Customer Case Study

日置電機株式会社様 採用事例

【導入編】LTspiceをエンジンとしても広く活用。計測器の設計から検証まで欠かせないツールに

デジタルマルチメータやデータロガーなど300種類を超える電気計測器を「HIOKI」ブランドで展開する日置電機。ひとりの技術者がLTspiceの存在を2005年末にインターネットで見つけて以来、LTspiceはじわじわと社内に浸透し、今では設計や検証において欠かせないツールのひとつになっています。LTspiceのヘビーユーザーともいえる同社の事例を【導入編】と【活用編】に分けてお届けします。

 
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左から日置電機株式会社 品質保証部 設計品質担当課長 永岡 正敬氏、同社 開発部 主任研究員 竹内 悟朗氏、同社 技術部 技術9課 今泉 憲氏、同社 開発部 主幹研究員 栁澤(やなぎさわ) 浩一氏、同社 技術部 開発推進課 コンカレント推進担当課長 工藤 真氏

フリーのSPICEを探して2005年末、LTspiceに出会う

-まずはLTspiceを導入した経緯を教えてください

栁澤:以前は回路の動作周波数もそれほど高くなく、また、新規設計よりも実績のある枯れた回路をベースにすることが多く、しかも、シミュレーションを回すよりもブレッドボード上に回路を試作して動作を実測したほうが簡単という意識もあって、回路シミュレータの必要性がそれほど高くはなかったんです。商用SPICEも導入していましたが、費用の問題もあり、1ライセンスを社内で共有していました。アナログの回路技術はどちらかというとそれぞれの設計者が頭の中に属人的に抱えていた感じですね。

永岡:正規版の商用SPICEのほかに、ノード数などに制約のある評価版も導入していました。回路規模が小さいときは評価版を使いましょう、大きいときは正規版を使いましょう、という使い分けルールがあって、予約台帳に書いて管理していました。

栁澤:そういう中で2005年に私がソフトウェアの部署からハードウェアの部署に異動になって、アナログ回路のスキルを属人的に備えた人たちに自分が追いつくにはなんらかのツールが必要だなと考えて、個人的にいろいろ探し始めたんです。社内からのインターネットアクセスにはセキュリティなどの問題があって当時は制約があったので、自宅に帰ってから探してみると、なんだ、フリーのSPICEが世の中にあるじゃんと。なぜか忘れもしないんですがLTspiceを見つけたのが2005年12月28日の夜のことで、結局、年末から正月休みはずっとLTspiceと遊んでいましたね(笑)。

-2005年だと「LTspice/SwitcherCAD III」というソフト名でリリースされていました。日本で紹介が始まったのは「LTspice IV」になった2008年以降と思いますので、数年ほど早かったことになります。

今泉:昔だとDIP部品が主体でピン・ピッチも2.54mm(100mil)と広く、はんだ付けも楽だったのですが、私が入社した2005年4月の頃になると面実装部品がかなり増えていて、ブレッドボードで試作するのが少し面倒な時期になりつつあったんです。なので、試作して検証するよりもコンピュータ上でシミュレーションしたほうが楽なんじゃないかと考えたのですが、会社に商用SPICEのライセンスがひとつしかなかったので、なかなか自由には使えません。そんなときに柳澤が、面白いツールがあるよって2006年1月の正月休み明けにLTspiceを教えてくれて、ちょっと試しに使ってみようかと。
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図1.LTspiceのタイムライン

説明書や部品ライブラリをボランティア的に独自に整備

栁澤:正月休みで理解したことを簡単な説明書にまとめたんですけど、今泉がそれじゃ読みにくいからって、webベースのしっかりしたマニュアルをイントラ上に構築し始めてくれたんですよ。アメリカのYahoo!のLTspice Group(フォーラム)から入手した情報を今泉に教えて、さらに自分たちで使ってみて分かった情報も反映しながら継ぎ足していったら、書籍レベルに匹敵するようなマニュアルが出来上がったんですね。それもあって、社内で20人から30人ぐらいがテスト的に使うようになっていきました。

今泉:マニュアルというよりもFAQ集ですね。こういうことをやりたいときには、こういう手順でやるとうまくいく、というのを、自分自身の備忘録も兼ねてまとめていった感じです。回路の動作ばらつきを検証するモンテカルロ解析のやりかたも試行錯誤しながら見つけて、それをFAQ集に反映していきました。

栁澤:部品ライブラリの整備も並行してやりました。LTspiceにはご存知のとおり旧リニアテクノロジーの主なデバイスしかライブラリとして登録されていないので、実際に回路を組もうとすると他社の部品ライブラリがどうしても必要ですが、当時のLTspiceの英語の説明書には部品ライブラリの具体的な追加手順は書かれていませんでした。ところが、アメリカYahoo!のLTspice Groupを覗いてみるとライブラリの追加に成功している人たちがいて、そうした先人の知恵を借りながら、社内で使っていた部品をライブラリ化して整備していきました。かなりの種類の部品を使えるようにしたんじゃないかと思います。

永岡:LTspiceのような無償ツールでは、往々にして、マニュアルが不十分だとか、使える部品が少ないといった課題がありますが、そこを柳澤と今泉がボランティア的に整備してくれたことがその後の普及にはとても大きかったと思いますね

 -本業がありながらもそうした利用環境の整備を進められたのは、大変だったのではないでしょうか。竹内:私はあくまでユーザー側なんですけど、栁澤と今泉が環境を整えてくれたおかげですよね。商用SPICEと比べてライセンス数の制約がなく優れたユーザーインターフェイスを備えたLTspiceが使えるようになったおかげで、シミュレーションとブレッドボード試作とを気軽に併用できるようになって、しかもLTspiceはフリーなので趣味で回路を組むときに自宅でも使えますし(笑)、とても便利になりました。 

岡村廸夫氏のアドバイスを反映しながら使い方を確立

-使い始めの頃にほかに取り組んだことはありますか?

栁澤:電子回路を学んだ方であればご存知と思いますが、アナログ回路に関してさまざまな著書もある(故)岡村廸夫先生の研究所に技術研修の一貫として月に一度のペースで通っていたんです。当時の弊社の技術部長か誰かのツテで若手の教育をお願いしていたらしいんですね。LTspiceを岡村先生に見せて活用方法をご相談したところ、回路シミュレーションを進める上でのアドバイスをたくさんいただきました。たとえば、まずは理想オペアンプでシミュレーションして、最後に実際のオペアンプ部品のライブラリを組み込んでシミュレーションすることで、部品の特性や影響を差分として理解することが望ましい、といった基本的な考えです。

今泉:岡村先生からそういうご指導を受けたこともあって、私自身、まずは理想素子を使って、最後に部品ライブラリに置き換えて動作を見るというやりかたが定着しています。とはいえ、ほとんどの設計者は回り道なしで実部品での動作を見るほうを好むので、ボランティア的に部品ライブラリをせっせと登録していました。

栁澤:電源にインピーダンスが存在すると回路の周波数特性などに影響が及びますが、LTspiceだと電源インピーダンスを簡単に設定できるので、そういったポイントも教えていただきました。アナログ回路に造詣の深い岡村先生のご指導が入ったことは、その後のLTspiceの活用にとても役立ったと思っています。

【活用編】LTspiceをエンジンとしても広く活用。計測器の設計から検証まで欠かせないツールに

デジタルマルチメータやデータロガーなど300種類を超える電気計測器を「HIOKI」ブランドで展開する日置電機。ひとりの技術者がLTspiceの存在を2005年末にインターネットで見つけて以来、LTspiceはじわじわと社内に浸透し、今では設計や検証において欠かせないツールのひとつになっています。

ばらつき設計の網羅性向上にLTspiceを活用

-評価レベルではなく、実際の製品設計にLTspiceが使われるようになったのはいつごろからですか?

栁澤:ライブラリを整備していくにつれてユーザーも増えていきましたが、それでもフリー版は信頼性に欠けるのではないかという声は一部に根強くて、なかなか普及するまでには至りませんでした。旧リニアテクノロジー(現アナログ・デバイセズ)が提供するモデルはいいとしても、そのほかのライブラリの中には単純な回路モデルで近似したものもあったので、精度が得られないのではないか、といった指摘のほか、リニアテクノロジーがLTspiceを無償で提供しているのは何か思惑があるのではないか、といった穿った意見さえありました。

 永岡:製品設計にLTspiceを使うようになったのは2009年ぐらいからですね。きっかけは2006年頃なんですが、ばらつきの設計検証が十分でないまま出してしまった製品が市場で確度外れの不良を起こしてしまったことがありました。どの設計者もばらつきを考慮した設計を心がけてはいますが、温度条件や電圧条件などを変えながらさまざまな部品定数を振って評価するのは実のところかなり大変で、全部をやりきれないまま製品として出てしまったのが原因でした。それであればLTspiceを使って検証のカバレッジを広げられないだろうかと考えて、Microsoft® Excel®を使って、設計値(TYP値)で書かれているネットリストの部品定数を大小に書き換えて、LTspiceをバッチで呼び出して、結果をテキストで取ってきて、感度分析やモンテカルロ解析やワーストケースの結果をグラフ化するという機能をマクロで組んだんです。設計部門に、強制はしないけどもばらつき計算ではこのExcel®マクロを道具として使う方法もあるよ、という形で紹介したところ、退社時に仕掛けておくと翌朝に結果が出ている便利さもあって、そのやりかたが定着し普及を後押ししたように思います。

 栁澤:品質保証部の課長である永岡がLTspiceにお墨付きを与えてくれたことで、2011年とか2012年ごろになるとフリー版だからどうのこうのと言う人はいなくなりましたね。

 竹内:永岡が作成したExcel®マクロを見て、なるほど、LTspiceは別のソフトから呼び出す使い方もできるんだ、ということを知って、そのやりかたを真似して全部品のオープン/ショートを実行するツールを作っています。自動車業界では信頼性を担保するためにすべての部品をひとつずつ外して動作を確認しているらしい、という話を聞いていたのですが、200人のエンジニアで300種類の製品を抱えているうちみたいな会社ではとても全部はやりきれません。そこで、本来のネットリストをベースに、部品をひとつずつショートあるいはオープンにしてシミュレーションを実行させるというのをバッチで走らせてみたらいいんじゃないかと。実際にやってみると、単純なオープン/ショートだと、たとえば信号がフローティングになってLTspiceから正常な結果が得られなくなる場合もあるので、オープンの代わりに1GΩの抵抗を入れるとか、ショートの代わりに0.1Ωに抵抗を入れるとかの工夫が必要で、まだツールとして正式に社内リリースはしていないのですが、そういう活用にも取り組んでいます。

 -御社が作ったそうしたツールをそのまま活用したいと考えるLTspiceユーザーもたくさんいそうですね。

栁澤:ほかのメーカーさんでの活用方法は存じ上げないんですが、LTspiceを単なるシミュレーションソフトとしてだけではなくてバッチ処理のエンジンとして使っているところって、世の中にあまりないんじゃないかと思うんですよ。

竹内:もちろんバッチ的な使い方だけではなくて、数百MHzぐらいの回路であれば汎用のシミュレータとして日常的に使っています。

今泉:柳澤とふたりでかなり適当に始めたのに(笑)、知らないうちに社内に広まった感じですね。

竹内:実は失敗談もあります。LTspiceで設計を固めたまでは良かったんですが、その回路を回路図CADに入力するときにミスしてしまい、出来上がった基板をボツにしてしまったことがありました。回路図CADである図研のCR8000からはネットリストをLTspice用に出力してくれる機能が付いたので、LTspiceのネットリストとCADの一元化ができると期待しています。

設計の効率化や検証漏れの撲滅に大きな成果

-LTspiceを導入した効果を挙げてください。

永岡:設計ばらつきの検証に関しては、カバレッジが不足したまま製品として出てしまうケースはゼロになったと考えていて、出荷したあとで確度が外れた、といった不良はなくなりました。LTspiceだけの効果ではないにしても、大きく貢献してくれていると思っています。

今泉:以前担当していたアクティブフィルタの設計はすごく楽になりました。最適な定数を見つけたり、ばらつきを手計算で出そうとするととても大変で、代表的なポイントやコーナーケースをいくつか計算するのがやっとだったのですが、LTspiceを使うと何回も試しながら最適値や最適回路を見つけられるので、今までできなかったことが出来るようになったという意味では比較にならないメリットが得られています。とはいえ、アクティブフィルタ回路をLTspiceに手で入力するのはかなり面倒なので、フィルタ次数やカットオフ周波数や帯域やQ値などを選択するとネットリストを自動で吐き出すツールをMicrosoft®Visual Studio®で作りました。受動素子は社内で認定が済んで在庫もあるE12系列とかE24系列を登録してあるので、理想値ではなくて実際の部品の値としてネットリストが得られ、作った自分が言うのもなんですが、かなり便利です(笑)。

栁澤:われわれがやっているのが電気計測器の設計なので、部品のパラメータを振って特性への変化を見たい、すなわち感度係数を把握したい、というのがニーズとしてあるんですが、ここら辺の人たちはそういう処理を自動化するツールをさくさくと作ってしまうので、いい意味でちょっとおかしいんですよ(笑)。

新人研修でのフィルタ設計カリキュラムにも導入

-LTspiceは研修でも活用されているのでしょうか?

竹内:新人研修には2013年からLTspiceを導入していて、対象カリキュラムはフィルタの設計です。電子系だけではなくて、メカや電気やソフトなどのさまざまな分野の卒業生も参加する研修なので、フィルタを理解してもらうのはなかなか難しいんですが、LTspiceで動作を確認してもらいつつ、余力のある人は実際の部品を使って基板上に回路を組んでもらっています。

工藤:私は技術部門をサポートする開発推進課に所属していますが、設計者のスキルアップとして、新入社員以外に、アナログ・デバイセズの代理店の一社であるアルティマが主催するLTspiceの導入編と応用編のセミナーをオンサイトで導入しています。とくに制限は設けてはいないのですが、主に入社5~6年目の中堅が受講しています。

-最後に、LTspiceへの今後の要望などがあればぜひ聞かせてください。

栁澤:うちで使っているモデルの問題もあるのかもしれませんが、急峻な変化を伴う条件が苦手のような感じがするぐらいですかね。あと、ショートカットキーの割り当てをMicrosoft® Windows®アプリケーションの一般的な割り当てにしてもらいたいなと。ある程度はユーザー側で設定できるのですが、完全には同じにならないので。

今泉:LTspiceはバージョンがXIIに上がりましたが、いろいろ試してみたものの部品ライブラリのフォルダとしてネットワーク上のサーバーを指定できなくなってしまったようで、当社では今もLTspice IVを使い続けています。そこは対応して欲しい点ですね。

栁澤: LTspiceは日置電機の看板製品のひとつでもある電圧を非接触で測る「クランプオンパワーロガー」などの開発で大活躍してくれるなど、今やなくてはならないツールのひとつになっています。いい製品を作るためにも、これからもっともっと活用していきたいと思っています。

 -ありがとうございました。

日置電機株式会社

2015年に創業80周年を迎えた、長野に本社をおく電気計測器メーカー。デジタルマルチメータや電力計など300種類を超える電気計測器を開発、製造、販売。その製品はビル・ 工場などでの保守点検から、消費電力計測による省エネ対策など、研究開発から 生産ライン、保守サービスまで幅広く活躍しています。
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※ 本事例の情報は2018年7月時点のものです。