MLCC クライシスを生き抜くために

2019年08月05日
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「MLCC」(Multi-layer Ceramic Capacitor)と略される積層 セラミック・コンデンサの供給不足が2016年終わり頃から続いて おり、とくにECU(電子制御ユニット)に内蔵する電源回路の出力 コンデンサ(一般的に数十μF以上の大容量品)の入手がきわめて 困難になっています。一説には、部品メーカーや部品商社に新規で オーダーしたときのリードタイムは40週から75週にも達すると いわれていますし、新規オーダーを受け付けてくれないケースも あるようです。

なぜこのような需給のアンバランスが起きているかというと、 2010年頃のエレクトロニクス市場の低迷のときに一部の受動部品 メーカーが生産の縮小や撤退を行ったことで供給力が大きく低下 した状態のまま、2016年頃からスマートフォンの需要回復やクルマ の電子化を背景に需要が増えたことが原因とされています。

実際に、ミッドレンジ・クラスのクルマに搭載されるMLCCの個数は、 2000年には約500個だったのが、2017年には5倍以上に相当する 2600個程度に増加しているといわれており、2020年には3500個 を超えると予想されています。

これはマイコンなど心臓部の処理能力が年々アップしているため です。大容量を高速に処理するためは、安定な電圧と大電流が不可欠 です。そのため、大電流を供給でき、かつ、電圧変動が小さい電源回路 が求められるため、より多くのコンデンサが必要になっていることが 品不足に拍車を掛けています。

そうした状況の中でアナログ・デバイセズが提案するのが、MLCCを できるだけ使わない設計への転換です。具体的にはスイッチング・ レギュレータ周りの出力コンデンサやバイパス・コンデンサの削減です。 それにより、部品コストの削減、回路面積の小型化、マウンターでの 実装時間の短縮などのメリットも得られます。

 

多くのコンデンサが使われる電源周り

ここでECUに使われる一般的な降圧コンバータ(Buck converter) 回路を例に、MLCCの削減に向けたアプローチを説明します。降圧 コンバータ回路では、主に次の四つの目的でコンデンサが使われます。

  1. 出力コンデンサ:出力リップル電圧の平滑化と、急激な負荷変動に 対して電流を瞬間的に供給する役割を担う。一般に数十μFから100μF 程度の大容量品が用いられ、複数個を並列に接続する場合もある。
  2. 入力コンデンサ:入力電圧を安定させるとともに、急激な負荷変動 に対して入力電流を瞬間的に供給する役割を担う。一般に数μFから 数十μFが用いられる。
  3. バイパス・コンデンサ:スイッチング動作で生じるスイッチング・ ノイズや、他の回路から回り込んでくるノイズを吸収する役割を担う。 0.01μFから0.1μF程度の容量が一般に用いられる。回路のEMI特性が 良くない場合は、ノイズ対策として多くのバイパス・コンデンサが必要に なる。
  4. 補償用コンデンサ:帰還ループの位相補償用で、位相余裕を確保 し発振を防止する役割を担う。スイッチング周波数や帰還ループの クロスオーバー周波数などによって異なるが、数百pFや数十nF オーダーの小容量品が用いられることが多い。補償回路を内蔵した スイッチング・レギュレータICもある。

このうち、(a)の出力コンデンサはスイッチング周波数を高めに設定 するなどの工夫で容量を減らせるほか、(c)のバイパス・コンデンサも ノイズを出さない回路構成にすることで個数を大幅に削減することが 可能です。それぞれ具体的に見ていきましょう。

 

スイッチング周波数を高くして 出力コンデンサ(Cout)を小容量化

まず、出力コンデンサについて説明します。図1左は降圧コンバータの 概略構成図で、PWM回路の上側にトップFETと右側にボトムFETが 置かれています。回路の下半分は帰還ループおよび補償回路です。

 

図1. 降圧コンバータの帰還ループおよびボード線図(ゲインと位相の関係)

 

帰還ループの特性をボード線図に表すと図1右のようになります。 ループ・ゲインが0dB(ゲイン=1)のところをクロスオーバー周波数(fc) と呼び、クロスオーバー周波数が高いほど負荷変動に対する応答性が 上がります。たとえば図2において、負荷電流が1Aから5Aに急激に 増えたとき、クロスオーバー周波数が20kHzの場合は出力に60mVの 電圧低下が現れているのに対して、50kHzのときは32mVにとどまって います。

 

図2. クロスオーバー周波数と出力応答性(スイッチング周波数:400kHz)

つまり、クロスオーバー周波数を高くすれば、負荷応答性が高まり、 出力電圧の変動が抑えられるため、出力コンデンサ容量を小さくできる ことがわかります。ただし、クロスオーバー周波数を高くしようとすると 二つの課題が生じます。まず、発振を防ぐために帰還ループの位相余裕 を十分に確保しておかなければなりません、一般にはクロスオーバー 周波数にて45°以上(できれば60°以上)の位相余裕が必要とされて います。  

 もうひとつの課題がスイッチング周波数(fsw)とクロスオーバー周 波数の関係です。両者が近いとスイッチング周波数で発生するリップ ル電圧に対しても負帰還が応答してしまうため、安定した動作が難し くなります。スイッチング周波数に近い周波数成分には反応しないよう にしなければなりません。そのための目安として、クロスオーバー周波 数はスイッチング周波数の1/5以下の周波数に設定することが推奨さ れます。

 

図3. スイッチング周波数とクロスオーバー周波数の関係

以上により、クロスオーバー周波数を高くするためには、スイッチング 周波数も高い周波数に設定する必要がでてきます。ここでクロスオー バー周波数を上げようとしてスイッチング周波数を高くすると、トップ FETとボトムFETで発生するスイッチング損失が増えて、電源の変換 効率が低下するという新たな問題が生じます。損失によってパッケージ 温度が上昇してしまうため、熱的な制約からスイッチング周波数を高く できない、といった問題が他社のソリューションでは見られます。  

アナログ・デバイセズが提供するスイッチング・レギュレータICは、 独自のFET制御によって、スイッチング周波数を高くしてもほとんど 効率が落ちないという特長があります(図4)。

 

図4. スイッチング周波数を高めに設定した場合の課題:
スイッチング損失の増加による効率の低下

たとえば6A出力のLT8640Sの場合、スイッチング周波数が2MHzの とき、入力12V、出力5Vの構成で、全負荷範囲(0.5Aから6A)で90%を 超える効率を実現しています。  

効率が落ちなければ、スイッチング周波数を高めに設定することが でき、それによりどのようなメリットが生まれるでしょう。まず、インダクタ の電流リップル(ΔIL)が小さくなるため、出力リップル電圧(ΔVout)も 小さくなり、結果としてリップルの平滑化に必要な出力コンデンサの 容量を減らすことができます(図5)。同時にインダクタも小型化が図れ ます。

 

図5. スイッチング周波数を高く設定した場合のメリット1:
出力リップル電圧が小さくなり、出力コンデンサ容量の削減が可能

そして、上述の通りクロスオーバー周波数を高めに設定できることや、 スイッチング・サイクルが短くなるため負荷変動に対する応答性が 上がって出力電圧変動が抑えられ(図6)、やはり出力コンデンサの容量 を小さく出来る方向に働きます。  

図6. スイッチング周波数を高めに設定した場合のメリット2:
負荷変動に対する応答性の向上

 

 

Silent Switcherがバイパス・コンデンサを大幅に削減

続いて(c)のバイパス・コンデンサの削減についても説明しましょう。 0.01μFから0.1μF前後の小容量のMLCCの供給は、出力コンデンサに 用いられる大容量のMLCCほど逼迫してはいませんが、部品コストや 基板面積などの観点からも少ない個数で構成できるに越したことは ありません。

スイッチング・レギュレータ回路におけるバイパス・コンデンサの 大きな役割は、スイッチング動作で発生するスイッチング・ノイズやその 高調波を吸収し、他の回路に影響が及ばないようにすることです。 逆に、回路自体が発するノイズを最初から抑えてしまえば、バイパス・ コンデンサを多数配置しなくても済むと考えられ、アナログ・デバイセズ はまさにこのようなアプローチに基づいた「Silent Switcher」と呼ぶ スイッチング・レギュレータICを提供しています。

スイッチング・レギュレータのノイズ源となるのが、スイッチング動作で 切り替わるふたつの電流ループです。トップFETがオンでボトムFETが オフのとき(図7. 赤色ループ)と、トップFETがオフでボトムFETがオンの とき(図7. 青色ループ)です。それぞれで電流ループが切り替わりますが、 なかでも「ホットループ」と当社が呼んでいる、入力コンデンサCIN> トップFET>ボトムFETで形成されるループ(図7. 緑色ループ)において 電流の激しいオン・オフが発生し、あたかもアンテナのような役割をしな がら電磁ノイズを放射します。

 

図7. スイッチング動作に伴って生じる電流ループ(緑色がホットループ)

このノイズを抑えるためによく使われるのが、トップFETとボトムFET のゲート信号を制御して両FETのスイッチング動作(=ループを流れる 電流の立ち上がり/立ち下がり)を緩やかにする「スルーレート・コント ロール」法です。ノイズの抑制には効果がある一方で、スイッチング損失 が増え、とくに前述のようにスイッチング周波数を高くした場合は発熱 が無視できなくなってしまいます。(スルーレート・コントロールは条件 次第では有効であり、アナログ・デバイセズでもそのような機能を搭載 したソリューションを提供しています。)  

「Silent Switcher」は、スルーレート・コントロールは用いずにホット ループから発生する電磁ノイズを抑えるアーキテクチャです。入力電圧 VINピンと入力コンデンサCINとをパッケージの左右それぞれに配置 して、ホットループを左右対称に形成されるようにしたのが特徴です。 それぞれの磁界はいわゆる「右ねじの法則」に従った向きで発生 しますが、その結果として磁界は左右の電流ループにあたかも閉じ込め られるようになり、外部にはほとんど放射されません(図8)。

 

図8. ホットループからの放射ノイズを閉じ込める

合わせてパッケージングも工夫し、ワイヤー・ボンディングを使わない フリップチップ構造にして、ノイズ源のひとつになる寄生インダクタンス 成分を大幅に削減しています。  

なお、Silent Switcherの第二世代品にあたるLT8640Sの場合、 スイッチング周波数を動的に変更してノイズのピークを分散させる スペクトラム拡散機能も搭載するほか、図8で示した左右の外付け入力 コンデンサCINをパッケージに内蔵したことで、第一世代に比べてさら なるノイズ低減を実現しています。(図9)その結果、自動車のEMC基準 のひとつである「CISPR 25 Class 5」も余裕をもってクリア。(図10) 実際にお客様からも「他社のスイッチング・レギュレータICから切り 替えたところ、ノイズ問題がぴたりと収まった」とのご評価をいただいて います。

 

図9. Silent Switcher 第一世代、第二世代

 

図10. Silent Switcherファミリのひとつである LT8640S(6A出力)の優れたEMI特性

 

ADIの電源ソリューションでMLCCクライシスを乗り切る

MLCCの供給不足が続くなか、MLCCをできるだけ使わない電源 設計への転換をアナログ・デバイセズは提案しており、その概略を説明 しました。

スイッチング周波数を高くして出力リップル電圧を減らし、合わせて クロスオーバー周波数も高く設定することで良好な負荷応答性を実現。 結果として出力コンデンサの容量を大きく減らすことが可能になりました。 また、スイッチング動作に起因する電磁界ノイズを閉じ込めることでEMI ノイズを大幅に抑制したSilent Switcherアーキテクチャにより、バイ パス・コンデンサの削減も実現できます。実際に、入力12V、出力5V/4A と3.3V/4A(2出力)の条件のとき、他社競合のソリューションと比べた 場合で、32個のMLCCを14個に減らせるとの比較も出ています(図11)。

「MLCCクライシス」を乗り切るためにも、ノイズが少なく、応答性に 優れ、回路の小型化が図れるなどさまざまなメリットをもたらすアナログ・ デバイセズの電源ソリューションをぜひご検討ください。

 

図11. 評価ボードにおける他社製品(左)との
実装面積および部品数の比較 (2出力降圧コンバータ比較)

著者について

古川 敦彦
古川敦彦。2006年にリニアテクノロジー(現アナログ・デバイセズの一部門)入社。10年以上にわたり、小規模および中規模顧客に対し様々なアプリケーションの技術サポートを提供。2017年に自動車部門へ異動し、現在は大型(数kW)および小型の自動車用安全アプリケーションの設計を担当。マラソン・ランナーでもあり、自己ベストは3時間3分。

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