車載向け電源のリファレンス設計、クワッド出力と入力保護機能を提供
概要
本稿では、テレマティクス・ボックスなどの車載電子機器に最適な電源システムのリファレンス設計を紹介します。この電源システムは、3つの降圧出力と1つの昇圧出力に対応するクワッド出力のDC/DCコントローラICを活用して構成しています。また、負荷ダンプ、コールド・クランク、バッテリの逆接続などによって発生する入力トランジェントに対応可能な保護機能を備えています。
はじめに
自動車では、様々な要因によって故障につながりかねない障害が発生する可能性があります。例えば、オルタネータとイグニッション・システムから発生するエネルギーは、大きな電圧トランジェントが生じる原因になります。また、自動車の衝突といった要因によって障害が発生することもあります。そうした障害は、車載電子システムの回路に大きな影響を及ぼす可能性があります。結果として、電子回路の信頼性が大きく低下してしまうこともあるでしょう。したがって、電子回路に対しては、そうした問題を回避するための保護機能を適用しなければなりません。高い信頼性と保護が求められる車載電子システムの例としては、テレマティクス・ボックスが挙げられます。
本稿では、上記のような要件に対応することが可能な電源システムのリファレンス設計を紹介します。そのリファレンス設計は、車載電子モジュールに対して4種の電源電圧を供給することができます。同時に、バッテリの経路からの異常な電圧に対する保護機能を提供し、高い信頼性を実現します。具体的には、負荷ダンプ、コールド・クランク、バッテリの逆接続から入力部を守ることが可能です。また、PowerPath™コントローラを採用することで、入力保護機能が働く際にメインのバッテリとバックアップ用のバッテリをスムーズに切り替えられるようになっています。4種の出力は、3つの降圧出力と1つの昇圧出力に対応するDC/DCコントローラICを活用して実現しています。3つの降圧出力のうちの1つは、通信モジュールなどに求められる大きなピーク電流に対応することが可能です。更に、メインのバッテリを使用している際には、リニア方式のバッテリ・チャージャによってバックアップ用のバッテリを充電する機能も備えています。図1に示したのが、このリファレンス設計のブロック図です。図2には、その評価用ボードの外観を示しました。


図1. リファレンス設計のブロック図


図2. 評価用ボードの外観
障害の種類と発生シナリオ
まずは、車載バッテリに関連して生じる得る代表的な障害について説明します。
負荷ダンプ
負荷ダンプは、オルタネータによってバッテリを充電している際、両者の接続が失われると発生します。例えば、エンジンが動作している際に、ケーブルの障害、不適切な接続、あるいは意図的な切り離しなどが行われた場合に発生します。オルタネータの中には、負荷ダンプを抑制するための集中型の機能を備えていないものが存在します。その場合、バッテリとの接続が突然遮断されると、オルタネータによって極めて高い電圧が発生する可能性があります。ステータのインダクタンスが高く、車両の電圧レギュレータによって界磁電流を急速に抑制することができない場合、負荷にかかる電圧は、12Vのシステムの場合で100V程度まで上昇してしまうかもしれません(図3)。


図3. 負荷ダンプが発生するシナリオ
コールド・クランク
エンジンが始動する際、つまりはクランキングが行われている際には、エンジンはより多くの電力を必要とします。それに伴って、バッテリの電圧が低下します。一般に、低温の環境では、エンジンを始動させることが容易ではありません。始動に向けてエンジンはより多くの電力を消費し、通常のクランキングに比べて電圧降下が大きくなります。この状態を、コールド・クランクと呼びます。図4は、コールド・クランクが発生している際、メインのバッテリの電圧が所定のレベルを下回っている様子を表しています。


図4. コールド・クランクが発生するシナリオ
逆電圧
バッテリからの電圧の極性が逆になるケースもあり得ます。最も単純な例は、誰かがバッテリを逆向きに接続してしまったというケースです。つまり、この問題はヒューマン・エラーによって発生する可能性があります。適切な保護が施されていない場合、重要なコンポーネントが破損してしまうかもしれません。
リファレンス設計が提供する機能
続いて、本稿で取り上げるリファレンス設計が提供する機能について説明します。
障害に対する保護
図5に、リファレンス設計のより詳細なブロック図を示しました。図中の「LTC4367」は、過電圧、低電圧、逆電源に対する保護を実現するためのコントローラICです。バッテリの電圧VBATTが低すぎる、高すぎる、あるいは負である場合に、VBATTとVINの接続を遮断します。それにより、下流の回路の保護を実現します。過電圧、低電圧については、それぞれに対応する高精度のコンパレータによって検出します。それにより、入力電圧が許容範囲内にある場合だけ、システムに対して電力が供給されます。また、負の電圧が入力された場合には負荷に対する接続を自動的に遮断します。このICによって、100Vまでの過電圧と-40Vまでの低電圧に対する保護を実現することができます(図6)。


図5. リファレンス設計のより詳細なブロック図


図6. VBATTの有効範囲、障害に対する保護領域
バックアップ用のバッテリの充電
バックアップ用のバッテリは、リニア方式のバッテリ・チャージャ「LTC4079」を使って充電します。このICは、マルチケミストリのバッテリに対応するチャージャ機能を提供します。つまり、様々なバッテリの電圧に柔軟に対応できます。このリファレンス設計では、約4.2Vの充電電圧を使用しました。また、バッテリの過充電を防ぐために、LTC4079はC/10検出器(充電電流が設定値の1/10まで減少したことを検出)による充電終了機能を提供します。更に、約2時間30分に対応できる充電タイマーも備えています。
「LTC4412」は、PowerPathコントローラです。これにより、VBATTとVBACKUPの間の切り替えが自動的に行われます。この機能により、クワッド出力の昇降圧コントローラ「LT8603」のVINには、VBATTまたはVBACKUPのうちいずれかが入力されます。それにより、VOUT4の出力電圧が維持されます。VBATTの経路が切断されたり、障害が検出されたりした場合、LTC4412はVBACKUPからLT8603のVINに給電するように制御を行います。障害が検出されていない場合には、LTC4412はVBACKUPとLT8603のVINを接続するパスを遮断します。図7に、バッテリ(電源)の切り替えが発生した際の各ノードの電圧波形を示しました。


図7. バッテリの切り替えが発生した場合の各ノードの電圧波形。コールド・クランクが発生した際の例を示しています。
コールド・クランクが発生すると、VBATTは12Vから2Vに低下します。すると、VBATTのパスは遮断され、VOUT4の出力電圧を8Vに維持するために、昇圧コンバータのVINとしてVBACKUPが使われる状態になります。その後、VBATTが約5Vまで上昇したら、それが再び昇圧コンバータのVINとして使われるようになります。VOUT4の出力は、VBATTが8Vに達するまで8Vに維持されます。VBATTが本来の電圧である12Vに回復すると、VOUT4の値はVBATTの電圧に追従するようになります。なお、V OUT4のわずかな電圧降下は、ダイオードの順方向電圧によるものです。このようなバッテリの切り替え機能により、VOUT1、VOUT2、VOUT3のレギュレーションも維持されます。
クワッド出力のレギュレータ
LT8603は、VOUT4を出力する昇圧レギュレータ、VOUT1とVOUT2を出力する高電圧対応の2つの降圧レギュレータ、VOUT3を出力する低電圧対応の降圧レギュレータを備えています。昇圧レギュレータの出力VOUT4は、降圧レギュレータの入力として使用することができます。LT8603は、様々な入力電圧に対応して優れた負荷レギュレーションを実現します。図8に、LT8603の各出力のレギュレーション性能を示しました。


図8. LT8603のレギュレーション出力
VOUT2は、LT8603の降圧レギュレータ出力の1つです。この出力は大きなピーク電流に対応可能なので、通信モジュールを含むアプリケーションで使用されます。通信モジュールに対しては、標準的な3.6V~4Vの電圧を供給しなければなりません。それだけでなく、4.6ミリ秒の周期の中で0.6ミリ秒の間はピーク電流を供給する必要があります。図9に示したのは、システムの電圧/電流トランジェントの挙動を監視した結果です。VOUT2を見ると、電圧のアンダーシュート/オーバーシュートが最小限に抑えられています。つまり、優れた過渡応答が得られることがわかります。


図9. VOUT2の出力ピーク電流
負荷ダンプが生じた際の応答
上述したように、このリファレンス設計は入力保護の機能とバッテリの切り替え機能を提供します。そのため、負荷ダンプが発生した場合でも、LT8603を適切に動作させることができます。図10に示したのは、負荷ダンプが生じた場合の各ノードの電圧/電流波形です。この例では、VBATTが100V程度まで上昇した場合の昇圧レギュレータの応答VOUT4と降圧レギュレータの応答VOUT3を示しています。負荷ダンプによってオーバーシュートが発生すると、VBATTの出力は上限値である36Vに達します。そうすると、LTC4367がVBATTとVINを接続するパスを遮断します。また、VINにはVBACKUPから電力が供給されるようになり、VOUT4は8Vのレベルを維持するようレギュレートされます。そして、VBATTが元のレベルに回復すると、VOUT4はVBATTに追従するようになります。


図10. 負荷ダンプが生じた場合の応答
回路の実装バリエーション
このリファレンス設計は柔軟性が高く、回路の実装方法にバリエーションを持たせることができます。評価用ボードには、未実装(Do Not Install)のコンポーネントとパス用のコネクタが設けられており、2つのトポロジ(トポロジ1、同2)のうちいずれかに構成することが可能です。アプリケーションのニーズに応じ、VOUT4は昇圧コンバータの出力として構成するだけでなく、SEPIC(Single Ended Primary Inductor Converter)コンバータの出力として構成することもできます。LTC4367をベースとし、150Vのトランジェントに対する入力保護を実現できるように実装することも可能です。各種の構成についての詳細は、リファレンス設計の回路図を参照してください。
図5に示した回路は、トポロジ1の構成にあたります。VBACKUPの最小電圧は2.5Vで、VINの経路にはEMI(電磁干渉)対策用のフィルタを付加しています(図11)。また、先述したように、「LTC4412HV」によってバッテリを切り替えられるようになっています。すなわち、昇圧コントローラの入力はVBATTまたはVBACKUPに接続されます。図6に示したように、VBATTが有効な電圧範囲内にあれば、VOUT4は昇圧コンバータによって所定の電圧にレギュレートされるか、またはVBATTに追従します。VBATTが有効な電圧範囲から外れたら、VOUT4は、VBACKUPを入力としてレギュレートされます。
図11に示したトポロジ2は、1.4Vといった具合にVBACKUPの電圧がより低いアプリケーションにおけるニーズに対応します。入力に障害が発生していなければ、VBATTはVOUT4に直接接続されます。一方、昇圧コントローラのVINにはVBACKUPが接続されます。ノイズに対するフィルタリングとEMI性能の向上を目的として、降圧レギュレータ(LT8603)の入力部にはフィルタを追加する必要があります。VBATTが有効な電圧範囲を外れた場合には、バッテリの切り替えがシームレスに行われます。VBATTの有効範囲の最小電圧は、VOUT4のレギュレーションのレベルに設定されます。VBATTが有効な電圧範囲にある期間は、VOUT4はVBATTに追従します。VBATTが有効な電圧範囲を外れたら、VBACKUPを使用してレギュレーションを維持します。


図11. 回路の実装バリエーション
トポロジ1 | トポロジ2 | |
使用するIC | LT8603、LTC4412HV、LTC4367、 LTC4079 | LT8603、LTC4367、LTC4079 |
バックアップ用のバッテリの電圧 | VBACKUPは最小で2.5V | VBACKUPは最小で1.5V |
EMIフィルタ | 昇圧レギュレータの前段に接続 | 昇圧レギュレータと降圧レギュレータの入力の前段に接続 |
VBATTの有効範囲の最小値 | VBATTはVBACKUPのレベルまで下げることが可能 | VBATTはVOUT4のレギュレーション・レベルに等しくなければならない |
まとめ
車載アプリケーションが高度に進化し続けるためには、信頼性と安全性について配慮することが非常に重要です。設計者は、電子システムの劣化を引き起こす可能性がある電圧トランジェントの原因に注目しなければなりません。その際には、国際機関によって定められた規格が非常に重要な役割を果たします。本稿では、クワッド出力を提供する電源回路のリファレンス設計を紹介しました。その回路の入力が過電圧、低電圧、逆電圧の状態に陥った場合の能力については、実測評価によって証明されています。また、このリファレンス設計の回路には、様々な実装バリエーションが用意されています。そのため、バックアップ用のバッテリの電圧、バッテリの最小電圧、EMI対策のための入力フィルタ、部品点数に関して柔軟に対応することができます。
リファレンス設計に関する情報
本稿で紹介したクワッド出力のレギュレータの回路図、プリント基板のガーバー・データ、トポロジ1の部品表は こちらからダウンロードすることができます。このリファレンス設計の入手方法など、詳細についてはアナログ・デバイセズの代理店にお問い合わせください。
著者について
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