警報器
- 第8版:2020年5月29日に発効予定ですが、2021年6月30日に延期される可能性があります。
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これらの規格には、ポリウレタン・フォームの有炎/無炎燃焼試験と、調理時に発生する煙による誤作動の試験(ハンバーガー試験)が追加されています。
欧州
- EN 14604:煙警報器(2006年)
- BS EN 54:火災検知システム、火災警報システム(2015年)
- Part 29:複数のセンサーを使用する火災検知器。煙センサーと熱センサーを組み合わせたポイント型検知器など。
国際
- ISO 7240:火災検知システム、火災警報システム(2018年)
- Part 7:散乱光、透過光、イオン化を利用したポイント型検知器
- 中国のポイント型検知器向け規格:ISO 7240 の 2003年版に基づいています。
UL 268とUL 217は、米国とカナダの規制を網羅しています。事実上、有炎燃焼するポリウレタン製フォーム・パッドからの煙の規定濃度と、焦げたハンバーガーからの煙の規定濃度を区別する技術(とアルゴリズム)が必要になります。カナダの規制では、煙試験用に異なるチャンバの設定が求められます。これら以外に、EN 14604、BS EN 54、ISO 7240という3つの規格があります。EN 14604は、2006年に発行された欧州の規格です。BS EN 54は、2015年に発行された欧州の規格EN 54の英国版であり、そのPart 29に煙の検知に関する規定が存在します。ISO 7240は、2018年に発行された国際標準規格で、Part 7が煙に関連しています。中国のポイント型検知器に関する現行の規格は、ISO 7240の2003年版に基づいています。
試験の詳細
以下では、各規格で定められた試験とその試験における設定の要件という2つの側面について、UL規格を例に説明します。
- 光源から光検出器までの距離 d は 5フィートまたは 2m、ビーム径は 4 インチ~ 6 インチ(10.2cm ~ 15.2cm)という標準の寸法でナトリウム・ランプ(589nm)を使用します。
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火災室での試験は、火災の発生から警報機能が作動するまでの時間、または減光率(場合によってはその両方)を使って定義されます(図2)。減光率は、煙の濃度の測定単位です。煙が存在する場合に検出器(D)に到達する光量を、清浄な空気中で検出器(D)に到達する光量と比較して測定します。減光率が高いほど、煙の濃度は高いということになります。
現時点で最も厳しい試験規格は、北米/カナダで採用されているUL 217とUL 268です。以下に、関連する試験の一部の内容をまとめますが、それら以外にも数多くの試験があります。
なお、以下に示す内容は、UL 217の第8版、UL 268の第7版に即しています。
- 紙類の燃焼
- 240 秒以内に警報が発せられること
- 木材の燃焼
- 240 秒以内に警報が発せられること
- 無炎燃焼の煙
- 減光率が 29.26%/m に達する前に警報が発せられること
- ポリウレタン・フォームの有炎燃焼
- 減光率が 15.47%/m に達する前、および 360秒以内に警報が発せられること
- ポリウレタンの無炎燃焼
- 減光率が 34.3%/m を超える前に警報が発せられること
- ハンバーガー(誤作動)
- 減光率が 0.987%/m を超える前、または MIC 値が 59.3%~ 49.2% の範囲にある場合には警報や異常通知が発せられないこと
- 感度の試験、塵埃の試験、高湿度の試験
- 警報や異常通知を発してはならない
- 感度の試験では、制御された煙チャンバ内で減光率を測定し、作動状態を確認する
- 引火性の液体の燃焼(カナダの UL 268 のみ)
- 240 秒以内に警報が発せられること
EN 14604、BS EN 54、ISO 7240では、同じような試験でも感度のレベルが異なっていたり、液体(ヘプタン)の燃焼、綿の無炎燃焼、低温で黒煙を発する液体の燃焼などに関する規定が追加されていたりする場合があります。
試験の詳細について知りたい場合は、各規格の全体に目を通してください。
試験に対する準備、各国際規格に重複する内容
上述した5つの主要な試験規格について、以下、要件をまとめます。
- UL 268 と UL 217
- 28 種類の組み立て済み試料のすべてを各試験で使用すること(試験機関と別途合意している場合を除く)
- EN 14604
- 20 種類の試料を使用する。試料には応答閾値が高い(感度が低い)ものから順に番号を付ける
- BS EN 54
- 22種類の試料を使用する。感度が低い 6つの試料に 17から 22の番号を付け、それ以外の試料には任意の順で 1から 16の番号を付ける
- ISO 7240
- 20種類の試料を使用する。感度が低い 4つの試料に 17から 20の番号を付け、それ以外の試料には任意の順で 1から 16の番号を付ける
テスト用の設定は重要です。それにより、5つの規格の各試験でいくつの検出器が必要になるかが決まるからです。UL 268とUL 217では、28種類の試料のすべてを各試験に使用することが求められます。他の3つの規格では、規定されたとおりに試料に番号を付けます。そして、個々の試料を使い、特定の試験に合格することを目指します。例えば、ISO 7240では、すべての試料に対して再現可能性の試験が求められます。その一方で、眩しい光に関する試験では、試料3だけを使用します。各規格に準拠するには、特定のデバイスを特定の試験に合格させなければなりません。すべての規格に準拠するには、各規格の全試験を実施する必要があります。つまり、複数の規格に重複する部分はないということになります。とはいえ、2つの異なるUL規格で同一の試験条件が定義されており、一方に準拠すれば他方にも事実上、準拠していることになるというケースもあります。
例えば、EN 54-29、EN 14604、ISO 7240では、煙が充満したトンネルと火災室に関して同一の要件が定義されており、両方の試験場で一部の試験が実施されます。これらの規格では、大気についても同一の条件が設定されています。
煙を検知するための技術――個々のケースに応じた解決策が必要に
ここまで、5つの国際規格が、煙を検知するための技術や、各種の定義、煙検知器の試験とどのように関連するのか簡単に説明してきました。本稿では、各規格の詳しい比較/分析を実施することを目的とはしていません。そうではなく、各規格に準拠するためにはいかに複雑な対応が必要なのかを明らかにすべく、いくつかの例を示しました。国/地域ごとに、異なる方法(と設定)による一連の試験が非常に細かく規定されていることをご理解いただけたでしょう。
現時点で最も厳しい規格はUL 217とUL 268です。そのため、これらを満たせば、高い確率で他の規格にも準拠できるはずです。但し、他の地域の試験をUL規格の試験で代用することはできません。各国/地域の規格に準拠するには、それぞれに定められた要件や方法に則って、非常に厳格に試験を実施する必要があります。個々の国では、今後、より厳しい規格が定められていくはずです。
各種の規格への準拠を目指す上では、ULリステッドのコンポーネントやサブシステムを利用するとよいでしょう。それにより、規格に準拠するための課題が緩和されます。また、ULレコグニションのコンポーネントや材料であれば、ULが評価済みであることが保証されています。そうしたコンポーネントは、ULの認証を得る可能性のある最終製品のみを対象としています。そのため、それらを最終製品や最終システムで採用すれば、認証へ向けた負荷が軽減されます。本稿執筆時点で、アナログ・デバイセズは煙検出用の光モジュール「ADPD188BI」をULリスティングに申請中です。
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ADPD188BIは、LED、フォトダイオード、アナログ・フロント・エンドを3.8mm×5.0mm×0.9mmの小型パッケージに収容した製品です(図3)。この製品がもたらすメリットとしては、以下の事柄が挙げられます。
- コンポーネントの数を削減できます。
- S/N 比が高くダイナミック・レンジが広いため、より小さい信号を測定できます。そのため、人命にかかわる既存/新規の規制に対応可能です。
- 2 色の光を使用する検出方法と高いダイナミック・レンジにより、誤作動を減らすことができ、検証済みの警報機能が得られることが保証されます(誤作動の煩わしさが原因となって警報機能がオフにされる状況を回避できます)。
- 消費電力が少ないので、より多くのデバイスを有線/無線ループに接続することが可能です。
- サイズが小さいので、設置が困難な場所にも配備できます。
- LED のサプライ・チェーン管理が不要になります。
- 標準的な表面実装プロセスで組み立てを実施できます。
今後を見据える
各種の規格が更新され、より小型で精度の高い煙検知システムが求められるようになっています。また、お客様からは、設置が難しい場所も含めて、より広範に煙検知器を配備できるようにしてほしいという要望が寄せられています。そうしたニーズに応えるには、コンポーネントの小型化と低消費電力化を図る必要があります。波長の異なる2つの信号を検出するシステムであれば、新たな規格の要件である誤作動の低減に対応できます。S/N比が高くダイナミック・レンジが広いシステムも、煙の種類の識別能力を向上させることに貢献します。光学技術はダイナミック・レンジの向上に有効です。それだけでなく、信頼性を高め、フォーム・ファクタを縮小し、消費電力を削減することができます。
煙や蒸気による警報機能の誤作動を抑えることができれば、煙検知器を厨房や浴室などに高い密度で設置できるようになります。より多くのデバイスをビルに設置することで、より大規模なネットワーク・システムを構成できます。また、消費電力を削減すれば、バッテリによる駆動(や稼働時間の延長)が可能になります。あるいは、より多くのデバイスを主電源ループに接続できるようになります。一方、システム・レベルで見ると、迅速に警報を発するためには、無線ネットワークの遅延を抑えなければなりません。人命にかかわるという側面から、煙の検知用の物理的なシステムとしては、今後もスタンドアロン型の装置が使用され続けるかもしれません。しかし、将来的には、避難や緊急照明に対応するビル制御システムに煙検知の機能を組み込むことが求められる可能性もあります。そうなると、より小さなフォーム・ファクタの製品がより一層重要になります。
※初出典 2020年 マイナビニュース