IoT スマート・センサーにおける低ノイズの威力
はじめに
性能と消費電力。これは、急成長しつつある IoT ベースのアプリケーション向けスマート・センサーの開発者にとって、きわめて微妙なトレードオフの 1 つです。さまざまな性能指標がある中で、ノイズは多くの場合、評価対象となる重要な特性です。それは、スマート・センサーの主な機能ブロックにおける部品選定でノイズが制約となったり、それにより電力負荷が増加することがあるからです。さらに、ノイズの挙動によってフィルタリング条件を強化することもあるため、急な状態変化に対するセンサーの応答性に影響を与えたり、測定精度を高めるために測定時間が延びたりすることがあります。
常時観測(サンプリング、処理、通信)のアプリケーションの場合、(特定の機能を持つデバイスの中で)最小ノイズのソリューションが最小の消費電力ソリューションでもあることはめったにないので、システム設計者はたいていノイズか消費電力かという相反関係に対処しなければなりません。その一例が、遠隔傾き測定システムのコア・センサーとして一般に使用される MEMS 加速度センサーです。現時点でノイズと消費電力でそれぞれ業界最先端の性能を持つ 2 つの製品、ADXL355(低ノイズ)と ADXL362(低消費電力)の際立った特徴を表 1 に示します.
Device/Mode | Noise Density (μg/√Hz) | Voltage (V) | Current (μA) | Power (μW) |
ADXL355 | 20 | 2.25 | 150 | 337.5 |
ADXL362/Ultralow Noise | 175 | 2.0 | 13 | 26 |
ADXL362/Low Noise | 400 | 2.0 | 3.3 | 6.6 |
ADXL362/Low Power | 550 | 2.0 | 1.8 | 3.6 |
表 1 に挙げた 4 項目のうち 3 つは、ADXL362 で選択可能な動作モードの特性を示し、残りの 1 つは ADXL355 の特性を示しています。まず、表中で最も低ノイズのものと最も低消費電力のものを比較します。ADXL355 のノイズは ADXL362 の最も低消費電力のモードの約 27 分の 1 ですが、消費電力ははるかに大きくなります。より厳しい性能が要求されるアプリケーションでは、ADXL362 を最高性能モードで使用することを考えなければなりませんが、この場合、ADXL355 のノイズがADXL362 の 9 分の 1 であるのに対して、ADXL362 の消費電力は ADXL355 の 13 分の 1 になります。
常時観測や計測を必要としないアプリケーションで使用する場合、平均消費電力とノイズの関係はより興味深いものになります。驚く人がいるかもしれませんが、ノイズと消費電力が補完関係になることすらあるのです。このことは、消費電力と性能のどちらを優先して設計すべきか判断に苦労していた開発者にとって、すばらしいニュースです。このような問題に労力を費やし、開発が遅延することがなくなる可能性がでてきたのです。いまや、スマート・センサーの設計者たちは、この時代遅れの質問に答えてくれる人を待つのではなく、このトレードオフにおいて最適な部品を定量化して選定することにより、自分たちで設計を再定義する必要に迫られています。
スマート・センサーのアーキテクチャ
ある特定のアプリケーションに対して、最適な部品を定量化して選ぶために、シグナル・チェーンについて仮定を立てます。それにより、アーキテクチャの概念図から始めることができます。図 1 は、通常使用される機能が含まれたスマート・センサーのアーキテクチャの一般的な例です。
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図 1. スマート・センサーのアーキテクチャ
センサー・コア
スマート・センサー・ノードのシグナル・チェーンは、コア・センサー機能で始まります。その最も基本的な機能からコア・センサーはトランスデューサとも呼ばれ、物理的な状態や特性を、それを表す電気信号へと変換します。トランスデューサのスケール・ファクタは、モニタリングした物理量や状態に対する電気的な応答のうち、線形性を持つ部分を表しています。例えば、AD590 などのアナログ出力を持つ温度センサーでは、スケール・ファクタの単位は mV/°C です。ADXL355 などのデジタル加速度センサーでは、スケール・ファクタの単位は LSBs/g、つまりコード/g です。
フィルタ
シグナル・チェーン(図 1)の次の機能ブロックはフィルタです。この段の目的は、コア・センサーには対応できるもののアプリケーションには適切でない周波数帯域から、ノイズを除去することです。振動監視アプリケーションでは、このようなフィルタは、例えば、装置の劣化を示す可能性を持つスペクトル特性からランダムな振動を分離できるバンドパス・フィルタです。傾きセンサーでは、移動平均などの単純なローパス・フィルタがその例です。この場合は、時間長が、フィルタ出力におけるセトリング・タイムと残存ノイズという大きなトレードオフを生じさせます。図 2 に、例として ADXL355 のアラン分散曲線を示します。これは、測定の不確定性(ノイズ)を、測定に要した平均化時間に対して表したものです。
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図 2. アラン分散曲線: ADXL355 と ADXL362
キャリブレーション
キャリブレーション機能の目的は、補正式を適用して測定精度を向上させることです。最も要求の厳しいアプリケーションの場合、完全に制御された状態をセンサーで測定し、それらのセンサーの応答を実測することによって補正式を決定するのが一般的です。例えば、傾きセンサーのアプリケーションにおけるキャリブレーション・プロセスでは、重力に対して複数の方向で MEMS 加速度センサーの出力を実測します。このように実測する目的は通常、必要な方向におけるセンサーの応答を実測し、次の関係式(式 1)の 12 個の補正係数(m11、m12、m13、m21、m22、m23、m31、m32、m33、bx、by、bz)を求めることです。
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式 1 の補正係数は、バイアス、感度、およびアライメント・エラーに対応します。この式はまた、高次のセンサーの挙動(非線形性)や環境依存性(温度、電源レベル)にも拡張できます。
データ処理
データ処理機能では、フィルタリングとキャリブレーションの処理がなされたセンサー・データを、アプリケーションに最も適した測定結果に変換します。振動監視システムの場合は、単純な RMS/DC 変換やスペクトル・アラームを備えた高速フーリエ変換(FFT)(ADIS16228 参照)を使用することができます。傾き検出アプリケーションの場合は、重力に対する加速度の応答を、式 2、式 3、または式 4 を使用して方位角の計算値に変換します。
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各加速度センサーが完全に直交しているという前提のもと、これら 3 つの関係式によって、それぞれ 1 軸、2 軸、3 軸の加速度センサーの測定値から傾きを計算します。
通信/保存
通信/保存機能は、データの保存と、IoT のクラウド・サービスのすべて(暗号化/セキュリティ、保存、解析)との接続に対応します。
電源オン/オフ動作
一般的なスマート・センサーにおいて、パワー・マネージメント(PM)機能は 3 種類の機能を果たしています。PM の 1 つ目の機能は、シグナル・チェーンの全コンポーネントが必要とする電源シーケンスのすべてを制御することです。2 つ目の機能は、シグナル・チェーンの全コンポーネントに対して、供給電源を最適な動作電圧(1 つまたは複数の電圧)に変換することです。3 つ目は、一定の時間間隔で測定するシステムにおいて、測定イベントごとにトリガするスケジューリング機能です。
電源オン/オフ動作は、スマート・センサー・ノードにおけるこのような不連続動作を定義するための一般的な方法です。測定イベントと測定イベントの間を、低消費電力(またはゼロ電力)状態で休止することにより、スマート・センサーの消費電力を節約できます。図 3 は、スマート・センサーにこの技術を活用した場合のある瞬間の消費電力を、測定サイクルの1 周期分にわたって表したものです。
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図 3. 電源オン/オフ動作の概略図
式 5 は、図 3 に記載されている動作パラメータを使用して、平均消費電力(PAV)を計算するための簡単な関係式です。
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PON は、スマート・センサー・ノードがデータのサンプリングなどを行い、測定結果を生成し通信する間に必要とする平均消費電力です。
POFF は、低消費電力のスリープ・モードで必要とする平均消費電力です。
tON は、スマート・センサーの電源をオンにして、測定結果を生成し、IoT クラウドに対して結果の送受信を行い、再び電源をオフにするまでに要する時間です。
tOFF は、スマート・センサーが休止中(スリープ・モードまたは完全に電源オフ)の時間です。
T は測定サイクルの平均時間です。
測定プロセス
スマート・センサーは通常、オン時間(tON)の間にいくつか異なる動作状態を経ます。図 4 と式 6 では、シーケンスの一例としてオン時間を 4 つのセグメント、すなわち初期化、セトリング、処理、通信に分割しています。
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図 4. スマート・センサーの測定サイクルにおけるシーケンス
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tI は初期化時間を表し、電源オン(VSP)から、シグナル・チェーンの各コンポーネントがデータのサンプリングと処理を行うことができる状態になるまでの時間です。
tS はセトリング時間を表し、最初のデータ・サンプルが得られてから、フィルタ出力(VSM)が精度を満たすのに十分なレベルに安定するまでの時間です。
tP は処理時間を表し、フィルタ出力が安定してから測定結果を生成するまでに要する時間です。これには、補正式によるキャリブレーションや、アプリケーションに固有の信号処理、IoT用セキュリティ・プロトコルに必要なデータ暗号化などが含まれることがあります。
tC は通信時間を表し、クラウド・サービスとの接続や、暗号化データの送信、エラー検出や認証サービスの対応に要する時間です。
セトリング時間の影響
測定サイクルを異なる状態に分割すると(図 4)、スマート・センサー・ノードの電源サイクルにおいてノイズが消費電力に影響を与える領域が、フィルタのセトリング時間であることが明確になります。一般に、平均化処理によって、ノイズの低減量は平均化時間の平方根に比例するのに対して、消費電力の増加量は平均化時間に直接比例します。そのため、ノイズの大きさを 10 分の 1 にすると、消費電力は(フィルタのセトリングの間に)100 倍になってしまいます!このような不均衡な相反関係から、フィルタ処理が最も少なくてすむ(最小ノイズの)センサーが有利だということが直ちにわかります。
アプリケーション例
図 5 のような、タワー・プラットフォームに支持されたマイクロ波アンテナ・プラットフォームを考えます。このような通信システムでは、データ・リンクの信頼性は指向角の精度に依存します。指向角を一定に保つために、アンテナを支持するプラットフォームに地震などの外乱が加えられた後には特に、マニュアル調整が必要となることがあります。このようなリモート・メンテナンスはコストがかかり、対応できる時間も限られていることから、メンテナンス戦略の一環として、MEMS 加速度センサーを使用してアンテナ本体の方向の変化を監視できないか検討しているアンテナ技師もいます。
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図 5. マイクロ波アンテナ・プラットフォーム
システム設計者は、最も基本的な機能条件、すなわち各アンテナ・プラットフォームが信頼性の高い通信を維持するためにどうすればよいか、ということから検討を始めます。このシステムで信頼性の高いデータ通信を行うには、アンテナの指向角を常にアンテナ・ビームの電力半値幅(HPBW、図 5 参照)以内に保つ必要があります。そこで設計者は、アンテナの方向が短時間に HPBW の 25 % 分変化したときにメンテナンスを実行しようと決めます。
そしてこのシステム設計者は、目標を達成するための誤差バジェットとして、傾き測定時のピーク・ノイズを測定目標(HPBWの 25 %)の 10 % 以内と定めます。さらに、単純化するために、ノイズのピーク値はノイズの二乗平均平方根(rms)の 3 倍とします。式 7 は、これらの定義をすべて 1 つの関係式に入れてから簡略化したものです。この式から、傾き測定時のノイズを HPBW の 120 分の 1 より低くしなければならないことがわかります。
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この角度ノイズの条件を、MEMS 加速度センサーに要求されるノイズ性能と関係づけるために、加速度センサーと傾きの関係式 2 に式 7 の結果を代入すると、式 8 が得られます。
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これにより、アンテナの HPBW が 0.7° の場合、ここで決めた基準を満たすためには、加速度センサーのノイズを 100 μg 未満にする必要があります。
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この結果から、測定中のノイズを 100 μg 未満に抑えるために、各センサー(表 1 参照)が平均化に要する時間を求める際に使用する指標が決まります。図 2 を見ると、ADXL355 ではこのノイズ・レベルより小さくするために、約 0.01 秒(式 10 において、tS355 = 0.01)の平均化時間が必要となることがわかります。
簡単な近似として、ADXL362 のノイズは ADXL355 の 9 倍なので、同じ精度を達成するためには、ADXL362 で必要な平均化時間が ADXL355 の 81 倍(式 11 において、tS362 = 81 × tS355)になると仮定します。式 10 は ADXL355 のセトリング時間によるエネルギー消費量を示し、式 11 は ADXL362 のセトリング時間によるエネルギー消費量を示しています(表 1 参照)。
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皮肉なことに、このレベルのノイズ性能では、最も低消費電力の加速度センサーではなく、最も低ノイズの加速度センサーを使用することによって、消費エネルギーを最も低くできます。消費電力におけるセトリング時間の寄与分を計算するために、式 10 と式 11 のそれぞれのセンサーで消費するエネルギーを測定間隔(T = 10 秒)で割ると、式 12 が得られます。
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まとめ
ここで取り上げた議論で明らかになったのは、最も消費電力の低いソリューションが、最も消費電力の低いセンサーを使用するのではなく、最もノイズの低いコア・センサーを使用することによって実現することもあるということです。急成長しつつある IoT アプリケーションに向けてスマート・センサーの構想を練っている開発者は、要求性能が厳しくエネルギー源へのアクセスも制限されている中で、このような解決方法から貴重な知見が得られるでしょう。本質的に、優れたソリューションとは、まず理解することに惜しみなく労力を費やし、きわめて基本的な考え方であっても疑問を呈し挑戦しようとする人が手にできるものといえます。時には、最高の性能と最小の消費電力が、同じセンサーで実現することも実際にあり得るのです。
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