DC/DCコンバータの制御システムとその制御ループの設計方法

2022年04月22日
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概要

本稿では基本的な制御理論を紹介し、DC/DC電圧制御ループの安定性と帯域幅を分析する方法を解説します。制御ループを深く理解した上で、制御ループに関わる問題に直面したときに、トライ・アンド・エラーを繰り返すのではなく回路パラメータを正確かつ手早く計算できれば、設計者の助けとなるはずです。

はじめに

ループ補償は、DC/DCコンバータを設計する際の重要な手順です。アプリケーション内の負荷が広いダイナミックレンジを備えている場合は、コンバータがスムーズに動作しなくなって出力電圧が安定せず、その結果、設計者が安定性や帯域の問題に直面する可能性があります。ループ補償の概念を理解することは、代表的なパワー・マージメント・アプリケーションを扱う設計者にとって有益です。

本稿は3つのセクションに分かれています。最初の2つのセクションでは、制御システム理論と一般的な降圧DC/DCコンバータ・トポロジ、そしてDC/DC制御ループの設計方法について解説します。3つめのセクションではMAX25206を使用し、制御理論を適用してDC/DC制御ループの評価と設計を行う方法を例示します。

制御システム理論の概要

制御システムはあらゆる場所で用いられています。例えばエアコンは部屋の温度を制御し、ドライバーは運転する車の方向を制御し、蒸し器はダンプリングを調理するときにその温度を制御します。制御とは、装置または生産プロセスの物理量を操作して、変数を一定の値に保つこと、あるいは予め設定された軌跡の動的プロセスに沿って変化させることを言います。通常、各種システムは本質的に非線形ですが、微視的なプロセスは線形システムと見なすことができます。半導体分野では、マイクロエレクトロニクスは線形システムと見なされます。

自動制御を実現できるシステムはクローズドループ・システムであり、できないシステムはオープンループ・システムです。オープンループ・システムの特性は、システムの出力信号が入力信号に影響しないということです。オープンループ・システムを図1に示します。

図1 オープンループ・システム

図1 オープンループ・システム

ここで、G(s)は複素周波数領域におけるシステムの伝達関数です。

数式 1

VIはs領域の入力信号、VOは同じく出力信号です。図2のクローズドループ・システムには、出力から入力への帰還パスがあります。このシステムの入力ノードは入力信号と帰還信号の差となります。

図2 クローズドループ・システム

図2 クローズドループ・システム

入力信号が帰還信号に等しくなるまでコントローラが制御を繰り返すと、そのコントローラは安定状態になります。数学的手法を用いると、次のようなクローズドループ・システムの式が得られます。

数式 2

この式を整理すると、次のようになります。

数式 3

数式 4

その分母の一部(式4)は、オープンループ伝達関数と同じです(ループ・ゲインとも呼ばれます)。そのゲインの大きさは帰還強度を表し、その帯域幅がクローズドループ・システムの調整可能帯域幅です。もちろん、その位相シフトも上書きされます。ループ・ゲインが0dBより大きく、同時に位相シフトが180ºの場合、その制御ループは正帰還として動作して発振器を形成する、ということを知っておく必要があります。これが安定性設計の鍵となる点です。設計者は、位相マージンとゲイン・マージンを安全な範囲に収める必要があります。さもないと、システム・ループ全体が自己発振を始めます。

一般的な降圧DC/DCコンバータ・トポロジ

次に、降圧DC/DCコンバータのトポロジと制御ループを見ていきます。

図3 クローズドループ・システム

図3 クローズドループ・システム

図3に、AC小信号回路に簡略化された、代表的な降圧コンバータ回路の図を示します。この回路には3つの段が含まれています。降圧変調器段、出力LCフィルタ段、および補償回路段です。各段は個別に伝達関数を備えています。これら3つの段が全体として制御ループを構成しており、コンパレータとハーフブリッジが降圧変調器を構成しています。コンパレータの入力信号は発振器と補償回路から送り出され、補償回路はクローズドループ・システムの帰還パス内に実装されています。変調器のAC小信号のゲインは次式で表されます。

数式 5

ここで、VPPは発振器の三角波のピークtoピーク電圧、VCCはハーフブリッジの入力電力です。制御理論上、小信号ゲインは伝達関数と同じです。式から分かるように、変調器に位相シフトはなく、振幅のゲインだけです。LCフィルタの伝達関数は次式で表されます。

数式 6

ここで、Lはインダクタンス、Cは容量です。これは理想的な状態です。通常は、図4に示すように回路内に寄生パラメータが存在します。

図4 寄生パラメータのあるLCフィルタ

図4 寄生パラメータのあるLCフィルタ

DCRはインダクタLのDC等価抵抗で、ESRは出力コンデンサの等価直列抵抗です。したがって、LCフィルタの伝達関数は次式で表されます。

数式 7

ESRが制御ループにゼロを生成することは明らかです。ESRの値が大きすぎて無視できない場合、設計者は、ESRによって生じる可能性がある安定性の問題を考慮する必要があります。補償回路は、寄生効果を取り除いてループ応答を改善するために使われます。

図5 タイプII補償トポロジ

図5 タイプII補償トポロジ

降圧DC/DCブロックはタイプII補償回路です。このタイプの補償回路には1つのゼロと2つの極があります。

数式 8

タイプIとタイプIIIの補償回路もあります。

図6 タイプI補償トポロジ

図6 タイプI補償トポロジ

数式 9

タイプIは単なる積分ノードで、これは最小位相システムです。

タイプIIIの伝達関数はタイプIIに似ています。

数式 10

式から分かるようにタイプIIIの伝達関数はより複雑であり、2つのゼロと3つの極があります。図7では、オペアンプ(OPA)を使用して誤差を増幅しています。ループ内の誤差増幅には、オペレーショナル・トランスコンダクタンス・アンプ(OTA)を使用することもできます。

図7 タイプIII補償トポロジ

図7 タイプIII補償トポロジ

図8 OTAを使用したタイプII補償トポロジ

図8 OTAを使用したタイプII補償トポロジ

その伝達関数はOPAトポロジに似ています。出力電圧の誤差信号は、まずOTAによって増幅されて電流信号に変換され、更に補償回路によって電圧制御信号に変換されます。いかなるタイプのトポロジやアンプを選択した場合でも、そのゼロと極は適切な周波数に位置していなければなりません。

DC/DC制御ループの設計方法

タイプIIのループ補償を使用するDC/DC降圧コンバータの全体的なオープンループ伝達関数を見てみましょう。

数式 11

変調器とLCフィルタの伝達関数は簡単には変更できません。変更を加えることができるのは補償回路だけです。

ここでは、例としてタイプIIトポロジを使用します。タイプIIの伝達関数には、下に示すように2つの極と1つのゼロがあります。

Fz = 1/RzCz

Fp1 = 0

Fp2 = R1(Cz + Cp)/R1RzCpCz

極とゼロの位置は、ループのゲインと位相シフトによって決まります。正の極はボーデ線図のゲイン曲線に–20dB/decの勾配を与え、ボーデ線図のループ位相曲線に–90ºの位相シフトを与えます。これとは逆に、正のゼロはゲイン曲線に20dB/decの勾配を与え、ループ位相曲線に90ºの位相シフトを与えます。タイプIIの補償ループの場合は2つの極と1つのゼロがあり、寄生素子を伴うLCフィルタにも2つの極と1つのゼロがあることが分かります。寄生素子による極は、ループ・ゲイン・クロスオーバー・ポイント(オープンループ・プロットが軸と交差するポイントで、この位置でのゲインは0dB)における勾配を–40dB/dec程度まで、場合によってはそれ以上の値にしてしまう可能性があります。これは、システムの位相シフトが180º(位相マージンは0ºになる)に達して、自己発振を引き起こすことを意味します。設計者は、この種のリスクを避けなければなりません。経験上、ループ・ゲイン・クロスオーバー・ポイントの勾配は–20dB/dec程度にする必要があります。この問題を解決するために設計者ができるのは、補償回路に変更を加えることだけです。RzまたはCzを変更するとゼロの位置を変えることができ、Cpを変更すると2つめの極を変えることができます。通常、寄生素子による極とゼロは非常に高い周波数位置になるので、ここではFp2をFzより少し遠ざけて、寄生素子による極とゼロを0dB未満にします。FzとFp2は、共にループ帯域幅にとって重要な要素となります。

図9 タイプIIのボーデ線図
図9 タイプIIのボーデ線図

極とゼロの位置を調整することによってループの周波数応答と位相応答が変化し、結果としてループの帯域幅と安定性マージンのバランスを取ることができます。

一例として、MAX25206を使用した回路を図10に示します。この回路ではVOUT = 5V、ILOAD = 3.5Aなので、RLOAD = 1.43Ωです。

図10. MAX25206を使用した代表的回路図

図10. MAX25206を使用した代表的回路図

その補償回路はタイプII回路であり、Cp = 0pFです(式8による)。2つめの極は周波数が無限大の位置となり、R5とC2から、最初のゼロ位置はFz = 1/(4.7nF × 18.2kΩ) = 11.69kHzと計算できます。出力LCフィルタ内では、ESRと出力容量から式7の伝達関数を使って、ゼロ位置Fz =16.4MHzと、複素極位置Fp1 = 1.8kHz – 37.6kHz、Fp2 = 1.8kHz + 37.6kHzが得られます。予想通り、Gfゲインは1.8kHzで最大点に達します。Gfゲインは、周波数が1.8kHzを超えると急速に減少します。補償ゼロのFzはループ・ゲイン減少の補償です。また、ループ・ゲインが0dBより大きい場合はLCフィルタが37.6kHzで共振する、ということを知っておく必要があります。設計者は、ループ・ゲインが37.6kHzで0dBより大きくならないようにするために、Fzが1.8kHzに近くなりすぎないようにしなければなりません。ACループのシミュレーション結果を図11に示します。

図11 MAX25206のACループ・シミュレーション

図11 MAX25206のACループ・シミュレーション

また、タイプIIIは、ループの帯域幅と安定性に関して、より高い可能性を秘めています。もちろん、システムの評価をオープンループの伝達関数とボーデ線図だけで済ますわけにはいかず、クローズドループ伝達関数の根軌跡が左半平面内にあるかどうかの検討と、時間領域における微分方程式の分析も行う必要があります。しかし、利便性の観点からすると、ボーデ線図のオープンループ伝達関数を検討するというのは、安定した電源システム設計を実現するための最も一般的かつ簡便な方法です。補償ループ、補償方法、および理論は、その他のタイプのDC/DCトポロジでも同じです。唯一の違いが変調器で、これはループ伝達関数のゲインに一致します。

他の補償回路トポロジの例

異なるタイプのDC/DCトポロジに加えて、異なる方式の制御ループも存在します。DC/DCコンバータ同様に、MAX20090 LEDコントローラは電流制御ループで構成されています。コンバータは出力電流を検出し、それを制御ループに帰還させることで目的の値を実現します。もう1つの例は、ピーク電流または平均電流を制限する機能を備えたMAX25206降圧コントローラです。これは出力電圧と平均電流の両方を検出して、それらを帰還させます。これはダブル・クローズドループ・コントローラです。通常は、電流制御ループが内部ループで、電圧制御ループが外部ループです。電流ループの帯域幅(つまり応答速度)は電圧ループの帯域幅より広いので、電流を制限することができます。3つめの例はMAX1978温度コントローラです。これには、熱電クーラー(TEC)を駆動するHブリッジが組み込まれています。異なる電流の方向が、TECの加熱モードまたは冷却モードを決定します。帰還信号はTECの温度です。このような制御ループによってTEC出力の温度が目標値に達します。

まとめ

回路トポロジがどのような形態であったとしても、自動制御を目的としたアナログ回路の基本は、本稿で解説した理論のとおりです。設計者の目標は、より高い帯域幅とより確実な安定性を実現しながら、ループの帯域幅と安定性のバランスを取ることです。

著者について

Yaxian Li
Yaxian Liは、アナログ・デバイセズのアプリケーション・エンジニアです。2020年にMaxim Integrated(現在はアナログ・デバイセズの一部門)に入社しました。現在はトレーニング&テクニカル・サービス・グループに所属。主にGMSLとRF技術を担当しています。2018年に杭州電子科技大学で電気工学/オートメーションに関する学士号を取得。特技はバドミントンと水泳です。

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