トランクション・インバータでのSiC使用によるEVの走行距離延長

2021年08月01日
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現在、自動車輸送と半導体技術の将来に影響を与える大きな破壊的創造の流れ(ディスラプション)が2つあります。アナログ・デバイセズでは、電力を使ってクリーンに自動車を走らせるための新しい画期的な手段の採用を進める一方で、最大限の電力効率を実現し、その結果としてEVの走行距離を最大限まで延ばすために、電気自動車(EV)用サブシステムを支える半導体材料のリエンジニアリングを行っています。

政府の規制当局は自動車OEMに対し、その販売車両の全体的なCO2排出量削減を継続的に求めており、その要求に違反した場合は厳しい罰則が科されます。また、道路沿いや駐車場では、EV充電用インフラストラクチャの整備拡充が始まっています。しかし、これらすべての進歩にも関わらず、EVの走行距離上の制約がなかなか解消されないことから、主流層の消費者による電気自動車購入は進まないままになっています。

問題を複雑にしているのは、EVの走行距離を延ばして消費者の不安を解消するであろうEVバッテリの大型化が、同時にEVの価格を押し上げるおそれがあるということです。バッテリは、最終的な車両コストの25%以上を占めています。

幸いなことに、このような状況と平行して起こっている半導体の革命によって、シリコン・カーバイド(SiC)MOSFETパワー・スイッチなどの新たなワイド・バンドギャップ・デバイスが登場しました。これらのデバイスは、EVの走行距離に対する消費者の期待と、競争力の高いコスト構造でその期待を満たすOEMの能力との間にある差を縮める助けとなります。

SiCパワー・デバイスを提供するリーダー企業の1つであるWolfspeedのパワー・プラットフォーム担当マネージャAnuj Narainは、次のように述べています。「SiC MOSFETがその真価を発揮すれば、シリコンベースの既存技術と比較して、標準的なEVの運転サイクルを5%~10%向上できると広く期待されています。」このため、これらのデバイスは、EVドライブ・トレイン用の次世代トラクション・インバータにとって重要な部品です。各種の補助部品と共に適切に活用すれば、これらの部品による電力効率の向上が、EVの走行距離に関する消費者の信頼を獲得してEV普及を加速させる上で、大きな助けとなる可能性があります。

図1. EVの電力変換要素。トラクション・インバータは、HVバッテリのDC電圧をAC波形に変換してモータを駆動し、それによって車を走らせます。

図1. EVの電力変換要素。トラクション・インバータは、HVバッテリのDC電圧をAC波形に変換してモータを駆動し、それによって車を走らせます。

SiC技術による最大限の効果実現

電力密度と効率に関しては、SiCベースのパワー・スイッチが持つ本質的な利点が十分に理解されています。また、システムの冷却とサイズに関してもいくつかの重要な関係が分かっています。SiCへの進化によって800V/250kWのインバータを1/3のサイズに縮小することが可能になる他、これと組み合わせて使用するDCリンク・フィルム・コンデンサのサイズとコストも大幅に縮小/削減できます。従来の半導体と比較して、SiCパワー・スイッチは走行距離の延長やバッテリ・パックの縮小が実現でき、これらのことはデバイス・レベルからシステム・レベルまで、コスト比較の上でこれらのスイッチに有利にはたらきます。 

図2. バッテリからモータへのシグナル・チェーン。走行距離延長を実現するには、最大限の効率レベルを実現できるように各ブロックを設計する必要があります。

図2. バッテリからモータへのシグナル・チェーン。走行距離延長を実現するには、最大限の効率レベルを実現できるように各ブロックを設計する必要があります。

こうした走行距離の検討とコスト的な検討の両方に関係するトラクション・インバータは、今後も、更なるEVの効率向上と走行距離延長の実現へ向けた革新の中心的存在になると見込まれています。また、SiCパワー・スイッチは最も高価で機能的にも重要なトラクション・インバータの要素であり、その価格に見合うだけの利点をすべて引き出すためには、極めて正確に制御することが求められます。

図3. ターンオン時(左)とターンオフ時(右)の電圧波形と電流波形。SiC環境ではdv/dtが10V/nsを超えることがありますが、これは800VのDC電圧のスイッチングに80nsかからないことを意味します。同様に、10A/nsは80nsで800Aが流れることを意味し、di/dtがどのようなものかをうかがい知ることができます。

図3. ターンオン時(左)とターンオフ時(右)の電圧波形と電流波形。SiC環境ではdv/dtが10V/nsを超えることがありますが、これは800VのDC電圧のスイッチングに80nsかからないことを意味します。同様に、10A/nsは80nsで800Aが流れることを意味し、di/dtがどのようなものかをうかがい知ることができます。

実際、コモンモード・ノイズの変動や、パワー・スイッチ環境の不適切な管理から生じる超高速の過渡電圧と過渡電流(dv/dtおよびdi/dt)による破壊的な極めて電圧のオーバーシュートがあると、SiCスイッチの本質的な利点がすべて失われてしまうおそれがあります。大まかに言って、SiCスイッチの基礎となる技術は高度なものですが、その機能は比較的単純であり、端子は3つだけです。しかし、システムとのインターフェースを取る場合は注意が必要です。

ゲート・ドライバの挿入

絶縁型ゲート・ドライバは最適なスイッチング・スイート・スポットを設定する役割を果たし、絶縁バリア越しの伝搬遅延ができるだけ短く正確な値となるようにする一方で、システム絶縁と安全絶縁、パワー・スイッチの過熱制御、短絡の検出と保護などの機能を提供する他、ASIL Dシステムへのサブブロック・ドライバ/スイッチ機能の挿入を容易にします。

図4. 絶縁型のゲート・ドライバは、信号領域(制御ユニット)と電力領域(SiCスイッチ)の橋渡しをします。このドライバは、絶縁と信号バッファリングの他に、テレメトリ、保護、および診断の機能を実行し、シグナル・チェーンの重要な要素となっています。

図4. 絶縁型のゲート・ドライバは、信号領域(制御ユニット)と電力領域(SiCスイッチ)の橋渡しをします。このドライバは、絶縁と信号バッファリングの他に、テレメトリ、保護、および診断の機能を実行し、シグナル・チェーンの重要な要素となっています。

しかし、SiCスイッチによって生じる高スルー・レートのトランジェントは絶縁バリア越しのデータ伝送を損なうおそれがあるので、これらのトランジェントに対する感受率を測定し、理解しておくことが極めて重要です。アナログ・デバイセズ固有のiCoupler®技術は、優れたコモンモード過渡耐性(CMTI)を備えていることが実証されており、測定によって最大200V/ns以上の性能が確認されています。これは、安全動作時のSiCスイッチング時間に関して最大限の可能性をもたらす値です。

図5. アナログ・デバイセズは、iCouplerデジタル・アイソレーションICにより、20年以上にわたってデジタル・アイソレーション技術の進歩を実現してきました。この技術は、ポリイミドによる厚い絶縁が施されたトランスで構成されています。デジタル・アイソレータは、ファウンドリCMOSプロセスを使用しています。トランスは差動で、優れたコモンモード過渡耐圧を備えています。

図5. アナログ・デバイセズは、iCouplerデジタル・アイソレーションICにより、20年以上にわたってデジタル・アイソレーション技術の進歩を実現してきました。この技術は、ポリイミドによる厚い絶縁が施されたトランスで構成されています。デジタル・アイソレータは、ファウンドリCMOSプロセスを使用しています。トランスは差動で、優れたコモンモード過渡耐圧を備えています。

小さいダイ・サイズと熱的に厳しい周囲状況を考慮すると、短絡はSiCベースのパワー・スイッチに関するもう1つの大きな課題です。ゲート・ドライバは、EVパワー・トレインの信頼性、安全性、およびライフ・サイクルの最適化に不可欠な短絡保護を実現します。

高性能ゲート・ドライバは、WolfspeedのようなSiC MOSFETパワー・スイッチのリーディング・プロバイダと共に行った現実的なテストによって、その価値が実証されています。様々な重要パラメータの中には短絡検出時間と合計障害解消時間が含まれていますが、これらについては、それぞれ最小300ns(短絡)および800ns(障害解消)までの値を実現することができます。その他の安全および保護機能については、スムーズなシステム動作に不可欠な調整式ソフト・シャットダウン機能が、テストにより実証されています。

同様に、スイッチング・エネルギーと電磁両立性(EMC)についても、電力性能とEV走行距離を改善するために最大限まで高めることができます。駆動能力が高まると、ユーザはより高速のエッジ・レートを得ることができます。その結果スイッチング損失が減少します。これは効率向上の助けとなるだけでなく、ゲート・ドライバごとに外部バッファを割り当てる必要がなくなるので、ボード・スペースとコストの削減も可能になります。逆に、一定の条件下では、ゆっくりとスイッチングして、最適な効率を達成する必要がある場合があります。あるいは、段階的にスイッチングすることさえあります(こうすることで更に効率を向上できることが研究によって示されています)。アナログ・デバイセズは、このためにスルー・レートを調整できるようにしています。また、外部バッファをなくすことで、更に障害が少なくなります。

システム内の要素

ゲート・ドライバとSiCスイッチ・ソリューションの組み合わせによって得られる価値と性能も、周囲のコンポーネントに不備や非効率的な点があると、すべて失われてしまうおそれがあります。電力および検出の分野でアナログ・デバイセズが積み重ねてきた実績、そして性能の最適化へ向けたそのシステム・レベルのアプローチは、設計上の広範な考慮事項を包含しています。

EVを包括的な視野で眺めると、ドライブ・トレインの電力効率を最適化するための新たな可能性が見えてきます。ドライブ・トレインの電力効率は、安全で信頼性の高い動作を確保しながら、使用可能なバッテリ容量を最大限に生かす上で不可欠な要素です。BMSの品質は、充電1回あたりのEVの走行距離に直接影響し、バッテリの総寿命を最大限延長します。結果として、これは総所有コスト(TCO)を削減することにもなります。

パワー・マネージメントに関しては、BOMコストやPCBフットプリントに悪影響を与えることなく、複雑な電磁干渉(EMI)上の課題を克服できることが最も重要な点となります。電源層に関しては、電力効率、熱性能、およびパッケージングも重要な考慮事項です。これは、その電源層が絶縁型ゲート・ドライバ電源回路用であるか、あるいは補助的な降圧DC/DC回路用であるかの別を問いません。いずれの場合も、EV設計者にとって重要なのはEMIの問題を解決できる性能です。複数電源のスイッチングという問題に関して言うと、その決定的な課題となるのはEMCであり、優れたEMCは、テスト・サイクルを短縮して設計の複雑さを緩和し、それによって製品の市場投入を加速する上で大きな役割を果たします。

補助構成部品のエコシステムを深く掘り下げることによる磁気検出の進歩が、広い帯域幅と高い精度を備え、電力損失のない新世代の非接触型電流センサーと、シャフトエンド構成およびオフシャフト構成用の正確で信頼性の高い位置センサーを生み出しました。トラクション・モータの機能を監視する回転センサーと位置センサーを備えた標準的なプラグイン・ハイブリッドEV1への展開を目的とする電流センサーは、15~30種類あります。様々なEV用電源サブシステムの測定と効率維持にとって、漂遊磁界に関する検出の精度と信頼性は非常に重要な属性です。

エンドtoエンドの効率

アナログ・デバイセズは、バッテリからトラクション・インバータ、更には補助コンポーネントやその他の部品に至るまで、EVパワー・トレインのすべての要素を包括的に見ることにより、全体的な電力効率の向上とEVの走行距離延長を実現させる形で、EVを改善するための機会を数多く見出しています。SiCパワー・スイッチング技術がEVのトラクション・インバータに採用されているため、デジタル・アイソレーションは、この複雑なシステムを構成する数多くの重要な要素の1つとなっています。

同様に、自動車のOEMは、最大限の性能と効率を実現するために、EVの最適化に分野横断的な手法を利用して、使用可能なすべての電力監視/制御デバイスを密接に連携させることができます。更に各OEMは、これを、主流層の消費者へEVを浸透させるための最後の障害の克服、つまり走行距離とコストに関する問題克服の助けとする一方で、すべての人にとってより環境に優しい未来の実現を促進することができます。

著者について

Timothe Rossignol
ツールーズ大学で電気工学の修士号と博士号を取得。過去10年間自動車産業に従事し、サプライ・チェーン全般について豊富な経験を持つ。フランスのOEMと1次サプライヤでそのキャリアを開始し、その後英国でハードウェア設計リーダーとして勤務。2018年にアイルランドのリメリックでシステム・エンジニアとしてアナログ・デバイセズに入社。最近フランスへ異動し、現在はマーケティング・マネージャとしてeモビリティ用電力変換システムに関する様々な業務に従事。

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