TNJ-061 : 地デジや無線LAN、ケータイで使われるOFDM 変調を LTspice で理解する (後編)周波数間の直交性を理解してOFDM の原理を理解する

2020年02月13日
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はじめに

前回は OFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplex)…直交周波数分割多重を理解する前振りとして、IQ 変復調系について説明しました。なんだかよく分からないと思われるI/Q信号伝送とは、90°位相がずれた状態を用いて別々の伝送経路をつくることができる「直交」という特徴があること、それはお互いに影響を与えない/受けない関係であると説明しました。

IQ 変復調系においては、I 相とQ 相が90°異なることで直交関係を実現しているわけですが、この技術ノートでは、この前後編の本来の目的であるOFDM(これまたイメージがつかみづらい)について、ひきつづき「直交」という視点からLTspiceを使いつつ解きほどいていきたいと思います。

 

遥かなる思い出のVibroplex(モールス・キー)を前振りにして

アマチュア無線をやっていたころは「モールス符号なら遠くまで飛ぶ」という程度の理解でありましたが、信号伝送理論を理解すると(狭帯域通信という点がまずポイントですが)、「なるほどね」と深く頷くことができるようになりました。基本は帯域制限という考え方です(シンボル間距離という見方もできますね)。

私はこの「遠くまで飛ぶ(届く)」というモールス符号通信(CW 通信。CW はContinuous Wave; 連続波ですが、通信の世界ではモールス通信をCW 通信といいます)が大好きでした。最初は安い縦ぶれ電鍵(キー)を使っていましたが、ある日、やはり自動的に短点・長点を発生できるモールス符号発生器(デジタル・キーヤ)が欲しいと思いました。貧乏学生でお金もなかったので、雑誌CQ Ham radio だかHam Journal にモールス符号発生器のロジック回路が掲載されているのを見つけ、自作しようと思いました。いまでは記憶がありませんが、たぶん(当時を考えれば)4000 シリーズCMOS だったと思います。IC とユニバーサル基板を秋葉原に買いに行き、自作で製作してみました。

キーはVibroplex 社という高級ブランドの横ぶれ式のものが「どーしても」欲しくて、安いバイトでためた貴重なお金を「清水の舞台ダイブ」で秋葉原にて購入しました。店のショーケースの前でだいぶ躊躇していた記憶があります(笑)。

最近、自室の奥のほうからそのキーを見つけることができました(図1)。ホコリはかぶっていましたが、さすが一級品です!錆が少し浮いている程度です…。また今でもVibroplex のキーが販売されているのをネットで見つけました[1]。買った機種と全く同じものが、30 年以上を経過した今でも販売されているのは驚異的なことです。当時私が購入したものは$212 と表示されていますが、ショーケースの前でだいぶ躊躇していた貧乏学生からすれば、相当高価なものだったわけでしょう。

図1. ハタチ前後のことだと思うが、貴重なバイト代を使って清水の舞台ダイブで買ったVibroplex の横ブレ式キー。30 年以上も自室の奥のほうでホコリをかぶっていたが流石一級品!錆が浮いているがほとんど劣化していない
図1. ハタチ前後のことだと思うが、貴重なバイト代を使って清水の舞台ダイブで買ったVibroplex の横ブレ式キー。30 年以上も自室の奥のほうでホコリをかぶっていたが流石一級品!錆が浮いているがほとんど劣化していない

購入したVibroplex キーと自作した符号発生器を接続してテストしてみると、なんだかスクイーズ機能(短点側と長点側を同時にオンすると「ツートツートツート」となるもの)が、どちらかの側を(たしか)先にオフすると動きがおかしく、「これでは使えないぞ…」という事態になってしまいました。当時の実力ではCMOS ロジックの動きを解析する、ロジアナで観測するなどもできませんでしたので、修正はあきらめました。この機能は「まあ我慢すれば…」というところでした。

つづいて無線機と接続して実際にCW 信号を出してみると、送信電波がCMOS 入力に回り込んで、動作が完全におかしくなってしまいます(涙)。これは致命的で、結局はキーも符号発生器も使えないという事態になってしまったのでした。

今であれば符号発生器のキー入力にコンデンサを接続して高周波をバイパスすればよいのだとアイディアを出せるところですが、ハタチ前後の素人工作ではそんなことも分かりません。それでも「将来使えるだろう」と部屋の奥底にしまっておいたものが図1 のキーなのでした。

【注】ちなみに次のTNJ-062 で「大学キャンパス近くのおんぼろアパートに4 年間住んでいた」と記述しているが、アマチュア無線は千葉の実家に帰省時に楽しんでいたもの

 

モールス符号によるパイルアップも線形性と直交性のうえで成り立っている

TNJ-060で示したPSKはPhase Shift Keyingですが、このKeyingというのがモールス通信での「キー」に相当するといわれています。最新のデジタル通信の用語の語源がモールス通信というのもなかなか粋な気もしますが…。

さて、アマチュア無線では一つの局に対して複数の他局が同時に通信開始をリクエストする、「パイルアップ」という通信手段というか、状態があります。たとえば自局がモールス通信で複数の他局からパイルアップを受けるとすれば、この複数の他局の信号は重なりあって、それぞれ合成されて聞こえます。これは「信号の足し算」であり、より工学的には「線形」と言います。「重ね合わせ」でもあります。

パイルアップを受けた自局は、通信する相手方を選択するために、複数の局からひとつの局のモールス符号を抽出する必要があります。複数の局の信号が重なり合って聞こえるなか、ひとつの局のモールス符号を抽出するには、自分の頭のなかで(耳で)、1局の符号に集中し、他局の符号と頭のなかで(耳で)弁別する必要があります。これは宴会会場などで、がやがやしているなかで一人の声を聴き分けることと同じです。自分の頭(耳)が受信直交系を形成しているといえるものです。

このパイルアップの話を「直交性」の例にするにはちょっと無理やり感もありますが(汗)、ともあれ、この線形性と直交性を維持することが現代のデジタル無線通信、ましてやこの技術ノートでご紹介するOFDMで非常に重要なのです。以降でLTspiceのシミュレーションを使ってこのようすを見てみます。

 

OFDMの超基本的原理

図2のようにOFDMは複数のキャリア(このひとつひとつをOFDMでは「サブ・キャリア」と呼びます。キャリアはTNJ-060で説明した搬送波に相当します。というより搬送波の英語訳がキャリアです。業界的には1本1本の…と言います)にひとつの情報源の情報を分割して並列に伝送するものです。

図3は3本のサブ・キャリアを示したものです。このように隣同士のサブ・キャリアの間隔が十分に空いていれば並列伝送はできそうだと直観的に感じるでしょう。しかしOFDMでは図4のように(これも3本のサブ・キャリア)隣同士のサブ・キャリアは相互に重なり合っています。直観的に考えると「ホントにこれで伝送できるの?」と思われる周波数関係に見えます。

図2. OFDMは複数のサブ・キャリアにひとつの情報源のビット情報を分割して並列に伝送するもの
図2. OFDMは複数のサブ・キャリアにひとつの情報源のビット情報を分割して並列に伝送するもの
図3. 隣同士のサブ・キャリアの間隔が十分に空いていれば 並列伝送はできそうだと直観的に理解はできる
図3. 隣同士のサブ・キャリアの間隔が十分に空いていれば 並列伝送はできそうだと直観的に理解はできる
図4. OFDMのサブ・キャリアは隣同士が重なり合っている (サブ・キャリア本数を3本とした)
図4. OFDMのサブ・キャリアは隣同士が重なり合っている (サブ・キャリア本数を3本とした)
図5. OFDMの信号を周波数領域で表したもの (無線LANのIEEE 802.11a/g の52本のサブ・キャリアとしてのシミュレーション)
図5. OFDMの信号を周波数領域で表したもの (無線LANのIEEE 802.11a/g の52本のサブ・キャリアとしてのシミュレーション)
図6. QPSK変調回路(OFDM変調回路も同じ)
図6. QPSK変調回路(OFDM変調回路も同じ)

しかしOFDMはサブ・キャリア間で相互に影響を与えない/受けない(つまり「直交している」)状態を維持したまま、可能なかぎり狭い周波数間隔でサブ・キャリアを配置したものになります。IQ変復調では搬送波(キャリア)の位相を90°ずらして2系統の伝送を直交させましたが、OFDMではサブ・キャリアごとで周波数をずらして(それも可能なかぎり狭い周波数間隔として)複数系統の伝送を直交させるものなのです。

 

OFDM変調波の周波数スペクトル例

図5は52本のサブ・キャリアをもつOFDM変調波のスペクトルの例です(無線LANのIEEE 802.11a/g)。さきの説明のように隣同士のサブ・キャリアが重なり合っていることが分かります。情報源の情報をサブ・キャリアごとに分割して、並列に情報を伝送します。

上記のモールス通信のパイルアップと同じように、個々の複数のサブ・キャリア変調波が重なり合い、信号の足し算として、OFDM変調波が形成されることになります。モールス通信のパイルアップのことを考えると(実際の通信を聞いたことのない方はイメージができないかもしれませんが…汗)、直観的にも「サブ・キャリアごとの周波数が異なっているし、OFDM変調波というのは複雑な時間波形では?」と感じるのではないでしょうか。

 

OFDM変調波の時間波形をみてみる

図6はQPSK変調回路です。以降にも示すようにOFDM変調回路も構成は同じです。I相系統はコサイン波、Q相系統はコサイン波が90°進んだ(マイナス・サイン波)の搬送波になります。

この上側のI相系統の回路(乗算器)に、ビット0に相当する+1Vが加わると0°位相、ビット1に相当する-1Vが加わると180°位相のPSK変調波が得られます。下側のQ相系統の回路(乗算器)出力では90°、270°位相のPSK変調波が得られます。QPSK変調波は上側のI相変調波と下側のQ相変調波の足し算になります。これはTNJ-060で示したとおりです。この±1Vの信号(変調情報)のことを「ベースバンド信号」といいます。

シリアル伝送での1ビットに相当する時間(これを「1シンボル時間」といいます。多値変調ではビットに代わりシンボルという用語を用います)でPSK変調波の時間軸波形を見ると、PSK変調波は、全長にわたり非常に単純な波形(それぞれ位相は異なりますが単なる正弦波)であることもTNJ-060で示したとおりです。これはベースバンド信号がそれぞれ±1Vで一定だからです。

図7は私がExcelで自作したマクロで発生させた、OFDMのベースバンド信号(変調情報)の時間軸波形です。これは16本のサブ・キャリアにそれぞれ異なるビット情報を乗せて生成してみたもので、図6のQPSK変調回路のI相とQ相それぞれのベースバンド信号と同じものに相当します。図7のようなOFDMのベースバンド信号を、図6の回路により単一周波数で位相が90°異なるふたつの搬送波に対してIQ変調し合成することで、16本のサブ・キャリアをもつOFDM変調波が生成できるのです。

繰り返しますが、図7のベースバンド信号波形は16本のサブ・キャリア情報を含んだものです。QPSK変調波のベースバンド波形は一定の±1Vでしたが、OFDMのベースバンド波形は非常に複雑になっていることが分かります。

なお難しい話は(ここでは)良しとして、無線通信信号の信号処理や理論解析をするうえでは、図5のOFDM変調波の無線周波数スペクトルで信号処理や解析をする必要性は低く、図7のベースバンド信号波形で解析していくことが基本です(QPSKやPSKも同じです)。

最初の話に戻すと、図4や図5のように周波数領域では隣同士のサブ・キャリアが重なり合った、また時間軸ベースバンド波形としても図7のように複雑なOFDM変調波の復調は、とても難しいものではと予感させるものではないでしょうか。

 

LTspiceでOFDM変調波を発生させてみる

図8はLTspiceでサブ・キャリアの本数を4として発生させたOFDMの各サブ・キャリアです(I相成分のみ)。それぞれ簡単化するためにPSK変調にしています[実際にOFDMで使用される変調方式は、より伝送密度/伝送効率の高いQAM(Quadrature Amplitude Modulation)変調が使用されます]。この例では各サブ・キャリアを変調する情報信号は、低いサブ・キャリア周波数から+1V, -1V, -1V, +1Vとしています。それぞれ1, 2, 3, 4kHzのキャリアにおけるPSK変調波相当ということです。

この図では1シンボル時間を1msecにしています。この1msecに対して、一番低いサブ・キャリアの周波数は1msecの逆数の1kHzとなり、この整数倍でサブ・キャリアの周波数が配置されます(図8の例では1, 2, 3, 4kHz)。

図7. Excelで自作したマクロで発生させた時間領域で表したOFDMの1シンボル波形(16本のサブ・キャリア。上がI相で下がQ相。4倍のオーバ・サンプリングでIFFTしたもの)
図7. Excelで自作したマクロで発生させた時間領域で表したOFDMの1シンボル波形(16本のサブ・キャリア。上がI相で下がQ相。4倍のオーバ・サンプリングでIFFTしたもの)
図8. LTspiceで発生させたOFDMの4本のサブ・キャリア = SC (情報信号は、低いサブ・キャリア周波数つまり 上から+1V, -1V, -1V, +1V)
図8. LTspiceで発生させたOFDMの4本のサブ・キャリア = SC (情報信号は、低いサブ・キャリア周波数つまり 上から+1V, -1V, -1V, +1V)
図9. 図8の4本のサブ・キャリアを合成したOFDM変調波
図9. 図8の4本のサブ・キャリアを合成したOFDM変調波

図9は図8の信号を合成させたOFDM変調波です。同図はI相のサブ・キャリア4本を合成した波形ですが、ここでも「こんなの正しく復調できるの?」と思わせるような複雑な波形に(たった4本のサブ・キャリアでも)なっています。

なお実際の信号伝送では、I/Q相の直交系で伝送されますから、この条件のQPSK変調かつ4本のサブ・キャリア、1シンボル時間1msecで、合計8kbpsの情報を一度に伝送できることになります(図8, 図9で示されるI相のみで4kbps)。

 

4本のサブ・キャリアのOFDMを復調する

世間で謂われている「OFDMの復調はFFT; Fast Fourier Transformで処理する」という技術的解説は正しいのですが、それだけの説明では全く動作のイメージがつかないのではないでしょうか。

しかし実際には、これまで説明してきたIQ復調の考え方(送信側の搬送波と同じ周波数と位相の信号を掛け算することで復調結果を得る)と、OFDMの復調は、本質点には全く同じもの(直交関係を利用するもの)なのです。ここでも実は、TNJ-060から続く底流である「重ね合わせ」という考え方そのものなのです。

 

LTspiceでやってみる

理論的な背景を説明するまえに、「ホントかいな」ということで、LTspiceでこの4本のサブ・キャリアに相当するI相成分のみのOFDM変調波を「搬送波と同じ周波数と位相」つまり「送信側サブ・キャリアと同じ信号」と掛け算するという処理を実際の波形で見てみましょう。

図10はこれをI相に対して実際におこなってみるシミュレーション回路です。TNJ-060でI相とQ相は直交関係であると説明しました。その関係からQ相の信号がいかようでも、I相の復調結果には影響を与えないので(I/Qが逆の関係でもしかり)、ここではI相のOFDM変調波だけに着目しています。

I相復調系に加わるOFDM変調波は図9の波形を用います。このOFDM変調波と、4本のサブ・キャリアの周波数に相当する(それもI相側と同じ位相の)1, 2, 3, 4kHzの信号とをそれぞれ乗算します。

図11にシミュレーションで得られた波形を示します。上から、受信側で乗算するサブ・キャリア相当の周波数を1, 2, 3, 4kHzとした(かつ各サブ・キャリアのI相側と同じ位相)、乗算結果の波形です。ちょっと分かりづらいかもしれませんが、なんとなく+1V, -1V, -1V, +1Vに相当するDCオフセットが得られていそうだと感じることができると思います。実は間違いなく4本のサブ・キャリアごとで直交関係になっているのです。ホントかどうか、もう少し「重ね合わせ」というキーワードからみてみましょう。

図10. OFDM変調波を復調する回路(I相のみ)
図10. OFDM変調波を復調する回路(I相のみ)
図11. 図10の4サブ・キャリア(SC)OFDM変調波を復調した結果。全体を平均したかたちで見てみると、低いサブ・キャリア周波数(上のプロット)から+1V, -1V, -1V, +1Vに相当するDCオフセットが得られているように見える
図11. 図10の4サブ・キャリア(SC)OFDM変調波を復調した結果。全体を平均したかたちで見てみると、低いサブ・キャリア周波数(上のプロット)から+1V, -1V, -1V, +1Vに相当するDCオフセットが得られているように見える
図12. サブ・キャリア(SC)ごとを1kHzの一番低いサブ・キャリアの周波数と乗算させた復調波形(1kHz同士以外では平均値がゼロとなり「直交している」ことが分かる
図12. サブ・キャリア(SC)ごとを1kHzの一番低いサブ・キャリアの周波数と乗算させた復調波形(1kHz同士以外では平均値がゼロとなり「直交している」ことが分かる

図12は図8のOFDM変調波の各サブ・キャリアの成分(OFDM変調波全体ではなく、各サブ・キャリアごと)を、一番低いサブ・キャリアと同じ周波数1kHzの正弦波と乗算させた波形です。

1kHzのサブ・キャリアとの乗算結果(一番上)は+0.5VのDC成分が観測されますが、それ以外のサブ・キャリア(2, 3, 4kHz)と1kHzとの乗算結果はDC成分がありません。

これはOFDM変調波として「重ね合わせ」が行われる前の波形ですが、線形関係で考えれば、重ねあわされた結果(OFDM変調波)としても、当然ながら異なるサブ・キャリア周波数間の影響は無い、つまり「直交している」ことが分かります。

 

周波数軸に戻ってみると

ここで示した「1シンボル長が1msecで、サブ・キャリアの周波数間隔が1kHz」というのは、図4で示したサブ・キャリアが重なりあった状態なのです。時間軸で復調波形を見てみると、それぞれ直交している状態だと分かりましたから、図4のように周波数軸でサブ・キャリアが重なりあっていても、問題なく、サブ・キャリアごとに直交したかたちで復調できるわけです。

 

OFDMはFFTで復調する

このようなかたちでOFDMの復調が可能であることは分かりました。続いて上記に示した、世間で謂われている「OFDMの復調はFFTで処理する」ということの実際の操作について考えていきましょう。

FFTは「Fast Fourier Transform」、高速フーリエ変換というものですが、これは離散値を取り扱うDiscrete Fourier Transform(離散フーリエ変換)という処理を高速に実行できるアルゴリズムです。そしてその根源を手繰ると「Fourier Transform」、フーリエ変換というものに辿りつきます。フーリエ変換は、実用上で考えると、時間軸の波形を周波数軸に変換する操作と位置づけることができます。数学的概念自体は「時間軸を周波数軸に」というものでもないのですが、そのように適用することで、現実の電子回路の信号処理動作を適切に解析することができます。

 

FFTという話でなくてもフーリエ級数で考えられる

OFDMは整数倍の周波数のサブ・キャリアを使って情報伝送するものだと説明してきました。これをフーリエ変換という視点で考えてみましょう。たとえば図9のようなOFDM時間波形を周波数軸に変換(フーリエ変換)してみれば、サブ・キャリアごとに分解できるわけで、それから「変調情報成分を取りだせるのではないか?」と直観的に発想できるかと思います。

たしかにそのとおりで、OFDMの復調は、連続した受信波形から目的とする1シンボル時間の波形を切り出し、それをフーリエ変換、実際はFFTを行い、OFDM時間波形を周波数軸に変換します。そしてそこからサブ・キャリアごとの変調情報を取り出すこと(復調)ができます。

ここでFFTとかいう小難しいそうな計算手段を考えるまでもなく、フーリエ変換の基本であるフーリエ級数[2], [3]を持ちこむことで、このOFDMの復調動作を説明できます。

フーリエ級数はある周波数を基底とし(直流成分もありますが)、その整数倍の正弦波を組み合わせることで(それこそ「重ね合わせ」ることで)任意の繰り返し信号波形を表すことができるものです。式で表すと

数式1

[2]とか数学的な説明では、変数を𝑥で表していますが、時間信号を表すための理解度を優先して、式(1)では時間変数𝑡を用いています。𝑥=2𝜋𝑓0𝑡と考えていただくとよいでしょう。 ここで𝑛は次数(基底周波数𝑓0の𝑛倍の高調波を示します。直流相当も𝑛=0で𝑎0/2が相当し ます )になります。

OFDMはシリアル伝送での1ビット時間に相当する「1シンボル時間」での有限長の波形で考えること、また複数の整数倍周波数(同一周波数間隔)のサブ・キャリアを用いることから、基底周波数とその𝑛次の高調波をもつ繰り返し信号に対して応用できるフーリエ級数が、OFDMでも活用できそうだと、ここでも直観的に感じるところではないでしょうか。

そしてOFDM変調波のI相だけを考えるのであれば(Q相はこれまでのTNJ-060から続く説明の「直交関係」としてご理解いただけたように、検討から除外できるので)、式(1)は

数式2

と表すことができます。ところで次数𝑛が含まれる cos2𝜋𝑛𝑓0𝑡だなん て、整数 倍の周波のコサイン波 つまり I相信号 にな っているじゃないですか…。 確かに なんだか OFDMを予感 させますね(笑)。

さてフーリエ級数において、ある繰り返し信号波形(実際は1シンボル長のI相信号である𝐼(𝑡))のフーリエ級数係数an

数式3

を求めます。ここで得られるフーリエ級数係数𝑎𝑛はそのコサイン波の振幅ですから、「I相の送信情報信号」になるわけです(図8以降で+1V, -1V, -1V, +1Vと説明したもの)。この式のなりたちを考えると、目的とする信号𝐼(𝑡)に対して基底周波数、もしくはその𝑛倍の周波数のコサイン波をそれぞれ掛け算して、その結果を積分するという操作になります。

これは目的とする信号波形と、基底周波数もしくはその𝑛倍の高調波との関連性を求めることになり、実はここまで見てきたIQ復調や図10、図11のOFDM復調と全く同じ考え方といえます。上記の式(3)は図10、図11と全く同じ「うごき」になっているのです。また次数𝑛を考えるということは、サブ・キャリアの𝑛本目を考慮するということと等価になるわけです。

OFDMを実際に復調するFFT(DFT)も、上記と全く同じ計算をしているのです。

式(3)をLTspiceでシミュレーションしてみましょう。図10の回路に式(2)の積分操作に相当する「積分回路」を付加してみます。この回路を図13に示します。乗算は電流出力のBIモデルを利用し、その電流出力をコンデンサに充電させるような回路です。icコマンドでコンデンサの端子電圧初期値を明示的にゼロにしています。

シミュレーション結果を図14に示します。1シンボル時間の最後で各コンデンサの電圧、つまり時間積分した結果がもともとの送信情報の+1V, -1V, -1V, +1V(それぞれ低いサブ・キャリア周波数から)に対して、+0.5V, -0.5V, -0.5V, +0.5Vとして見事に得られていることが分かります(0.5Aを1msecの間1mFに充電させることで0.5Vとなります)。

 

まとめ

二つの技術ノートに亘って説明してきました、最新のデジタル変復調方式であるOFDM。「FFTとか全く意味不明」と思われるかもしれませんが、このようにI相とQ相の直交性、整数倍周波数の搬送波間の直交性を理解すれば、その基本的なところは単なる従来技術とほぼ同じだということが分かります。

またFFTを用いた復調の考え方も別に難しい話ではなく、フーリエ級数の考え方と全く同じであることも分かりました。

なお本稿では説明しませんが、送信側ではIFFT(逆FFT)を用いてOFDM変調波を生成します。

このように基本理論や基本数学と最新技術との関係は、飛躍しているものではなく、「基本」の積み重ねで橋渡しされているものが多いことに気がつきます。「基本」がいかに大事か、そしてそれをどのように応用できるかが重要というところでしょうか。

図13. 式(3)のフーリエ級数係数を求めるのと同じ方法でOFDM変調波をLTspiceで復調してみるシミュレーション回路
図13. 式(3)のフーリエ級数係数を求めるのと同じ方法でOFDM変調波をLTspiceで復調してみるシミュレーション回路
図14. 図13のシミュレーション結果。上からサブ・キャリア(SC)周波数1kHz, 2kHz, 3kHz, 4kHz 。1シンボルの最後で値が確定し、送信情報信号+1V, -1V, -1V, +1Vに相当する+0.5V, -0.5V, -0.5V, +0.5Vが復調結果として得られている
図14. 図13のシミュレーション結果。上からサブ・キャリア(SC)周波数1kHz, 2kHz, 3kHz, 4kHz 。1シンボルの最後で値が確定し、送信情報信号+1V, -1V, -1V, +1Vに相当する+0.5V, -0.5V, -0.5V, +0.5Vが復調結果として得られている

 

最後にまたまたCW通信ネタ。YouTubeで…

世界中にモールス・キー・オタクも多いだろうなと思いつつ、YouTubeでVibroplexとサーチしてみました(笑)。なるほど、結構な動画がサーチ結果としてあがってきます。ひとつふたつ見てみました。

たしかにオタクがたくさんいます(笑)。動画のなかで「ではキーを操作してみましょう…。VVV AA3なんとか」とか打ってますが、CWを聞かなくなりはや30数年…。聞き取れないのですよ、これが…(汗)。

AからZまで打てる(覚えている)のですが、聞き取れないのです…(汗)。

受験のために覚えた和文は、すでにとうの昔に符号も忘れ…ましたが、最盛期には英文平文120字近くまで聞き取れた(「1通」を取りたかったのです…。でも「1技1通」なんてもう死語ですね)ものですが、またあれだけやったので聞き取れなくなることはないと思っていても、忘却というのは恐ろしいものです。

人生100年時代のフィナーレ(?)には、JESD204B(そのころは204Gだとか…笑)高速DACでも使って3.5MHz/7MHzのCW無線機でも自作で製作して(そんな周波数なら現在のDDS製品で十分ですが…)、また英文だけではなく和文も聞き取り練習をして思い出して、図1のVibroplexパドルを使ってCW DX/和文ザンマイのアマチュア無線生活でもしましょうか(笑)。144MHzの和文も楽しいかもしれません。それ以外にも数学の探究もしたいので当分死ねません(笑)。

そうでなくても「近々、マイコンでデジタル・キーヤを自作してみたいな」とか、単にVibroplexを動かすだけで(無線通信をやるわけでなく)悦に入るかなとか思うものでした。「それこそこの時代なら誰か自作用に頒布版キットを作っているだろう」と思ってネットでサーチしてみると、[4], [5]みたいなのも含めて、多数見つけることができます。「これならオレも明日にでも作れるぞ!」と思っても、単にVibroplexを動かすだけなら「休むに似たり」で、作ること自体が無駄なのかもしれません(笑)

ところでもう一方の横ブレ・キーの雄であったBencherはVibroplexに吸収されていました[6]。時代の流れですね…。

VA(とととつーとつー)

いやいや…

ラタ(とととつーと)

さらに蛇足ですが…

それこそ30年近く前の話ですが、電子機器業界のある方がいっていたのを覚えています。「会社におじさんがふたりいるんだけど、仕事中に机を叩いて、和文で通信しながら話し合っているんだよね(笑)」。最後の最後で蛇足ですが(笑)。

しかしこれまた美しい…。

著者について

石井 聡
1963年千葉県生まれ。1985年第1級無線技術士合格。1986年東京農工大学電気工学科卒業、同年電子機器メーカ入社、長く電子回路設計業務に従事。1994年技術士(電気・電子部門)合格。2002年横浜国立大学大学院博士課程後期(電子情報工学専攻・社会人特別選抜)修了。博士(工学)。2009年アナログ・デバイセズ株式会社入社、現在に至る。2018年中小企業診断士登録。
デジタル回路(FPGAやASIC)からアナログ、高周波回路まで多...

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