要約
ディジタル電子機器システムのおかげで、私達の暮らしはさまざまな場面で豊かになっていますが、その反面、ディジタルクロック信号は伝導ノイズ(ケーブル経由)や放射電磁妨害(EMI)の原因ともなっています。潜在的なノイズ問題が極めて多いため、今日の電子製品はすべて公認のEMI規格を確実に遵守するようにテストされています。しかし、問題はEMI準拠だけではありません。スペクトラム拡散(SS)発振器は、自動車で使用する発振器としてますます魅力的なものとなっています。自動車で使用した場合、自動車用の電子サブシステムのクリーンな性能という点で、この発振器は、単に計測器だけでなく運転手や乗客にも利点をもたらします。
車載用における有利な点
SS手法はEMI準拠のための特定のFCC要件や規制要件を満たす際に効果を発揮しますが、この手法にはその効果をはるかに凌ぐ利点があります。EMIへの準拠によって得られる利点は、測定手法のバンドパス仕様によって大きく異なります。SS手法はピークエネルギの集中を最小限に抑えています。また結果として、このエネルギはノイズフロア内に分散されるため、フィルタリングやシールドの必要性が低減します。さらに、これだけでなく、SS技術はその他の利点ももたらします。
今日の自動車には、高性能のマルチメディア、オーディオ、ビデオ、およびワイヤレスシステムが導入されていますが、その数が増大するにつれて、設計者は、これらのサブシステムが影響を受ける周波数に存在する不要なRFエネルギに特別な注意を払わざるを得なくなっています。高品質な無線/ワイヤレスデータシステムの場合、RFエネルギピークを排除することができるかどうかで、システムが使用可能かどうかが決まります。
長年、無線は、電源のスイッチングノイズによる妨害を回避するため、周波数待機として知られる方式を利用してきました。このような無線は、実際に電源と通信し、必要に応じて電源のスイッチング周波数を変更することによってチューナの入力帯域からエネルギのピークをずらすように、電源に指示しています。しかし、最近の自動車は、妨害の原因となるサブシステムが増大しており、各システムが同時に動作する状況を常に予想することが困難になっています。アンテナダイバシティシステムの使用や新しいサブシステムの配置上の制限によって、状況は一層複雑になっています。
SS発振器のその他の利点は、ディジタルオーディオや工場でインストール済みのハンズフリーインタフェースで見られます。通常、これらのシステムは、コーデックを使用し、携帯電話などのテレマティックインタフェースとのディジタルインタフェースを設けることでオーディオ品質を向上しています。コーデックのクロックソースとしてディザ重畳(スペクトラム拡散)発振器を使用すると、厄介なアイドルトーンがサイレント期間中に発生することを排除できます。また、この手法は、スイッチトキャパシタコーデックを搭載したマルチメディアアプリケーションでもよく使用されています。アイドルトーンを排除することの他に、SS発振器はエネルギピークをノイズフロア内に抑え込むため、たとえば周波数ホッピングのワイヤレスネットワークで使用されるチャネルに衝突する可能性が減少します。
次世代自動車のほとんどすべてのサブシステムに、SSクロック手法を使用することで性能とEMI準拠に大きな利点をもたらすような領域が含まれることになると思われます。このため、マキシム/ダラスなどのベンダは、信頼性の高い起動特性を備え、かつ振動による影響を受けないオールシリコン発振器を提供しています。オールシリコン発振器は、セラミック共振器に対してコスト競争力があり、キロヘルツから60メガヘルツ以上の範囲を取り扱います。
一般的な検討事項
電子回路の設計者には、EMIを規制するという問題が残っています。EMIの原因を調べると、多くの場合、ディジタルシステムクロックが最も大きな要因であることがわかります。これにはいくつかの理由があります。すなわち、クロックの周波数はほとんどの場合、システム内で最大であること、また通常、クロックは周期的な方形波であること、さらに、多くの場合クロックのトレースはシステム内で最長のトレースであるということです。このような信号の周波数スペクトルは、基本トーンと低振幅の高調波トーン(振幅は周波数の増大に伴って減少)で構成されます。
システムのその他の信号(データバスやアドレスバスの信号)は、クロックと同じ周波数で更新されますが、これらの信号は不規則な間隔で発生するため、一般的にお互いに相関はありません。更新によって得られる結果は、クロックの振幅よりもはるかに低い振幅の広帯域ノイズスペクトルになります。このスペクトルの総エネルギは、クロックエネルギよりも極めて大きくなりますが、EMIテストにほとんど影響しません。EMIテストは、総放射エネルギではなく、最大スペクトル振幅を調べているからです。
EMIは、フィルタリング、シールド、および良好なPCBレイアウトによって規制することができます。しかし、フィルタリングとシールドを設けるにはコストが増大し、また精密なレイアウトを行うと時間がかかります。別の手法として、ノイズ源そのものに取り組むという方法があります。最も一般的なノイズ源はクロック発振器です。クロックの周波数を時間とともに変化させることで、基本波とオーバトーンの振幅を簡単に減少させることができます。クロック信号のエネルギは一定のままであるため、オーバトーンを広げる変動周波数によってオーバトーンの振幅は必然的に減少します。
このようなクロックを生成する簡単な方法は、電圧制御発振器(VCO)を三角波で変調することです。得られるスペクトルは、三角波の振幅の増大に伴って広くなります。この三角波の繰り返し速度はどの程度にすればいいのでしょう? 掃引が遅い(可聴範囲)と、電源を通じてアナログのサブシステムに結合する可能性があります。反面、掃引が速すぎると、ディジタル回路が複雑になる可能性があります。
図1は、上述の手法に基づいたクロック発振器のブロックダイアグラムです。ここでは、三角波がVCO出力のスペクトルの広がりを制御しています(VCOの中心周波数は、DACとプログラム可能な8ビット分圧器によって制御され、260kHz~133MHzの間の任意の場所に周波数を設定することができます)。図1のICは、2線式インタフェースで制御され、設定値はオンボードのEEPROMに保存されます。このデバイスは、所望の周波数に事前にプログラミングしておけば、スタンドアロン方式で稼働させることができます。また、これらの周波数は進行中に更新することができるため、低電力アプリケーションにおける利点となります。
図1. DS1086プログラマブルクロックジェネレータのコアは、三角波で制御されるVCOです。周波数は、2線式インタフェースを経由して事前にプログラミングされ、オンボードのEEPROMに保存されます。
図2は、通常の水晶発振器のスペクトルとスペクトラム拡散のクロック発振器のスペクトルとを比較しています。4%だけスペクトルを広げるように三角波の振幅を設定すると、ピーク振幅は、水晶クロック発振器の振幅よりも約25dB減少します。
図2. 水晶発振器の振幅と、広がりが4%のDS1086の振幅との間の差は、ほぼ25dBです。
マイクロプロセッサ用のクロックソースとしてスペクトラム拡散発振器を使用するときには、μPが、デューティサイクルの許容誤差、立上り時間と立下り時間、およびソースの周波数変動に伴うその他のパラメータに対応可能であることを確認してください。発振器を基準として使用するアプリケーション(たとえば、リアルタイムクロックやリアルタイム測定)の場合には、変動周波数によってかなりの誤差が加算される可能性があります。
家庭用ポータブル製品には、携帯電話のように無線機能が含まれている場合があります。スペクトラム拡散手法は、このような製品に搭載されたスイッチング電源に適用することができます。無線回路(特にVCO)は、電源のノイズに影響を受けやすくなっています。スイッチング電源はバッテリ寿命を最大化するために必要ですが、残念なことに、スイッチング電源には、クロック発振器とほぼ同等のノイズスペクトルが存在します。このノイズは、無線回路にじかに結合されるため、性能を制限するおそれがあります。
外部に同期ピンを備えたステップアップコンバータ(MAX1703など)では、スペクトラム拡散クロックを用いてその周波数を制御することができます。自走ステップアップコンバータのノイズスペクトル(図3)と、スペクトラム拡散クロックに同期させたノイズスペクトル(図4)とを比較すると、その違いがよくわかります。自走ステップアップコンバータのオーバトーンは10MHzまでの全域にわたって現れていますが、スペクトラム拡散では、「広がり」によってトーンはノイズフロア内に抑え込まれています(図4)。総エネルギは一定であるため、このグラフのノイズフロアが上昇していることがわかります。
図3. MAX1703のステップアップコンバータのスペクトルは、300kHzの自走スイッチ周波数で基本波が示されています。オーバトーンは10MHzまでの全域にわたって見られます。
図4. スペクトラム拡散発振器にMAX1703のステップアップコンバータを同期させると、ピークは除去され、ノイズフロアは上昇します。
ディザリングされたクロックソースを実装するには、いくつかの質問に答える必要があります。狭帯域のスペクトルエネルギを減少させるには、どのようなディザリング形状が必要ですか? 最大クロック周波数の偏移は、どの程度、狭帯域のスペクトルエネルギに関連していますか? ディザレートはどの程度、狭帯域のスペクトルエネルギに影響しますか? 使用するディザレートを制限するものは何ですか? 以下の項でこれらの質問を取り上げます。
ディザリング形状
クロック信号を確実に使用することができるようにするため、ディザリング振幅は一般的に小さな値になります(10%未満)。したがって、ディザリングは狭帯域のFM変調によく似ています。このような変調の理論によると、ディザリング形状と得られるスペクトルとの間には簡単な関係があります。
理論によると、クロック周波数の「確率密度関数」は、ディザリングされたクロック出力と同じ形状になることがわかっています。(確率密度関数は、周波数の関数であり、システムがある任意の周波数に存在している時間の割合を示しています)。のこぎり波は、よく使われるディザリング形状ですが、1つのディザリングサイクルで正確に2回、各周波数に存在します。各周波数が同じ時間の割合で現れるため、「確率密度関数」対「周波数」は一定であり、一様分布になります(図1を参照してください)。
このタイプのディザリング形状のスペクトルは同じです。つまり、ディザリングによって生成された、最小周波数と最大周波数の間にある狭くて一様な帯域のスペクトルエネルギとなります。この形状は、許容ディザリング量(Fmax - Fmin)については最適となります。いずれの周波数においても狭帯域のスペクトルエネルギが可能な最小値となるからです。
このスペクトルは、もう1つのよく知られたディザリング形状である擬似乱数周波数のディザリングによっても生成されます。これは通常、一定のサイクルで繰り返される一連の長い周波数として生成されますが、1サイクルに1つだけ各周波数が含まれています。周波数には、擬似乱数を生成する順序があり、シフトレジスタで容易に生成することができます。各周波数が1サイクルに1回だけ生成されるため、上述の三角分布と同様、確率密度関数は一様になります。以下で説明しますが、これらの方法は他の方法とは大きく異なります。
スペクトルの減衰量
ディザリング方式の目安は、シングルトーンクロックのスペクトルエネルギに対して狭帯域のスペクトルエネルギがどの程度減少しているかということになります。この項では、一様なディザリング分布の最適形状を表す関係式を導きます。
スペクトルエネルギを理解する際には、以下の2点を考えると理解に役立ちます。1番目に、シングルトーンからディザリングされたクロックに至るまで、クロックエネルギが保持されるということです。広帯域エネルギも同じですが、ディザリングの後、より広い周波数にわたって拡散されます。2番目に、周期的にディザリングされたクロックのスペクトルは、ディザリング周波数(Fd)に等しい間隔が空いた別々のスペクトルトーンで構成されるということです。ここで、以下に示すように、シングルトーンのパワーと、ディザリングされたトーン帯域全体のパワーは同等であると見なします:
VRMS (dB) = 20log[sqrt({(F0 * a)/Fd}*Vu²)]
ここで、F0はクロックのディザリングされていない周波数であり、aはディザリングされていない周波数のまわりのディザリングの割合です。Vuはディザリングされた帯域における各スペクトルトーンの一様なRMS電圧です。狭帯域のスペクトルエネルギの減少率は、左辺の項(VRMS)に対するVuの比率になります。
スペクトルの減衰量 = 10log[{(F0 *a)/Fd}]
上記の式は、許容ディザリング帯域幅a*F0で生成することのできるスペクトルトーンが多くなるほど(すなわち、ディザリング周波数が低くなるほど)、スペクトル内の帯域幅の増分が小さなエネルギが低くなることを示しています。この直感的に理解可能な説明は、この式に合っています。この式に基づく例として、DS1086プログラマブルクロックジェネレータのディザリング方式を考えてみましょう。ここで、a = 0.04、F0 = 100MHz、およびFd = F0/2048です。これによって、DS1086のスペクトルの減衰量 = 19.1dBになります。
ディザリング割合(a)を増加するということは、狭帯域スペクトルエネルギでのディザレート周波数を低下することと同じ結果になるということです。また、三角ディザリングと擬似乱数のディザリングは同じ分布であるため、これらの形状のどちらについてもこの式が機能することに留意してください。次の質問は、どの程度まで2つの低減パラメータを押し進めることができるか、またそれぞれの影響に関する質問です。
ディザリングの制限
スペクトルの減衰に対する制限は、実用性を考慮して設定します。最初に、ディザリングによる周波数の不安定性によって、システムのタイミングが変化します。このため、システムは「a」の値に明確な制限を設けています。
ディザリングされたクロックを生成する回路もディザレートを制限しています。PLLまたは制御ループを利用するシステムの場合(DS1086ファミリの場合と同様)、制御ループの帯域幅によってディザリング制御電圧が制限されます。それ以外の場合、ディザリング制御の分布関数はゆがめられて、よりガウス形状に近づきます。次に、この形状によって、より一様な分布の場合に見られるエネルギよりも大きなスペクトルエネルギを備えたスペクトル(ディザリングされていないクロック周波数の近く)が生成されます。
三角ディザリングパターンの1次周波数成分はディザレートになりますが、擬似乱数パターンはディザリングパターンレートよりも広い帯域幅を必要とします。擬似乱数パターンでは、周波数は最小から最大までジャンプすることが可能ですが、三角パターンでは、連続した小さな周波数増分の間でしかジャンプすることができません。ディザレートに対するループ帯域幅の近似関係を以下に示します:
ループ帯域幅 > 3(三角パターン周波数)、および
ループ帯域幅 > 3(擬似乱数パターンレート)(パターンの長さ)。
ある一定量のループ帯域幅に対して、三角パターンは、より大きなディザリング周波数をサポートすることができます。ディザレートが干渉源の狭帯域検出(周波数ディザリングのように見える)よりも高速でなければならないため、三角パターンは、同じ検出時間における擬似乱数パターンよりも、多くのディザリングが見られます。
このように、ディザリング検出時間は、ディザリング周波数をどの程度低くすることができるかに影響します。干渉によって犠牲となる帯域幅はアプリケーションによって異なるため、(残念ながら)ディザリング周波数には、厳しい下限値はありません。ディザリング周波数の下限値についてのその他の検討事項は、ディザレートそのものによって生じる帯域外ノイズです。線形システムの場合、三角ディザリンクシステムは、ディザレートまたはその近くの高調波にトーンはありません。擬似乱数方式では、ディザレートに、低レベルバージョンの擬似乱数パターンスペクトルがあります。ただし、このクロック信号を非線形回路で受信した場合、低ディザレートが目的の帯域に混入されるという好ましくない可能性があります。
拡散スペクトラム手法は、フィルタリング、シールド、および良好なレイアウトを設けるという従来のEMI低減手法に取って代わるものではありません。ただし、拡散スペクトラム手法によって、特定のサブアセンブリや周辺機器が特定周波数のエネルギピークに影響されやすいシステムにおいて、特に大きな利点が得られます。拡散スペクトラム技術は、自動車や家庭向け娯楽システムのラジオ/TVの干渉源をできるだけ抑える場合に極めて有用です。ディジタルシステムやアナログシステムが正しく機能するためには、良好なPCBレイアウトが不可欠ですが、拡散スペクトラムクロックによって、必要なフィルタリングやシールドの量が低減され、EMI認証の取得が容易になり、またコストを削減することができます。
マキシムは、広範囲のアプリケーションに適した拡散スペクトラム発振器ファミリを提供しています。詳細については、「EconOscillatorタイミング製品」を参照してください。
参考資料
- Ott, H. W., Noise Reduction Techniques in Electronic Systems, 2nd edition, chapters 10 and 11. Wiley-Interscience, New York, 1988.
- マキシムのアプリケーションノート232 「Using the DS1086 as a Microcontroller Clock to Reduce EMI」 2003年
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