要約
本稿では、DC/DC変換を実現するフライバック・コンバータの話題を取り上げます。具体的には、最大100Wの電力を供給可能なマルチ出力の電源回路について検討します。フライバックのトポロジを採用すれば、コストと実装スペースを抑えつつ、そのような仕様の電源を実現することが可能です。ただ、フライバックのトポロジでは、トランスを使ってエネルギーを蓄積/伝送します。この構成では、物理的な制約により、スイッチング・サイクルにおいて大きな電圧トランジェントやスパイクが発生することがあります。そこで、本稿では、1次側と2次側の両方を対象としてそうしたトランジェントを抑制するためのスナバ回路を紹介します。詳細は後述しますが、本稿では散逸型(dissipative)のスナバ回路を扱うことにします。
図1Aは、典型的なフライバックのトポロジの構成を示したものです。この構成をベースとすることにより、最大100Wの電力を供給可能なマルチ出力の電源回路を低コストかつ省スペースで実現できます。使用するトランスについては、同一の磁気コアに複数の巻線を巻いた結合インダクタが基本構成となります。フライバックのトポロジでは、パワー・スイッチがオンになっている期間にエネルギーをトランスに蓄積します。一方、パワー・スイッチがオフの期間には、そのエネルギーを出力に伝送(放出)します。そのエネルギーは、トランスのコアと直列の非磁性のギャップに蓄積されます。実際には、巻線の間には物理的な距離があるため、複数の巻線のすべてがコアに均等に結合することはありません。それらの巻線内と巻線間にも少量のエネルギーが蓄積されます。このエネルギーについては、図1Bに示すように漏れインダクタンスを使用して表すことができます。
図1A. フライバック・コンバータの基本的な構成
図1B. トランスの等価モデル
フライバックのトポロジは、マルチ出力の電源を設計する際には魅力的な選択肢になります。なぜなら、システムに出力を追加したい場合でもICを追加する必要がないからです。また、各出力電圧がラインや負荷の変動に対して的確に追従します。フライバックのトポロジには、このような長所があります。その一方で、同トポロジには欠点もあります。それは、パワー・スイッチのドレインと2次側の整流器に大きな電圧トランジェント/スパイクが生じるというものです。その発生原因は、トランスの漏れインダクタンスにあります。本稿で紹介するスナバ回路を適用すれば、漏れインダクタンスの影響を抑制し、電源の信頼性を高めることができます。
スナバ回路は、受動(パッシブ)回路としても能動(アクティブ)回路としても構成できます。パッシブなスナバ回路で使用できる素子は、抵抗、コンデンサ、インダクタ、ダイオードです。これらによって構成したスナバ回路を使用すれば、電圧と電流のうちいずれかを制御できます。また、その回路は、散逸型または非散逸型のうちいずれかに分類されます。スナバ内のエネルギーが抵抗素子で散逸(消費)される場合、そのスナバ回路は散逸型に分類されます。一方、エネルギーが入力に戻されるか出力に送られる場合、非散逸型に分類されます。本稿では、散逸型の電圧スナバを用いるパッシブなスナバ回路をいくつか取り上げます。また、それらの設計方法に関するガイドラインと様々な制限について解説します。特に、スイッチにかかるストレスを軽減することでフライバック・コンバータの効率の向上に貢献するスナバ回路に注目することにします。
以下では、まずフライバック・コンバータの1次側にスナバ回路が必要になる理由を説明します。続いて、出力側でスナバ回路が必要になる理由を明らかにします。その上で、散逸型の様々な電圧スナバ回路について解説します。
1次側の漏れインダクタンスとMOSFETの関係
フライバック・コンバータにおいて、1次側の漏れインダクタンスLLPは、1次側から2次側へのエネルギーの伝送には関与しません。ただ、効率に悪影響を及ぼします。スイッチがオンの期間、漏れインダクタンスに蓄積されたエネルギーを放出するための電流パスは存在しません。そのため、MOSFETがターンオフした際、電圧スパイクが発生します。また、1次側から2次側への電力の伝送には遅れが生じます。電圧スパイクの大きさは、トランスとスイッチの寄生素子によって決まります。出力電圧が高い場合、回路の寄生成分は、出力電力の量に応じて大きくなります。
いくつかの寄生素子が組み合わさることで、寄生のLC回路が形成されます。具体的な構成要素は、トランスの1次側の漏れインダクタンスLLP、1次側の巻線容量CP、MOSFETの出力容量COSSです。そのLC回路のピーク電圧は次式で与えられます。
VPEAK = IP (√(LLP/(CP+COSS))) + VIN + VOUT/N
ここで、IPはMOSFETがオフになったときに循環する電流量、Nは1次側と2次側の巻数比、VINは入力電圧、VOUTは出力電圧です。
上の式において、平方根の項は寄生LC回路の特性インピーダンスを表しています。最高レベルの電流をスイッチングする際に、最も大きい電圧トランジェントが発生することに注意してください。この電圧のオーバーシュートは、デバイスの安全動作限界には収まっているかもしれません。ただ、その場合にもMOSFETで過剰な電力が消費され、電源回路全体の効率が低下する可能性があります。また、電圧トランジェント/スパイクが生じた結果、dv/dtに依存して誘発されたMOSFETのスプリアス・ターンオンにより、ループが不安定になるおそれもあります。
2次側の漏れインダクタンスと整流ダイオードの関係
トランスの2次側の漏れインダクタンスは、出力整流ダイオードの逆回復電流IRECと結合する可能性があります。そうすると、ダイオードがオフになる際にリンギングが発生することになるでしょう。このリンギングの共振周波数は、トランスの2次側の漏れインダクタンスLLSと整流器の容量CDによって決まります。リンギングが生じると、大きな放射ノイズと伝導ノイズが発生する可能性があります。通常、この共振回路の損失はごくわずかですが、スパイクの後には何サイクルものリンギングが発生します。このリンギングは、フライバック・コントローラが電流検出に使用する信号に影響を及ぼすことがあります。また、このリンギングに起因するオーバーシュートは、ダイオードの定格電圧を超えるかもしれません。そうすると、ダイオードに損傷が生じる可能性があります。整流器の両端にかかる正の最大電圧は、次式で見積もれます。
VPEAK,S = IREC√(LLS /CD) + VIN × N
共振回路で過剰な減衰が生じると、スイッチング時間が延びて損失が増える可能性があります。そのような結果を招かないようにするために、最適化を図る必要があります。
スナバ回路を使用すれば、電圧スパイクをクランプするか、リンギングを減衰させることができます。あるいは、それら両方を実現することも可能です。その結果、電源のノイズを小さく抑えることが可能になります。スナバ回路は、その目的に応じて以下の3つに分類できます。
- 上昇率を制御するスナバ(以下、上昇率制御スナバ)
- 電圧をクランプするスナバ(以下、電圧クランプ・スナバ)
- 減衰を実現するスナバ(以下、減衰スナバ)
当然のことながら、減衰スナバは散逸型に分類されます。上昇率制御スナバと電圧クランプ・スナバは散逸型の場合もあれば、非散逸型の場合もあります。一般に、非散逸型のスナバは共振型の回路です。エネルギーがスイッチング・エッジのいずれか一方または両方でスナバに流入するのか流出するのかに応じ、スナバは有極性または無極性に分類することもできます。有極性のスナバは、サイクルの大部分でアクティブではありません。そのため、減衰能力はそれほど高くないと言えます。このことから、有極性のスナバは、上昇率制御スナバまたは電圧クランプ・スナバとして使用されます。制御の対象に応じ、それらのスナバは更に電圧スナバと電流スナバに分類することが可能です。以下では、散逸型の電圧スナバだけを対象として解説を進めます。
RCDベースの電圧スナバ
RCDベースの電圧スナバは、抵抗R、コンデンサC、ダイオードDから成ります(以下、RCD電圧スナバ)。RCD電圧スナバは、上昇率制御スナバや電圧クランプ・スナバとして使用できます。ダイオードを使用していることから、RCD電圧スナバは有極性になります。同スナバの構成方法としては、図2A、図2Bに示す2つが考えられます。図2Aの構成は、電圧クランプ・スナバとしてしか使用できません。図2Bの構成であれば、スイッチのドレイン電圧を対象とする上昇率制御スナバとしても電圧クランプ・スナバとしても使用することが可能です。
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図2A. RCDベースの電圧クランプ・スナバ
図2B. RCDベースの上昇率制御スナバ
RCDベースの電圧クランプ・スナバ
電圧クランプ・スナバの目的は、MOSFETのターンオフの期間にドレインの電圧をクランプすることです。並列RC回路を使用すれば、ドレインの電圧をグランドまたはそれ以外の電圧(ドレインの電圧が入力電圧を超える場合には入力電圧)に引き下げることができます。それにより、抵抗で消費される電力を削減することが可能になります。MOSFETは、ターンオフしている間、ピークの消費電力に維持しなければなりません。コンデンサCCLAMPと抵抗RCLAMPの値は、寄生インダクタンスに蓄積されるエネルギーに基づいて設定します。各サイクル中に、そのエネルギーをRC回路に放出する必要があるからです。クランプ電圧VCLAMPは、コンデンサと抵抗の両端の電圧によって決まります。クランプを適用した場合、MOSFETがターンオフした際のドレイン電圧の波形は図3のようになります。
図3. クランプを適用した場合のMOSFETのターンオフ波形
これにより、ターンオフに対応するクランプを適用した場合に消費される電力は、次式で決まることがわかります。
PCLAMP = (1/2) × VCLAMP × ICLAMP × Δt × f
ここで、fはスイッチング周波数です。
また、Δtは、以下の式で表されます。
Δt = (LLP × IP)/(VCLAMP - VOUT/N).
クランプを適用した場合に消費される電力は、抵抗によるものです。そのため、以下の式が成り立ちます。
RCLAMP = [2 × VCLAMP × (VCLAMP - VOUT/N)]/( LLP × IP2 × f)
MOSFETのドレイン電圧をクランプ電圧に近づけるためには、VCLAMPに重畳されるリップルVrippleを最小限に抑える必要があります。コンデンサCCLAMPの最小値は、CCLAMP = VCLAMP/(Vripple × RCLAMP × f) となります。
ターンオフの際の大きなピーク電流に対応するために、コンデンサCCLAMPとしては等価直列抵抗(ESR)とインダクタンスが小さいものを使用しなければなりません。また、クランプに関連するRCの時定数については、MOSFETのスイッチング周期よりもはるかに大きい値になるよう設定する必要があります。クランプに使用する直列ダイオードとしては、ピーク電流に対応できるだけでなく、ターンオフが高速なものを選ばなければなりません。
RC回路は、定格電圧と消費電力に対応可能なツェナー・ダイオードに置き換えることもできます。しかし、ツェナー・ダイオードは高速なスイッチングに対応できるデバイスではありません。そのため、周波数の高い電流に対応できるよう、ツェナー・ダイオードと並列にコンデンサを接続しなければならない可能性があります。この種のスナバ回路にはリンギングを低減する効果はありません。そのため、誘導性の負荷をクランプするトポロジには適用されないことに注意してください。
RCDベースの上昇率制御スナバ
RCDベースのスナバ回路を使用し、MOSFETのドレイン電圧の上昇率を制御するケースを考えます。その制御を適切に行うには、各サイクル中にコンデンサを完全に充放電しなければなりません。したがって、スナバ回路のRC時定数は、スイッチング周期よりはるかに小さい値に設定する必要があります(パルス幅に対するデューティ・サイクルの影響を考慮)。通常、この時定数はスイッチング周期の1/10程度に設定します。スイッチがオフになると、インダクタの電流がスナバ回路のダイオードを通って迂回し、コンデンサをレール電圧まで充電します。その時点で、出力整流器がオンになるはずです。
スイッチがオンになると、スナバ回路のコンデンサは、同回路の抵抗とスイッチを介して放電します。
容量の値は、IP = C (VC/tr)から求められます。ここで、VCはコンデンサの両端の電圧、trは電圧の立ち上がり時間です。
次に、必要な時定数に基づいて抵抗の値を選択します。RC時定数は、スイッチング周波数よりもはるかに小さい値に設定します。そのため、抵抗で消費される電力はその抵抗値には依存しません。消費電力は、容量値とスイッチング周波数によって決まります。抵抗を介した遷移(放電)は1回だけなので、消費される電力はP = (CVC2f)/2で決まります。
RCで構成したシンプルなスナバ回路
恐らく、最も広く使用されているスナバ回路はRCで構成したものです。このRCスナバ回路は、上昇率制御スナバまたは減衰スナバとして使用できます。誘導性クランプのトポロジでは、ある程度の浮遊インダクタンスが残存していることになります。RCスナバ回路を使用してドレイン電圧の上昇率を制御することで、スイッチによるピークの消費電力を低減することができます。但し、RCスナバ回路は電圧が遷移するたびにエネルギーを吸収するので、効率が低下する可能性があります。また、RCスナバ回路を適用すると、MOSFETのスイッチング速度が低下します。全体的な性能を最適化するには、RとCの値を慎重に選択しなければなりません。RCスナバ回路の主な用途は、フライバック・コンバータなどにおいて、クランプされていないインダクタンスに起因して回路に生じるリンギングを減衰させることです。このような用途において、抵抗の値は、減衰の対象となる寄生共振回路の特性インピーダンスに近づける必要があります。具体的には、次式を満たすように値を選択します。
R = √(Lres/Cres)
ここで、Lresは寄生インダクタンス、Cresは寄生容量です。これらは、いずれも共振の原因になります。
この種のスナバ回路のRC時定数は、スイッチング周期よりも短くする必要があります。ただ、電圧の立ち上がり時間よりも長くなければなりません。スナバ回路で使用するコンデンサの値は、共振の原因になる寄生容量よりも大きくする必要があります。一方で、スナバ回路の抵抗で消費される電力を最小限に抑えられるよう十分に小さな値でなければなりません。結論として、コンデンサの値は、共振の原因になる寄生容量の値の少なくとも3~4倍に設定する必要があります。消費電力は、スナバ回路のコンデンサの値に基づき次式で見積もれます。
P = C × (VC)2 × f
ここで、Cはスナバ回路のコンデンサの値、VCは同コンデンサの両端の電圧、fはスイッチング周波数です。
スナバ回路で使用する部品については、その寄生成分に注意を払うことが非常に重要です。寄生成分によって、スナバ回路の効果が失われる可能性があるからです。スナバ回路で使用するダイオードは、大きなピーク電流に対応できるものでなければなりません。ただ、平均電流は比較的小さい値になります。プリント基板のレイアウトでは、このダイオードに適用するヒート・シンク用の領域を確保しなければならないかもしれません。また、コンデンサには直列の寄生インダクタンスが存在します。これについては、回路で不要な共振が発生しないよう最小限の値に抑える必要があります。静電コンデンサ製品(セラミック・コンデンサやポリマー・フィルム・コンデンサ)の中には、ESRと等価直列インダクタンス(ESL)の値が極めて小さいものがあります。コンデンサは、回路のインダクタンスを低減するために並列接続で使用することができます。但し、この方法を採用する場合には注意が必要です。値の大きいコンデンサの直列インダクタンスは、それと並列で値の小さいコンデンサと組み合わせられることにより共振を起こすことがあります。その共振回路はQ値の高いものになります。
過剰なオーバーシュートやリンギングを防ぐためには、寄生インダクタンスが非常に小さい抵抗を使用する必要があります。したがって、巻線抵抗の使用は避けてください。基板のレイアウトについては、特に大電流が流れるパスに浮遊インダクタンスが形成されないように注意しなければなりません。なお、フライバック・コンバータで使用するトランスは、漏れインダクタンスが小さく、オーバーシュートやリンギングを最小限に抑えられるように設計する必要があります(トランスの設計については本稿では触れません)。
通常、回路内のスイッチは最も影響を受けやすいデバイスです。そのため、スナバ回路を適用しなければならないケースが多くなります。また、スイッチはフライバック・コンバータの入力段でも使用されます。同コンバータにスナバ回路を適用する際には、入力部から始めて出力段に進むのが最良の手順になるでしょう。あるノードにスナバ回路を適用する必要があることがわかったら、その種類を選択する前に、スナバ回路を使用する目的を見定めなければなりません。
図4に示したのは、コントローラとして「MAX1856」を採用したフライバック・コンバータの回路例です。この例では、異なる目的で2つのスナバ回路を使用しています。1つは、ダイオードD3、コンデンサC11、抵抗R11から成るRCDスナバ回路です。これは、ドレイン電圧を制限する電圧クランプ・スナバとして機能します。もう1つは、抵抗R5とコンデンサC10から成るRCスナバ回路です。これは、2次側の整流器(D2)のリンギングを減衰させる減衰スナバとして機能します。図5A、図5Bの波形を比較すると、2次側の整流器におけるRCスナバ回路の効果を確認できます。
図4. MAX1856を使用して構成したフライバック・コンバータ
図5A. スナバ回路を適用していない場合のD2のカソード電圧波形(CH2)。CH1はMAX1856の8番ピン(EXT)の電圧波形です。
図5B. スナバ回路を適用した場合のD2のカソード電圧波形(CH2)。スナバ回路は、R5(150Ω)とC10(330pF)で構成しています。CH1はMAX1856の8番ピン(EXT)の電圧波形です。
本稿では、フライバック・コンバータに適したパッシブな電圧スナバの使用方法について説明しました。スナバ回路を適切に活用すれば、フライバック・コンバータの効率と信頼性が向上します。また、温度や製品の許容誤差の範囲内で長期にわたって良好な性能が得られます。スイッチングに伴う電圧トランジェントを制御する必要がある場合には、スナバ回路を適用するとよいでしょう。その際には、スナバ回路について十分に理解しておくことが重要になります。
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