TNJ-029:トランスの M 結合とはナニモノでどのように測るか

2017年04月03日
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2017年4月3日公開

はじめに

ひとつまえの技術ノートTNJ-028(前編)では、トランスのM結合の測定方法について、その理論的な面とそれを確認するためのシミュレーション結果についてご説明しました。

この技術ノートはその中編としてご提供するものです。これまでみてきた理論的な観点を、私が購入したローコストLCメータで実際に測ってみるための予備実験、という内容です。またそのLCメータの購入の顛末、そしてそこで実現されている測定の原理や、関連情報のご紹介もしていきたいと思います。

 

ローコストLCメータが目にとまった

トランスのM結合に関する理論的検討をおこなっていた前後で、とあるトレーニング用にUS資料(パワーポイント)の翻訳を始めました。その資料中でフィルタの設計ツールの紹介のところに、「AADE」と見慣れない用語がありました。「これはなんだぁ?」と思い、サーチしてみると、「Almost All Digital Electornics」
http://www.aade.com(以下の理由によりリンク切れです)

という、とあるアメリカの小さな会社のことでした。「Almost All Digital Electronics」…。会社名(Almost)が泣かせます。ここでフリーのフィルタ設計ツールを用意しているらしいことがUS資料の記載から想像できました。早速そのサイトの中を見てみると、たしかに「AADE Filter Design」というツールが。このツールは、パッシブLCフィルタの設計(合成)ができるものです。パッシブLCフィルタは計算が難しいため、「これは重宝できそうだな」と思わせるものでもありました。

当時、容量、自己/相互インダクタンス測定のマイブームの私としては、eBayで出物のあったHP 4277A(かなり大型のLCRメータ。前職のときにも、棚に鎮座していた)を落札しなかったことに結構後悔しておりまして(笑)、何かないものか?といろいろ探していました。国内でも安価なLCメータが出ていますが、精度的にどうかと思い、そちらは購入をためらっていました。が…、フリーのフィルタ設計ツールを提供するAADEのトップページに「L/C Meter IIB Inductance/Capacitance Meter」とあるではないですか!本当に偶然ですが、AADEでローコストなLCメータを発売していたのです。

http://www.aade.com/lcmeter.htm(以下の理由によりリンク切れです)

完成品$120 + $12(シッピング費用)です。面白そうなので買ってしまいました(汗)!

なおキットなら$99です。趣味でも購入できるレベルですね。キットで電子工作を楽しんでもいいのですが、キットを作る時間を取るならやるべきこともあり、$21差なら、完成品を購入してしまうか!と思ったのでした(汗)。


なんと!「Neil Heckt passed away on August 19, 2015.」

TNJ-028, TNJ-029, TNJ-030を執筆する前後で、あらためてAADEのサイトを見て詳細を確認しておこうと思いました。しかし「AADE」とか、「Almost All Digital Electronics」、「AADE Filter Design」、「AADE LC Meter」などでサーチしてみても、同社のページがヒットしません。

「なぜだろう?」と思ってさらに見てみると、

http://forums.qrz.com/index.php?threads/almost-all-digital-electronics-neil-heckt-passing-reported.491901/

に「Neil Heckt passed away on August 19, 2015.」とあります…。passed awayは「逝去」。このようなときに「死ぬ」= diedをあまり使わないのは、国が変わっても人間の本質としては同じなのだなと思うわけです。またこの情報源のQRZ.comは、アメリカのアマチュア無線の交流サイトであり、AADE(Neil Heckt氏)がアマチュア無線家の間でいかに評価が高かったかも分かるものです。

オーナーが亡くなったためにAADEのサイトがクローズしてしまったわけです…。

 

なめてはいけない!「L/C Meter IIB」

「精度もそこそこか?」と思って、さきに示したリンクの同社の説明を(購入当時の話しですが)見て行くと、「error analysis against standard inductor / capacitor sets.」とあって、驚くことにこのコストで良好な(1%程度)の精度が出るようです。このページには製品のレビューも掲載されていました。

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図1. 自宅に到着したL/C Meter IIBの梱包

さらに以下の(オーストラリアのアマチュア無線家の)ページでは、測定原理についても詳しく説明されています。

http://my.integritynet.com.au/purdic/lc-meter-project.htm

精度良い1020pFのコンデンサを基準リアクタンスとするようですね。あとはXTALの発振精度でしょうから、それは数10ppm程度の精度が得られますから、このコンデンサをより高精度にすればよいのでしょう…。

 

購入したものが到着した

ということで、PayPalで決済して完成品の方をオーダしてしまいました!以降、本人からのメールも一切なく、1週間くらいして「いつ発送するの?」とメールしたら「注文当日に発送した。日本まで2週間くらいだろう」とのこと。「これではまるで蕎麦屋の出前みたいだな」と思ったしだいです(笑)…。

それでも2週間かからず現品到着(図1)。Tariff Code(関税番号)8525 20 04 Accessories for Amateur Radio Hobby use となっており、「趣味用途のアマチュア無線関連機材」という扱いなようです。なお私の個人情報は削除させていただいております(笑①)。

開けてみると、さすがアメリカからの発送ということで、図2のように梱包材として英字新聞が!(笑 ②)。小学生のころの図画工作の時間に「一番大事なものは、絵の中で一番大きく描きなさい」と先生が言っていまして…、それを思い出し1段組で大きい画像にしました(笑 ③)

電源が9V電池の006Pなのですが、それだと使いたいときに電池が切れている可能性もあるので、早速ばらして、外部から安定化電源で供給できるようにケーブリングしました(笑)。中のようすは図3のとおり、こんな感じです。見たところ、驚くほど簡単な作りです…。

図4のように、47nFの1%精度のコンデンサ(こんなものも買ってある^^;)を測定してみました。公称値47nFと比較して0.5%程度という差しかありません。絶対精度ははっきり判りませんが(またpFあたりはケーブルなどの浮遊誤差も出てきますが)、簡単な作りのわりにはだいぶよさそうです。

これでインダクタンスも測れるので、結構便利につかえそうです。


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図2. 梱包から取り出したL/C Meter IIB。緩衝材には英字新聞が(それもiPodの広告が)!

 

 

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図3. L/C Meter IIBのケースをあけてみた。
とても簡単な構造になっている

 

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図4. 47nFの1%精度のコンデンサを測定してみた


日本のアマチュア無線家も参加している

日本語で、日本のアマチュア無線家がこのLCメータを紹介するページもあります。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~jh2clv/lcmeter2b.htm    TNX JH2CLV

また日本語マニュアルもありますね。

http://www.jtw.zaq.ne.jp/cfaax409/LCIIBinstruction.html   TNX JA3KEV

それぞれご参考になれば幸いです。

 

コアは「フランクリン発振回路」と呼ばれるものが用いられている

この「L/C Meter IIB」についてあるところで紹介したところ、「これはフランクリン発振回路とコンパレータを使っているものですね」というコメントをいただきました。

私は「フランクリン発振回路」という名前は聞いたことがなかったので、Googleでサーチしてみますと「なるほど、この回路のことね」と分かりました。

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図5. LCメータで用いられているフランクリン発振回路の  原理的な回路構成

詳細は精査していませんが、LCメータで用いられているフランクリン発振回路(Franklin Oscillator)は、図5のような原理的な回路構成になっています。コンパレータLM311が発振回路のゲイン部分となっており、この周波数特性と、コンパレータとしてのリミッティング動作で発振を維持できます(発振の利得条件)。R_FBとC_FBで負帰還をかける構成となっており、LM311の周波数特性を逆方向に補正するようにしているところなど、簡単ですが結構興味深い回路とも思われます。

またコンパレータで位相ゼロの入出力を構成し(発振の位相条件)、それを共振回路(このLCメータにおいては被測定物; DUT, Device Under Test)に加えると、並列共振であることによりその共振回路の共振周波数で端子の電圧が最大化(発振の利得条件)します。

この共振周波数の前後で位相が大きく変化しますが、共振周波数では位相がゼロの純抵抗成分のみとなり(発振の位相条件)、これで発振の利得条件と位相条件がめでたく成立し、この共振周波数で発振を継続します。

とはいえ、コンパレータLM311の入出力がゼロ位相になっているとは(とくに高い周波数においてはその周波数特性ゆえに)考えづらく、またR_FBとC_FBで遅れも生じるので、それらは測定の誤差要因になっているはずだと、精度劣化要因だと考えることができます。

この回路のいちばんの特徴は、「共振回路部分(DUT)の片側をグラウンドに落とせる」というところだと考えます。こうすることで安定した測定系を構成することができるといえるでしょう。

 

原典はアナログ発振回路の構成だった

さらにサーチしてみると、アナログの発振回路の構成も見つかりました(英語サイト)。

http://www.zl2pd.com/HFRFgen.html

このサイトから、アナログ発振回路としてのフランクリン発振回路は、図6のような構成になっていることが分かりました。そこには「たぶん、コルピッツやハートレーと比較しても、あまり知られていないと思われる」という記述もあります…。

 

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図6. より原典に近いアナログのフランクリン発振回路


さらに原典を探していくと「短波帯で安定度の良い発振器として初期のものがフランクリン発振回路で、1920年ごろに開発された」とあり、真空管が用いられた回路として、以下のようなサイトを見ることもできます(英語サイト)。真空管の構成ではありますが、図6の回路構成とほぼ同じと考えることができます。

http://www.robkalmeijer.nl/techniek/electronica/radiotechniek/hambladen/radcom/1994/11/page60/index.html

この図6の「原典に近いアナログ発振回路構成」は、二つのFETから増幅素子が構成されています。Q1のゲートに共振回路(LCメータではDUTとなるもの)が接続されていますが、ここはQ1がソースフォロア的に動作するため、ゲートの入力インピーダンスを高く維持できます。これはコンパレータLM311で構成されたLCメータ用の回路と同じイメージとして考えることができます。

Q1のソース出力は、ゲート接地構成であるQ2のソースに接続されています。Q1のソースからは低インピーダンスで電流I_Q1DがQ2に対して供給され、このI_Q1D(Q2のソース電流)がそのままQ2のドレインに流れます。

Q2のドレインはインピーダンスが高く、かつL_CHOKEで発生するリアクタンスが大きいため、先のQ2のソース電流I_Q1Dにより、L_CHOKEで大きな電圧降下が生じ、Q1とQ2で電圧増幅回路が構成されます。C_FBは結合用コンデンサで、小容量で構成するものですが、Q2のドレインとL_CHOKEのインピーダンスが高いので、小容量でも問題なく、これら全体で高いインピーダンスで共振回路を駆動することができます。

Q1とQ2で非反転アンプの構成となり、共振回路(LCメータではDUTとなるもの)の部分は、先に説明したLCメータでの共振回路の説明(動作)と同じかたちになります。

 

測定原理と精度維持のしくみを式から考えてみる

さきのオーストラリアのアマチュア無線家のページからしくみを学びつつ、うごきを式で考えてみます。なお、さきに示したLM311の入出力特性については、理想素子として動作すると仮定し、誤差要因には組み込んでいません。

 

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図7. 図5の共振回路部分のみを実際のLCメータの構成にあわせて取り出して
部品番号を振りなおして記載してみた


式を追っていくと、この測定原理と精度維持方法は、別にフランクリン発振回路でなくとも、共振周波数を求める他の方式でも同じだということにも気がつきます。

図7は、図5の共振回路部分のみを実際のLCメータの構成にあわせて取り出し、部品番号を振りなおしたものです。基準となる共振回路はC_1,L_1となりますが、これらの素子の正確な値は初期状態では分かりません(未知となります)。

 

校正のしくみを式から考えてみる

そこでまず校正動作として、この未知のC_1,L_1を求めます。スイッチSW_CALを右側に投入して、基準容量1020pFは回路から遮断し、ここでの発振周波数f_1を記録します。f1

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で決まります。つづいてスイッチSW_CALを左側に投入し、基準容量1020pFを回路に接続し、ここでの発振周波数f_2を記録します。f2

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となり、周波数f_1,f_2が求まることから、まずC1については

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と得られます。周波数f1,f2はXTALで測りますが、XTALの周波数精度は十分ですから、たしかに1020pFのコンデンサが支配的誤差要因です。またL1についても同じく、

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となり、周波数f_1と支配的誤差要因である1020pFで測定結果の精度が決まり、未知の大きさのC_1,L_1を精度高く、正しく得ることができます。

 

未知のインダクタンス測定のしくみを式から考えてみる

つづいて測定対象(DUT)となる未知のインダクタンスLDUTを測定することを考えてみます。図7のスイッチSW_CALを右側に投入して1020pFを回路から遮断し、SW_Lxは右側、SW_Cxは左側として、未知のインダクタンスLDUTをDUTのところに接続します。こうするLDUTとL1とが直列に接続され、このときの発振周波数f3

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となり、L_DUTを

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として得ることができます。

 

未知の容量測定のしくみを式から考えてみる

未知の容量CDUTについても、図7のスイッチSWCALを右側に投入して1020pFを回路から遮断し、SW_Lxは左側(ショート)、SW_Cxは右側として、未知の容量C_DUTをDUTのところに接続します。こうするCDUTとC1とが並列に接続され

tnj029_e07

としてC_DUTを得ることができます。

 

なるほどこのしくみなら簡単な構成でも高い精度が維持できる

これらから分かることは、XTALの周波数精度と1020pFのコンデンサの精度が誤差要因であり、(XTALは高精度なので)1020pFのコンデンサが支配的誤差要因になるということです。

周波数源にルビジウム発振器を使って、ここでは1020pFだった基準容量を「校正用円筒容量基準器」なるもの(どこに書いてあったか見つけられず…。切削精度をきちんと取れば、かなりの精度が出るそうで)で適切な容量として自作すれば、ppmオーダ精度の測定器もこれでできそうですね!(なんて、無用の長物発言…。系全体から、またDUTからすれば、純粋なリアクタンス成分だけでもあるまいに…)

 

「L/C Meter IIB」で抵抗成分込みの容量値を測定し、測定誤差の発生するようすもみてみる

LCによる共振構成のLCメータですから、DUTに抵抗成分が入ると共振周波数が変わるはずで、共振周波数が変われば測定値である容量値も変わることになります。

並列LCの片側に抵抗成分があると共振周波数が若干変化するしくみで確認してみましょう。ここまでDUTとして用いた47nFに、直列に抵抗を挿入して測定値がどのように変化するかをみてみました。

 

10Ωを直列に挿入しない状態の発振波形と測定容量値を確認してみる

容量値の変化のようすを観測するまえに、「どのくらいの周波数で発振しているの?」ということが気になったので、まず波形を確認してみました。回路図も良く確認しないままなので、アンパイ(注:麻雀用語…)を取り、図8のように、差動プローブで測定してみました。

それにしても作業台もだいぶ年季が入ってきました!(笑)

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図8. 発振波形を確認するために差動プローブを接続して測定してみた

 

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図9. 図8のように接続して観測した発振波形

 

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図10. 差動プローブをはずしてDUTの容量値を読んでみる。47.4nFとなっている

 

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図11. DUTの47nFに10Ωの抵抗を直列に接続した状態で  観測した発振波形

 

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図12. こんどは10Ωを直列に挿入してDUTの値を読んでみる。46.63nFと若干変化している



図8では直列に接続した抵抗が見えますが、これが以降で比較実験する直列挿入抵抗10Ωです。しかしここでは、その抵抗は経由させずに、LCメータと差動プローブを接続してあります。

測定した波形が図9です。90kHzくらいで発振しているようです。なお47nF @ 90kHz = 37Ωと計算できます。

つづいてDUTの容量を測定するために、差動プローブを一旦はずして数値を読んでみます。図10がそのようすですが、リードアウトとして47.4nFになっています。1%以下で公称値と測定値が合っていますね…。


10Ωを直列に挿入して発振波形と測定容量値を確認してみる

こんどは10Ωを入れて測定してみます。あらためて差動プローブを接続して波形を測定してみました。このようすを図11に示します。オシロの周波数リードアウトは全然合っていないよう(変動している高周波の部分で周波数カウント、つまり誤カウントしているようす)ですが、横軸の掃引divは同じなので発振周波数はそれほど変わっていないようです。でもレベルが弱いしノイズっぽいぞ…。

次に差動プローブをはずして、数値を読んでみます(図12)。表示される容量値が変化しています。たしかにこれは理論どおり(測定原理のしくみのとおり)で、直列に挿入された抵抗分で共振周波数が変化することによって、答えに誤差が出るというわけなのですね。

 

中編のまとめ

この技術ノートでは、購入したローコストLCメータで容量を測ってみたようすや、その測定原理などをご紹介しました。また並列共振回路に直列抵抗が挿入されると共振周波数がずれ、それによりLCメータでの測定周波数も変化し、容量測定値に誤差が生じるようすも実験してみました。それこそ理論どおりになっているわけでした。

次の技術ノートTNJ-030では、三部作の最後として、前編で説明した相互インダクタンスを、実際にこのLCメータで測定して求めてみる、という話題をご提供していきます。是非ご覧いただければと思います。

 

ところで以降、「伝送線路で構成されたインダクタンス」なるものをこのLCメータで測定していましたが、これが測定値が安定しないで参りました…。基本的にも、容量よりインダクタンスの測定のほうが難しいですが、伝送線路ですので容量成分も内在しており、これが原因のようなのですが…。

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著者について

石井 聡
1963年千葉県生まれ。1985年第1級無線技術士合格。1986年東京農工大学電気工学科卒業、同年電子機器メーカ入社、長く電子回路設計業務に従事。1994年技術士(電気・電子部門)合格。2002年横浜国立大学大学院博士課程後期(電子情報工学専攻・社会人特別選抜)修了。博士(工学)。2009年アナログ・デバイセズ株式会社入社、現在に至る。2018年中小企業診断士登録。
デジタル回路(FPGAやASIC)からアナログ、高周波回路まで多...

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