TNJ-072 : 高性能 LPF である FDNR 型フィルタの仕組みをお勉強してみる(後編)クリスマス・ソングから気づく経営戦略論と FDNR 型フィルタ

2021年02月03日
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クリスマス・ソングに気づく経営戦略論「弱みは強み」そして「強みを機会に生かす」

今回も前回からつづくヨタ話しからなので、ご興味ない方は飛ばしてください…。 FDNR ( Frequency Dependent Negative Resistor; 周波数依存性負性抵抗)型フィルタのバリュー提案の前振りでもあるわけですが…。

 

「赤鼻のトナカイ」に気づくクロス SWOT 実践

世間はクリスマス・シーズンだった 2020 年の年末、私は品川駅近くのウィング高輪イーストを歩いていた。店内はクリスマス・ムード一色だった。「クリスマスなんて言っても、オレはクリスマス・プレゼントなんて要らないなあ」とか思いつつ、ふと耳に入ってきたのは、幸福感煌めく店内に流れる「赤鼻のトナカイ(Rudolph the Red-Nosed Reindeer [1])」のメロディ。

「あれ、どんな歌だったっけ?」「…るどるふ・ざ・れっどのーず・れいんでぃーあー…」

Rudolph, the red-noised reindeer had a very shiny nose. And if you ever saw it you would even say it glows.

真っ赤なお鼻のトナカイさんは

All of the other reindeer used to laugh and call him names. They never let poor Rudolph join in any reindeer games.

いつもみんなの笑いもの

Then one foggy Christmas Eve Santa came to say "Rudolph with your nose so bright, won't you guide my sleigh tonight?"

でもその年のクリスマスの日、サンタのおじさんはいいました。「暗い夜道はピカピカのお前の鼻が役に立つのさ」

Then all the reindeer loved him as they shouted out with glee, Rudolph the red-nosed reindeer, you'll go down in history!

いつも泣いてたトナカイさんは今宵こそはとよろこびました (原作詞作曲:Johnny Marks、日本語作詞:新田宣夫)

私は驚いた。子供のころから聞き、歌っていた、慣れ親しんできたクリスマス・ソングが、こんなに奥深いものだったとは (ブラック的ネタでは、子門真人氏の超有名な曲もありますが…)。

驚いたことの一つは、トナカイさん自身が自分の欠点だと思っていたところを、サンタさんが、サンタさんの深い愛情とで、活用できる長所としたこと。もう一つは「弱みを強みに変え、それを『暗い夜道に対応する』という、外部環境(機会)に強みを適用する「クロス SWOT」[2]そのものということだ…。

 

「赤鼻のトナカイ」クロス SWOT スタディ

SWOT 分析 [3]とは、内部環境と外部環境とをそれぞれプラス面、マイナス面として分析するという、経営戦略策定でよく用いられる手法です[4]。強み(Strengths)、弱み (Weaknesses)、機会(Opportunities)、脅威(Threats)の頭文字から SWOT(スウォット)と呼ばれます。

なお「内部環境」とは前回の TNJ-071 でも示しましたが、自分自身(自社)のこと、「外部環境」とは外的な影響のことであり、より実践的には PEST分析 [5]などで分析します。

歌詞の出始めを SWOT 分析したものを図 1 に示します。「夜道が暗い」というのは主体である赤鼻のトナカイさんにおける脅威ではないので、厳密にはこの分析は対象が不適切ですが…。

ここでトナカイさんの弱みを、見かたを変えて「ピカピカのお鼻」という強みとしてみて、さらに外部環境の「夜道が暗い」というサンタさんにおける問題点、Given Condition(与条件)を、トナカイさんの機会として捉えてみます。そうすると図 2 のように SWOT 分析を書き換えることができます。

ここでこの SWOT 分析を『クロス SWOT』として、もう一段高い思考に昇華させてみます。クロス SWOT とは「外部環境の機会に、内部環境の強みを生かす」と戦略を立てることです。図 2 にクロス SWOTを適用すると「トナカイさんのピカピカのお鼻で夜道を照らす」という、このトナカイさん「だけにしか」できないパフォーマンスを実現できるわけです。

図 1. 「赤鼻のトナカイ」を SWOT 分析(その 1)
図 1. 「赤鼻のトナカイ」を SWOT 分析(その 1)
図 2. 「赤鼻のトナカイ」を SWOT 分析(その 2)
図 2. 「赤鼻のトナカイ」を SWOT 分析(その 2)

 

分析フレームワークというツールがある

このような思考順序を、経営コンサルティングや MBA(Master of Business Administration; 経営学修士)[6]の世界では「フレームワーク」と呼びます。このようなフレームワークをツールとして用いることで、各種分析を見通しの良い、意味のあるものにすることができます。理系かつ技術系現場で働いている皆様で「うーん。フレームワークとか言われても、どうもしっくりこないなあ」という方(私もそうでした)は、品質管理での 「QC七つ道具」を思い起こしていただくと、「フレームワーク」の意味や必要性について腹落ち感があるものと思います。

 

FDNR 型フィルタは「強みを機会に生かす」フィルタ

FDNR 型フィルタで用いられる GIC 回路の弱みは「FDNR を形 成するために OP アンプが 2 個必要」ということです。たとえば前々回の TNJ-070 で紹介したように 5 次 LPF を設計したいのであれば、OP アンプが 4 個も必要となります。サレン・キー型アクティブ・フィルタであれば 5 次 LPF の場合、最低 2 個で良いのですが…。

しかしこの多数の OPアンプを使用する必要があることにより、詳細はこの技術ノートの後半で示しますが、Q値(Quality Factor)の高い LPF を作ることができるのです。FDNR 型フィルタは「高い Q 値が欲しい」という『機会』に対応できるものなのです。

なお FDNR 型フィルタは、LPFしかできないという別の「弱み」もあります。これは一般的に低周波回路では、LPF がフィルタの要求としての殆んどと考えることができますので、それほど問題になるものでもありません。まあそれでも LPF しか形成できないことは、FDNR 型フィルタの「高性能という強みは弱み」であるといえるかもしれません…。なおこの論理展開は「分析における因果関係」からすれば少しズレもありますから、ちょ っと無理がある論理展開かなとも思いますが(汗)。

図 3. TNJ-070 の図 10 再掲。GIC 回路で FDNR を構成した LTspice 回路(OP アンプは UniversalOpamp2 を用い、開ループ利得 Avol = 10M、利得帯域幅 GBW = 100MHz に設定)
図 3. TNJ-070 の図 10 再掲。GIC 回路で FDNR を構成した LTspice 回路(OP アンプは UniversalOpamp2 を用い、開ループ利得 Avol = 10M、利得帯域幅 GBW = 100MHz に設定)
図 4. TNJ-070 の図 11 再掲。図 3 の FDNR の周波数特性
図 4. TNJ-070 の図 11 再掲。図 3 の FDNR の周波数特性

 

ところで 10Hz 付近での特性変化の原因は?

さて、図 3 は TNJ-070 で図 10 として示した GIC(Generalized Impedance Converter)回路で FDNR を構成した、LTspice シミュレーション回路です。OP アンプは UniversalOpamp2 を用い、開ループ利得 Avol = 10M、利得帯域幅 GBW = 100MHz に設定してあります。

図 4 は、これも TNJ-070 で図 11 として掲載した、本技術ノートでの図 3 の GIC 回路をもちいた FDNR 特性シミュレーション結果です。図 4 では 10Hz 付近で大きなインピーダンス特性の変化が見られます。この原因は何でしょうか。ここではまずこのことを考えてみましょう。

ふとアタマによぎることは、「OP アンプの開ループ利得の影響ではないか」ということでしょう。実際はどうなのか、これを考えてみたいと思います。

さて、TNJ-070 で式(11)として示した FDNR の周波数特性は

数式1

この式中で各素子に相当する記号は図 3 に合わせてあります。ただし𝑅4 = 𝑅5 = 𝑅6 = 𝑅としています。これをアドミッタンス(逆数)にします。

数式2

ここに OP アンプのバイアス抵抗に相当する𝑅7が並列に接続されると

数式3

となります。これが𝑌′(𝑓)= 0、インピーダンスでは𝑍′(𝑓)= ∞ となる周波数を計算してみると

数式4-6

図 3 の数値を代入してみると、𝑓=11.25Hzとなり、図 4 のシミュレーション結果のインピーダンスのピーク[ 𝑌′(𝑓) = 0 S, 𝑍 ′ (𝑓) = ∞Ω]と同じ周波数で、ピークの原因はバイアス抵抗𝑅7と FDNR の並列インピーダンスだったのですね。

図 4 の結果にマーカを当ててリードアウトしても、11.23Hz となっています。ためしにバイアス抵抗𝑅7を大きくしてシミュレーションすると、インピーダンスのピーク周波数が低下しますから、実験的にも間違いなさそうです。

 

OP アンプの開ループ利得は 10Hz 付近でどのように影響を与える?

前回の TNJ-071 でも示した OP アンプの開ループ利得が、この 10Hz 付近で実際問題どのように影響を与えるかについても考えてみましょう。図 5はGIC回路の基本構成です(前回の TNJ-071 の図 1 再掲)。端子𝑉2(𝑉U2𝑜𝑢𝑡)から見たインピーダンスは、 図 6(同じく図 2 再掲)に示すように、以下の式(7)~(10)で表す 4 つのアドミッタンス(インピーダンスの逆数)の並列接続となります。

GIC 回路の入力端子で得られるインピーダンス𝑍𝑖𝑛は、この合成アドミッタンスを逆数にしてインピーダンスとし、さらにこれに「インピーダンス」𝑍1を直列接続したものとしてモデル化できます。

この 4 つのアドミッタンスはそれぞれ、

数式7-10

ここで𝐴U1は OP アンプ U1 の開ループ利得、𝐴U2は U2 の開ループ利得、𝑍1~𝑍5は直列接続した各素子のインピーダンスです。一番下の式(10)の𝑌𝑉2δが本来、GIC 回路としてあるべきアドミッタンスです。ここで図 3 の素子に相当するインピーダンスをそれぞれ代入してみると

図 5. GIC 回路の基本構成(TNJ-071 の図 1 再掲)
図 5. GIC 回路の基本構成(TNJ-071 の図 1 再掲)
図 6. 開ループ利得が有限な場合の GIC 回路のモデル (前回の TNJ-071 の図 2 再掲)
図 6. 開ループ利得が有限な場合の GIC 回路のモデル (前回の TNJ-071 の図 2 再掲)

数式10-2

まず式(8)の𝑌𝑉2βを検討してみます。10Hz で𝑍1 = −𝑗79.6kΩ、 𝑍3 = −𝑗15.9kΩとなり、1kΩの𝑍2, 𝑍4, 𝑍5より十分大きくなります。そこで以下の赤部が無視でき

数式11

図 3 で開ループ利得𝐴U1, 𝐴U2は Avol = 10M(利得帯域幅 GBW = 100MHz)と設定しています。上記の式(11)で𝑍1と𝐴U1が十分大きいわけですから、GIC 回路で FDNR を形成した場合のアドミッタンスは十分低くなり、FDNRの動作に影響を与えません。インピーダンスとすれば十分大きくなり、並列接続として無視できることになります。

式(9)の𝑌𝑉2γについても、𝑍1, 𝑍3と𝐴U2が十分大きいわけですから、

数式12

赤部分が無視でき、アドミッタンスが十分低くなることから、 𝑌𝑉2γを並列接続しても無視できます。

式(7)の𝑌𝑉2αは、𝐴U1, 𝐴U2両方で割られますから、これは自明として無視できます。

繰り返しますが、前回の TNJ-072、また上記に示したように、式(10)の𝑌𝑉2δが本来のGIC回路として必要とされるアドミッタンスになります。

 

低域では OP アンプの開ループ利得の影響は無い

この検討から分かることは、GIC 回路を FDNR とした場合は、 「低域では OP アンプの開ループ利得の影響は無い(開ループ利得が十分にあれば)」ということです。図 3 において𝑅7が必要な理由は、OP アンプのバイアス抵抗であるわけで、𝑅7を大きくすればより低い周波数までFDNR として動作できることになるわけです。

しかし現実的には、𝑅7を大きくすれば OP アンプのバイアス電流によるオフセット電圧の増加が考えられるため、有限の値にせざるを得ません。このため GIC 回路単体としての FDNR 特性は、低域に制限が出ることになります。とはいえ最初の話し、 TNJ-070 の図 5の回路でフィルタを構成すれば、この問題もその回路構成により見えなくなり、問題にはなりません。

「FDNR 型フィルタ自体、もしくはバイアス抵抗𝑅7を大きくしたときのノイズ特性はどうなるのか?」という話題も興味深いところですが、このシリーズでは紙面の都合でそこには深入りしないことにします(機会があれば検討してみたいと思います)。

 

100kHz 付近での特性変化の原因は

高い周波数のほうでは OPアンプの開ループ利得が影響を与えそうです。これを検討してみましよう。

図 7 は図 3 のシミュレーション回路の OP アンプを Laplace モデルで理想化し、シミュレーションした結果です。このシミュレーション回路と結果は、前回の TNJ-071 でも図 3 から図 5 として示しました。数式モデルとの整合性を取るために理想 OPアンプ化しています。周波数特性を模倣しているので「完全な理想 OP アンプ」ではありませんが…。

結果をみると、FDNRとしての負性抵抗値は 100kHz の少し下を境として、周波数の自乗の逆数に比例しなくなっています。このあたりでは OPアンプの開ループ利得が影響を与えていそうです。計算してみると、当該、100kHz においては、

数式12-2

となり、

数式12-3

また本来あるべきアドミッタンスは

数式12-4

となり、本来あるべきアドミッタンス𝑌𝑉2δの実数部に対して、𝑌𝑉2γの実数部(それぞれ赤で示しました)が影響を与えてくることが分かります。𝑌𝑉2αについては𝐴𝑈1𝐴𝑈2で割られるので小さくなり、無視できるため計算していません。

これが100kHzあたりでの FDNR特性劣化の理由なのですね…。いつものように執筆しながら考えていますので、このような検討結果に、書いている本人も「なるほど」です。

 

FDNR 型フィルタの強み「高い Q を実現できる」ということの考察

前回の TNJ-071 で「弱みは強み」になるというテーマを、我が家そして近隣で最近あった話題をもとにご紹介しました。そして今回の技術ノートでも、『その強みを機会に生かす』として、 SWOT 分析のフレームワークを活用した経営戦略論的お話しをいたしました。そしてそののちに、『FDNR 型フィルタは「強みを機会に生かす」フィルタ』だと示しました。

ここまで示してきたように、FDNR 型フィルタは GIC 回路を用いることにより実現できます。その GIC 回路は残念ながら FDNR を 1 個形成するのに、OP アンプが 2 個必要になります。もし、5 次の LPF を形成したいなら、TNJ-070 の図 3 から図 5 の流れからすれば OP アンプが 4 個必要になります。つまり「高コスト」ということです。これは FDNR 型フィルタの「弱み」といえます。

図 7. 図 6 の𝑍𝑖𝑛から見た FDNR インピーダンス特性(大きさ)の LTspice シミュレーション結果 (前回の TNJ-071 の図 4 再掲)
図 7. 図 6 の𝑍𝑖𝑛から見た FDNR インピーダンス特性(大きさ)の LTspice シミュレーション結果 (前回の TNJ-071 の図 4 再掲)
図 8. LC で構成する 1kHz カットオフ、Q = 100 の 2 次 LPF の定数例(信号源インピーダンス 50Ω。なお以降で素子感度をモンテカルロ法でシミュレーションするための設定もしてある)
図 8. LC で構成する 1kHz カットオフ、Q = 100 の 2 次 LPF の定数例(信号源インピーダンス 50Ω。なお以降で素子感度をモンテカルロ法でシミュレーションするための設定もしてある)
図 9. サレン・キー型アクティブ・フィルタで構成する 1kHz カットオフ、Q = 100 の 2 次 LPF の定数例(図 8 と同じ特性が得られる。なお以降で素子感度をモンテカルロ法でシミュレーションするための設定もしてある)
図 9. サレン・キー型アクティブ・フィルタで構成する 1kHz カットオフ、Q = 100 の 2 次 LPF の定数例(図 8 と同じ特性が得られる。なお以降で素子感度をモンテカルロ法でシミュレーションするための設定もしてある)
図 10. FDNR 型アクティブ・フィルタで構成する 1kHz カットオフ、Q = 100 の 2 次 LPF の定数例(図 8 と同じ特性が得られる。なお以降で素子感度をモンテカルロ法でシミュレーションするための設定もしてある)
図 10. FDNR 型アクティブ・フィルタで構成する 1kHz カットオフ、Q = 100 の 2 次 LPF の定数例(図 8 と同じ特性が得られる。なお以降で素子感度をモンテカルロ法でシミュレーションするための設定もしてある)

 

低周波では LC フィルタは実現が難しいし Q が低い

図 8 は LC で構成した 1kHz カットオフ、Q = 100 の LC 2 次 LPF です。カットオフ周波数が 1kHz と低いこと、信号源抵抗𝑅𝑆が50Ωと大きいことから、インダクタ L が 795.775mH と「とてつもなく」大きくなっています。

Q の高いフィルタを実現する場合、また低周波においてはインダクタンス L が非常に大きくなります。それに合わせて、コイルとして巻く銅導体の抵抗損(銅損)または磁性体の鉄損により𝐸𝑆𝑅(Equivalent Series Resistance; 等価直列抵抗)が大きくなります。これによりコイルの Quality Factor; Q 値

数式13

が低下してしまうことから、低周波では「Q の高いフィルタ」など実際には実現できるものではありません。このシリーズ最初の TNJ-070 の図 3 で用いたような数100mH のインダクタンスも、現実には実現は難しいものです。作ったにしても数Ωから数10Ω以上の𝐸𝑆𝑅が形成されてしまうと考えられます。

FDNR 型フィルタだけでなく、アクティブ・フィルタ全体にいえることですが、「インダクタ不要」ということが、まずここで示したい FDNR 型フィルタの「強み」となります。

 

サレン・キー型フィルタはどうだ?

「そんなことなら、技術ノート TNJ-044 ~ TNJ-048 [7]で示したサレン・キー型フィルタが使えるだろう」と思うのではないでしょうか。図 8 と同じ周波数特性を実現するサレン・キー型フィルタを図 9に示します。Q値は.paramコマンドを用いて、パラメ ータ QF として設定しています。QF = 100 になっていますが、これから𝐶1 = 795pF、𝐶2 = 31.8μFが得られます。実現不可能という素子定数ではありませんが、バランスが非常に悪く、より低いカットオフ周波数とか、より高いカットオフ周波数の場合では実現が不安視されるともいえるでしょう。また𝐶2が電解コンデンサなら、その𝐸𝑆𝑅も気になるところです。

 

「赤鼻のトナカイ」のような FDNR 型フィルタ

図 10 は図 8 と同じ周波数特性を実現する FDNR 型 2 次フィルタ です。FDNR を構成する GIC 回路の入力インピーダンス(図 10 では、端子 VOUT から下を見たインピーダンス)𝑍𝑖𝑛は、これまで示してきたように

数式14

で決まり、FDNR を構成するなら

数式15

が得られます。ここで各記号の添え字は図 10 の素子番号です。 ただし𝑅2 = 𝑅4 = 𝑅5 = 𝑅としてあります。この五つの素子で 𝑍𝑖𝑛(𝑓)を形成できるわけで、𝐶1と𝐶3を同じ大きさ、もしくは近い大きさにし、𝑅で素子のレンジをスケーリングできるというメリットがあります。図 10 は Q = 100 で𝐶1 = 0.031831μF = 31.831nF、𝐶3 = 0.1μF = 100nFとなっており、それぞれが近接 した大きさです。このように Q が高い状態でも素子定数を柔軟 に選定できることが分かります。「インダクタ不要」とあわせて FDNR 型フィルタの大きな特徴といえるでしょう。まるで 「夜道を照らす赤鼻のトナカイ」です(笑)。

 

各フィルタの素子感度について「ざっくり」考える

ところでアクティブ・フィルタの技術書籍によく書かれていることとして、「Q を上昇させると、素子定数誤差がフィルタ特性に大きく影響を与えてしまう」という話題があります。これを「素子感度」といいます。そして「FDNR 型フィルタは素子感度が低い」と言われています。数学的には、得られた伝達関数の式において各素子定数を変数として、その変数を偏微分すればよい、などとモゴモゴ言うことはできますが、現場では実 践的ではありません(笑)。

図 11. 図 8 の LC で構成した 1kHz カットオフ、Q = 100 の 2 次 LPF のモンテカルロ法シミュレーション結果。5%一様バラつきで 100 回シミュレーション)
図 11. 図 8 の LC で構成した 1kHz カットオフ、Q = 100 の 2 次 LPF のモンテカルロ法シミュレーション結果。5%一様バラつきで 100 回シミュレーション)
図 12. 図 9 のサレン・キー型アクティブ・フィルタで構成した 1kHz カットオフ、Q = 100 の 2 次 LPF のモンテカルロ法シミュレーション結果。5%一様バラつきで 100 回シミュレーション)
図 12. 図 9 のサレン・キー型アクティブ・フィルタで構成した 1kHz カットオフ、Q = 100 の 2 次 LPF のモンテカルロ法シミュレーション結果。5%一様バラつきで 100 回シミュレーション)
図 13. 図 10 の FDNR 型アクティブ・フィルタで構成した 1kHz カットオフ、Q = 100 の 2 次 LPF のモンテカルロ法シミュレーション結果。5%一様バラつきで 100 回シミュレーション)
図 13. 図 10 の FDNR 型アクティブ・フィルタで構成した 1kHz カットオフ、Q = 100 の 2 次 LPF のモンテカルロ法シミュレーション結果。5%一様バラつきで 100 回シミュレーション)

そこで LTspice で図 8 から図 10 の回路(Q = 100 で設定)を、モンテカルロ法(バラつきシミュレーション)を用いて素子定数がすべて一様分布で 5%バラついた条件で、それぞれのフィルタ特性がどのようにバラつくかを 100 回の繰り返しシミュレーションで確認してみましょう。

このシミュレーションは素子感度のようすを「ざっくり」と考えてみるもので、解析的に間違いない答えを出してみるものではありません(なにせ「FDNR 型フィルタは素子感度が低い」と各書籍にはありますが、以下に示していくような結果になっていますし)。皆様がこのようなフィルタを設計する際には、適切な回路と適切なパラメータを用いて、ご自身でご確認いただくことをお願いいたします。

ちなみに「モンテカルロ法を用いて…」と考えると、バラつきは正規分布(ガウス分布; Gaussian Distribution)だろうと思考がつながっていきますが、LTspice では標準で均一分布(一様分布; Uniform Distribution)で動作します。なお正規分布のシミュレーションも正規分布(ガウス分布)関数として

gauss(x+y)

を用いれば実現が可能です(引数の x は正規分布の平均値𝑥̅、y は標準偏差σです)。

図 11 に図 8 の LC フィルタでのシミュレーション結果を示します。これが基準といえるでしょう。図 12 は図 9 のサレン・キー型アクティブ・フィルタのシミュレーション結果です。シミュレーション結果を比較してみると、図 11 の LC フィルタのほうが図 12 のサレン・キー型フィルタよりバラつきが小さいです。

つづいて図 13 に、図 10 の FDNR 型フィルタでのシミュレーション結果を示します。この結果をみると「FDNR 型フィルタは素子感度が低い」と言われていますが、どうもそうではないような感じです…。この技術ノートでのシミュレーション結果は、解析的に間違いない答えが出たものではありません。「一例」ということで、実際には適切な回路と適切なパラメータを用いて、ご自身でご確認いただくことをお願いいたします。

 

FDNR 型フィルタの注意すべき弱みとは

一方で FDNR型フィルタの弱みは、図 6 やその説明、そして図 7 のシミュレーション結果で示したように、OP アンプの開ループ利得が低下すると GIC 回路自体の特性が劣化してくることです。そのため一般的なパッシブ LCフィルタと比較して、使用できる周波数が低くなります。

またもう一点の弱みとしては、TNJ-070 の図 4、図 5、さらにその原理として同じく図 3 を見て分かるように、入力、出力が同じインピーダンス(1/𝑠変換された素子としてはコンデンサ)で終端されていることから、入出力の伝達関数が通過域で-6dB(半分に)低下することです。これによりダイナミック・レンジが制限されることがあります。

またノイズ特性が劣化することも弱みとして考えられます(先に少し示したように、詳細な検討が必要ですが)。

 

GIC 回路は誰が考案したのか

図 5 の回路形状が与えられ、それを式を立てて計算してみると、確かに GIC 回路が得られるわけですが、一体こんな複雑な回路を誰がどうやって考えだしたのでしょうか…。いろいろ調べてみると、Concordia University から University of Victoria に転籍し教授として勤務していた、Andreas Antoniou [8, 9]が 1969 年(この年は Concordia University に勤務する前で、その時点の所属は不明)に発明したと[10]に記載があります。その論文を[11]で調べてみると、どうやら[12]のようです(当該論文の Fig. 9 c が GIC に相当すると考えられます)。

この論文を見てみると、GIC 回路(論文では Gyrator Circuit として紹介されていますが)が綿密に解析されており、きちんと安定性の解析までなされています。「流石!参りました!」という感じです。1969 年にこのような OP アンプ回路に関する複雑な議論がなされていたというのも、現代に生きる我々にとって驚きと言えるかもしれません。とはいえアナログ・デバイセズも設立が1965年ですから、当時はすでに『電子回路技術の成長 期・発展期』だったといえるのかもしれません。

 

おわりに

最後に、この FDNR 型フィルタ・シリーズの最初の TNJ-070 に説明した、「LC フィルタの設計自体も理論は非常に難しい」という件を少し補足しておきましょう。

LC フィルタ理論。私は素子定数の導出の公式を得ることができない状態で理論検討はほぼストップしています。TNJ-070 の図 1 で紹介した、[13]に記載のある「PQ 法」では、どうやら計算機を用いて数値的に(複素数根として)因数分解し、Fマトリクスによる伝達関数を設定し、それを連分数展開して各素子定数を求める必要があるようですが、「人生フィナーレの暇つぶし(ボ〇防止 ^o^;)として取っておくか」とか思う今日この頃です。

それでもそういう最近は、図 14 のような本[14]をまた買ってしまいました!私もだいぶ LC フィルタに「虎馬」(Trauma; トラウマ!?^o^;)があるようです(笑)。LC フィルタの設計について結構詳しく記述されており、先に示した半分挫折気味の[13]と補いながら読んでいけば、もう少し理解が進みそうだな、ブレークスルーができそうだなと予感がしている書籍です(バタワース形状なら、なんとか答えがでそうかな?)。

「理論検討はほぼストップ」と書いたところですが、それでもこの FDNR 型フィルタ・シリーズを執筆していくなかで自らに刺激され、そして図 14の本に刺激され、暇を見つけてはLaTeXを検討用メモとして使いながら、数式導出の再検討を基本からあらためて始めてみました。

とはいえ、すっきりと理解できるのは、いったいいつになることでしょうか。やはり「人生フィナーレの暇つぶし」のネタでしょうか(笑)。

この LCフィルタ理論、ネットで探すと、私と同じように苦闘している方がいらっしゃいました。[15]にその詳細が記載されています。私は時間的に全部を読める状態ではないのですが、皆様の参考になるものと思います。

ちなみに[14]の書籍ですが、「聞いたことがない出版社だな」と思って調べてみたところ、大学教員の教科書印刷など小ロットをオン・デマンド印刷で対応する出版社のようですね(その筋では有名なようで…)。「先生方の抱える様々な課題に対応」とHPに記載があります。自費出版を取り扱う出版社も多いですが、それこそ「機会に強みを生かす」戦略だなあと感心しました。

図14

著者について

石井 聡
1963年千葉県生まれ。1985年第1級無線技術士合格。1986年東京農工大学電気工学科卒業、同年電子機器メーカ入社、長く電子回路設計業務に従事。1994年技術士(電気・電子部門)合格。2002年横浜国立大学大学院博士課程後期(電子情報工学専攻・社会人特別選抜)修了。博士(工学)。2009年アナログ・デバイセズ株式会社入社、現在に至る。2018年中小企業診断士登録。
デジタル回路(FPGAやASIC)からアナログ、高周波回路まで多...

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