要約
アプリケーションによっては、平均電力を測定する必要に迫られることがあります。そうした場合、ICとして実現された電力積算器が優れた解決策になるでしょう。本稿では、スイッチング・レギュレータの効率をリアルタイムに測定する方法について検討します。つまり、様々な動作条件の下、効率の値を時間軸で評価できるようにする方法を明らかにします。その手法を複数の電源レールに適用すれば、バッテリ駆動の高密度なシステムにおいて、パワー・マネージメント IC(PMIC:Power Management IC)の消費電力を監視するといったことを実現できます。また、電力の積算を活用して開発中のシステムの電源レールをモニタリングできるようにすれば、プロトタイピングを迅速に進めることが可能になります。あるいは、ログに記録されたデータを活用することによって、継続的にシステム設計の改善を図るといったことも実現できます。本稿では、リアルタイムの電力測定を行いたい場合に、IC 化された電力積算器を利用することでどのようなメリットが得られるのかを明らかにします。また、電力積算器を適用すべき様々なアプリケーションを紹介します。
はじめに
システムの重要な電源レールで消費される電力を測定するにはどうすればよいのでしょうか。特に、その値を遠隔測定(テレメトリ)によって取得したい場合には、どのような手法を採用すればよいのでしょうか。例として、バッテリ駆動の機器について考えます。その場合、消費電力の値をリアルタイムに監視することができれば、システムを動的に最適化し、バッテリの寿命を延ばすといったことが可能になります。そのような目的に向けて、電力モニタ(Power Monitor)を使用すれば、電源レールの電圧と電流をサンプリングし、瞬時電力の測定値を取得することができます。そのため、電力モニタは、システムの電源レールのピーク電力を常に監視したいといった場合に使用されます。一方、瞬時電力ではなく平均電力を求めたい場合には、より多くの計算が必要になります。平均電力の測定値を取得するためには、瞬時電力の測定値を特定の期間にわたって積算しなければなりません。電力モニタを使用してこの種の測定を行うためには、そのための処理を追加する必要があります。ただ、能力が限られているシステムにおいては、そのための追加の処理を盛り込むのは容易ではありません。つまり、従来の電力モニタは平均電力の測定には適していないということです。それに対し、IC として提供される電力積算器(Power Accumulator)は、システムのホストに平均電力の測定値を提供するための積算機能を備えています。そのため、平均電力を把握したい場合の優れた選択肢となります。
電力積算器の仕組み
電力積算器では、積算電力の値を求めるために電圧と電流の値のサンプリングを実行します。それらの値を掛け合わせることで、電力の値を求めます。更に、その処理を繰り返して複数の電力値を積算していきます。IC 化された電力積算器は、積算電力の値とサンプルの数の情報を蓄積することができます。そうした製品の例が「MAX34407」です。図 1 にそのブロック図を示しました。この図から、電力積算器で行われる処理の大まかな流れを把握することができるでしょう。
図 1. MAX34407 のブロック図
MAX34407 は、4 つのチャンネルに対応する電流と電圧のサンプルを自動的に収集します。それには、マルチプレクサ、電流検出アンプ、分解能が 12 ビットの A/D コンバータ(ADC)を使用します。続いて、電圧と電流の値から成る各サンプルのペアを掛け合わせます。その結果、28ビットの電力値が生成されます。電力の値は随時加算(積算)され、その結果が 48 ビットのレジスタに格納されます。また、積算された瞬時電力のサンプルの数は 24 ビットのレジスタに格納されます。MAX34407 は自動シーケンサと発振器を備えています。そのため、サンプリング用の外部クロックは必要なく、完全な自律動作を実現できます。
MAX34407 を使用するシステムでは、ホストから同 IC に対して I2C/SMBus のコマンドを送信します。それを受けて、同 IC は積算電力のサンプルと積算回数の値をホスト側の一連のレジスタに転送します。ホストが任意の時間間隔でデータを取得できるものであれば、サンプルが失われることなく転送が実現 3/12 されます。MAX34407 のノーマル・モードでは、1024SPS のレートでサンプリングが行われます。個々のサンプルは 28 ビット、積算の深さは 48 ビットです。ホスト・プロセッサがデータを必要とするまでの間、MAX34407 は 220個のサンプルの値を保存することができます(以下参照)。
ホストは、電力の積算データと積算回数のデータを受け取れば、簡単な計算によって負荷で消費される平均電力を求めることができます。電力のデータを積算するために処理能力を費やす必要がないので、ホスト・プロセッサはより重要なタスクの管理に集中することが可能です。ホスト・プロセッサでは、以下に示す定数と式で決まるスケーリング係数を使用して、電力の積算データの変換を実行します。なお、最後の式に出てくる PACCは積算電力の値、COUNT は電力のサンプルの総数です。
MAX34407 に固有の定数:
- 電圧検出のフルスケール(VFS:16V)
- 電流検出のフルスケール(VSENSE:100mV)
- 積算電力のワード長:28 ビット
スケーリング係数:
- フルスケール電流は以下の式で決まる
- 電力スケールの補正:PSCALE = VFS×IFS
- 電力の LSB は以下の式で決まる
平均電力の計算:
上記の例は、MAX34407 の ADC で行われるサンプリングの回数と積算方法を基にして平均電力を求める方法を表しています。電力積算器の機能や動作は製品によって様々なので、各製品に固有の動作について考慮しなければなりません。
単一の IC で効率を測定する
設計と実装が完了した後、設計者やエンドユーザがパワー・コンバータのリアルタイムの効率の値を必要とすることはほぼありません。しかし、どのようなパワー・コンバータにおいても、効率は最も重要な仕様の 1 つです。効率の値は、時間の経過や動作条件に伴って変化します。また、部品の性能のドリフト、負荷の条件、温度、湿度などの要因からの影響を受ける可能性もあります。複数の電源レールに対応可能な電力積算器を使用できれば、単一の IC によって効率の測定を行えることになります。すなわち、パワー・コンバータの効率をリアルタイムでモニタすることが可能です。
MAX34407 も、複数の電源レールの電力を積算することが可能な製品です。そのため、パワー・コンバータの入力部の電力(PIN)と出力部の電力(POUT)を対象として積算を行うことで効率を測定することが可能です。それら 2 つの測定結果をマイクロプロセッサに送信し、次式を使用すれば効率を計算することができます。
図 2 に示したのは、MAX34407 を使用して降圧コンバータ「MAXM17504」の効率を測定するための回路の例です。この回路が対象とするアプリケーションとしては、12V の太陽電池パネル・システムを想定しています。通常、その種のシステムで使用されるプライマリのコンバータには、最大電力点追従(MPPT:Maximum Power Point Tracking)のアルゴリズムが組み込まれています。その場合、リアルタイムで効率を測定できれば、MPPT の性能がフィードバックされることになります。そのため、システムまたは設計者は、実際の回路の測定結果に基づいて MPPT のアルゴリズムを最適化することができます。MAXM17504 の入力電圧範囲は 12V±10%です。これは、MAX34407 のコモンモード電圧範囲である 2.7V~15V に収まっています。MAX34407の場合、電流検出アンプのフルスケール範囲は100mVです。そのため、パワー・コンバータの入力部では、2A の最大入力電流に対応して 50mΩ の抵抗を使用します。一方、出力部では、4A の最大出力電流に対応して 25mΩ の抵抗を使用しています。
図 2. 効率を測定するためのアプリケーション回路
図 3 に示した回路も、効率を測定するためのものです。この手法では、MAX34407 のような電力積算器ではなく、4 台のベンチトップ型デジタル・マルチメータ(DMM)を使用しています(以下、4-DMM 法)。4-DMM 法では、入力電流、出力電流、入力電圧、出力電圧を測定することによって高い精度で効率を測定することができます。ここで図 3 の回路を使用する目的は、電力積算器によって得られる効率の測定値と比較するための基準値を測定することです。
図 3. 4-DMM 法で効率を測定するための回路
図 4. MAX34407、4-DMM 法によって効率を測定した結果
図 4 は、MAX34407 と 4-DMM 法によって測定した効率の値をプロットしたものです。ご覧のように、2 つの測定結果には顕著なずれが見られます。その原因は、出力電流を検出するための抵抗で消費される電力にあります。MAX34407 では、検出抵抗の電圧の低い方の端子を対象としてコモンモード負荷電圧を測定します。したがって、その値は出力電力の測定値ではなく入力電力の測定値に含まれます。この出力電力の測定値については、検出抵抗の消費電力を計算することで補正することができます。それにより、トータルの出力電力を算出することが可能になります。効率の測定値の補正に使用する式は以下のようなものになります。
ここで、PINと POUTは MAX34407 によって測定される値、RSENSEは既知の値です。
図 5. MAX34407 で測定した効率の値を補正した結果。 比較のために、4-DMM 法による測定結果も示してあります。
図 5 に示したのは、補正後の効率の値をプロットしたものです。これを見ると、4-DMM 法による効率の測定値と MAX34407 による効率の測定値の差は最大で-0.5%であることがわかります。つまり、適切に出力電力の補正を行えば、MAX34407 を使用してスイッチング・レギュレータの効率を正確に測定できるということです。なお、上記の補正方法は、リップル電圧が 1%以下のパワー・コンバータに最も適しています。
PMIC はどの程度の電力を消費するのか?
バッテリの寿命を延ばすためには、PMIC の電源レールをモニタし、その消費電力に基づいてシステム性能について検討することが重要になります。電力積算器による診断方法を採用すれば、どのシステム・ブロックが最も電力を消費しているのか判断することができます。特定のシステム・ブロックがバッテリ容量の大部分を使用しているということが判明した場合には、マイクロコントローラを使用して機能を調整することができます。
図 6 に示したのは、標準的な PMIC の電力をモニタリングするための回路です。PMIC としては「MAX77650」を使用しており、電力積算器である MAX34407 を適用しています。MAX77650 は、SIMO(Single-Inductor Multiple-Output:単一インダクタ・マルチ出力)コンバータとして機能します。つまり、単一のインダクタを使用することにより、内蔵する 3 つの昇降圧コンバータからの出力を生成できるようになっています。この PMIC では、内蔵するアナログ・マルチプレクサ(AMUX ピン)を使用することにより、バッテリ(BATTピン)または充電回路(CHGIN ピン)の電圧や電流などの情報を提供することができます。MAX34407 のような電力積算器を使用すれば、追加の PMIC の電源レールに対する測定を行い、中央のプロセッサに対してそれら情報を簡単にフィードバックすることができます。
図 6. PMIC の電力をモニタリングするための回路
ボードから目を離すな!
供給可能な電力が限られた PMIC は、大電力に対応しなければならないシステムに対しては理想的なものではありません。そのようなシステムでは、複数のコンバータを併用し、重要なシステム負荷に対応して電力を供給することになります。その場合、積算電力をモニタすれば、電源から供給可能な電力量に基づいてシステムの負荷を管理することができます。その結果、システムの効率を最適化することが可能になります。 図 7 に示したのは、一般的な電源システムの構成例です。この例では、システムの重要な電源レールをモニタリングするために MAX34407 を使用しています。対象とする電源レールには、システムに電力を供給する入力電源レールが含まれています。また、最も多くの電力を消費するレールもモニタリングの対象にしています。それにより、システムの効率について判断したり、大電力の出力に対する保護を実現したりすることが可能になります。なお、これらのコンバータは離れた場所に配備される可能性があります。そのため、MAX34407 までの配線が長くなるかもしれません。その場合、スイッチング・ノイズが電力の測定に影響を及ぼさないようにするために、適切なルーティングを行う必要があります(詳細は後述)。
図 7. ボード/システムの電力をモニタリングするための回路
プロトタイピングにおける電力のモニタリング
競争の激しい現在の市場では、開発時間を短縮することが不可欠です。そのため、迅速かつ容易に実装できるソリューションがより強く求められるようになっています。多くの開発者は、迅速なプロトタイピングを実現するために、ARM® mbed®、Arduino™、Raspberry Pi®といったマイクロコントローラ用のプラットフォームを活用しています。これらのハードウェア・プラットフォームは、アドオン・ボードを使用することによって簡単にアップグレードすることができます。また、ドーターボードを使用することで、プラットフォームのボードに実装されたハードウェアでは実行できないハードウェア機能を実現することも可能です。電力積算器も、プロトタイプの性能をモニタリングするために迅速に実装して使用することができます。
電力積算器のアドオン・ボードを使用すれば、プロジェクトの開発段階で任意のシステムの電源レールの電力を測定することが可能になります。それにより、ソフトウェア、センサー、コンバータの効率や任意のシステム・ブロックの一般的な消費電力を簡単に把握することができます。個々のモジュールの電力を測定する必要がある場合には、アドオン・ボードに検出抵抗と端子ブロックを配置することで対応可能です。あるいは、ボード上の検出抵抗を使用する代わりに、システム内の検出抵抗を電力積算器のアドオン・ボードにルーティングしてもよいでしょう。アプリケーションの種類にかかわらず、電力積算器を使用すれば、設計の段階で貴重なデータを取得することができます。
レイアウトとフィルタリングについて考慮すべき事柄
アプリケーションにおいて測定誤差を最小限に抑えるには、プリント回路基板のレイアウトが非常に重要です。特に、電力をモニタリングする場合には、スイッチング・レギュレータの近くにそのためのコンポーネントを配置する必要があります。その際、スイッチングに伴う干渉がコンポーネントに及ぶと、電力の測定値に誤差が生じます。そのため、適切なルーティングを行ってカップリング・ノイズを低減することが非常に重要です。それだけではノイズの影響が避けられない場合には、電力積算器の入力部にフィルタを配置します。それにより、コモンモードのノイズまたは差動モードのノイズを除去します。なお、電流検出抵抗には適切にケルビン接続を適用することも重要です。図 8 に示すように 2 本の電流検出ラインの長さは等しくし、最小の間隔で互いに平行にルーティングしなければなりません。
図 8. ケルビン接続のレイアウト
MAX34407 は、ハイサイドの測定を行うことによって機能します。そのため、コモンモード・ノイズが発生しやすくなります。システムに過剰なコモンモード・ノイズが存在する場合、フィルタを追加しなければならないかもしれません。不要なノイズをフィルタリングするためには、電流検出用の入力部に RC フィルタを直列に配置します。つまり、図 9 のようにしてコモンモード・フィルタを構成します。この例では、電流検出ラインに 2 つの RC フィルタを適用しています。両者の特性は同一であることが理想です。そうすれば、コモンモード信号に対して効果的なローパス・フィルタが形成されることになります。この構成では、フィルタの構成要素である抵抗を電流検出パスに直列に配置します。電力の測定時にオフセットが生じるのを防ぐためには、これらの抵抗の値が十分に一致していなければなりません。フィルタ用の抵抗としては、許容誤差が 1%以下のものを使用しなければならないということです。また、この抵抗の値については、負荷の影響を受けないようにするために、電力積算器の入力インピーダンスよりも十分に低く設定する必要があります。加えて、フィルタの定数としては、電力積算器のナイキスト・サンプリング周波数よりも十分に低い位置に極(ポール)が形成されるようにします。コモンモード・フィルタの極は次式によって求められます。
図 9. コモンモード・フィルタを適用した例
スイッチング・レギュレータのスイッチング動作は、電力積算器の入力電流に非常に多くのノイズが加わる原因になり得ます。その場合、電力積算器においてハイサイドの電流検出抵抗を介した差動モード・ノイズが生じることになります。これについては、差動モード・フィルタを使用することで対処できます。図 10 のような回路を構成することにより、差動モード・ノイズを減衰させることが可能になります。コモンモード・フィルタの場合と同様に、各直列抵抗の値は十分に一致している必要があります。また、それらの抵抗の値は、電力積算器の入力インピーダンスよりも十分に高くなければなりません。更に、差動モード・フィルタの抵抗/コンデンサの値は、電力積算器のナイキスト周波数より低い位置に極が形成されるように選択します。図 10 の例の場合、2 つの直列抵抗とコンデンサによって、MAX34407 の+IN1 と-IN1 に入力される差動信号に極が生じます。差動モード・フィルタの極は以下の式によって求められます。
図 10. 差動モード・フィルタを適用した例
基板上のパターンではなく、ケーブルによって電力積算器に接続する必要がある場合には、ツイスト・ペア線を使用しなければなりません。mbed や Arduino シールドなどを使用して離れた場所で電力測定を行う場合には、この点に配慮する必要があります。恐らくは、電流検出抵抗の端子にツイスト・ペア線を接続することになるでしょう。その場合、2 本の電流検出用ワイヤの間のループが小さくなるようにツイスト・ペア線を適用します。それにより、カップリング・ノイズを低く抑えます。また、ツイスト・ペア線を使用すれば、ワイヤ間の誘導結合によって差動モード・フィルタと同様の効果が得られます。負荷の電力を遠隔から測定する場合にもツイスト・ペア線を使用する必要があります。
まとめ
システムを開発する際には、効率を最適化したり、適切な保護を実現したりする必要に迫られることがよくあるでしょう。そのような場合には、電力積算器が有効なソリューションになるかもしれません。扱う電力量が多い場合も少ない場合も、システムの重要な電源レールにおける消費電力を測定することが重要になるでしょう。但し、いずれの場合にも特定の要件が存在するはずです。また、従来の電力モニタを使用する場合には、プロセッサにおいて相当な量のオーバーヘッドが発生してしまいます。これらの問題は、電力を積算するための専用ハードウェアとして IC 化された電力積算器を使用することで大幅に緩和されます。そうした電力積算器を採用すれば、システムの構成要素である各ブロックを対象とした遠隔測定を実現できます。その結果、それぞれの電力性能に基づいた判断を下せるようになります。
EDN の 2017 年 9 月 1 日号に本稿と同様の記事が掲載されました。
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