アプリケーション・ノート使用上の注意

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なお、日本語版のアプリケーションノートは基本的に「Rev.0」(リビジョン0)で作成されています。

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アプリケーション・ノート使用上の注意

AN-1393: システム・レベルの保護要件と計測要件のADC 仕様への適用

はじめに

このアプリケーション・ノートでは、伝送および分配アプリケーションのシステム・レベルの要件を、アナログ・デバイセズのデータシートに記載されたA/D コンバータ(ADC)の仕様に適用する方法のガイドラインを示します。これらのガイドラインから、計測デバイスや保護デバイスがシステム・レベルの性能に与える影響がわかります。このアプリケーション・ノートでは参考デバイスとしてAD7779 を使用していますが、記載されている一般原理は、アナログ・デバイセズのすべてのADCに適用できます。

システム・レベルの要件

システム・レベルの仕様は、アプリケーションによって異なる可能性がありますが、最大/最小の公称動作電流(INOM)や精度仕様などのいくつかの主要な要件は、ほとんどのアプリケーションに適用されます。多くの場合、精度は、出力される電流、電圧、またはエネルギーの測定値に一定のパーセント誤差が要求される計測基準や保護基準にによって決まります。

主要な仕様

ADC やデータ・アクイジション・システム(DAQ)のAC 性能や動的性能は、所定の入力周波数とサンプリング・レート(fS)または出力データ・レート(ODR)でのSNR、SINAD、THD に関して仕様が規定されています。これらの主要な仕様と説明は以下のとおりです。

  • S/N 比(SNR)は、実際の入力信号のrms 値の、ナイキスト周波数より下のその他のすべてのスペクトル成分のrms値(高調波とDC を除く)に対する比です。SNR はdB で表されます。
  • ダイナミック・レンジ(DR)は、DAQ/ADC が生成可能な最大入力信号の最小入力信号に対する比です。DR は dB で表されます。
  • 信号/ノイズ+歪み(SINAD)は、実際の入力信号のrms値の、ナイキスト周波数より下のその他のすべてのスペクトル成分のrms 値(高調波を含みDC を除く)に対する比です。SINAD はもともと、ADC またはDAQ のシグナル・チェーンの計測分解能の尺度です。SINAD はdB で表されます。
  • 全高調波歪み(THD)は、最初の5 つの高調波成分のrms値の和の、フルスケール入力信号のrms 値に対する比です。THD は dB で表されます。

主要な仕様の詳細については、MT-003Understand SINAD,ENOB, SNR, THD, THD + N, and SFDR so You Don't Get Lost in the Noise Floor」を参照してください。

次の 2 つのシナリオでは、高DR が必要になることがあります。

  • 入力範囲内の信号を高精度に分解するニーズ。
  • 広範囲に変化する信号を中程度の精度で測定するニーズ。

DR は、様々なシグナル・チェーン設計により実現されます。詳細についてはシグナル・チェーンの実装のセクションをご覧ください。

仕様への適用

DAQ またはADC に必要な性能レベルを決めるには、次の要件を分析します。

  • DAQ/ADC が動作する入力範囲。
  • 入力範囲の精度要件。

入力範囲のセクションでは、上記の2 つの要素による影響の求め方を示します。

入力範囲

 
入力範囲の測定に必要なDR を、ADC が測定すべき最大電流(または電圧)と最小電流(または電圧)の比を使って求めます。入力範囲のDR(DRInput Range)は、次式に示すように計算します。

DRInput Range   最大電流(A)

最小電流 (A)

設計マージンは、不確実性を許容するために、通常この入力範囲の上端に設ける必要があります。

同じ方法で、電圧チャンネルのDR を最大および最小入力電圧により求めます。次式は、入力範囲のDR を dB で表される値(DRInput Range (dB))に変換します。

DRInput Range (dB)  20 × log10 (DR)

1 つ前の式は、ADC の最大電流が最大入力電圧に応じて直接増減すると想定していることに注意してください。

そうでない場合、ADC の全入力範囲が使用されないことを補償するために、DR のマージンを追加する必要があります。

精度

 
システム精度は、得られる測定結果において許容可能な誤差を指します。通常、システム精度は測定対象の信号のパーセント誤差として、例えば、動作範囲全体で0.5%の誤差のように表します。

また、精度は公称信号に関するパーセント誤差や絶対値として表すこともできます。この要件をDR 値に適用する場合、使用される最小入力でのパーセント誤差は次式で表されます。

DRAccuracy (dB)   = 20 × log10  ( 1 )

パーセント誤差

ここで、DRAccuracy (dB) は指定された精度を実現するために必要なDR です。

ただし、求められる精度は、規定の測定期間で実現すべきもので、必ずしもDAQ/ADC からのすべての出力サンプルで実現する必要はありません。例えば、保護アプリケーションでは、アルゴリズムがAD7779 から収集される全サンプルを使用可能で、電源ラインの2 分の 1 サイクル期間におけるサンプルを平均して精度結果を出します。計測アプリケーションでは、測定期間が大幅に延びることがあります。例えば、rms 値は、10 電源ライン・サイクル期間後に更新されます。ADC(この場合はAD7779)はこの期間に複数のサンプルを生成するので、これらのサンプルを平均化できます。この平均化、すなわちオーバーサンプリング処理の結果、ノイズ・フロアが低下します。ノイズ・フロアがどれだけ低下するかは、次式に示すように、その測定期間で入手できるADC サンプルの数によって決まります。

DRAveraging (dB)  20 × log10No_Samples

ここで、

DRAveraging (dB) は、No_Samples を平均化(dB)して得られるDRの低下(dB)です。
No_Samples は、測定期間中に生成されるADC の出力サンプル数です。

サンプル数(No_Samples)を求めるには、AD7779 の出力データ・レート(ODR)が必要です。AD7779 は最大16 kSPS のODR を実現します。次式を参照してください。

No_Samples  ODR (SPS) × 測定時間(秒)

平均化により得られる正味のDR が正のとき、DRAccuracy (dB) の仕様は低下するので、平均ダイナミック・レンジを考慮に入れてDRAccuracy (dB) を再計算する必要があります。

DRAccuracy (dB)  DRAccuracy (dB)DRAveraging (dB)

DAQ/ADC の最終的な性能要件

 
DAQ/ADC の最終的なDR 仕様は、入力電圧範囲によるDR 寄与分を精度によるDR に加えると求められます。

DRFinal  DRInput Range (dB) + DRAccuracy (dB)

全高調波歪み(THD)の影響

 
平均化の計算は、AD7779 でのノイズがランダムで、スペクトル全体に均一に拡散することを前提にしています。ただし、実際にはシステムに一定レベルの高調波ノイズも存在しています。高調波成分は、ADC のすべての出力サンプルの同じ周波数に存在するので、このノイズは単純な平均化では減少しません。システムに対する平均化のメリットは、THD によって制限されます。したがって、ADC の選択時にTHD 仕様を意識することが重要です。THD は高調波成分の尺度で、最初の5 つの高調波成分のrms 値の和の、フルスケール入力信号のrms 値に対する比として定義されています。システム要件を満たすためには、ADC の THD 仕様がSNR/DRFinal値より低くなければなりません。THD の方が高いと、システム性能がTHD の値に制限されます。AD7779 の場合、−0.5 dB の信号のTHD は −108 dB です。ADC に対する入力信号の振幅が減少するとTHD は向上しますが、通常、保護アプリケーションと計測アプリケーションの場合です。

保護および計測

ほとんどの伝送アプリケーションと分配アプリケーションは、保護機能と計測機能を両方備えています。これらの機能は、仕様を規定する精度と範囲の要件がそれぞれ異なります。これらの要件を満たす適切なDAQ/ADC を判断する際は、2 つの要件を別々に求めます。空気回路ブレーカの例のセクションに示すように、適切なADC を選択するには、最終的な仕様の最大値を使用します。

空気回路ブレーカの例

以下の例は、空気回路ブレーカ(ACB)のシステム・レベルの仕様をADC の要件に適用するプロセスを示しています。この例では、ACB に計測ユニットが内蔵されているため、計測仕様と保護仕様が個別に設定されています。

システム・レベルの仕様例

 
表1 に計測仕様と保護仕様の例を示します。

表 1.
Parameter Metering Protection
Accuracy 0.5% 2%
Minimum Current 5 A 40 A
Maximum Current 6300 A 150 kA
Measurement Time 200 ms 0.1 ms

ADC 要件の計算例

ダイナミック・レンジ(DR)

 
最大入力信号は、ADC の最大入力電圧範囲に合わせて増減させる必要があります。このため、DR の計算には最大電流を使用します。この例では、保護のためには150 kA が必要です。最小信号は計測に必要な5 A で駆動します。

入力範囲  150,000  = 30,000

5
DR入力範囲  20 × log10(30,000) = 89.5 dB

精度

 
この例には精度要件が2 つあります。

  • 計測: 200 ms で5 A 時に 0.5 %。
  • 保護: 0.1 ms で 40 A 時に 2 %。

これらの要件を個別に求め、要件の最大値を利用して適切なADC を選択します。

計測要件

 
最小入力が5 A のときは 0.5 % の計測精度が求められます。したがって、追加のSNR/DR は次のように計算することができます。

DRAccuracy   = 20 × log10  ( 1 )  = 46 db

0.005
No_Samples = 8 kSPS × 0.2 秒= 1600 サンプル    
DRAveraging  20 × log101600  = 32 dB
DRMeasurement Accuracy  46 dB – 32 dB = 14 dB

ここで、DRMeasurement Accuracy は計測精度におけるDR です。

保護要件

 
保護要件は、40 A のときの最大誤差を2 % にする必要があることを示しています。この要件が総合ダイナミック・レンジに与える影響を判断するには、まず最小電流5 A 時の精度を計算します。これにより、保護要件と計測要件を次のように直接比較することができます。

5A時の誤差(%)  40 A  × 2% = 16%

5 A

SNR/DR の寄与分は次のように計算します。

DRAccuracy   = 20 × log10  ( 1 )  = 15.9 db

0.16
No_Samples = 8 kSPS × 0.001 秒= 8 サンプル    
DRAveraging  20 × log108  = 9 dB
DRProtection Accuracy  15.9 dB − 8 dB = 6.9 dB

ここで、DRProtection Accuracy は保護精度におけるDR です。

保護要件と計測要件の両方を求めると、計測要件によってSNR精度仕様が 14 dB と高くなることがわかります。したがって、ADC の選択には次式を基準とします。

DRFinal  89.5 dB + 14 dB = 103.5 dB

シグナル・チェーンの実装

前述したように、DR は、様々なアナログ・シグナル・チェーン設計とデジタル処理手法を組み合わせることで実現できます。

図 1 ~ 図 3 に、システムDR の実現方法に関するトップレベルのブロック図を示します。

Figure 1. Analog Gain and Moderate Resolution ADC 図1. アナログ・ゲインと中程度の分解能を持つADC
図1. アナログ・ゲインと中程度の分解能を持つADC
Figure 2. Dual ADC with Split Gain Paths 図 2. 分割ゲイン・パスを備えたデュアルADC
図 2. 分割ゲイン・パスを備えたデュアルADC
Figure 3.High Resolution ADC with Unity Gain Driver (Traditionally Σ-ΔSolution) 図 3. ユニティ・ゲイン・ドライバ付き高分解能ADC(従来のΣ-Δ ソリューション)
図 3. ユニティ・ゲイン・ドライバ付き高分解能ADC(従来のΣ-Δ ソリューション)

ADC のサンプリング・レートと対象の計測帯域幅の比に応じて、ADC サンプルに追加のデジタル・フィルタ処理を行ってシグナル・チェーンのDR を一層拡大することができます。

AD7779 は、8 チャンネル、24 ビットのシグマ・デルタ(Σ-Δ)ADC です。AD7779 は、最大16 kSPS のサンプル・レート/出力データ・レートを実現することができます。AD7779 の THD は、最大1 kHz の入力周波数に対して−108 dB です。

SINAD は、フルスケールのrms 入力信号の、ナイキスト周波数より下の全スペクトル成分(高調波を含む)のrms 値に対する比です。SINAD はシグナル・チェーンのSNR と THD の両方の寄与分を含んでいるので、多くの場合、シグナル・チェーンの計測分解能はSINAD によって決まります。

シグナル・チェーンのSNR と THD がわかると、それによりSINAD は次のように計算できます。

SINAD  = −10 × log  ( 10  SNR  + 10  THD )


10 10

したがって、SNR が 112 dB、THD が −108 dB でサンプル・レートが8 kSPS のとき、SINAD は 106.54 dB となります。これは、「空気回路ブレーカの例」で説明したDR の要件を満たしています。

AD7779 は、PGA と 24 ビットのΣ-Δ ADC を内蔵した完全集積化シグナル・チェーン・ソリューションです。デバイスの詳細についてはAD7779 のデータシートを参照してください。

ダイナミック・レンジの広い信号を測定するその他のシステム例については、「アナログ・ダイアログ」の記事 「オーバーサンプリングADC と PGA の組み合わせで127 dB のダイナミック・レンジを実現」をご覧ください。

著者

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Claire Croke

1999年にアナログ・デバイセズ入社。現在はアイルランドの高精度スイッチおよびマルチプレクサ・グループのマーケティング・エンジニアとして勤務。過去にはアナログ・デバイセズの高精度コンバータ・アプリケーション・チームに所属。リメリック大学で電子工学の学士号を取得。