TNJ-042:マッチング回路を「足し算」で計算できるようになれば スミス・チャートでマッチングをとる原理が分かる(中編)

2018年08月13日
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はじめに

実はこの一連の技術ノート(TNJ-041、TNJ-042、TNJ-043)は、お客様からの要望に基づいたものなのです…。

2015年に実施したアナログ技術セミナーでスミス・チャートについての導入を簡単に説明しました。そこでスミス・チャートによるマッチングの説明をさらっと(プレゼンテーションの間の都合で)行いました。

そのときのアンケートには「スミス・チャートによるマッチングについて、より詳細を聞きたい」というフィードバックが多数ありました。また「スミス・チャートは難解だ」と思われている方も多数いらっしゃるようなので、今回、このようなお話をさせていただいているわけでした。

ちなみにスミス・チャートで、マッチングまで行いたいのであれば、実はスミス・チャートだけではできません。前回のTNJ041の最後の図18で示した、「イミッタンス・チャート」という、インピーダンス平面とアドミッタンス平面が両方描かれたものでないと実現できません。これは注意が必要なことですし、その事実がこの一連の技術ノートのゴールでもあります。

 

マッチングはローパス回路構成とハイパス回路構成の二通りがある

図1の回路(TNJ-041の図5再掲)で、1MHzにおいてマッチングをとることができ、信号源側から負荷側に最大電力が伝送できます。このようすをもう少し見てみたいと思います。

この図1の回路は、ハイパス・フィルタの構成になっていることが分かります。TNJ-041の図6では縦軸をリニア・スケールにして電力伝達を表示させていましたが、これをログ・スケールにしてみたものが図2になります。

tnj042_01

図1.リアクタンス素子を追加してマッチングを実現できる
(TNJ-041の図5再掲)

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図2.図1のシミュレーション結果。
1MHzでマッチングが実現できてはいるが、
ハイパス・フィルタになっている

この結果をみてみると、12dB/Oct(40dB/Decade)になっています。この傾斜はそれこそLCフィルタにより形成される、2次のLCハイパス・フィルタそのものです。

ところで回路を組むときに信号源(もしくは前段)で生じた高調波を落としたい場合もあるでしょう。しかしこのマッチング回路ではハイパス構成になっているので、高調波を落とすローパス・フィルタの機能を実現することは当然ながらできません。

 

マッチング回路はローパス構成とハイパス構成になる

図1の回路以外にも、インピーダンス変換ができる回路構成を実現できます。図3のように並列(シャント)に接続するリアクタンスを容量にして、直列(アーム)に接続するリアクタンスをインダクタにすることもできます。

この回路によるシミュレーション結果を図4に示します。このような構成にすることで、ローパス・フィルタが実現できます。LCで2次のフィルタになりますので、3次高調波(3MHz)で約10dB、5次高調波(5MHz)で約20dBの減衰特性が得られることが分かります。これは結構便利な話しです。

このように「基本的なマッチング回路は、ローパス構成とハイパス構成の2種類」があります。この話しは次の技術ノートTNJ-043であらためて触れてみたいと思います。

tnj042_03

図 3.シャントのリアクタンスを容量、
アームをインダクタにするとローパス構成が実現できる

tnj042_04

図4.図3のシミュレーション結果。
1MHzでマッチングが実現でき、
またローパス・フィルタが実現できている

tnj042_05

図 5.反射係数の概念
(TNJ-039の図9に加筆して再掲)

 

ここでも出てくる反射係数

TNJ-039で反射係数という概念を示しました。TNJ-039で示した概念図を図5に示します。反射係数𝜞とは、伝送線路の特性インピーダンスもしくは信号源インピーダンスを𝑍0 としたとき、負荷端𝑅𝐿で電圧𝑉もしくは電流𝐼が反射する率で

tnj042_e01

この式は「負荷端𝑅𝐿」として抵抗Rであり、純抵抗(TNJ-041にも示しましたが「純抵抗」とはインピーダンスを考えていくうえで、電圧と電流の位相関係がゼロになる純粋な抵抗成分を指します)で表していますが、これをインピーダンス𝑍𝐿(複素数)として

tnj042_e02

ここで「→」はベクトルです。そうすると、任意のインピーダンス𝑍L を信号源インピーダンス𝑍0から観測すると、𝑍L により反射係数rが複素数として決まることになります。「任意のインピーダンスは反射係数rで表せる」ということです。なお𝑍L

tnj042_e03

で複素数ですから、反射係数rも複素数なわけです。

 

インピーダンス直交座標を反射係数で表す

この関係から、インピーダンス直交座標の任意の位置は、反射係数の対応する位置として、一対一の関係で表すこと(写像)ができます。

ところで、反射係数の軸(これを「反射係数平面」とよびます)は、本来は極座標です。本技術ノートの説明においては、最初は反射係数平面を直交座標として説明を始めていきますが、最終的には「オイラーの公式」を使って極座標に変換するというストーリーで進めます。

さて最初に少し「おまじない」をしておきましょう。ここまで伝送線路の特性インピーダンスもしくは信号源インピーダンスを𝑍0としておきましたが、これを基準値として以下のように反射係数の式(2)を変形します。なお以降の式では、ベクトル記号「→」は省略します。すべての記号は複素数として見てください。

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ここで出てきた𝑧についてですが、𝑧も複素数で、𝑍0を基準とした比率になります。これを「正規化インピーダンス」と呼びます。また

tnj042_e05

として比率𝑟の横軸(実数軸/純抵抗)、比率𝑥の縦軸(虚数軸/リアクタンス)として「インピーダンス直交座標」で表すこともできます。

正規化インピーダンス𝑧も式(2)と同じ式(4)によって、反射係数平面に変換できるわけですね。

まずここでは。反射係数平面を直交座標として考えていきましょう(示したように最終的には、オイラーの公式を使って極座標に変換します)。

 

反射係数平面への変換をいくつかみてみる

それではまず、正規化インピーダンス𝑧=+1(𝑍𝐿=50Ω)の場合をみてみましょう。これを反射係数に変換すると

tnj042_e06

これは図6のように変換されます。反射係数平面の中央(ゼロのところ)になります。

つづいて、𝑧=0(𝑍𝐿=0Ω)の場合です。これを反射係数に変換すると

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これは図7のように変換されます。実数軸の「マイナス1」のところです。

さらに、𝑧=∞(𝑍𝐿=∞Ω)の場合をみてみましょう。これを反射係数に変換すると

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これは図8のように変換されます。無限大は+1に変換されるのですね。

つづいて虚数軸をみてみましょう。𝑧=+𝑗(𝑍𝐿=+𝑗50Ω)の場合を反射係数に変換すると、

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これは図9のように変換されます。

「もういいだろう」という感じになってしまいますが(汗)、𝑧=−𝑗(𝑍𝐿=-𝑗50Ω)の場合は

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これは図10のように変換されます。

 

tnj042_06

図6.𝑧=1を反射係数平面に変換する

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図7.𝑧=0を反射係数平面に変換する

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 図 8.𝑧=∞を反射係数平面に変換する

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図 9. 𝑧 = +𝑗を反射係数平面に変換する

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図 10. 𝑧 = −𝑗を反射係数平面に変換する

 

表 1.おのおのの𝑧を反射係数𝛤に変換する

tnj042_t01

 

tnj042_11

図 11. 表 1 のおのおのの𝛤を反射係数平面にプロットする

 

もうすこし反射係数平面への変換をみてみる

さらにもう少しいくつかの変換計算をしてみましょう。今度は表にしてみました(表1)。これをそれぞれ反射係数平面に乗せてみたものを図11に示します。ゼロを中心として広がるように、それぞれ反射係数平面上に変換されていることが分かります。

ちなみに𝑧が虚数だけの場合(表1の下側の4つ)で、この複素数の絶対値を計算してみると、どれも|𝑧|=1になっていますね…。また図7の𝑧=0の場合や、図8の𝑧=∞の場合でも、|𝑧|=1になっています。

これまでの図6~図10、そして表1をプロットした図11を少し書き換えて、半径1の単位円も加えて表したものを図12と図13それぞれに表します。それぞれの正規化インピーダンス𝑧が、単位円という視点からどこに変換されているかが分かりますね。

tnj042_12

図 12.図6~図10のおのおのの𝛤を、単位円を追加した反射係数平面にプロットした

 

tnj042_13

図 13. 表 1 のおのおのの𝛤を、単位円を追加した 反射係数平面にプロットした

 

tnj042_14

図 14. オイラーの公式で極座標平面に変換する

 

ここで出てくるオイラーの公式

ということで、「どれも|𝑧|=1に…」ということが分かりました。ここでそれぞれに、オイラーの公式

tnj042_e11

を当てはめてみれば、これまでの反射係数直交座標平面は、図14の極座標平面上にも表せるわけです。なお図14の青の直線は、反射係数直交座標平面の軸を表しています。たとえば図 8 の𝑧 = +∞、𝜞 = +1であれば

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として図 14 の黒色のポイントに、また表 1 の𝑧 = +0.5、𝛤 = −1/3であれば

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として図 14の赤色のポイントに、表 1の𝑧 = +𝑗 0.5、𝜞 = −0.6 + 𝑗0.8であれば

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として図 14 の緑色のポイントに、それぞれ表されるわけです。 図 12、図 13 の各点と図 14 の各点は、座標軸が変わるだけであ り(というよりオイラーの公式でつながっている)、その点自 体は「同じ位置」になります。

 

スミス・チャートは反射係数平面のうえにインピ ーダンス軸を引いてあるもの

ここまでの話しをまとめると、

「インピーダンス直交座標上の正規化インピーダンスを 反射係数で変換して、それを極座標上に表すことができる」

ということになります。ここまで示してきた正規化インピーダンス𝑧の例を、すべて反射係数𝛤に変換して、極座標に載せたようすを、図15(図6~図10に対応しています。図6~図10は図12でもプロットしてあります)と、図16(表1に対応しています。表1については図13でもプロットしてあります)に示します。

tnj042_15

図 15. 図 6~図 10 と図 12 に対応した座標変換

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図 16. 表 1 と図 13 に対応した座標変換

 

個々のインピーダンス値ではなく直交座標軸自体を変換し てみる

ここまでおこなってきた座標位置の変換は、それぞれ「1点ごと」の座標位置の変換だったわけですが、これを一括して、

「正規化インピーダンス直交座標軸全体を反射係数で変換して、それを極座標上に表してみる」

という変換を行ったものを図17に示します。またこの変換のようすをアニメーション的に示したスライド(アナログ技術セミナー2015でご説明したもの)も図18に示します。このようにインピーダンス直交座標軸全体を反射係数で変換して、それを極座標上に表してみたものが「スミス・チャート」になります。

 

 

図 17. インピーダンス直交座標軸全体を反射係数で変換して、
それを極座標上に表してみる。これがスミス・チャート

 

 

 

図 18. インピーダンス直交座標軸を反射係数で変換し
スミス・チャートになるようすを アニメーション的に示した
(アナログ技術セミナー2015 でのスライド)

 

これでスミス・チャートが描けたのだが…

ここまでで分かったことは、

  • 正規化インピーダンス直交座標軸全体を
  • 反射係数で変換して
  • それを極座標上に
  •  もともとの直交座標軸全体を描く
  •  これがスミス・チャート

ということです。ところで[1]によると、スミス・チャートは Phillip H. Smith が発明し、1930年台から使われているとのことです…。[2]によるとヘルツによる電磁波の実験的発見が1888年、また[3]によるとマルコーニによる大西洋横断無線通信の最初の成功が1901年…、それから30年から40年程度です。結構歴史が古いのですね…。というより30~40年程度でこんな概念まで電気理論が進化しているということは驚異的です。

 

アドミッタンス直交座標はどうする?

長々と説明しましたが、この一連の技術ノート(TNJ-041、TNJ042、TNJ-043)の目的は何だったでしょうか(汗)。

あらためて最初のTNJ-041に戻ってみると、

  • リアクタンスが直並列に接続されたマッチング回路によるマッチングを、直交座標上でグラフィカルに計算したい
  • 直交座標上で素子を追加するのは「足し算」
  • 並列接続をアドミッタンスで考えると、アドミッタ ンス直交座標上であれば
  • 素子を並列に追加するのに「足し算」でグラフィカ ルに計算できる

これにより、リアクタンスによる直並列マッチング回路で、インピーダンスとアドミッタンスを用いて、インピーダンス⇒アドミッタンス⇒インピーダンス…と逆数をとっていけば(変換していけば)、すべての計算を「足し算」でグラフィカルにおこなうことができる、という話でした。

なお正規化アドミッタンス𝑦は正規化インピーダンス𝑧の逆数で

tnj042_e12

しかしそこでの課題は

  • 正規化インピーダンス𝑧軸と正規化アドミッタンス𝑦軸は別々の(逆数の関係の)軸空間
  • その間を行き来するため、毎度逆数を取っていくことは面倒だ
  • 𝑧軸と𝑦軸とが一つのグラフ上に描かれていたらいいな

というところでした。

これを解決できるアイディアが、ここまで何度も出てきたスミス・チャートなのですが、しかし(残念ながら)この問題を解決するには、スミス・チャート「自体」では未だに力不足なのです…。

この問題を本当に解決できるのが、スミス・チャートを拡張した「イミッタンス・チャート」というものです(図19。TNJ041の図18再掲)。

 

アドミッタンス直交座標を反射係数平面に変換する

詳細は次の技術ノート(TNJ-043)でご説明したいと思いますが、正規化インピーダンス𝑧を反射係数平面にプロットした位置(反射係数)と、その逆数をとった正規化アドミッタンス𝑦を反射係数平面にプロットした位置(反射係数)は同じになります。すなわち反射係数平面を媒介として使えば、𝑧での表現と𝑦での表現とを同一位置としてプロットできるのです。

正規化アドミッタンス𝑦の直交座標も、反射係数の極座標上に変換すること(描くこと)ができるわけで、それとスミス・チャートを合体させたものが「イミッタンス・チャート」になります。

ここまで分かると、実はこの技術ノートの最初で示した「基本的なマッチング回路は、ローパス構成とハイパス構成の2種類がある」という話題も合点のいくことになります。

それぞれの話題については、次の技術ノート(TNJ-043)でご説明します。

 

まとめ

よくテレビのバラエティ番組などを見ていると、「この答えはぁぁぁ!」として、すぐにコマーシャルが挟まります(笑)。この技術ノートもそんな感じで展開しているつもりはないのですが、大変申し訳ないのですが、「スミス・チャート上でマッチングできるという、その答えはぁぁぁ!」ということで、再度、申し訳ありませんが…、次回の(最後の)「後編」でご説明したいと思います。

 

参考文献

[1] https://en.wikipedia.org/wiki/Smith_chart

[2] https://ja.wikipedia.org/wiki/ハインリヒ・ヘルツ

[3] https://ja.wikipedia.org/wiki/グリエルモ・マルコーニ

 

tnj042_19

図 19. イミッタンス・チャート

著者について

石井 聡
1963年千葉県生まれ。1985年第1級無線技術士合格。1986年東京農工大学電気工学科卒業、同年電子機器メーカ入社、長く電子回路設計業務に従事。1994年技術士(電気・電子部門)合格。2002年横浜国立大学大学院博士課程後期(電子情報工学専攻・社会人特別選抜)修了。博士(工学)。2009年アナログ・デバイセズ株式会社入社、現在に至る。2018年中小企業診断士登録。
デジタル回路(FPGAやASIC)からアナログ、高周波回路まで多...

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