AN-1567:ADPD188BI 光学式煙およびエアロゾル検出モジュールによる煙試験
はじめに
従来、煙検出器はイオン化式アラームを使って構成されてきましたが、現在では光電式煙アラームへと移行する動きを見せています。イオン化式アラームは光電式煙アラームよりも迅速に有炎火災を検出することができ、通常は 30 秒~90 秒早く火災を検出します。この検出速度の差は、煙が煙検出チャンバ内に拡散していく際の時間遅延によるものです。しかし、無炎火災に対しては光電式煙アラームのほうがはるかに迅速に反応し、通常はイオン化式アラームより 10 分~50 分早く火災を検出することができます。また、光電式煙アラームには、焦げたトーストやシャワーの蒸気などによって誤作動する可能性が低いという特長もあります。UL(Underwriters Laboratory)は、UL-217 規格と UL-268 規格の内容を 2020 年から変更する予定ですが、北米地域で使用する煙アラームはすべてこの規格を満たさなければなりません。商用および家庭用の煙検出器は、これらの新しい規格を満たすために再設計されることになります。
光電式煙アラームは複数の波長を使用しており、これによって粒子のサイズを区別することができます。複数の波長を使用することで、煙アラームが異なる種類の煙や誤作動の一般的な原因を識別することが可能になり、誤作動の原因を排除してその発生を防止できるようになります。
ADPD188BI は、デュアル光学波長技術を使用するフル機能の煙検出用フォトメトリック・システムです。このモジュールには、高効率のフォトメトリック・フロント・エンド、青色および赤外線発光ダイオード(LED)、およびフォトダイオード(PD)が組み込まれています。これらの部品は、カスタム・パッケージに納められており、LED からの光が煙検出チャンバを通ってフォトダイオードに照射されるように考案されています。
このアプリケーション・ノートでは、煙検出器のUL認証取得に必要な UL-217 および UL-268 のすべてのテスト、および EN-54の誤作動テストに基づく ADPD188BIのテストについて説明します。

図 1. ADPD188BI のブロック図
UL 試験
ADPD188BI は、UL-217 Ed. 8 の煙検出器仕様に規定されているすべての煙試験について評価済みです。北米地域で販売される煙検出器は、これらの試験に合格してUL認証を取得しなければなりません。煙検出器メーカーは、これらの試験を通じて煙発生源に対するシステムの応答特性を評価することによって、ADPD188BI を使用する最終的煙検出設計の予想性能を確認し、分類および閾値設定アルゴリズムのためのガイダンスを得ることができます。
ハードウェア
UL 試験に使用した試験用ハードウェアは EVAL-ADPD188BI-SK評価用ボードで、これを EVAL-ADPDUCZ マイクロコントローラ・ボードで制御しました。EVAL-ADPD188BI-SK の簡略回路図を図 2 に、ボードの写真を図 3 に示します。

図 2. EVAL-ADPD188BI-SK の簡略回路図

ここに示した煙応答データは評価用ボードを使って収集したものですが、センサーの性能を正しく評価するため、エンクロージャや煙検出チャンバは使用していません。
実施した UL 試験
ADPD188BI 光学モジュールに対して実施した試験を表 1 に示します。
Test | Standard | Section |
Paper Fire | UL217 | Paragraph 51.2 |
Wood Fire | UL217 | Paragraph 51.3 |
Flaming Polyurethane Foam | UL217 | Paragraph 51.4 |
Smoldering Smoke | UL217 | Paragraph 52 |
Smoldering Polyurethane Foam | UL217 | Paragraph 53 |
Cooking Nuisance Smoke | UL217 | Paragraph 54 |
Dust | UL217 | Paragraph 68 |
Dazzling | EN14604 (European standard) | Clause 5.6 |
すべての試験は、イリノイ州ディアフィールドのULで実施しました。試験の進行と基準データの収集は UL の担当者が行い、ADPD188BI のすべてのハードウェアとソフトウェアのメンテナンスと操作はアナログ・デバイセズの社員が行いました。
UL の試験室内では、煙検出器の試験場所に隣接して取り付けた光電セル光線アセンブリによって、各煙アラーム位置における煙の光学密度レベルをモニタしました。煙発生源からアセンブリ取り付け位置までの距離は、実施するUL試験によって予め定められている距離に従っています。UL 基準光線は、1フィートあたりの不透過度(%)で表される煙の光学密度レベルと時間の関係を測定します。この光線データを収集し、更にADPD188BIのセンサー・データと関連付けるために時間タグを付与します。
結果の説明
ADPD188BI の青色チャンネルと IR チャンネルの煙に対する応答は、フォトダイオードに返される光パワーの nW 数と、LEDから放出された光パワーの mW 数の比を単位とするパワー伝達率(PTR)によって表されます。煙に対する応答をこのような方法で表すことにより、アナログ・フロント・エンド(AFE)の構成、光学システムの違い、システム内の設定の違いなどに関係なく、測定の単位を共通化することができます。また、これにより、異なる種類の煙について有効な比較を行うことが可能になります。
PTR から、システムに基づいて予想される実際のコード数への変換は、ゲイン、パルス数、LED 電流を含む具体的な AFE 設定の関数となります。ADPD188BI AFE を使用すれば、これらの設定を調整して、平均消費電力、周辺光除去、S/N 比(SNR)などの重要システム・パラメータのトレードオフを行うことのできる、高い柔軟性が実現します。また、これにより、様々な設定に応じて、それぞれの煙の種類に対するシステムの予想出力を計算することができます。
テスト結果
種類の異なる煙に対するそれぞれの UL試験には、アラームがトリガされなければならない限界値が定められています。一部の試験(例えばポリウレタンの無炎燃焼試験)では、煙の光学密度が一定のレベルに達する前にアラームをセットすることが求められます。その他の試験(例えば木材の有炎燃焼試験)では、発火後一定の制限時間が経過する前にアラームが作動することが求められます。これらの制限値を表 2 に示します。
Fire Condition | Alarm Time Specification | Alarm Obscuration Specification |
Wood Fire | Less than 4 min into test profile | Not applicable |
Paper Fire | Less than 4 min into test profile | Not applicable |
Polyurethane Fire | Less than 4 min into test profile | Before 5% per foot |
Smoldering Polyurethane | Not applicable | Before 5% per foot |
Smoldering Wood | Not applicable | Before 5% per foot |
Hamburger Nuisance Test | Not applicable | Not before 1.5% per foot |
各試験についてデータを収集し、基準光線による応答と、ADPD188BI の青色光および IR の応答の時間を合わせることによってグラフを作成しました。すべての試験において、ADPD188BI の応答は基準データに非常に近い形状を示しており、このセンサーが UL217 に定める一連の試験におけるすべての煙を検出できることを実証しています。
ポリウレタンの有炎燃焼試験の例を図 4 に示します。この例では緑の線が基準光線の応答で、その値は右側の y 軸に 1 フィートあたりの不透過度(%)を単位として示されています。青の線が青色 LED の応答で、赤の線が IR LED の応答です。青色光と IR の応答は、nW/mW で表した PTR を単位として左側の y 軸に示されています。基準光線の応答は、煙の光学密度レベルが時間の関数として変化することを示しています。青色光と IR の応答は、異なる種類と異なる光学密度レベルの煙に対するパワー伝達比を示しており、ユーザは、検出する煙の種類に基づいて、特定の閾値レベルでアラームをトリガするには LED のパワー・レベルをどのくらいに設定すればよいかを決定することができます。

図 4. ポリウレタン有炎燃焼試験の応答曲線
ポリウレタンの有炎燃焼試験に関する UL 仕様は、1 フィートあたりの不透過度が 5%に達する前、および試験プロファイル開始後 4 分以内にアラームがトリガされなければならないと定めています。図 4 に示す結果からは、基準光線の不透過度が、4 分経過前に閾値である 1 フィートあたり 5%の値に達していることがわかります。ADPD188BI のアラーム閾値を設定するには、1 フィートあたりの不透過度が 5%に達する前のレベルを選択する必要があります。図 4 のデータによれば、青色光のアラーム閾値は 2nW/mWに、IRのアラーム閾値は約 0.8nW/mWに設定することができます。最終的なアプリケーションでは、煙検出アルゴリズムに合わせて、これらの閾値レベルに適切なマージンを追加する必要があります。
試験結果の解釈
図 5 と図 6 は、各種定格煙密度閾値と時間閾値での UL217 煙試験に対する青色光と IR の応答です(表 2 を参照)。図 5 と図 6において各バーの塗りつぶされていない部分は、測定したレベルを表します。これに対し、塗りつぶした部分は、検出誤差を考慮して、更に 20%のマージンを考えて閾値を減じたものです。ハンバーガー誤作動試験における塗りつぶし部分は、誤検出を避けるために 20%のマージンを追加した閾値を示しています。
図 7 は、様々な煙試験における青色光応答と IR 応答の比を示したものです。青色光/IR 比は、パーティクル・サイズが 1µm 以下に減少すると増大します。この比は、絶対パワー・レベルおよび時間応答と共に検出アルゴリズムに使用して、煙と誤作動要因の識別をより確実にすることができます。
図 5 および図 6 のデータは、PTR が最も小さい(したがって、すべての煙発生源試験で最も応答性が低い)ポリウレタン有炎燃焼試験の感度に基づいて、有効な煙アラームの閾値を設定する必要があることを示しています。ハンバーガー誤作動試験は、誤作動アラームを防ぐための最小感度を決定します。他のあらゆる種類の煙は、ポリウレタンの有炎燃焼と比較してかなり高い応答性を示します。有炎燃焼ポリウレタンに関するアラームをトリガするために適切な閾値を設定した場合、煙検出器は、UL217 規格に定義された他のすべての有効な煙の種類についてもアラームをトリガします。無炎燃焼ポリウレタンや有炎燃焼木材などの応答性の高い煙については、アラーム生成感度レベルが UL217 の要求を超え、大きなマージンが得られます。図 5と図 6 に示す 2 つの煙室試験によるデータは、参考のために示したものです。これらの試験は実際の煙検出シナリオを表すものではなく、閾値設定プロセスには含まれていません。また、UL217 は、これらの試験の絶対検出条件を規定していません。

図 5. UL217 煙試験に対する青色光チャンネルの信号応答

図 6. UL217 煙試験に対する IR チャンネルの信号応答

図 7. 青色/IR 応答の比
誤作動要因への対応
新しい UL217 規格には、誤作動要因によるアラーム作動を防ぐための仕様が含まれています。これは調理煙誤作動試験で、仕様のセクション 54 に規定されています。この試験では、オーブンでハンバーガーを焦がして煙を発生させます。規定では、煙による不透過度が 1 フィートあたり 1.5%に達するまで煙アラームが作動してはならないことになっています。
図 5 と図 6 に示すように、調理煙誤作動試験に定められている「アラームがトリガされてはならないレベル」は、ポリウレタン有炎燃焼試験において「アラームがトリガされなければならないレベル」と重なります。特に、PTR 閾値にマージンを加えた後の値では、その傾向が目立ちます。これら 2 つの試験における感度が重複していることから、ポリウレタン有炎燃焼試験と調理煙誤作動試験を区別するために、別のレベルの判断基準をアルゴリズムに追加する必要があります。また、図 7 に示す青色光/IR 比のデータは、調理煙誤作動試験の比が他の有効な種類の煙の範囲内であることを示しています。したがって、比率情報だけを使用して調理による煙を識別することはできません。
図 8 は、ポリウレタン有炎燃焼試験と調理煙誤作動試験の応答と時間の関係を示したものです。このグラフは、調理煙誤作動試験のアラームに必要な光学煙密度レベルに達するまでの時間(約 16.5 分)よりも、ポリウレタン有炎燃焼試験でアラーム閾値に達するまで時間のほうがはるかに短い(約 3.5分)ことを示しています。煙アラーム・アルゴリズムは、この時間的情報を使用して、ポリウレタンの有炎燃焼による煙と調理による煙を区別し、アラームをトリガするか否かを最終的に決定することができます。

図 8. ポリウレタン有炎燃焼試験と調理煙誤作動試験の時間応答
煙アラームが有効な煙と蒸気などのアラーム誤作動要因を区別する必要がある場合も、同様の問題が生じます。従来、これは浴室外に設置される煙アラームの問題でした。誤作動アラームは、シャワーの蒸気によってトリガされることもあります。
図 7 は、ADPD188BI の 2 つの波長による比率情報を使用したものですが、この図から、ほとんどの種類の煙よりも蒸気の方が粒子径の大きいことがわかります。したがって、比率情報は、蒸気とこれらの煙を判別するための信頼できる材料として使用できます。ただし、上記の比率はポリウレタン無炎燃焼試験の比率に比較的近いので、比率だけでは蒸気とポリウレタン無炎燃焼の煙を区別できない可能性があります。
ポリウレタン有炎燃焼の煙と調理による煙の場合と同様、ポリウレタンの無炎燃焼時にアラームをトリガする煙と蒸気の光学密度レベルには、時間スケールに大きな差があります。ポリウレタン無炎燃焼時における煙光学密度のアラーム閾値である12%/ft に達するまでには約 30 分を要しますが、蒸気の場合に要する時間はその 1/5 から 1/10 です。
欧州規格(EN14604)による誤作動試験
いくつかの煙検出器メーカーは、検出チャンバのない煙検出器の開発を積極的に進めています。これらのチャンバレス煙検出器は、煙検出チャンバを廃止して光学部品を外部環境に露出させています。チャンバレス煙検出器は、チャンバ付きの設計よりも迅速にアラームをトリガすることができる上、煙検出器の構造を簡素化でき、コストも削減されます。このタイプの設計における大きな課題の 1 つが、光学部品が周囲光源からの光を除去する能力です。
誤作動試験の目的は、煙検出器の感度が近傍の人工光源に過度に影響されないことを示すことにあります。イオン化チャンバ式煙アラームが周囲光の影響を受ける可能性は低いので、この試験は光電式煙アラームに対してのみ行われます。
誤作動試験では、1 辺約 38cm のボックス内に煙センサーを設置します。煙が流れるようにボックスの 2面を開放し、残りの4面には丸型蛍光灯を取り付けます。試験装置の詳細については、EN-14604 Annex D を参照してください。
試験時は、すべての面からの明るい蛍光灯の光に向けて煙検出器を露出します。仕様には、煙検出器はこの蛍光灯の光の中で誤作動アラームをトリガしてはならず、その感度変化が 60%を超えてはならないと規定されています。試験手順は次のとおりです。
- 試験用エアロゾルの濃度を、0%/ft から 4.2%/ft まで徐々に増加させます。
- 蛍光灯を消した状態で応答性を測定します。
- チャンバを空にします。
- 蛍光灯を 10 秒間点灯して 10 秒間消灯する動作を 10 回繰り返します。
- 次いで、蛍光灯を少なくとも 1 分間点灯したままにします。
- ステップ 1 と同様に試験用エアロゾルを再び徐々に増加させ、蛍光灯を点灯した状態で応答性を測定します。
- 蛍光灯を消灯して、チャンバを空にします。
これらの試験条件下において、蛍光灯点灯時と消灯時におけるADPD188BI の感度変化は、青色光チャンネルで 7%、IR チャンネルで 3%でした。これは、EN仕様の設定する 60%の試験限界値よりもはるかに小さい値です。

図 9. 誤作動試験の結果
まとめ
ADPD188BI は、デュアル光学波長技術を利用した煙およびエアロゾル検出用の光学モジュールです。このデバイスは、煙検出認証規格 UL217 の試験を UL において受けています。このアプリケーション・ノートに示したデータと結果は、ADPD188BI を使用した煙検出器が、UL217 規格の要求を満たすために必要な性能を有していることを示しています。
ADPD188BI モジュールに組み込まれた ADPD1080 アナログ・フロント・エンドの優れた周囲光除去性能は、EN14604 の誤作動試験に合格しており、より低コストのチャンバレス煙検出器の設計を可能にします。