レーダー:自動運転車の実現へ向けた最大の鍵
レーダー:自動運転車の実現へ向けた最大の鍵
事故との闘い
レーダーは75年以上も前に誕生した技術です。第2次世界大戦では、この技術が連合国の勝利に大いに貢献しました。そして現在、人類は別の闘いに勝つためにレーダーを活用しようとしています。その闘いとは、世界中の自動車をより良いものに置き換え、大きなけがや死亡につながりかねないあらゆる交通事故を撲滅するというものです。この目標は「Vision Zero」と呼ばれています。今日の車載レーダーは、携帯電話端末よりもコンパクトなサイズで実現されています。それを使用すれば、自動車の前後や、両横の死角に存在する大きな物体を検知することができます。しかし、事故の撲滅という目標に対しては、それだけでは十分ではありません。
目標は、100%の安全性が確保された完全な自動運転車を実現することです。この目標の達成に向けては依然として数多くの高いハードルが存在します。必要なのは、自動車の周辺に存在するあらゆる事柄を完全に検知、識別、理解することを可能にする技術を開発することです。このような課題の解決に向けて、アナログ・デバイセズはASTYXと提携しました。それを通して、人命を救うための次世代レーダーの実現に向けた協調的な開発メソッドや反復プロセスを生み出しました。アナログ・デバイセズは、高性能のRF IC、ミックスド・シグナルIC、パワー・マネージメントICの開発を担当します。一方のASTYXは、高度に自動化された自律型のシステムをターゲットとする高性能のレーダー・モジュールを開発します。
ASTYXの概要
事業内容: |
自律型プラットフォームの開発。アビオニクス(航空電子機器)、オートモーティブ、産業用アプリケーション、衛星通信などの分野や、マイクロチップのメーカーに向けたエレクトロニクスの開発/製造 |
アプリケーション分野: |
分解能の高い自動運転アプリケーション用車載レーダー。アナログ・デバイセズのレーダー用CMOS MMICを搭載する「ASTYX HiRes II」、次世代品の「Drive 360」などがある。 |
課題: |
1Gbpsという非常に高いデータ・レートに対応する信号処理ユニットを開発する。64のバーチャル受信チャンネルを備え、MIMO(Multiple Input Multiple Output)に完全に対応し、ビームフォーミングを実行可能なユニットを低消費電力で実現する必要がある。 |
経営面の目標: |
未来に向けた先進的な考えを具現化する技術を市場に最初に投入する企業になることを目指す。そのために、更なる小型化、軽量化、省電力化、低価格化を実現する。 |
提携の動機
今日の自動車が搭載しているレーダーは、分解能が非常に低く抑えられています。そのようなレーダーでは、すべてがぼやけた状態で視認されます。自動車の周りに存在するバイクや軽トラックなどを検知することはできますが、その物体が何であるかを特定することはできません。ハードウェア・ベースの検出技術とソフトウェア・ベースのアルゴリズムが進化すれば、より高い分解能を実現することができます。そうしたレーダーを使用すれば、検知した物体に関連する様々な事柄を識別することが可能になります。そうすれば、完全に自律した安全な自動車の実現が近づくことになります。それは、ASTYXとアナログ・デバイセズにとっての共通の夢でした。
ASTYXの社長を務めるPeter Schmitz氏は「私たちは、従来よりも高い分解能を備えるレーダーでデータを取得することが必要だと感じていました。自動走行車では、バイクや子供と道路標識を区別できるだけの高い性能が必要になります。搭乗者に加え通行人の安全も確保するために、自動的に曲がったり、ブレーキをかけたり、加速したりする自動車を実現しなければなりません」と述べています。
一方、アナログ・デバイセズの自律輸送/車両安全事業部門でバイスプレジデントを務めるChris Jacobsは、「ASTYXは、小規模ながらも専門性の高いティア1プロバイダとして、自動運転車の市場で勝利を収めることを目指していました。同社は、レーダーの機能を実現するソフトウェア・ベースのアルゴリズムを開発しています。そして、同社には『コスト効率と分解能が高く、小型のレーダー・イメージング・ソリューションを実現する』というビジョンがありました。アナログ・デバイセズであれば、このビジョンを実現するために必要な、高いレベルの集積度と性能を備えるIC技術をASTYXに提供することができます」と述べています。
高い分解能がもたらすメリット
従来の車載レーダーでは、水平方向の角度分解能が約10°から20°程度に抑えられていました。このレベルの分解能では、SUVとその隣に駐車されたバイクを区別することはできません。
分解能の低いレーダーが抱える課題
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分解能の高いイメージング・レーダーがもたらすメリット
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ASTYXは、あらゆる次元で分解能を高めることに重点を置いてイメージング・レーダーを開発することにしました。同社が目指していたのは、競合企業よりも数年先を行くことです。それにあたり、ASTYXは次のような方針で自社の技術を発展させようと考えました。その方針とは、他社製品の数世代先を行くアナログ・デバイセズのRFトランシーバーを採用し、その高い統合レベルと業界を牽引する優れた性能を活用できるようにするというものです。
「『LEGO®ブロック』によって何らかの物体を作る場合、個々のブロックが小さければ小さいほど精密さが増します。もし、自動車と同じくらいの大きさのブロックを使用するとしたら、知覚システムが大いに役立つということはないでしょう。一方、ブロックが野球のボール程度のサイズである場合、レーダーを使用することで、物理的な世界の状況をより正確に描くことができます。これがイメージング・レーダーの背景にあるコンセプトです」
Zachary Karas アナログ・デバイセズ プロダクト・マーケティング担当
ASTYXのイメージング・レーダー・ソリューション
ASTYXとアナログ・デバイセズは、より高い分解能を備えるイメージング・レーダーを共同で開発することにしました。そのレーダーを活用することで、運転者はより良い意思決定を行えるようになります。
現在使用されているレーダーで実現されているのは、運転者の死角に自動車が存在する場合や、200m先に自動車が存在する場合に、その事実を運転者に通知するという機能です。これについて、ASTYXのSchmitz氏は「運転者にとっての死角に大きな物体が存在するという情報は、必ずしも有益なものだとは言えません。それだけでは、自律的に車線を変更することができるかどうかを運転者に通知する根拠にはならないからです。運転者は、その物体が何なのか、どれくらいの速さで動いているのか、その大きな物体の横に目立たない小さな物体が存在してはいないのかといったことを把握する必要があります。イメージング・レーダーは、そうしたあらゆる情報をもたらしてくれます」と述べています。
2つの物体が1つに見える……この問題を解決する
レーダーは物体の角から反射してきた電波を受信し、その物体の反射強度、位置、速度、到来角を取得します。物体がデータ・ビンの領域(分解能に収まる領域)よりも小さい場合、その位置を正確に検出することはできません。また、そうした物体は、近くにある物体の一部として検出される可能性があります。
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レーダーにおいて、物体は電波のピークという形で検出されます。上図の2Aは、角度分解能が10°の例を表しています。この場合、レーダーは2台の車を1つの物体として検出します。2Bは、角度分解能がやや高い5°の場合の例です。この場合も、依然として2台の車が1つの物体として検出されます。2Cは角度分解能が1°の場合の例です。この例では、角度分解能と共に距離分解能も高められています。この場合、右端の図にあるように、検出結果には2つのピークが現れます。これは、はっきりと区別できる2つの物体が目の前に存在することを表しています。また、この場合、一般的な乗用車とトラックの識別も行える可能性があります。データ・ビンの分解能が高まるにつれ、レーダーが現実の世界を識別する能力も高まります。
ASTYXとアナログ・デバイセズの連携
アナログ・デバイセズとASTYXは3年にわたり、業界最先端のRFトランシーバー(digiMMIC)のデバッグに共同で取り組みました。ASTYXは、同社のシステム・レベルのプラットフォームを2017年と2018年の「CES」に出展しました。そして2019年にはイメージング・レーダーを出展しました。アナログ・デバイセズの車載レーダー担当プロダクト・ライン・ディレクタを務めるDonal McCarthyは「ASTYXと協業したことにより、当社はシステム・レベルの性能における改善点を特定することができました。その改善点は、ASTYXとの協業がなければ見つけ出せなかったかもしれません。当社は自動運転車の実現に向けた取り組みの中で、いくつかのパートナー企業やお客様と協力しています。その中でも、ASTYXはかなり初期の段階で重要な役割を果たしてくれました」と述べています。
その上で、McCarthyは次のように続けます。「2017年の最初のデモ用プラットフォームでは、アナログ・デバイセズのトランシーバーは現在の半分の統合レベルにとどまっていました。つまり、その時点では未完成の段階にあったということです。当社はASTYXにそれをテストしてもらい、どのような点は優れているのか、どこを改善する必要があるのか、それをどのように実現して動作させればよいのかといったことを聞かせてもらいたいと考えました。これがASTYXと協業した大きな理由です」。
最初のデモ用プラットフォームにより、アナログ・デバイセズのお客様には、システム・レベルの数多くのリスクを回避する機会が提供されるということが明確になりました。1年後、完全な統合を図ったICのかなり初期のサンプルがアナログ・デバイセズからASTYXに提供されました。デモ用プラットフォームには、そのICを2つカスケード接続したものが実装されました。これは、77GHzに対応するCMOS ICをカスケード構成で使用する例としてはおそらく業界初のものです。1つのマスターICと1つのスレーブICの位相同期を実現するというのは容易なことではありませんでした。アナログ・デバイセズは、それらのICを有効に機能させるためのソフトウェアも開発しました。具体的には、強力なキャリブレーションを実施して処理ルーチンを実行するためのファームウェアを開発しました。
「アナログ・デバイセズのRFトランシーバーICは、競合他社の製品と比べて数世代先を行っていました。当社は、そのICについてあらゆる評価を実施しました。その結果、当社は次世代のイメージング・レーダー・プラットフォームに、高度に統合されたそのトランシーバーICを採用することを決断しました。」
Peter Schmitz氏 ASTYX 社長
次なる大きなステップ
垂直方向の分解能
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従来のレーダーは、自動車が動いている際、ドップラー周波数のパターンの変化と静止した背景(上図では高架)を識別することで、自動車の動きを検出します。ところが、自動車が動いていない場合、レーダーは自動車をアンダーパスの一部だと見なしてしまい、その自動車を検知できない可能性があります。つまり、従来のレーダーでは、高架の下に停止している自動車が存在するか否かを判断できないということです。そのような状況では、自動運転車は高架に差し掛かるたびに、状況にかかわらず前に突き進む、または緊急ブレーキをかけるという動作のうちいずれかを選択しなければならなくなります。
イメージング・レーダーでは、水平方向の高い角度分解能、距離分解能、ドップラー効果を利用して各次元での微細な変化を検出します。これであれば、高架の下に停止しているのが自動車であるか否かを判断することができます。今後、進化が続けば、垂直方向の分解能もイメージング・レーダー・システムの重要な要素になるでしょう。その結果、安全性の保証に向けたより高度な手段と自律型システムにおける冗長性が得られるようになるはずです。
今日のイメージング・レーダーでは、約1°の角度分解能が得られるとされています。
1°未満の分解能は実現できるのか?
自車が走っている車線上の200m離れたところにバイクが存在しているか否か、存在するのであれば、それは動いているのか止まっているのかということを知るには、1°未満の分解能が必要になります。
また、道路上の障害物を避けたり、背の低い陸橋などをくぐり抜けたりするためには、垂直方向の分解能をどのようにして達成するのかということが課題になります。加えて、反対車線の車が備えるレーダーからの干渉はどのように検出してどのように回避すればよいのかということも課題の1つです。更には、中央集約型のアーキテクチャとエッジ・プロセッシング型のアーキテクチャの両方に対して、データ転送に関する要件や温度に関する条件に適応できるレーダーを開発するにはどうすればよいのかということも課題になります。
これらは、アナログ・デバイセズが安全性と堅牢性に優れる自動運転車の実現に向けて次世代技術を開発している中で、積極的に解決しようとしている課題です。ASTYXは、アナログ・デバイセズのシステム・レベル/チップ・レベルの専門知識を活用して、従来のレーダーの限界を押し上げることができる技術指向のパートナー企業です。このような企業であれば、従来にはない考え方に基づいて業界全体を前進させ、より安全性の高い自律的な世界を創り出すことができるでしょう。
「1 + 1」を「2以上」に
ASTYXとの協業は、アナログ・デバイセズが他社とは異なる形で自動運転車の市場に加わり、ビジネス上の成功をもたらす技術やソリューションを開発していることを示す1つの例です。Jacobは次のように述べています。
「当社はASTYXと協力すべきであることを理解していました。ASTYXは、分解能の高いレーダーのサイズや性能、システム効率に関する目標を完全に実現するための高度なIC技術を必要としていました。一方、アナログ・デバイセズは、ツール、ASTYXに特化したサポート、ASTYX向けの専用ソフトウェア、性能の高いICといった要素をASTYXに提供することができました。ASTYXは、それらを自社のIP(Intellectual Property)と組み合わせて、自動運転車の市場に向けた独自のソリューションを開発したのです。両社の協業は、単なるソリューション開発をはるかに超えるレベルで行われました。例えば、営業活動も共同で行うといった具合です。両社は力を合わせることで、業界の前進に対して大きな影響を与えているのです」。
ASTYXについて
ASTYXは、Daimler Benz Aerospaceのスピンオフ企業として、1997年にドイツ・オットブルンで設立されました。自律型プラットフォームの開発のほか、アビオニクス、オートモーティブ(OEMとティア1サプライヤ)、産業用アプリケーション、衛星通信などの分野やマイクロチップのメーカーに向けたエレクトロニクスの開発/製造を行っています。安全性が非常に重要なアプリケーション向けにソリューションを提供する企業の一員として、高度かつ専門的な技能を有するASTYXの技術者らは、高周波分野に最先端のイノベーションをもたらしています。