要約
多くの回路や機器では電圧入力しか受け入れないため、フォトダイオードなどのセンサーの電流出力を電圧信号に変換するためにトランスインピーダンスアンプ(TIA)が広く使用されています。出力から反転入力へのフィードバック抵抗を備えたオペアンプは、そうしたTIAの最も簡単な実装です。しかし、この単純なTIA回路でも、ノイズ利得、オフセット電圧、帯域幅、安定性の兼ね合いを慎重に考慮する必要があります。信頼性の高い優れた性能を実現する上で、TIAの安定性が不可欠であることは明らかです。このアプリケーションノートでは、安定性評価のための経験的計算について説明し、最適なフィードバック位相補償コンデンサを選択する方法を示します。
同様の記事が「EDN」誌の2011年10月28日号に掲載されています。
激しい振動:その発生原因
図1~3はいくつかの基本的なTIA回路を示しています。図1はデュアル電源システムで広く使用されています。図2はこの回路に若干の変更を加え、単一電源アプリケーション用にしたものです。R1とR2で構成した抵抗分圧器によって、入射光がなく、フォトダイオードにわずかな暗電流しか流れない条件下でオペアンプの出力ノードが出力電圧ローの規格値を上回るようにします。オペアンプの出力段をリニア領域で動作させることによって、このオフセットで低光量条件での光検出と応答速度の両方が向上します。ただし、IN+ピンでこのバイアス電圧を低く保つように注意する必要があります。そうしなければ、フォトダイオードの逆リーク電流によって直線性が損なわれ、温度に対するオフセットドリフトが増大する場合があります。アプリケーションによっては、フォトダイオードをオペアンプの入力端子の間に直接接続した図3の回路が使用されます。この回路ではバッファリファレンスが必要ですが、フォトダイオード両端の逆バイアスを避けることができます。バッファリファレンスには、アプリケーションの必要に応じてフォトダイオード電流をシンクできる十分な速度が必要です。したがって、アンプA1はアンプA2と同程度に高速である必要があります。
図1. 基本的なTIA回路(デュアル電源)
図2. 基本的なTIA回路(図1)に単一電源用の変更を加えた回路
図3. 基本的なTIA回路(図2)に単一電源用の変更を加えた回路
あらゆるフィードバックを備えたオペアンプ回路と同様、上記の回路はそれぞれオープンループ利得AVOLを持つアンプと、抵抗およびフォトダイオードで構成されたフィードバックネットワークに分けることができます。図4は、図1~3のフォトダイオードの等価回路を示しています¹。大部分のダイオードでは、RSERIES = 0とRSHUNT = ∞が適度な近似です。その結果、この簡素化したモデルは、電流ソースを接合容量と並列に短絡接続した回路になります。以下の安定性解析では、この簡素化したフォトダイオードモデルを使用します。
図4. フォトダイオードの等価回路:IP = 光電流、RSHUNT = ダイオードのシャント接合抵抗、CJ = 接合容量、およびRS = 直列抵抗
図1~3の回路が発振し得る理由を理解するには、オープンループ利得とフィードバック係数の周波数をプロットするのが有効です。図5は、オペアンプのオープンループ利得応答をプロットしたものです。DCから支配極コーナー周波数までは一定で、それ以降は第2極コーナーに達するまで20dB/decの割合で減少します。数学的に、単一極応答は次のように表すことができます。
ここで、
AVOL = DCオープンループ利得
AVOL(jω) = 周波数ωに対応したオープンループ利得
ωPD = 支配極周波数(rad/s)
フォトダイオードの簡素化した等価回路を使用すると、フィードバックネットワークは、フィードバック抵抗RFと総入力容量Ci (フォトダイオードの接合容量と並列に接続したオペアンプの入力容量)からなる単極RCフィルタに過ぎません。フィードバック係数は次の式で与えられます。
したがって、フィードバック係数の逆数は次のように表されます。
図5には1/β(jω)の応答曲線もプロットされています。低周波数では、ユニティゲイン抵抗フィードバックから予想されるとおり、曲線はユニティゲインで平坦なままです。その後、コーナー周波数fFから20dB/decの割合で上昇します。
図5. オープンループ利得AVOL(jω)とフィードバック係数の逆数1/β(jω)を周波数に対してプロットしたもの。2つの曲線間の接近率によって発振/リンギングの可能性が決まります。
バルクハウゼンの安定判別法から、クローズドループのTIA回路がAβ ≥ 1に対して十分な位相余裕を持たない場合に発振が発生する可能性があります。したがって、AVOL(jω)の応答曲線と1/β(jω)の曲線が交わる点は、安定性解析の基礎となる極めて重要な交点となります。この交点の周波数における位相余裕は、AVOL(jω)と1/β(jω)の2つの応答曲線間の接近率を観測することによって算定可能です。図5に見られるように、2つの応答曲線の接近率が40dBであれば、回路は不安定になります。これを理解するための直感的な方法がもう1つあります。低周波数では、ネガティブフィードバックの反転性のために、フィードバック信号の位相シフトが180°になります。周波数がAVOLの-20dB/decのスロープ領域まで増加していくと、オペアンプの支配極によって追加される位相シフトが90°に達する場合があります。同様に、フィードバックネットワークから生じる極によってさらに90°の位相シフトが追加されるため、Aβ = 1で約360°の位相シフトが生じる可能性があります。位相シフトが360°であれば、自律振動が発生します。位相シフトが360°に近い場合は、大きなリンギングが観測されます。どちらの場合も、回路を安定させるために何らかの位相補償方式が必要になります。
補償には苦労が付きもの:フィードバック容量の計算
フィードバック抵抗と並列にバイパスコンデンサを追加して必要な補償を行い、十分な位相余裕を確保するのが一般的な手法です(図6)。最適な補償を実現するには、フィードバックコンデンサの値を計算することが重要です。追加の位相補償コンデンサを算入するには、式2のZFをRF || CFで置き換えます。その場合、フィードバック係数は次のようになります。
式2と式4を比較すると、コンデンサCFの追加によって極の変化のほか、フィードバック係数にゼロが導入されることがわかります。このゼロによってフィードバックネットワークから生じる位相シフトを補償します。これを図7のグラフで確認することができます。大容量のフィードバックコンデンサを選んで位相シフトを過補償すると、接近率が20dB/dec (位相余裕90°)に減少する可能性があります。一方、過補償によってTIAの使用可能な帯域幅も減少します。低周波のフォトダイオードアプリケーションでは帯域幅が減少しても問題にならないかもしれませんが、高周波や低デューティサイクルのパルス式フォトダイオード回路では、利用可能な帯域幅を明らかに最大限確保する必要があります。そのようなアプリケーションでは、発振を除去してリンギングを抑制するために必要なフィードバック補償コンデンサCFの最小値を見つけることが目標になります。ただし、TIA回路をわずかに過補償することは常に得策です。プロセスコーナー全体でオペアンプの帯域幅に最大±40%の変動を見込むとともに、フィードバックコンデンサの公差も考慮に入れて、十分な保護帯域を確保するために過補償が推奨されます。
図6. 安定性の向上に役立つ位相補償コンデンサCF
図7. 位相補償コンデンサCFを追加した場合の位相応答
設計上の適切な妥協点は、AVOL(jω)曲線と1/β(jω)曲線の交点で45°の位相余裕を目指すことです。この位相余裕を確保するには、フィードバック係数β(jω)の追加のゼロがAβ = 1に対応した周波数に来るようなCFの最適値を計算する必要があります(図7)。交点の周波数を表す1つの式は次のとおりです。
式5には未知数が2つ含まれています。交点の周波数fiとフィードバックコンデンサCFです。CFを求めるには、連立させるもう1つの方程式を見つける必要があります。2つめの式を得る1つの方法は、AVOL(jωi)と1/β(jωi)の曲線を等号で結ぶことです。得られる等式は複雑で、簡単には解けません。CFを求めるには、グラフを用いた手法の方が便利です²。図7を見ると、どちらの曲線も勾配が20dB/decです。そのため、両方の曲線と水平軸で形成される近似的な三角形は二等辺です。したがって、交点の周波数fiは残り2つの頂点の平均値になります。周波数は対数目盛でプロットされているため、次の式が成り立ちます。
ここでfFは次のとおりです。
また、fGBWPはオペアンプのユニティゲイン帯域幅です。プロセスコーナー全体にわたるユニティゲイン帯域幅の変動を見込んで、fGBWPには、オペアンプのデータシートに明記された値の60%を選択します。
非補償型オペアンプの場合は、-20dBのAVOL(jωi)のスロープを引き延ばした線が0dBのx軸の線と交わる周波数の60%に等しいfGBWPを使用します。
いくらか代数処理を施すと、式6は次のように書き直すことができます。
式8は、交点の周波数fiがユニティゲイン帯域幅fGBWPとβ(jω)の極コーナー周波数fFの相乗平均に等しいことを示しています。fFに式7を代入すると、次の式が得られます。
式5と式9を組み合わせて平方をとると、次の式が得られます。
上記の二次方程式は簡単に解くことができ、次のようにCFの値を計算することができます。
フィードバックコンデンサCFの計算値は、大面積と小面積の両方のフォトダイオードに対して有効です。
実例で確かめる:設計例
TIAは3Dゴーグル、CDプレーヤー、パルス酸素濃度計、IRリモコン、環境光センサー、暗視装置、レーザ式距離測定など、さまざまなアプリケーションで使用されています。
レインセンサーアプリケーションを考えてみましょう。レインセンサーは現在、高級車に使用されており、雨量に応じてワイパーの速度を自動調節するものです。光学式レインセンサーは、内部全反射の原理に基づいて動作するのが普通です。このセンサーは、通常、運転手側のバックミラーの後ろに取り付けられています。赤外線レーザ光源がフロントガラスに対して斜めに光パルスを照射します。ガラスが濡れていなければ、照射光のほとんどがフォトダイオード検出器に反射します。ガラスが濡れていた場合は、照射光の一部が屈折し、センサーで検出される光量が減少するため、ワイパーの調節が行われます。ワイパーの速度は、次の走査までの間に水分がどの程度増えるかに基づいて設定されます。
低周波の環境光IR成分を除去しつつワイパー調節のために水分量の変化を検出するには、100Hzを超えるパルス周波数でレインセンサーを動作させる必要があります。たとえば、次のような仕様のレインセンサー用にTIAを設計する問題を考えてみましょう。
フォトダイオードのIR電流パルスのピーク振幅:50nA~10µA、反射光の成分に依存
オン状態の継続時間:50µs
デューティサイクル:5%
RF = 100kΩ
使用するフォトダイオード:BPW46
表1に、さまざまなアプリケーションのTIA回路で広く使用されている低ノイズ、CMOS入力のマキシム製オペアンプをいくつか挙げています。この設計例では、MAX9636オペアンプを選択します。MAX9636は低静止時消費電流とノイズ性能の兼ね合いをよく考慮して設計されているため、他のバッテリ駆動式ポータブル機器にも適しています。さらに広帯域幅のアプリケーションには、MAX4475やMAX4230のようなオペアンプの方が適していると考えられます。
Part | Input Bias Current (pA) | Input Voltage Noise (nV/sqrt(Hz)) | Supply Current (µA) | Unity Gain Bandwidth (MHz) | Smallest Package | Features |
MAX9636 | < 0.8 | 38 at 1kHz | 36 | 1.5 | SC70 | Low power, low bias current, high GBW to supply current ratio, low cost |
MAX9620 | < 80 | 42 at 1kHz | 59 | 1.5 | SC70 | Precision, low power, high GBW-tosupply current ratio |
MAX9613 | < 1.55 | 28 at 10kHz | 220 | 2.8 | SC70 | Low bias current at VCM = VEE, VOS selfcalibration |
MAX4475 | < 1 | 4.5 at 1kHz | 2200 | 10 | SOT23, TDFN | Ultra-low noise |
MAX4230 | < 1 | 15 at 1kHz | 1100 | 10 | SC70 | High bandwidth, low noise |
MAX9945 | < 0.15 | 16.5 at 1kHz | 400 | 3 | TDFN | High voltage, low power |
MAX4250 | < 1 | 8.9 at 1kHz | 400 | 3 | SOT23 | Low noise and low distortion |
MAX4238 | < 1 | 30 at 1kHz | 600 | 1 | SOT23, TDFN | Precision and low drift |
MAX4400 | < 1 | 36 at 10kHz | 320 | 0.8 | SC70 | Low cost |
フィードバック容量の概算値は、式10に次の値を代入して計算します。
Ci = フォトダイオードの接合容量(70pF) + MAX9636の入力容量(2pF)
= 72pF
fGBWP = 0.9MHz.
利得帯域幅はトリムパラメータではなく、どのオペアンプでもプロセスコーナー全体で±40%変動する可能性があります。そのため、マキシムでは、データシートにユニティゲイン帯域幅の標準値が1.5MHzと明記されていても、プロセスの変化を見込んで、ユニティゲイン帯域幅をこの標準値の60%とみなしています。
ここでは、RF = 100kΩです。したがって、CFの計算値は15.6pFになります。この値を超える最小のコンデンサの規格値は18pFです。
図8は、図1~3の回路を使用した、補償フィードバックコンデンサなしのTIAの出力を示しています。予想どおり、位相補償コンデンサなしでは発振が観測されます。CF = 10pFを使用するとリンギングが止まりますが、図9に示すとおり、なおオーバーシュートが見られます。次に、フィードバックコンデンサの値を推奨計算値の18pFに引き上げます。CF = 18pFでは、図10に示すとおり、リンギングや振動が観測されません。したがって、上記の理論解析の妥当性が確認されたことになります。図11は、光検出器電流の振幅が50nAの場合の対応する小信号ステップ応答を示しています。
図8. RF = 100kΩ、CFなし、入力電流パルス10µAの場合のMAX9636の出力
図9. RF = 100kΩ、CF = 10pF、入力電流パルス10µAの場合のMAX9636の出力
図10. RF = 100kΩ、CF = 18pF、Ci = 72pF、入力電流パルス10µAの場合のMAX9636の出力
図11. RF = 100kΩ、CF = 18pF、Ci = 72pF、入力電流パルス50nAの場合のMAX9636の出力。波形を拡大するためにAC結合を使用
このアプリケーションノートでは、TIA回路の補償と安定化のための理論と計算を検証しています。理論的な結論と試験結果の間には良好な一致が見られました。
{{modalTitle}}
{{modalDescription}}
{{dropdownTitle}}
- {{defaultSelectedText}} {{#each projectNames}}
- {{name}} {{/each}} {{#if newProjectText}}
-
{{newProjectText}}
{{/if}}
{{newProjectTitle}}
{{projectNameErrorText}}