産業用モーター駆動で優位性を発揮するデジタル・アイソレータ
背景
産業用モーターの駆動に使用する制御回路は、電気的に過酷な環境下でも高いシステム性能を提供できるものでなければなりません。パワー・エレクトロニクス回路では、モーターのコイルと低電圧回路との容量性カップリングによって、急峻に電圧が変化することがあります。また、回路内のパワー・スイッチや寄生素子の望ましくない動作により、誘導性カップリング・ノイズが発生することもあります。さらに、モーターやセンサーと制御回路とを接続する長いケーブルは、複数の経路を形成し、フィードバック制御信号とノイズの結合を引き起こします。モーターを高い性能で駆動するには、高い忠実度(fidelity)のフィードバック制御信号が必要です。これを実現するには、ノイズの多いパワー回路からフィードバック制御信号を分離(絶縁)しておかなければなりません。一般的な駆動システムでは、パワー・インバータを駆動するためのゲート駆動信号の絶縁、モーター制御回路に電流と位置の情報をフィードバックするための信号の絶縁、いくつかのサブシステムの間でやり取りされる信号の絶縁が必要となります。信号の絶縁は、信号経路の帯域幅に影響を与えたり、システムのコストを増大させたりすることなく行う必要があります。これまで数十年にわたり、アイソレーション・バリアを介して安全に絶縁を実施する方法としてフォトカプラが使用されてきました。しかし、フォトカプラの性能には限界があり、そのことが原因でシステム・レベルの性能に影響が及ぶようになってきました。
産業分野では、パワー・スイッチの高効率化と制御回路の低コスト化が実現されたことによって、可変速モーター駆動システムが広く利用されるようになりました。その場合に設計上の課題となるのは、大電力のスイッチング回路と低電圧の制御回路とを、耐ノイズ性能やスイッチング速度を犠牲にすることなく、いかに接続するかということです。
スイッチング方式を採用した最近のパワー・インバータでは、95%を上回る効率が実現されています。この種のインバータでは、モーターのコイルを高電圧DCバスの上部レールと下部レールに交互に接続するパワー・スイッチ(パワー・トランジスタ)を使用します。このパワー・トランジスタは、導通時の電圧降下と電力損失が最小化されるように完全な飽和モードで動作します。この手法を用いることで、インバータの損失は最小限に抑えられます。ただし、パワー・トランジスタではスイッチング損失も発生します。パワー・トランジスタがオンからオフ、オフからオンに切り替わる際、電圧と電流は理想的な変化(瞬間的な変化)を示すことはなく、過渡現象的に電力が消費されるのです。パワー・トランジスタのメーカーは、こうしたスイッチング損失を最小限に抑えるために、遷移時間の短い(スイッチング速度の速い)IGBT などのトランジスタを開発しています。しかし、そのようにしてスイッチング速度を向上させたがために、スイッチング・ノイズが増加するなど、望ましくない副産物が生まれることもあります。
モーターの駆動に使用される制御回路については、半導体製造プロセスの進化の恩恵を享受することができています。具体的には、ミックスド・シグナル技術を利用した制御回路の低コスト化と高性能化が進んでいます。その結果、AC モーターの効率を向上することができる高度なデジタル制御アルゴリズムが広く使用されるようになりました。また、IC の動作電圧を12V から5V に、さらに現在では3.3V まで下げることができています。ただし、その結果、ICがノイズの影響を受けやすくなったというデメリットも生じています。従来、そのようなノイズはフィルタリングによって除去していました。しかし、駆動システムの重要な性能パラメータである帯域幅は維持しなければならないため、従来のフィルタリング技術はほとんど利用できなくなってきました。
モーター用インバータを取り巻く環境
3 相インバータは、DC 電源バスからAC モーターの3 個のコイルへの電力フローを制御する電子式パワー・スイッチング回路です(図1)。3 個のコイルに対応するために、3 相インバータは3 つのインバータ・レグを備えています。各レグには、2 個のIGBT と2個のダイオードが含まれています。モーターのコイルは、電流シャント抵抗を介して、ハイサイドとローサイドのIGBT をつなぐコモン・ノードに接続されます。インバータは、DC バスの上側/下側電圧レールの間でモーターのコイルの切り替え動作を行うことによって平均電圧を制御します。モーターに使われるコイルは誘導性が高く、電流フローの変化に抗うように振る舞います。そのため、パワー・トランジスタがオフに切り替わると、電流は逆のレールに接続されたダイオードに流れ始めます。このようにして、インバータのパワー・デバイスやDC リンクの容量によって導通が途切れた場合でも、モーターのコイルには電流が流れ続けます。このコイルのインピーダンスは、インバータからの高電圧PWM(パルス幅変調)波に対するローパス・フィルタとして働きます。
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図 1. パワー・インバータの回路例(寄生素子も点線で示している)
パワー・インバータと低電圧で動作する制御回路を接続する際にはさまざまな問題が発生します。最も基本的な問題は、ハイサイドのトランジスタのエミッタが、高電圧バスの上部レールと下部レールの間で切り替わることです。そのため、ハイサイド用のドライバは、300V(入力信号コモン以上)にもなりうるエミッタ電圧に対応してゲート信号を生成しなければなりません。また、シャント抵抗を介してやり取りするモーター電流信号(Vsh)は、300V(コモンモード電圧以上)ものレベルに対応して発生する必要があります。
パワー回路に存在する寄生素子により、別の問題が引き起こされることもあります。仮に、プリント基板の配線の寄生インダクタンスが10nH であったとしましょう。そうすると、パワー・トランジスタまたはダイオードが1A/ns 以上のレートで切り替わった場合、10V 以上の電圧が生じる可能性があります。また、各種部品の容量や寄生容量がリンギングを発生させ、パワー・デバイスのスイッチングが原因で生じるノイズのパルスがより長い時間続くこともあります。さらに、安全上の理由から、パワー系の回路基板はモーターから離れた場所に置かれることがあり、モーターの電源ケーブルの高周波インピーダンスが原因となって問題が起きる可能性もあります。あるいは、コイルの電圧波形が高速で切り替わることが理由となって、モーターからフィードバックされるセンサー信号にノイズが結合するケースもあります。定格電力の問題から駆動回路の基板の面積を大きくしなければならなくなると、電流/電圧が高速にスイッチングされる環境下で寄生インダクタンスの値が増大することになります。こうした場合には、問題はさらに大きくなります。これらの問題に対処するには、制御回路とパワー回路とを絶縁/分離し、ノイズの結合を抑えることが重要です。言い換えれば、絶縁回路の性能が駆動性能を決める要因になるということです。
モーターの軸が回転するとき、ロータリ・エンコーダが生成するデジタル・パルス列の周波数は100kHz 程度です。それに対し、半導体の微細化が進んだ結果、エンコーダが搭載する回路は多くの場合10Mbps(メガビット/秒)以上のデータレートで動作しています。シャント抵抗を通るフィードバック信号については、まず信号をデジタル・ビット列に変換し、次にそのビット列を低電力回路から分離することによって絶縁することが可能です。この場合、データレートは10Mbps~20Mbps になります。
スイッチング性能の観点からゲート駆動回路に求められる要件は、モーター駆動用インバータのスイッチング・レートが通常は20kHz以下であることを考えると、それほど厳しくないと言えるでしょう。ただし、貫通電流の発生を防ぐために、ハイサイドとローサイドのパワー・トランジスタを駆動するスイッチング信号にはデッド・タイムを設ける必要があります。必要なデッド・タイムは、パワー・トランジスタの切り替え時に生じる遅延と、アイソレーション回路による値の不確かな遅延によって決まります。デッド・タイムが長くなると、パワー・インバータの伝達関数はより非線形になり、不要な高調波成分(電流成分)が発生するほか、駆動効率が低下する可能性があります。
このように、アイソレーション・バリアを介してパワー回路と制御回路との間でデータ伝送を行ううえでは、スイッチングにおけるタイミングの不確かさが存在せず、ノイズに強いことが重要な要件となります。
高速伝送性能の違い
アイソレータを適用したことでタイミングの不確かさやタイミング・エラーが生じたことによって、システム全体の性能に影響が及ぶのは避けるべきです。標準的なフォトカプラの場合、数ms 程度の伝搬遅延があります。その遅延時間は個々の製品ごとに異なることに加え、温度条件や使用年数にも依存して差が生じます。また、フォトカプラの技術には、基本的にタイミング性能の面で限界があります。それに対し、最近のデジタル・アイソレータは、フォトカプラとはまったく異なる動作原理を採用しており、高速動作が行えるようになっています。
もちろん、フォトカプラの高速化を図ることも可能です。ただし、その場合にはデメリットも生じます。フォトカプラは、光学的に透明な絶縁材料を介してLED から光を送信し、その光をフォトダイオード(光検出器)で検出することによって動作します。フォトカプラの伝搬遅延は、検出側のフォトダイオードの速度とフォトダイオード(の容量成分)の充電に要する時間に直接依存します。伝搬遅延を削減する方法の1 つは、送信する光の量を増やすことです。LED に流す電流を増加させることによって、伝搬遅延を1/2~1/3といったレベルまで削減することができます。ただし、消費電力はデータ・チャンネルごとに最大で50mW ほども増大することになります。
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図 2. フォトカプラの内部構造
高速化を図るためのもう1 つの方法は、アイソレーション・バリアを狭くして光の伝送損失を削減することです。ただし、この手法を適用しつつ絶縁能力を維持するには、絶縁材料の層を増やす必要があります(図2)。その結果、コストが増大することになります。実際、高速フォトカプラとして販売されている製品は、標準的なフォトカプラよりも数倍高価です。
一方、図3 に示したようにマイクロトランスを内蔵するデジタル・アイソレータであれば、標準的な高速CMOS プロセスによって製造することが可能です。その伝送速度はフォトカプラよりもかなり高速です。もともと高速で動作する回路によって構成されているので、高速化を実現するために複雑で高価な絶縁材料を使う必要はありません。マイクロトランスのデータ伝送速度は最大150Mbps で、伝搬遅延は32ns です。消費電力は、25kHz 以上のスイッチング速度に対して5mW 以下に抑えられます。また、チャンネル間のマッチングは5ns 以下で、標準的なフォトカプラよりも10 倍、最高速のフォトカプラと比べても3~4 倍優れています。しかも、チャンネル当たりの価格は1/2 程度に抑えられます。
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図 3. トランスを使用したデジタル・アイソレータの構造
アイソレータの耐ノイズ性能
モーター駆動システムにおけるアイソレータは、パワー・スイッチング回路と制御回路にガルバニック絶縁を施すことによってノイズ源を切り離す役割を果たします。人体やほかの機器を保護するためには、高電圧バス、線間電圧、ユーザー・インターフェースのすべてを相互に絶縁することが必要です。また、ハイサイド/ローサイドのスイッチと制御回路を機能的に絶縁することが必要な場合もあります。アイソレータは、十分な絶縁能力を有するだけでなく、ノイズの多い環境に対する耐性を備えていなければなりません。アイソレータがグラウンド領域間で高速ノイズを分離する能力は、一般にCMTI(Common-Mode Transient Immunity)として規定されます。CMTI は、アイソレーション・バリアを介して、電圧ノイズをどの程度除去できるかを示すもので、kV/µs という単位が用いられます。この指標により、そのアイソレータでは、ノイズによって遮断されることなく、どの程度のレベルでデータ通信が行えるのかを判断することができます。
一般に、アイソレータにおける過渡電圧ノイズは、アイソレータ内部のバリアをまたがる寄生容量を伝搬経路とします。通常、フォトカプラのCMTI は15kV/µs 程度の比較的低い値にとどまります。また、最近のデジタル・アイソレータの中には、容量性の結合によって絶縁とデータ伝送を実現するものもあります。この場合、信号とコモンモード・ノイズの経路が同じであるということになります。それに対し、アナログ・デバイセズの「iCoupler」ブランド製品のようにトランスを利用したデジタル・アイソレータでは、信号とノイズの経路が異なります。そのため、通常50kV/μs 以上のCMTI が実現されます。
絶縁材料と信頼性
デジタル・アイソレータは既存のCMOS プロセスによって製造されます。そのため、使用可能な材料は一般的なCMOS プロセスで使われるものに制限されます。標準的でない材料を使用すると、製造プロセスが複雑になり、製造性(製造のしやすさ)が低下してコストが上昇します。一般的な絶縁材料としては、薄膜として使用可能なポリイミド(PI)などのポリマーがあります。また、SiO2(二酸化ケイ素)も絶縁材料として使用可能です。どちらも絶縁特性はよく知られており、標準的な半導体製造プロセスで長年にわたって使用されています。なお、ポリマーは、高電圧用アイソレータとして実績を重ねてきた多くのフォトカプラで使用されています。
通常、絶縁に関する安全規格では、1 分間の絶縁耐圧(通常2.5kVrms~5kVrms)と動作絶縁電圧(通常125Vrms~400Vrms)について規定されています。このほかに、強化絶縁認証として、短時間におけるサージ電圧(例えば50µs の間のピーク値が10kV)について規定している規格もあります。アイソレータでは、ポリマー/ポリイミドを絶縁材料として使用する場合に最も優れた特性が得られます(表1)。
ポリマーを使用したフォトカプラ | ポリイミドを使用したデジタル・アイソレータ | SiO2 を使用したデジタル・アイソレータ | |
絶縁耐圧(1 分間) | 7.5 kV rms | 5 kV rms | 5 kV rms |
動作絶縁電圧が400Vrmsの場合の寿命 | 50 年 | 50 年 | 50 年 |
強化絶縁規格で定められたサージ電圧 | 20 kV | 12 kV | 6 kV |
絶縁距離 | 400 µm | 20 µm | 8 µm |
ポリイミドを使用したデジタル・アイソレータは、フォトカプラと同様に定格寿命が50 年です。これは、通常の動作電圧で稼働するモーターの寿命を上回っています。SiO2 を使用したアイソレータの動作寿命も同じくらいですが、エネルギーの大きいサージに対する保護能力がポリイミドを使用する場合よりも劣ります。
高温/連続使用の条件下において、フォトカプラは、絶縁材料の破損ではなく、LED の消耗によって寿命を迎えます。85℃以上の温度で1 万時間動作させた場合、フォトカプラの電流伝達率(CTR)は10%~20%ほど劣化します。10 万時間の連続動作を行った場合には、CTR が1/2 以下に低下することもあります。
集積化の可能性
ゲート駆動回路には、非飽和検出機能や、シグマ・デルタ(ΣΔ)変調方式のA/D コンバータ(ADC)を使用した絶縁型電流検出機能、多方向データ・フロー機能などを持たせることができます。それに対し、フォトカプラのLED とフォトダイオードは、低コストのCMOS 技術との親和性がないため、それらの機能を持たせるには、マルチチップのソリューションが必要になります。つまり、そうした機能を備えるフォトカプラは非常に高価なものとなります。それに対し、CMOS 技術で製造する絶縁型トランス内蔵のデジタル・アイソレータの場合、集積化を進めるなかで自然にこれらの機能を加えることができます。また、トランスは電力の伝送にも使用できるので、同一のパッケージ内で、ハイサイド用の電力をブート・ストラップ回路を使わずに伝送することも可能です(ただし、一部のアプリケーションではこの方法は使えません)。現在、トランスを使用したデジタル・アイソレータとしては、DC/DC コンバータ、ΣΔ 方式のADC、ゲート駆動回路、I2C、RS-485 対応のトランシーバ、RS-232 対応のトランシーバ、CAN(Controller AreaNetwork)対応のトランシーバを単一のパッケージに収容し、モーター制御システム向けのサイズと価格に最適化したものを入手可能です。
アプリケーション回路の実例
図 4 に示したのは、ゲート駆動信号、通信信号、フィードバック信号に絶縁を施した一般的なモーター駆動回路の例です。緑色の網掛けで示したものがデジタル・アイソレータ技術を利用した製品です(稿末の「リソース」の項も参照)。このシステムでは、モーターのコイルを流れる電流の測定に絶縁型のΣΔ 方式ADC(AD7401)を使用しています。得られたデジタル・データは、モーター制御用IC が内蔵するデジタル・フィルタ回路によって処理します。エンコーダは、絶縁型RS-485 インターフェース(ADM2485)を介して位置データと速度データをモーター制御用IC に伝送するASIC を搭載しています。このほかに、絶縁型シリアル・インターフェースとしては、PFC 回路のために使用するI2C インターフェース(ADP1047)や、フロント・パネルに接続するRS-232 リンク(ADM3251E)があります。PWM 信号はインバータ・モジュール(IGBT モジュール)から絶縁されており(ADuM1410、ADuM1310を使用)、IGBT は同モジュールに組み込まれた、レベル変換機能を備えるゲート駆動回路によって駆動されます。
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図 4. 産業用途で使用される中型モーター駆動システムの構成例
アナログ・デバイセズのデジタル・アイソレータ製品ファミリーの詳細については、http://www.analog.com/jp/icoupler をご覧ください。
著者について
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