ヘルスケア機器/医療用機器の設計に最適な電池を選択する方法
要約
電池には、化学組成や形状が異なるものなど様々な種類があります。そのため、アプリケーションに適した電池を選択する方法を理解するのは容易ではありません。そこで、本稿では各種のユース・ケースに最適な電池を選択する際に役立つ基準を示すことにします。また、今日の市場で最も一般的な化学組成の1次電池(primary cell battery)と、それらが適していると考えられるアプリケーションについて説明します。特に、ヘルスケア分野や医療分野のアプリケーションに注目し、1次電池を適切に選択するための指針を示します。
はじめに
1次電池を選択する際には、恐らく相反する複数の要件の間でバランスをとらなければならないでしょう。まず、対象とする機器に、十分な時間にわたって給電できるだけの容量を備えた電池を選択しなければなりません。また、その出力電圧は給電先のICの仕様に適した値である必要があります。加えて、最終製品のサイズを最小化するために、電池のサイズもできるだけ小さいことが望まれます。コスト、入手の容易さ、保存寿命なども考慮すべき事柄です。更には、設計時の判断が環境に及ぼす影響について配慮することも技術者の責任の1つとなります。例えば、自社製品向けに選択した電池が、ごみの廃棄場に長年にわたって放置されたままになるといった事態は避けなければなりません。本稿では、ヘルスケア機器/医療用機器の設計者の判断を支援するために、広く使用されている電池の化学組成について説明します。具体的には、アルカリ電池、リチウム電池、酸化銀電池、空気亜鉛電池を取り上げます。対象となるアプリケーションとしては、心電図(ECG:Electrocardiogram)の測定に用いるパッチを例にとります。その種のパッチは胸に貼って使用されるものであり、使い捨ての製品として実現されます。
1次電池と2次電池
1次電池と2次電池の違いは、再充電できるか否かにあります。2次電池は再充電が可能ですが、1次電池は再充電できません。1次電池の中で起きる電気化学反応は不可逆です。1次電池のアノードで酸化反応が生じたら、それ以上電気を生成することはできません。それに対し、再充電が可能な電池では、酸化したアノードを元の状態に戻すことができます。そのため、2次電池は再充電/再利用することが可能です。ただ、2次電池は一般的に1次電池よりも高価です。そのため、通常は使い捨て型のシステムには使われません。また、1次電池には自己放電電流が少ないので保存寿命が長いという特徴があります。一方、再充電が可能な2次電池は、より多くの電力を供給できることを特徴とします。そのため、大電流を必要とするアプリケーションにも対応できます。
電池の種類が異なれば、環境に及ぼす影響にも差異が生じます。2次電池は再利用が可能なので、それほど頻繁に交換する必要はありません。言い換えれば、生成される廃棄物の量を抑えられます。但し、2次電池には環境に悪影響を及ぼすおそれのある有害物質が含まれています。1次電池にも有害物質は含まれていますが、その含有率は2次電池と比べてはるかに低くなります。つまり、単純に比較すると、2次電池を採用した場合には、1次電池と比べてより多くの有害廃棄物が生成されるということです。それだけでなく、より多くの温室効果ガスも排出されます。ただ、2次電池については20回再充電を行うことが前提になるとしたらどうでしょうか。そうすると、2次電池によって生成される廃棄物の量は、使い捨ての1次電池よりも90%少なくなります。その観点からは、2次電池はより環境に優しいものだと考えられます1。
医療分野向けの規格
医療分野のアプリケーションでも電池は広く使われています。それらの電池は、安全性と性能に関する厳しい規格を必ず満たしているはずです。医療用の電気機器を対象とする代表的な規格としてはANSI/AAMI ES 60601-1が挙げられます。この規格には、使用する電池が準拠していなければならない複数の規制/基準などが示されています。例えば、1次電池を対象とするIEC60086-4/60086-5や、家庭用電池/商用電池を対象とするUL2054などです。それだけでなく、各種のアプリケーションに固有の規格も存在します。代表的な例としては、電動歯ブラシを対象とするISO 20127などがあります2。
FDA(Food and Drug Administration:アメリカ食品医薬品局)も、電池に関する要件を定めています。例えば、リチウム電池については、ULの認定を取得した工場で生産しなければならない、故障に関する解析を行えるようすべての電池はトレーサブルでなければならないといった規定が設けられています。電池を選択する際には、アプリケーションに対して適切な化学組成のものを選べばよいというわけではありません。電池のメーカーが、対象とするアプリケーションに対応するFDAやIECの規格に適合することを保証しているか否かを精査することが重要です2。
電池の電圧
一般的な1次電池は、1.5Vと3.3Vのうちどちらかの電圧に対応しています。どちらの電池を選択すべきなのかは、アプリケーションによって異なります。一般に、降圧コンバータでは昇圧コンバータよりも高い効率が得られます3。バッテリとレギュレータに関する一般的な戦略は、バッテリの電圧範囲を最大限に活用するために昇降圧コンバータを使用するというものになります。但し、昇降圧コンバータでは、2つのスイッチではなく4つのスイッチを使用します。そのため、昇降圧コンバータは降圧コンバータよりもサイズが大きくなります。必要な外付け部品の数もより多くなるはずです。
代表的な1次電池
表1は、代表的な1次電池についてまとめたものです。以下では、化学組成の異なる代表的な1次電池について詳しく説明します(図1)。
種類 | 最小電圧〔V〕 | 公称電圧〔V〕 | 最大電圧〔V〕 | 比エネルギー |
アルカリ | 1.1 | 1.5 | 1.65 | 200 Wh/kg |
空気亜鉛 | 0.9 | 1.4 | 1.68 | 400 Wh/kg |
マンガン・リチウム | 2 | 3 | 3.4 | 280 Wh/kg |
リチウム硫化鉄 | 0.9 | 1.5 | 1.8 | 300 Wh/kg |
酸化銀 | 1.2 | 1.55 | 1.85 | 130 Wh/kg |
図1. 様々な1次電池
アルカリ電池
アルカリ電池は、間違いなく最も数多く使用されてきた1次電池です。その理由の1つとしては、テレビのリモコンや時計など、アナログ回路の給電に適していることが挙げられます。アルカリ電池では、放電に伴って増大する内部抵抗の値が他の化学組成の電池よりも高くなります。そのため、アルカリ電池は、より高い負荷に対応する必要があったり、様々なデューティ・サイクルや様々なモードで動作したりするデジタル回路には適していません。また、アルカリ電池の内部抵抗は、セルの物理的なサイズが小さいほど高くなります。このことから、アプリケーションで使用できる電池の種類は限られます。例えば、時計であればコイン型の電池で駆動することができます。それに対し、多くの電流を必要とするアプリケーションでは単1電池が必要になる可能性があります。そのようなアプリケーションの例としては、いくつものLEDやスピーカを搭載する玩具などが挙げられます。アルカリ電池は、爆発や液漏れの心配が最も少なく、安全に使用/保管できるものだと見なされています。そのため、リチウム・イオン電池と同等の規制/基準を満たす必要はありません。
アルカリ電池は、他の化学組成の電池と比べて大きな出力が得られません。また、寿命も短いと言えます。そのため、医療用機器にはあまり使用されません。低価格の血糖測定器や体温計など、使用頻度が低く、命にかかわる機能を必要としないアプリケーションに限って使用されています。
図2. リチウム電池の外観。LiMnO2電池とLi-FeS2電池は代表的なリチウム電池の例です。
リチウム電池
リチウムをベースとする電池としては様々な種類のものがあります。それらの電池は、いずれもアノードの材料としてリチウムを使用しています。一方、カソードにはリチウム以外の金属化合物などが使用されています。そのため、リチウム金属電池と呼ばれることもあります。リチウムをベースとする1次電池の中で特に広く使われているのは、二酸化マンガン・リチウム(LiMnO2)電池と二硫化リチウム(Li-FeS2)電池の2つです(図2)。
LiMnO2電池の公称出力電圧は3Vです。また、内部抵抗の値は小さいと言えます。そのため、様々な負荷のプロファイルやデューティ・サイクルに対応する必要があるデジタル・アプリケーションに適しています。一方、Li-FeS2電池の公称出力電圧は1.5Vです。また、内部抵抗はLiMnO2電池と同等です。そのため、この電圧を必要とする機器において、アルカリ電池と直接交換できるものとしてよく使われています。
リチウム電池には大きな欠点があります。それは、液漏れや爆発を起こす可能性があるというものです。そのため、特別な取り扱いが必要であり、輸送についても規制が設けられています。ただ、アルカリ電池に勝る多くの長所を備えているのは大きな魅力です。例えば、アルカリ電池と似たような形状で2倍の容量が得られる、寿命が長い、軽量であるといった長所があります。
上記のような理由から、多くのアプリケーションでは、アルカリ電池に取って代わるものとしてリチウム電池が使われるようになっています。実際、現在では重要な医療用機器でもリチウム電池が使用されています4。具体的な例としては、持続血糖測定器、輸液ポンプ、除細動器のような植込み型機器などが挙げられます。
酸化銀電池
酸化銀(Ag-O)電池も、1次電池としては代表的なものです。そのカソードには銀、アノードには亜鉛が使われています。公称出力電圧はアルカリ電池と同程度(1.55V)です。その一方で、アルカリ電池よりも容量が大きく放電曲線が平坦なので、デジタル・アプリケーションに適しています。酸化銀電池は、カソードに銀が使われていることから、サイズが大きくなると価格が高くなる可能性があります。そのような理由から、主にコイン型電池やボタン型電池の形で製品化されています。
図3. 酸化銀電池の外観。腕時計用の電池として一般的に使用されています。
従来の酸化銀電池には、液漏れが生じやすいという欠点がありました。そのため、腐食を抑制することを目的として水銀が添加されていました。ただ、近年は、水銀を使わずに腐食を抑制する別の方法が採用されるようになっています。環境の面でのサステナビリティが大幅に向上したということです。酸化銀電池の放電曲線はリチウム電池と似ていますが、一般的にはより安全で寿命が長いと言えます。その一方で、カソードに銀を使用していることから価格が高くなります。このことから、低コストであることが求められるアプリケーションに適用するのは容易ではありません。銀によるコーティングには、植込み型機器に起因する感染のリスクを抑える効果があります。そのため、植込み型機器では酸化銀電池の採用が進んでいます5。
空気亜鉛電池
空気亜鉛電池は、独特な化学組成を採用したものだと言えます。アノードには亜鉛、カソードには空気が使用されます。両者の間は電解質で満たされます。空気亜鉛電池は、一般的なコイン型電池と同じ形状で製造されます。但し、そのケースには空気を取り込むための穴が設けられています。使用を開始するまで、その穴にはシールが貼られています。その目的は、空気が電池に入らないようにすることです。シールをはがすと、酸素がカソードに取り込まれます。すると、電解質を介して、アノード(亜鉛)からカソードへと電子が流れ始めます。他の化学組成の電池とは異なり、空気亜鉛電池のカソードには金属は使われません。そのため、同電池は軽量かつ費用対効果が高いものになります。また、空気亜鉛電池は電荷を保持するので、放電曲線は比較的平坦になります。出力電圧範囲は0.9V~1.4Vです。
図4. 空気亜鉛電池の主な用途である補聴器
空気亜鉛電池は、空気のある環境にさらされないと機能しません。そのため、医療分野での用途も限られます。多くの医療用機器は、環境に対してある程度の保護を必要とします。空気亜鉛電池は、そのような機器では使用できません。同電池は軽量かつ長寿命であることから、主に補聴器用の電池として使用されています。
アプリケーションの例
ここまで、各種の化学組成を採用した1次電池の概要と特徴について説明してきました。以下では、アプリケーションの例を基に、1次電池の選択方法を示すことにします。ここで例にとるのは、ECGの測定に使用されるパッチです。胸に貼るタイプのものであり、5日間の動作が求められると仮定しましょう。多くの場合、この種のウェアラブル・パッチは、使い捨ての製品として実現されます。また、完全密閉(電池の交換は不可能)型であり、防水に対応するように設計されます。この種のパッチは、病院や外来診療所だけでなく、患者の自宅でも使用されます。ECGのデータをワイヤレスで送信できるように、Bluetooth®による通信機能が設けられます。この例では、患者の体温を記録するための温度センサーとして「MAX30208」を使用するものとします(図5)。また、患者の活動に関する情報をモニタリングするための加速度センサーとして「ADXL367」を採用します。ECGの測定用のアナログ・フロント・エンド(AFE)としては「MAX30001」、マイクロコントローラ・ユニット(MCU)としては「MAX32655」を使用することにします。パワー・マネージメント用のソリューションは、電池の種類に応じて選択します。
図5. ECG用のパッチで使用するコンポーネント
上記の要件に基づけば、使用すべき電池を適切に選択することができます。設計すべき製品はウェアラブルかつコンパクトなものなので、小型で軽量な電池を選択しなければなりません。したがって、コイン型電池の採用を目指すべきです。そうすると、コイン型の形状では提供されていないLi-FeS2電池は選択肢から外れます。また、このパッチは使い捨てなので、再充電が可能な2次電池を選択する意味はありません。加えて、このパッチは完全密閉型なので、空気亜鉛電池も候補から外れます。更に、内部抵抗が高いアルカリ電池ではこのアプリケーションには対応できません。なぜなら、Bluetoothによる通信機能や複数のモードで動作させるMAX32655が存在するからです。そうすると、残る選択肢はLiMnO2電池と酸化銀電池だけになります。
LiMnO2電池の公称出力電圧は3.0Vです。また、比エネルギーは酸化銀電池よりも高くなります。LiMnO2電池であるCR2032は容易に入手可能であり、235mAhの容量を提供します。一方、酸化銀電池の公称出力電圧は1.55Vとなっています。市販されている最も大きなコイン型酸化銀電池はSR44Wです。その容量は200mAhとなっています。設計上の要件を再確認すると、このパッチには5日間にわたる動作が求められます。負荷のプロファイルを作成することにより(詳細については、稿末の参考資料6をご覧ください)、このパッチは1日あたり約45mA、5日間で約225mAの電流を消費すると推定されます。つまり、容量の大きな電池が必要です。このことから、コイン型の酸化銀電池は候補から外れます。その結果、このアプリケーション向けにはLiMnO2電池を選択すべきだという結論が得られます。
まとめ
アプリケーションに適した電池を選択するには、形状、適合性、機能について慎重に検討する必要があります。各化学組成の長所と短所を理解することにより、システムの設計上の要件に最も適した電池を選択することが可能になります。
参考資料
1 Giovanni Dolci、Camilla Tua、Mario Grosso、Lucia Rigamonti「Life Cycle Assessment of Consumption Choices: A Comparison Between Disposable and Rechargeable Household Batteries(消費選択のライフ・サイクル・アセスメント - 家庭用の使い捨て電池と再充電が可能な電池の比較)」The International Journal of Life Cycle Assessment、Vol. 21、2016年
2 Jeff Shepard「What's Different About Industrial and Medical Li Batteries?(産業用のリチウム電池と医療用のリチウム電池とでは何が違うのか?)」Battery Power Tips、2023年
3 「SIMOにより、スマート・ウォッチの寿命を延長する」Analog Devices、 2019年
4 David C Bock、Amy Marschilok、Kenneth J. Takeuchi、Esther S. Takeuchi「Batteries Used to Power Implantable Biomedical Devices(植込み型バイオメディカル機器に適した電池)」Electrochim Acta、Vol. 84、2012年
5 J. M. Schierholz、L. J. Lucas、A. Rump、G. Pulverer「Efficacy of Silver-Coated Medical Devices(シルバー・コーティングを施した医療用機器の効力)」The Journal of Hospital Infection、Vol. 40、 1998年
6 Fahad Masood「1次電池を使用するリモート患者モニタの電源設計時に考慮すべき事項」Analog Devices、2022年4月
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