臨床状態のモニタリングおよび疾病診断における生体電気インピーダンス分析
生体組織の電気的特性には、電気の発生源に応じて能動的特性と受動的特性があります。能動的応答は、細胞内のイオンによって生体組織が電気を生成する場合です。これらの電気信号は生体電位と呼ばれ、最もよく知られている例として、心電図や脳波記録が挙げられます。これに対して受動的応答は、電流源や電圧源などの外部からの電気的刺激に生体組織が応答する場合を言います。ここでは、生体のインピーダンスについて取り上げます。
生体インピーダンス分析
生体インピーダンス分析は、人体組成の測定と臨床状態の判定を目的とした低コストの非侵襲的技術です。生体インピーダンスは複素数で表される量で、主に人体内の水の合計量によって決まる抵抗値R(実数部分)と、主に細胞膜の電気容量によって決まる無効値Xc(虚数部分)から構成されます。インピーダンスは、モジュラス¦Z¦と位相角φを使い、ベクトルとして表すこともできます。位相角は、人体組成を決定する上で基本的な役割を果たします。
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断面積S、長さlの導体の抵抗R、および表面積S、距離dの平行な平板で構成されるコンデンサの電気容量Cは、次式で表されます。
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式(4)と式(5)に示すように、抵抗と容量は幾何学的パラメータ(長さ、距離、表面積)に依存します。これは、その値が採用される測定システムと物理的パラメータに関連していることを意味します。物理的パラメータは抵抗率ρと誘電率εで、これらは測定対象となる物質の種類(この場合は生体組織)と密接に関係しています。生体インピーダンスと、その値の測定に使用する計測器を簡略化した電気的モデルを図1に示します。REは細胞外液の抵抗を考慮するもので、RIは細胞内液の抵抗を、Cmは細胞膜の電気容量を表しています。計測器と人体を接続するには、皮膚に電極を取り付けます。計測器は電極に励起電圧を加えて、生成される電流を測定します。励起信号は後段のドライバに接続されたD/Aコンバータ(DAC)によって生成され、DACは、信号の振幅と周波数を設定できるようマイクロコントローラによってプログラムされます。電流測定にはトランスインピーダンス・アンプ(TIA)が使われ、精密な測定を行うために高分解能のA/Dコンバータ(ADC)に接続されます。収集されたデータはシステム・マイクロコントローラによって処理され、分析に必要な情報が取り出されます。
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図1 生体インピーダンス測定システムのブロック図
生体インピーダンスの測定時は、人体を5つの部分、つまり右腕、左腕、右脚、左脚、胴体部分に分割します。この区分は、使用する測定方法を理解する上で重要です。 最も一般的なのが、腕と脚、脚と脚、腕と腕を使う測定です。
生体インピーダンス分析(BIA)の際に考慮すべき要素は、身体計測パラメータを含めて複数あります。つまり、身長、体重、皮膚の厚さ、体型です。その他の要素としては、性別、年齢、人種、および患者の健康状態(つまり栄養不良や脱水のないこと)があります。このうち、健康状態は特に重要です。これらの要素を考慮しないと、正しいテスト結果が得られないおそれがあります。測定値は、統計データと、こうした様々な要素を考慮した式に基づいて解釈されます。
人体の組成
人体の組成を検討する場合は、以下を含む3コンパートメント・モデルを考えます。
- 脂肪量
- 細胞量
- 細胞外量
これらの概念を図2に示します。まず、2つのコンパートメント・モデルにおける、よく知られた除脂肪量(脂肪以外の量)と脂肪量という用語から解説します。 脂肪量は必須脂肪と貯蔵脂肪という2つの要素に分けられます。また、除脂肪量は、蛋白質量と細胞内液からなる体細胞量と、細胞外液と骨量からなる細胞外量に分けられます。最後のパラメータは水和度を決定する基礎となる体内の総水分量で、これは細胞内液と細胞外液を合計することによって得られます。
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図2 人体の組成
電気的な観点からすると、細胞内と細胞外の電解液は良好な導体と同様の挙動を示しますが、脂肪や骨組織はあまり電気を通しません。
生体インピーダンスの測定方法
生体インピーダンスを測定するために最も広く使われている方法は複数ありますが、その違いは使用する励起信号の周波数です。最も簡単な計測器は固定周波数での測定を基本としていますが(シングル周波数生体インピーダンス分析、SF-BIA)、一部は複数周波数を使用するシステムを採用しています(マルチ周波数生体インピーダンス分析、MF-BIA)。また、非常に高度な機能を備えた計測器は、一定の周波数範囲にわたって真の分光測定を行います(生体インピーダンス分光法、BIS)。結果の評価にも様々な手法が使われますが、中でも最も重要なのが、生体インピーダンス・ベクトル分析とリアルタイム分析です。
SF-BIA計測器の場合、人体に加えられる電流の周波数は50kHzです。動作は、測定インピーダンスと体内総水分量(TBW)の反比例関係に基づいています。体内総水分量はインピーダンスの導通部分で、細胞内液(ICW)と細胞外液(ECW)で構成されます。この方法は、水和状態が正常な場合は良好な結果を提供しますが、水和状態が通常と大きく異なる場合は有効な結果が得られなくなります。これは、特に、ICWの変動を評価する能力に限界があることに起因します。
MF-BIA法では、低周波数と高周波数で測定を行うことによってSF-BIAの場合に生じるような制約を回避します。低周波数での測定時にはECWをより正確に予測でき、高周波数ではTBWの予測値が得られます。ICWは、これら2つの予測値の差を取ることによって求めます。ただし、この方法も完全ではなく、疾病を持つ高齢者の体液量の予測には限界があります。
最後に、BISは周波数ゼロにおけるインピーダンスの測定値に基づいて行われますが、図1のモデルによれば、これは細胞外液による抵抗REです。周波数が無限大の場合、測定値はREとRIの並列値になります。これら周波数範囲の両端の値では、それぞれ、細胞膜による電気容量が断線あるいは短絡と同様の挙動を示します。両者の中間の周波数では、それぞれの測定値が容量値に関する情報を提供します。BISは他の方法よりも詳細な情報を提供しますが、測定時間が長くなります。
生体インピーダンス・ベクトル分析(生体電気インピーダンス・ベクトル分析、BIVA)は、生体インピーダンスの絶対測定値に基づいて人間の健康状態を評価する方法です。この方法ではインピーダンスのベクトル表現を示すグラフを使用しますが、グラフにおいて抵抗の値は横座標で、容量性リアクタンスの値は縦座標で表され、どちらの値も患者の身長を基準に正規化されます。この方法は、3つの許容楕円(50%、75%、95%)の定式化に基づいています。50%の許容楕円は平均的な身体組成の人数を決定します。楕円の横軸の右方向へ移動すると、除脂肪量のパーセンテージが低い人の数を確認でき、左方向へ移動するとその逆になります。つまり、左側では除脂肪量のパーセンテージが高い人の数を確認できます。楕円の縦軸は水和度を表し、楕円の上側は基準よりレベルが低いことを、下側は基準よりレベルが高いことを表します。
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図3 生体インピーダンス・ベクトル—分析許容楕円
人体を構成する要素の変動、例えば除脂肪量、脂肪量、および体内総水分量の通常値からの変動を観察することは、患者の健康状態を知る上で重要です。除脂肪量の著しい減少や各種体液のアンバランスは、疾病診断に用いられる主要なパラメータです。現在、生体電気インピーダンス分析は、以下に示すような人体システムの疾病診断時に補助的手段として使用されています。
- 肺系統
- 肺癌
- 肺水腫
- 心臓血管系
- 手術後の体液貯留
- 循環器系
- 血管内容積
- 低ナトリウム血
- 水和
- 腎臓系
- 血液透析
- ドライ・ウェイトの判定
- 神経系
- アルツハイマー病
- 神経性食欲不振
- 筋肉系
- トレーニング時の身体組成変化
- 免疫系
- HIV感染患者の判定
- 癌患者の判定
- デング熱
AD5940 − 柔軟な高精度アナログ・フロント・エンド
アナログ・デバイセズは、特にインピーダンス分光測定用に設計された高集積なシステム・オン・チップ(SoC)ADuCM35xなどのデバイスを含む、インピーダンス分析用製品の幅広いポートフォリオを提供しています。近頃発表されたAD5940は、高精度、低消費電力のアナログ・フロント・エンドで、ポータブル・アプリケーションに最適です。生体インピーダンスと皮膚導電率の測定用に開発されたAD5940は、2つの励起ループと共通測定チャンネルで構成されています。1つめの励起ループは最大周波数200Hzの信号を生成可能で、各種の電気化学セル測定用のポテンショスタットとして構成できます。基本的な構成要素は、デュアル出力DAC、励起信号を生成する高精度アンプ、および電流測定用のトランスインピーダンス・アンプです。低周波数で動作するこのループは消費電力が小さいので、低消費電力ループとも呼ばれます。2つめのループも同様の構成ですが、最大200kHzの信号まで対応可能なことから高速ループと呼ばれます。このデバイスには、16ビット、800kSPSのSAR型ADCを備えたアクイジション・チャンネルと、バッファ、プログラマブル・ゲイン・アンプ(PGA)、プログラマブル・アンチエイリアシング・フィルタを含むアナログ信号処理チェーン(コンバータ前段)が組み込まれています。このアーキテクチャを完成させるために、ADCに接続するデバイスへ送られてくる内部および外部の複数の信号源からの様々な信号を受信できるようにする、スイッチング・マトリクス・マルチプレクサがあります。このように、メインとなるインピーダンス測定機能に加えて、正確なシステム診断を行うことで、計測器のすべての機能を確認することができます。
4線構成で人体の絶対インピーダンスを測定する際のAD5940の接続を、図4に示します。このタイプの測定には高周波数ループが使われ、プログラマブルAC電圧ジェネレータが励起信号を提供します。もう1つのジェネレータは、正確な測定に役立つコモンモード電圧を供給します。人体のインピーダンスによって生成される電流がトランスインピーダンス・アンプによって測定され、16ビットADCで変換されます。このシステムは最大200kHzの周波数測定が可能であり、50kHzで100dBのS/N比(SNR)を実現します。デジタル・データは、対象となる量、つまりインピーダンスの実数部分と虚数部分を抽出するために、ハードウェア・アクセラレータに送られます。
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図4 生体インピーダンス分析のためのAD5940の4線接続
医療用デバイスとしての生体インピーダンス・アナライザは、IEC 60601規格に適合している必要があります。この規格は、人体に加えることのできる電圧と電流の限界値を定めています。このような理由から、人体への最大電流を制限するための抵抗Rlimitと、同じく人体にDC成分が加わるのを防ぐための4個のカップリング・コンデンサCisoXが取り付けられています。
まとめ
生体インピーダンス測定は、人体組成の評価や一定の疾病を診断するための汎用的で非侵襲的な手法で、迅速かつ低コストな測定を行うことができます。AD5940などのデバイスを使用することにより、現行の技術で、バッテリ電源を使用できるコンパクトで高性能かつ低消費電力の生体インピーダンス・アナライザを実現することができます。高集積、小型フォーム・ファクタ、低消費電力といった特長を兼ね備えるAD5940は、ウェアラブル・アプリケーションにも最適です。
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