SAR ADCの様々なアナログ入力アーキテクチャに関する検討
SAR ADCとしてよく知られている逐次比較型A/Dコンバータは、連続的なアナログ波形のデジタル(離散時間)表現を生成する、多用途な部類のA/Dコンバータです。このタスクは、既知の固定量の電荷とADCへの入力から取得された電荷を比較する電荷再配分式というプロセスによって達成されます。このプロセスでは、可能性のある全てのデジタル・コード(量子化レベル)を使ってバイナリ・サーチが行われ、最終結果は内蔵コンパレータをバランスのとれた状態に戻すコードに集約します。システムを平衡状態に戻す回路によって生成される決定シーケンスが、1と0の組み合わせで表されます。
大まかに言うと、SAR ADCは多用途で使いやすく、完全に非同期のデータ・コンバータです。それでも、特定のアプリケーションにどのコンバータを使用すべきかを決める場合に行わなければならない選択がいくつかあります。ここでは特に、アナログ・デバイセズのSAR ADC製品群で利用できる、アナログ入力信号のタイプに注目します。なお、SAR ADCに注目していても、入力タイプは全てのADCアーキテクチャに共通です。検討中の回路のソース・タイプまたは全体的な目的に応じて、何らかの設計決定を行ったり、妥協をしたりする必要があります。最も簡単なソリューションと言えば、ADCの入力タイプを信号ソースの出力構成に合わせることでしょう。しかし、ソース信号は信号タイプを変える調整を必要とすることがあり、コスト、電力、面積といった、アナログ入力タイプの決定に影響を与える検討事項も考えられます。利用できる様々なアナログ入力タイプを検討してみましょう。
シングルエンド
最も簡単なアナログ入力タイプはシングルエンド入力です。この場合、ソースからADCへ信号を引き出すのに必要なワイヤは1本だけです。信号入力ピンは1本となり、信号ソースに戻る直接のリターン・パスやセンス・パスはありません。変換結果は、ADCのグラウンド・ピンに対して生成されることになります。特定のデバイスに応じて、入力はユニポーラまたはバイポーラのいずれかになり得ます。シングルエンドの場合、そのメリットはシンプルであることです。ソースからADCへ信号を引き出すのに必要なパターンは1本だけです。これにより、システムの複雑さを抑えると共に、シグナル・チェーン全体の消費電力を減らすことが可能になります。このシンプルさには、潜在的にトレードオフが存在します。シングルエンド構成では、シグナル・チェーンに存在するDCオフセットが除去されません。シングルエンド・システムは、電流が流れるグランド・プレーンに対して測定を行うしかないので、ソース・グラウンドとADCグラウンドの電圧差が変換結果に表れることになります。また、この構成は結合ノイズの影響を受けやすくなります。したがって、こうした影響を軽減するために、信号ソースとADCは互いに近くに置いておく必要があります。SAR ADCがユニポーラ・シングルエンド構成の場合、許容信号振幅はグラウンドと正のフルスケールとの間になり、このフルスケールは、通常、ADCのリファレンス入力によって設定されます。シングルエンド・ユニポーラ入力を視覚的に表したものを図1に示します。シングルエンド・ユニポーラ入力のデバイスとしては、AD7091RとAD7091R-8が挙げられます。

図1. ユニポーラ・シングルエンド
SAR ADCがバイポーラ・シングルエンド構成の場合、許容信号振幅は、グラウンドに対して、正のフルスケールと負のフルスケールの間になります。ここでも、フルスケールは通常、ADCのリファレンス入力によって設定されます。シングルエンド・バイポーラ入力を視覚的に表したものを図2に示します。シングルエンド・バイポーラ入力のデバイスには、AD7656A-1があります。

図2. バイポーラ・シングルエンド
疑似差動
信号グラウンドをセンスするか、または相対的な測定結果を電流が流れるグランド・プレーンから切り離す必要が生じた場合、シグナル・チェーン設計者は、疑似差動入力構成への移行を検討する必要があります。疑似差動デバイスは本質的に、グラウンド・センスのシングルエンドADCです。このデバイスでは差分測定を行うことになりますが、センスされる差分は、入力信号のグラウンド・レベルに対して測定されるシングルエンド入力信号です。シングルエンド入力はADCの正入力(IN+)にドライブされ、入力グラウンド・レベルはADCの負入力(IN–)にドライブされます。1つ注意すべきなのは、シグナル・チェーン設計者は負入力のアナログ入力範囲に目を配る必要があるということです。場合によっては、負入力ピンは正入力に比べて入力範囲が制限されます。こうした場合、正入力は許容される入力電圧範囲内を制限なくスイングできますが、ADCへの負入力は、ADCグラウンドを中心に、より小さい±電圧範囲に制限されることがあります。ADC入力ごとの許容入力範囲については、データシートで確認できます。図3に見られるように、絶対入力電圧という仕様をご覧ください。

図3. 絶対入力電圧の例
IN–電圧範囲が制限された疑似差動デバイス、例えばAD7980が、絶対入力電圧範囲を超える不要信号を除去する必要がある場合、シグナル・チェーン設計者は、信号をADCに渡す前にこうした大きいコモンモードを除去するために、計装アンプを検討する必要があるかもしれません。疑似差動には、ユニポーラ、疑似バイポーラ、真のバイポーラという3つの構成があります。アナログ・デバイセズのSAR ADC製品群には、それぞれの構成を提供するデバイスが揃っています。ユニポーラ疑似差動構成では、図4に見られるように、ADCの正入力にシングルエンド・ユニポーラ信号が印加され、負のADC入力に信号ソース・グラウンドが印加されます。ユニポーラ疑似差動入力を備えたデバイスの例としては、AD7980とAD7988-5が挙げられます。

図4. ユニポーラ疑似差動
疑似バイポーラ構成では、ADCの正入力にシングルエンド・ユニポーラ信号が印加されます。しかし、負のADC入力に印加されるのは信号ソース・グラウンドではなく、フルスケール電圧の半分の電圧です。この場合、入力範囲は±VFS/2とみなされ、0~VFSではありません。ダイナミック・レンジは増加していませんが、正入力が何に対して測定されているかが、ユニポーラと疑似バイポーラの違いになります。ユニポーラ疑似差動の場合と同様に、疑似バイポーラの負入力は入力範囲に制限があります。しかし今回の制限は、グラウンドではなくVFS/2を中心に、±数ボルトです。疑似バイポーラの入力範囲の図を図5で確認できます。この場合、VOFF = VFS/2になります。疑似バイポーラ入力のオプションを持つデバイスの例としては、AD7689が挙げられます。

図5. 疑似バイポーラ
疑似差動で真のバイポーラの場合、その動作はユニポーラ疑似差動の場合とほぼ同じになりますが、シングルエンドの正のADC入力がグラウンドの上下にスイングできる点が異なります。通常、ピークtoピーク入力範囲はリファレンス電圧の2倍、またはこの比の何倍かになります。例えば、リファレンス電圧が5Vの場合、疑似差動で真のバイポーラのデバイスでは、±5Vの範囲の入力を受け入れることが可能です。図6は、疑似差動で真のバイポーラにおける入力範囲図を示しています。疑似差動で真のバイポーラ入力を備えたデバイスの例としては、AD7606が挙げられます。

図6. 疑似差動で真のバイポーラ
差動
疑似差動アーキテクチャには、変換システム内の一定の摂動信号を除去できる点で、シングルエンド・アーキテクチャに勝る利点があります。しかし、この除去という同じ利点を提供すると共に、システムのダイナミック・レンジも広げることができるアーキテクチャがあります。差動アーキテクチャは、ADCの入力範囲の最大化を可能にします。シングルエンド方式や疑似差動方式と比べて、差動信号方式では、所定の電源およびリファレンスの構成に対して入力範囲を2倍にする能力があり、デバイスの消費電力を増やさずにダイナミック・レンジを最大6dB広げることができます。
アナログ・デバイセズでは、差動入力を備えた2タイプのデバイスを用意しています。ここで取り上げる1つめのタイプは、差動逆相です。この場合、ADCはADCの正入力と負入力の差分を変換しますが、正入力および負入力は互いに対して位相が180ºずれてスイングしています。通常、差動逆相デバイスはユニポーラです。したがって、差動の各区間は、グラウンドと正のフルスケールとの間をスイングすることになり、これはリファレンス入力によって設定されます。差動の各区間で位相が180ºずれているために、入力のコモンモードが固定されます。疑似差動デバイスと同様に、差動逆相デバイスでは、許容されるコモンモード入力範囲に制限を設けることができます。この範囲は、図7に見られるように、製品のデータシートの仕様一覧で確認できます。いずれかのADC入力の絶対入力範囲が0V~正のフルスケールであるデバイスの場合、コモンモード電圧はVFS/2になります。ほとんどの場合、高解像度(16ビット以上)の差動逆相SAR ADCでは、コモンモード電圧範囲は標準的なコモンモード電圧を中心に±100mVです。

図7. 差動コモンモード入力範囲
絶対的な最高性能が求められる場合、通常は、差動逆相デバイスが選択されます。差動信号方式は、最大限のノイズ除去をもたらし、偶数次の歪み特性を打ち消すのに役立ちます。図8に見られるように、差動の各区間が反対方向にスイングすることで、シングルエンドの疑似差動構成に対して、ダイナミック・レンジおよびS/N比が改善されます。

図8. 差動信号方式によるダイナミック・レンジの広がり
信号ソースがシングルエンドであるシグナル・チェーンにおいてシステム性能を最大化したい場合、ADA4940-1またはADA4941-1などのシングルエンド入力差動出力アンプを使用して、入力信号を適切に調整し、コモンモードをADCに合わせることができます。疑似差動デバイスと同様に、大きいコモンモードがシステムに存在する場合、計装アンプを使用して、コモンモードの大部分を調整する必要があります。差動ADCはコモンモードの微小な変化を処理でき、総シグナル・チェーンは優れたCMRRを備えることになります。図9は、差動逆相入力範囲の図を示しています。差動逆相入力を備えたデバイスの例としては、AD7982、AD7989-5、AD7915が挙げられます。

図9. 差動逆相
コモンモード電圧範囲の制限は、最適性能を達成し、コンバータのダイナミック・レンジに悪影響を与えないようにするために必要です。差動逆相デバイスを動作させたときに観察される一般的なエラーには、コモンモード電圧範囲に違反するものがあります。図10は、差動逆相デバイスを実装したときによく発生するエラーを示しています。このシナリオでは、差動信号の位相のずれが180ºではありません。この結果、コモンモードは2つのADC入力ピンの間で大きく変化しており、図7の制約条件に基づいて動作する部品のデータシートに違反しています。

図10. コモンモード違反
差動逆相における他の一般的な間違いとして見られるものとしては、位相が180ºずれていてもコモンモードが不適切な信号や、ADCのIN–ピンをDCペデスタル電圧に接続させた信号が挙げられます。負のADC入力にADC電圧を供給すると、すぐにコモンモード電圧範囲の仕様に違反することになり、差動信号方式のダイナミック・レンジの利点もなくなります。2つめのタイプの差動信号方式では、コモンモードに関係なく、任意の2つの信号同士の差分を測定することになります。アナログ・デバイセズでは、完全差動信号を測定するSAR ADC技術に基づいて、統合化されたデータ・アクイジション・ソリューションのファミリを取り揃えており、広い入力コモンモード電圧範囲が許容される統合化されたデータ・アクイジション・ソリューションを求めるシグナル・チェーン設計者向けに、ADAS3022とADAS3023を用意しています。これらはそれぞれ、±10Vもの広いコモンモード電圧範囲を備えた、バイポーラ逐次同時サンプリングのデータ・アクイジション・システムで、この範囲内では、任意の2つの信号同士の差分を表す能力を備えています。
アナログ入力タイプは、デジタル出力のエンコーディングに影響を与えることがあります。ユニポーラ入力範囲を特徴とする、シングルエンド・ユニポーラおよび疑似差動などのコンバータでは、ストレート・バイナリ・エンコーディングが採用されます。
コード0で負のフルスケール入力電圧を表すことになり、コード[2N–1](Nはビット数)で正のフルスケール入力を表すことになります。両極性の入力を有するデバイスでは、2の補数のエンコーディングが採用され、これによって符号ビットを示すことができます。両極性のデバイスとしては、シングルエンド・バイポーラ、疑似差動バイポーラ、疑似バイポーラ、あらゆる差動デバイスが挙げられます。これらのADCでは、負のフルスケール入力がコード[–2N–1]で表され、正のフルスケール入力がコード[2N–1–1]で表されます。
SAR ADCは、A/D変換シグナル・チェーンを構成するための、多用途で低消費電力の高性能オプションです。これらのデバイスは、非常に容易に実装できます。しかし、このシステムから期待どおりの性能を引き出すには、ある程度アーキテクチャを選択する必要があります。ここでは具体的に、アナログ・デバイセズのSAR ADC製品群で利用できるアナログ入力タイプの選択肢に焦点を置きました。それぞれの入力タイプは、特定のトレードオフに対して比較されるべき一定の利点をもたらします。既に述べたように、正しい選択をすることは、最適な性能の達成に欠かせません。
正しいドライバ・アンプ構成の選択に関する詳細については、次のリンクを参照してください:Single/Dual Amplifier Configurations for Driving Unipolar Precision ADCs。
所定のアプリケーション向けのADCドライバを適切に選択する際の詳細については、次のリンクを参照してください:高精度SAR A/Dコンバータ(ADC)のフロントエンド・アンプとRCフィルタの設計。
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